浮遊脳内

思い付きを書いて見ます

カナン ラフ2-13稿

2010-10-05 00:08:39 | ラフ 虎の学士 カナン
 さむらいたちの群れがざわめき、惑う。
 何が起きようとしているのかわからぬ群れのざわめきだ。それこそ獣の餌だ。
 踊りこまれれば成す術も無い。さむらいの群れは、やつがどこれほど近いかすらわからない。
 だが、一人だけは違った。惑う群れの乱れた足音の中から、一つだけ、足音が駆け出してくる。しなやかで、力強く、そして揺るがない。惑いも恐れもなく、そのものだけは何が迫るのかを感じて駆ける。
 その放つ気を、俺は知っていた。
「女!」
 俺は叫んだ。女よりも、むしろさむらいたちへ踊りこもうとする、やつへ向けて。
「回り込むぞ!備えろ!」
 やつの気配が、ちらり、背後の俺をうかがう。やつは俺の声を聞いた。
 そして飛んだ。大きく、まっすぐに、さむらいの女へ向けて。跳ねる勢いとともに、やつは大きく背を反らし、その爪を振り上げる。女の気配が、ぎらりとした鉄気を帯びる。
 惑いもなく、それは銀の弧を描いて激しく振り下ろされる。
 やつと女の気配が交差した。金気臭い血の気配が飛び散る。
 俺は駆けた。
 先に投げ放った槍が、地に突き立ち、震えているところまで。槍は俺を待っていた。
 その柄を掴み引き抜き、駆ける。
 やつを斬った女は、刃の金気とともに振り返る。ひとときも迷わなかった。流れるように刃を構え、強く踏み込み、斬りつける。
『!』
 けだものがけだものの声を上げた。
 むしろけだものが惑っていた。掲げた腕に刃を受けて、血しぶき散らしておびえ退く。やつは、やはりやつだ。人であった小ざかしさを捨てられず、俺の声にのって踊りこもうとした。
 だが、あの女には効かぬ。
 あの女の虎の気性は、人の小ざかしさをはるかに超えて、斬るべきものを見出す。
 そもそもあの女、俺の言葉など聴いていない。

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