『……了解した、リンツ。こちらの位置を表示する』
小隊長からの声に、コンラート・リンツ一等兵は息をついた。
夜の丘にただ一人でへたり込んでいるなんて、心細いことおびただしい。顔を上げ、まろいキャノピー越しに夜空を見上げる。
暗視視野の星空は降るようだ。きっと大昔の人間もこうやって星空を見上げて、その先に何があるのか思いをめぐらせたに違いない。そんな感慨が今おかれた自分の状況とはかかわり無く胸に沸いてくる。そして人類は星々の世界に手を届かせながらも、争いを止めることもできず、母なる地球を足蹴にして去ったのだ。
『東方上空注意』
小隊長の声が無線に響く。
何かが夜空の中に現れた。動かない星々の中にゆれながら動く一対の光がある。それはふるふるとゆれるようにしてみせる。小隊長のホルニッセだ。全翼胴の両脇につけたマーカーライトの光を振って見せている。
「552丘より東方上空にマーカーライト確認」
『了解』
短い答えがあって、その光はすぐに消えた。敵も暗視能力を持っている。長く光らせていればすぐに見つかってしまう。
『B6Zは、6Aとともに上空援護に入る。落ち着いて行動しろリンツ』
Bはベルタ中隊、6は第六小隊、いずれも所属を示す。Zは小隊長、Aは先任だ。つまり小隊長と先任が残って援護してくれている。
キャノピー越しにエンジンの轟音が響く。それはすぐに遠ざかってしまう。見上げる暗視視野の中で、赤外線反応が弧を描いて過ぎる。
『リンツ、アンファングは機能するか』
アンファング、すなわち装甲戦闘服はホルニッセの操縦席として機能する。地上戦闘時には着用者の能力を補い、強化する機能ももっている。
「問題ありません」
胸元のマルチディスプレイを見下ろしながらコンラート・リンツは答えた。表示される装備自律チェックに異常は無い。
「ただ、武装に限りがあります。現在、ハンドグレナーテを四発のみ。パンツアーファストを喪失しています」
ハンドグレナーテは、装甲戦闘服PKAの下腕に取り付けた発射機の中にある。発射機といってもただのチューブだ。その中にグレナーテ本体が入っていて、射出される。片腕に二本ずつ、合わせて四発、射程は短いが上手く当てれば敵装甲服の殻を破れる。
『了解した。機体を離れ、防御に有利な位置へ移れ。丘の頂上だ』
小隊長の言葉は、いつもどおり冷静なままだ。
『中隊が援護する。武器を節約しろ。いいな』
「了解しました。リンツは機体を放棄、丘の頂上へ移ります」
ロック解除操作をする。一瞬、それも壊れているかと案じた。けれどいつもどおり結合金具の外れる音がする。胸元のマルチディスプレイの表示が、分離と地上機動操作に切り替わったことを示す。これからは装甲服自体が、リンツの思うままに動く。
立ち上がり、それから振り返る。彼のホルニッセは着陸脚を失い、胴体そのままでへたりこんでいた。弾痕、というよりレーザーによる焼損あとが機体後部にいくつもあった。機体四隅についているノズルはすべてもぎ離されている。丘の斜面の下のほうにははじめにぶつかったらしい跡も見える。
運が良かったとリンツは思った。引き起こしが間に合わなければ地面に突っ込んでいたし、丘の登り斜面にぶつかったからこそ、上手く跳ね上げられたのだ。大地にそのままぶつかっていたら、機体ではなくリンツのほうが壊れていた。
主武装のパンツァーファストを無くしたくらい、不運でもなんでもない。最初の一撃で爆発しなかったのは運が良かった。エンジンが吹っ飛ばなかったのは運が良かった。僕は運がいい。
自分にそう言い聞かせて、リンツは丘の斜面を登り始めた。敵はすぐ近くにいるはずだ。
