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<経産大臣指定伝統的工芸品> 鹿児島 川辺仏壇

2021-08-23 13:20:40 | 経済産業大臣指定伝統的工芸品

 「川辺仏壇-かわなべぶつだん」

 Description / 特徴・産地

 川辺仏壇とは?
 川辺仏壇(かわなべぶつだん)は、鹿児島県南九州市川辺町周辺で作られている仏壇です。
 川辺仏壇の特徴は、「ガマ戸」と呼ばれる川辺仏壇オリジナルの独特な仏壇があることです。”ガマ”とは、鹿児島県の方言で洞窟を表します。
 浄土真宗(一向宗)が弾圧された時代、洞窟などに隠れて念仏を唱えるようになったため、この場所は「かくれがま」と呼ばれました。ガマの中では、狭い場所でも礼拝ができるようにと台座と仏様本体が一体化した「ガマ壇」という仏壇が造られるようになります。
 また、隠れキリシタンが仏壇にマリア像を隠して信仰していたように、川辺界隈では一見箪笥に見える、扉を開くと豪華絢爛な金色の隠し仏壇が造られていたと言われ、「ガマ戸」にもこのようなガマ壇や隠し仏壇の要素が受け継がれているそうです。
 「ガマ戸」以外には「三法開き」、「胴長」、「半台付」、「別台付」という様式もあります。材料には杉や松が使われ、川辺仏壇は天然本黒塗りと金箔で仕上げた木地に、美しい彫刻が施された小型の仏壇として長い礎を築いてきました。
 この技術は仏壇だけに留まらず、祭事の神輿、近年ではカフェや九州新幹線つばめの内装に活かされ、信仰という域を超えた技術と言えるでしょう。

 History / 歴史
 薩摩半島中部を流れる万ノ瀬川の源流の一つ、清水川ほとりの崖には約500mに渡って仏像が彫り込まれている「清水磨崖仏群(きよみずまがいぶつぐん)」と呼ばれる史跡があります。1264年(弘長四年)から明治時代まで供養塔や仏像、梵字などが彫り込まれ続けたそうです。
 川辺街周辺は古くから仏教信仰の強い地域でした。12世紀初期には仏壇が作られていたと言われており、現存する最古のもので”1336年(延元元年)9月6日”と記された黒塗りの位牌があるそうです。
 1597年(慶長2年)に薩摩藩は、浄土真宗禁制に乗り出しました。加賀一向一揆や石山合戦(浄土真宗本願寺派勢力と織田信長の闘い)の影響で、大名たちが浄土真宗を恐れ始めたためです。約300年続いた弾圧の中で人々は、洞穴や洞窟に隠れ念仏洞と言われる集会所を作り、仏像や六字名号(南無阿弥陀仏)を隠しあらゆる手段で隠して信仰をより強いものにしていきました。
 1876年(明治9年)に信教が解禁されると仏壇製作も盛んになります。1975年(昭和50年)、川辺仏壇は伝統的工芸品として指定され、その技術は全国に知れ渡るようになりました。

*https://kogeijapan.com/locale/ja_JP/kawanabebutsudan/ より

 金色(こんじき)に染まるいにしえの技、川辺仏壇
 川辺地方は古くから仏教のさかんな土地で、多くの仏教にまつわる遺跡が残っている。西暦1200年頃から、川辺仏壇の技術、技法は確立されたとされている。1597年に島津藩による一向宗の禁圧などで、仏像や仏壇は焼失したが、その信仰は根強く残り、いわゆる隠れ念仏によって仏壇が小型になった。また、見かけはタンスで、扉を開けると金色燦然とした仏壇が包蔵されたものが作られた。
 明治時代の初めに、信教の自由が許され、初めて技術、技法を継承してきた池田某作が公然と仏壇製作を始め、今日の川辺仏壇の基盤を作った。

 
 熱心な仏教信仰の町、川辺町
 鹿児島市の中心部から、バスに揺られて1時間ちょっと。ここ川辺町は、約700年前に平家の落人が祖先を偲んで追善供養のために刻んだものと伝えられる『清水磨崖仏(きよみずまがいぶつ)』で有名である。源平の昔から仏教への篤い気持ちと歩んできた川辺地区。その川辺町で、伝統工芸である仏壇はどのような歴史を刻んできたのだろうか。川辺仏壇作りの伝統工芸士である、坂口正己さんにお話をうかがった。
 「仏教の盛んな土地に自然と仏壇製造が生まれるのは、市場の原理もある。それと、あらゆる法難に耐えて、その伝統技術・技法を守り抜こうとした、篤信の心が地方民に強かったということです。」と坂口さんは語り始めてくれた。
 「この地方はもともと一向宗(浄土真宗)が盛んで、仏壇も浄土真宗の“金仏壇”が中心となって発展したのです。以前は、他の宗派では唐木仏壇が一般的だったのですが、現在では宗派にこだわらず、金仏壇を使ってもらってますね。金箔貼りも優れた技能ですが、ここ川辺仏壇の特長は、その歴史に裏づけされた伝統と、妥協のない素材選定、微細な彫刻技術など。各工程で職人が分業しながら、誇りを持って、その技術を生かしているということです。」
 長い歴史の風雪に耐えた本物だけが持つ風格を川辺仏壇は感じさせてくれる。


