浮遊脳内

思い付きを書いて見ます

カナン ラフ2-14稿

2010-10-06 18:38:12 | ラフ 虎の学士 カナン
 俺は槍を掴み駆ける。
 女の背後から、その右手へと回り込みながら走る。やつは女の刃を受け、けものの声を上げて退いていた。これが群れ狩りだとするなら、女の剣は追い込み罠、俺の槍はとどめの槍だ。駆け行きながら、槍を構える。回りこんで、やつの左から迫る。そこにはやつの脈打つ心の臓がある。
 やつは、守りに掲げた腕ごしに俺を見る。だがもう遅い。
「!」
 俺は声をあげ、深く踏み込んだ。
 突きを放つ。手ごたえがあった。穂先が毛皮を裂いて、やつの肉に食い込む。どっと血が噴出し、ばらばらと音を立てて、俺や地面に降りかかる。血のにおいの中で、やつは身をよじる。
『!』
 やつが吼えた。槍が浅い。
 心の臓には届いていない。やつは右の腕を振り上げ、爪を振り下ろす。槍と共に、俺は飛び退いた。
「弓、放てぇ!」
 さむらいどもから声が響いた。犬の男の声だ。弦の音がいくつも響いて、矢の群れが空を切り裂いて飛びぬける音を聞いた。それがやつの背に打ちつけ、突き刺さる。
 やつは振り向き、さむらいへと吼えた。それがけものだ。次々に来る二の手、三の手にいちいち気を引かれ、吠え立てて退かせようとする。だが、狙われるけものの体は常に一つだ。
 やつの気が俺から逸れる。俺は獣息を低く吐き、槍を構える。
「!」
 俺は声を上げて、地を蹴る。
 そのときだった、やつが俺を見た。
 俺にもわかった。腕を掲げて身を守りながら、恐れおびえるやつの顔が。けだものの姿から、顔ははっきりとわかった。あいつの顔だ。
 子供の頃に見た、気弱だけれど聡いあいつの面立ちのままだ。
 だが俺は、その体を突いた。

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