敵の装甲戦闘服AFSは、レーザーを持ち、それに地上でしか行動しない。だからPKAのような大きなキャノピーを持たない。
砂まみれの殻豆野郎どもが。
空中では言える強がりを、胸の中で何度も唱える。来られるものなら来てみやがれ。でも、出来れば来るな。ここには中隊が総掛りで支援に来るんだ。
登ることは少しも苦にならない。装甲戦闘服PKAは、背中のエンジンを回し、リンツの思うままに手足に動力を注ぐ。レーザーに耐える主装甲をまとわせたまま、時速40キロでさえ走らせる。足元で細かい砂が舞い、つま先まで装甲された足が小石を蹴り上げる。
けれど丘の頂はすぐそこだった。その先には星空しか無い。太陽も月も無い空で、星たちは思うままに光を放っていた。天の川の流れでまたたき、星座を形作り、あるいは星空の中でゆっくりと動いてゆく。流れる星の最後の名残もひとつ、ふたつと見える。あるものは人類発祥の時と変わらず、あるものは人類が生み出した星だ。あるいは生み出しながら壊した星のかけらの最後かもしれない。
人類の新しい世界は星の中にある。
そこでも人類は、かつてと同じように生活を営み、国を営んでいた。リンツのふるさともそこにある。シュトラール共和国、銀河連邦より今の地球の統治をゆだねられた国だ。
人類は星々の中に作った世界から、再びこの地球へと戻ってきたのだ。汚染に、あるいは戦争の荒廃に、身勝手に汚し、そして捨てたこの星に。
人類はこの星で再び常を営んでいた。争いもその中にあった。どこにいても人は変わらない。変われないのかもしれない。
変わらず光り続ける星たちは、どれだけの戦いを見下ろしてきたのだろう。この大地には戦いがあった。爪と牙で、獣の骨で、石斧で、弓で、銃で、砲で、あるいは流星となって飛び交った弾道ミサイルで、無数の戦いが行われた。
リンツは思った。
ようこそコンラート、本場の星へ。
これからが本番さ。
小隊長からの声に、コンラート・リンツ一等兵は息をついた。
夜の丘にただ一人でへたり込んでいるなんて、心細いことおびただしい。顔を上げ、まろいキャノピー越しに夜空を見上げる。
暗視視野の星空は降るようだ。きっと大昔の人間もこうやって星空を見上げて、その先に何があるのか思いをめぐらせたに違いない。そんな感慨が今おかれた自分の状況とはかかわり無く胸に沸いてくる。そして人類は星々の世界に手を届かせながらも、争いを止めることもできず、母なる地球を足蹴にして去ったのだ。
『東方上空注意』
小隊長の声が無線に響く。
何かが夜空の中に現れた。動かない星々の中にゆれながら動く一対の光がある。それはふるふるとゆれるようにしてみせる。小隊長のホルニッセだ。全翼胴の両脇につけたマーカーライトの光を振って見せている。
「552丘より東方上空にマーカーライト確認」
『了解』
短い答えがあって、その光はすぐに消えた。敵も暗視能力を持っている。長く光らせていればすぐに見つかってしまう。
『B6Zは、6Aとともに上空援護に入る。落ち着いて行動しろリンツ』
Bはベルタ中隊、6は第六小隊、いずれも所属を示す。Zは小隊長、Aは先任だ。つまり小隊長と先任が残って援護してくれている。
キャノピー越しにエンジンの轟音が響く。それはすぐに遠ざかってしまう。見上げる暗視視野の中で、赤外線反応が弧を描いて過ぎる。
『リンツ、アンファングは機能するか』
アンファング、すなわち装甲戦闘服はホルニッセの操縦席として機能する。地上戦闘時には着用者の能力を補い、強化する機能ももっている。
「問題ありません」
胸元のマルチディスプレイを見下ろしながらコンラート・リンツは答えた。表示される装備自律チェックに異常は無い。
