俺は夜を駆けた。
さむらいたちの声などもう背中に届かなかった。
俺にはわかる。けだものがくる。気配とにおいが押し寄せてくる。俺の前には山のざわめきがある。封じた瞳の闇の中でも、はっきりと感じられる。奴が来る。きっと山の獣たちは、俺のような狩人が山に入ることを、このように感じているのだろう。
俺は駆けた。枝をくぐり、藪は飛び越え、下生えにふわり舞い降りて、さらに駆ける。耳元を風の音が行きすぎる。立ち木の幹の間近を飛びぬけるときには、風の音も重く感じる。その重い音の響きが切れ目無く続く。俺こそが獣じみていたかもしれない。
藪を飛び越え、下生えに降りた。身をかがめて槍を引き寄せる。何もかもが静まり返り、俺は闇の中を探った。目を向けるように意を向けると、そこに何があるのか感じることができる。そうやって、闇の中を撫でるように探った。感じる。
夜の中に響く脈打つような何かは、奴が地を蹴り、また木を蹴って駆ける音だ。まだ遠いけれど、夜の森の木々の向こうから、闇よりも暗く何かが来る。
やつだ。俺にはわかる。俺の知っているどんなけものとも違った姿をし、どのけものとも違った目で俺を見る。
しまった、と思ったときには遅かった。
奴の二つの目が、光って俺を見た。地を踏み削り、滑るようにしながら勢いを削ぎ、夜の森に止まる。
そして振り向き、俺を見た。
奴は夜の森の中で背を丸め、ましらのようにある。その目は、らんらんと光っていた。俺が見られたわけではない。だが俺が見ていることに気づき、俺の気配を探り出そうとしている。俺は瞳を閉じるようなこころもちで、奴から意を退ける。奴の気配が急にぼんやりとして、確かに感じられなくなる。さきまでの気配のみを感じていたときのようだ。
奴の気配が動く。ゆっくりと歩き始めたのがわかった。四足ではなく、身を起こしていることもわかった。やつは俺が見ていることにも気づいている。
だから俺は目を向けるように意を向ける。
やつの姿は、俺が思っていたものの姿だった。
さむらいたちの声などもう背中に届かなかった。
俺にはわかる。けだものがくる。気配とにおいが押し寄せてくる。俺の前には山のざわめきがある。封じた瞳の闇の中でも、はっきりと感じられる。奴が来る。きっと山の獣たちは、俺のような狩人が山に入ることを、このように感じているのだろう。
俺は駆けた。枝をくぐり、藪は飛び越え、下生えにふわり舞い降りて、さらに駆ける。耳元を風の音が行きすぎる。立ち木の幹の間近を飛びぬけるときには、風の音も重く感じる。その重い音の響きが切れ目無く続く。俺こそが獣じみていたかもしれない。
藪を飛び越え、下生えに降りた。身をかがめて槍を引き寄せる。何もかもが静まり返り、俺は闇の中を探った。目を向けるように意を向けると、そこに何があるのか感じることができる。そうやって、闇の中を撫でるように探った。感じる。
夜の中に響く脈打つような何かは、奴が地を蹴り、また木を蹴って駆ける音だ。まだ遠いけれど、夜の森の木々の向こうから、闇よりも暗く何かが来る。
やつだ。俺にはわかる。俺の知っているどんなけものとも違った姿をし、どのけものとも違った目で俺を見る。
しまった、と思ったときには遅かった。
奴の二つの目が、光って俺を見た。地を踏み削り、滑るようにしながら勢いを削ぎ、夜の森に止まる。
そして振り向き、俺を見た。
奴は夜の森の中で背を丸め、ましらのようにある。その目は、らんらんと光っていた。俺が見られたわけではない。だが俺が見ていることに気づき、俺の気配を探り出そうとしている。俺は瞳を閉じるようなこころもちで、奴から意を退ける。奴の気配が急にぼんやりとして、確かに感じられなくなる。さきまでの気配のみを感じていたときのようだ。
奴の気配が動く。ゆっくりと歩き始めたのがわかった。四足ではなく、身を起こしていることもわかった。やつは俺が見ていることにも気づいている。
だから俺は目を向けるように意を向ける。
やつの姿は、俺が思っていたものの姿だった。