浮遊脳内

思い付きを書いて見ます

カナン ラフ2-10稿

2010-09-28 20:49:15 | ラフ 虎の学士 カナン
 俺は夜を駆けた。
 さむらいたちの声などもう背中に届かなかった。
 俺にはわかる。けだものがくる。気配とにおいが押し寄せてくる。俺の前には山のざわめきがある。封じた瞳の闇の中でも、はっきりと感じられる。奴が来る。きっと山の獣たちは、俺のような狩人が山に入ることを、このように感じているのだろう。
 俺は駆けた。枝をくぐり、藪は飛び越え、下生えにふわり舞い降りて、さらに駆ける。耳元を風の音が行きすぎる。立ち木の幹の間近を飛びぬけるときには、風の音も重く感じる。その重い音の響きが切れ目無く続く。俺こそが獣じみていたかもしれない。
 藪を飛び越え、下生えに降りた。身をかがめて槍を引き寄せる。何もかもが静まり返り、俺は闇の中を探った。目を向けるように意を向けると、そこに何があるのか感じることができる。そうやって、闇の中を撫でるように探った。感じる。
 夜の中に響く脈打つような何かは、奴が地を蹴り、また木を蹴って駆ける音だ。まだ遠いけれど、夜の森の木々の向こうから、闇よりも暗く何かが来る。
 やつだ。俺にはわかる。俺の知っているどんなけものとも違った姿をし、どのけものとも違った目で俺を見る。
 しまった、と思ったときには遅かった。
 奴の二つの目が、光って俺を見た。地を踏み削り、滑るようにしながら勢いを削ぎ、夜の森に止まる。
 そして振り向き、俺を見た。
 奴は夜の森の中で背を丸め、ましらのようにある。その目は、らんらんと光っていた。俺が見られたわけではない。だが俺が見ていることに気づき、俺の気配を探り出そうとしている。俺は瞳を閉じるようなこころもちで、奴から意を退ける。奴の気配が急にぼんやりとして、確かに感じられなくなる。さきまでの気配のみを感じていたときのようだ。
 奴の気配が動く。ゆっくりと歩き始めたのがわかった。四足ではなく、身を起こしていることもわかった。やつは俺が見ていることにも気づいている。
 だから俺は目を向けるように意を向ける。
 やつの姿は、俺が思っていたものの姿だった。

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