「ただ、武装に限りがあります。現在、ハンドグレナーテを四発のみ。パンツアーファストを喪失しています」
ハンドグレナーテは、装甲戦闘服PKAの下腕に取り付けた発射機の中にある。発射機といってもただのチューブだ。その中にグレナーテ本体が入っていて、射出される。片腕に二本ずつ、合わせて四発、射程は短いが上手く当てれば敵装甲服の殻を破れる。
『了解した。機体を離れ、防御に有利な位置へ移れ。丘の頂上だ』
小隊長の言葉は、いつもどおり冷静なままだ。
『中隊が援護する。武器を節約しろ。いいな』
「了解しました。リンツは機体を放棄、丘の頂上へ移ります」
ロック解除操作をする。一瞬、それも壊れているかと案じた。けれどいつもどおり結合金具の外れる音がする。胸元のマルチディスプレイの表示が、分離と地上機動操作に切り替わったことを示す。これからは装甲服自体が、リンツの思うままに動く。
立ち上がり、それから振り返る。彼のホルニッセは着陸脚を失い、胴体そのままでへたりこんでいた。弾痕、というよりレーザーによる焼損あとが機体後部にいくつもあった。機体四隅についているノズルはすべてもぎ離されている。丘の斜面の下のほうにははじめにぶつかったらしい跡も見える。
運が良かったとリンツは思った。引き起こしが間に合わなければ地面に突っ込んでいたし、丘の登り斜面にぶつかったからこそ、上手く跳ね上げられたのだ。大地にそのままぶつかっていたら、機体ではなくリンツのほうが壊れていた。
主武装のパンツァーファストを無くしたくらい、不運でもなんでもない。最初の一撃で爆発しなかったのは運が良かった。エンジンが吹っ飛ばなかったのは運が良かった。僕は運がいい。
自分にそう言い聞かせて、リンツは丘の斜面を登り始めた。敵はすぐ近くにいるはずだ。
敵の装甲戦闘服AFSは、レーザーを持ち、それに地上でしか行動しない。だからPKAのような大きなキャノピーを持たない。
砂まみれの殻豆野郎どもが。
空中では言える強がりを、胸の中で何度も唱える。来られるものなら来てみやがれ。でも、出来れば来るな。ここには中隊が総掛りで支援に来るんだ。
登ることは少しも苦にならない。装甲戦闘服PKAは、背中のエンジンを回し、リンツの思うままに手足に動力を注ぐ。レーザーに耐える主装甲をまとわせたまま、時速40キロでさえ走らせる。足元で細かい砂が舞い、つま先まで装甲された足が小石を蹴り上げる。
けれど丘の頂はすぐそこだった。その先には星空しか無い。太陽も月も無い空で、星たちは思うままに光を放っていた。天の川の流れでまたたき、星座を形作り、あるいは星空の中でゆっくりと動いてゆく。流れる星の最後の名残もひとつ、ふたつと見える。あるものは人類発祥の時と変わらず、あるものは人類が生み出した星だ。あるいは生み出しながら壊した星のかけらの最後かもしれない。
人類の新しい世界は星の中にある。
そこでも人類は、かつてと同じように生活を営み、国を営んでいた。リンツのふるさともそこにある。シュトラール共和国、銀河連邦より今の地球の統治をゆだねられた国だ。
人類は星々の中に作った世界から、再びこの地球へと戻ってきたのだ。汚染に、あるいは戦争の荒廃に、身勝手に汚し、そして捨てたこの星に。
人類はこの星で再び常を営んでいた。争いもその中にあった。どこにいても人は変わらない。変われないのかもしれない。
変わらず光り続ける星たちは、どれだけの戦いを見下ろしてきたのだろう。この大地には戦いがあった。爪と牙で、獣の骨で、石斧で、弓で、銃で、砲で、あるいは流星となって飛び交った弾道ミサイルで、無数の戦いが行われた。
リンツは思った。
ようこそコンラート、本場の星へ。
これからが本番さ。