 「塗りは『漆との競争じゃ』」
 分業制が基本の仏壇製作の中で、坂口さんは木地から金箔押し、組立てまでこなせる仏壇作りの達人だが、本来は仕上げ部門の職人である。特に“漆塗り”にかける情熱はすごい。「漆は人間の手でコントロールできない、やっかいな代物なんですよ。おかしなものでね、漆は湿度が高くないと乾燥しないのですよ。わしの1日は天気予報から始まるんです。今日の天気はどうか、漆塗りの作業を一階の作業場でやるか、三階の作業場でやるかってね。まさに『漆と職人との競争』ですよ。」
 「手を抜いたら、すぐ漆に馬鹿にされる。漆のやつが笑って言うんですよ。『ほら、ここやり直し』ってね。」と坂口さんは笑って語る。
 「だから、50数年間漆に馬鹿にされないように、一所懸命、塗りの技術を磨いてきましたよ。」そんな坂口さんも、ある時、壁にぶつかってしまったことがあるという。どうしても従来の川辺の塗りの技法では越えられない水準があった。漆塗りの頂点を会得しなければ、自分の仏壇作りは進歩しないと思ったのだ。そこで坂口さんは、長野県の木曾漆器漆塗りの名人の所まで、教えを請いに行った。何回も何回も木曾まで足を運び、究極の漆塗りを求めたのである。その向上心や恐るべし。
 そしてその熱意に打たれた木曾漆器の職人さんも、わざわざここ川辺まで足を運び、坂口さんに自分の持つ漆塗り技術を伝授してくれた、ということである。
 そんな漆にかける坂口さん情熱の源は、厳しい宗教弾圧にあっても決して屈さず、篤い信仰心を持ち続けた川辺町の不撓不屈の精神にあると感じた。

 職人魂とは
 坂口さんは「わしがこの仕事を始めたきっかけは、信仰心からというよりも、学校を出て満州に行ったのですが、すぐ終戦を迎え、引き上げてきたのです。すぐに師匠の所へ住み込みで修行させてもらうようになりました。」「今から思うと、鍛えられましたわ。朝は6時からそうじを始め、仕事が終わるのは夜の11時。家に逃げて帰っても食えんし、がんばるしかなかったですね。まあ、もともと物作りが好きだったこともあるのでしょうが。師匠も厳しかったですよ。とにかくどれだけ仕事をしても、誉めてくれん。教えてもくれん。師匠の仕事ぶりや作った仏壇をこっそり見て、学んでいったのです。」「でもまだまだ修行中の身ですよ。職人は、一生修行でしょう。一生涯に一回だけでいいです、自分が心から満足できる、すばらしい仏壇を作ってみたいですね。」
 そして「仏壇作りは工芸技術のなかで、一番難しいと思う。」と坂口さんは胸を張る。昨年、岡山のある有名な“仁王仏像”を修復する話が、川辺町に持ってこられたのである。地元の工芸技術者、建築技術者も、尻込みしてしまうほど古く、損傷も激しかった。それが、最後に坂口さんのところに話がきたのである。仏壇作り技術の高さを知っていた人からの依頼であった。
 「仏壇が作れるモンは、なんでも作れる。わしが作れんものは子供だけじゃ」と笑って、この仕事を引き受け、そして見事にその仁王さんの修復を成功させたのである。
 このエピソードにも、川辺仏壇の技術の高さが如実に表れているのではないだろうか。

 職人プロフィール

 坂口正己 (さかぐちまさみ)

 昭和5年5月10日生まれ。
 川辺仏壇を作って54年のベテランの伝統工芸士である。口癖は「自分達の仕事には終点はなく、自分が終わるまでが勉強だ」

 こぼれ話

 仏壇作りの歴史と由来

 ここ川辺地方は古くから仏教の盛んな土地で、多くの仏教にまつわる遺跡が残っています。仏教文化を持つ川辺氏と壇ノ浦の決戦で破れた平家の残党が同町清水の渓谷を中心に伝導にいそしみ、約500メートルの岸壁に数々の塔や墓形、梵字を刻み、供養一途に生きたと伝えられています。このような仏教の隆盛や遺跡から見て、仏壇・仏具が作られたことは歴史の当然かもしれません。以上のようなことから、素朴ながらも、川辺仏壇の技術、技法はこの頃確立されたのです。しかし、これだけの遺物があるのに、仏像・仏壇が全く残っていないのはなぜなのでしょうか。それは島津藩主による、一向宗の禁制(1597年)と廃仏毀釈の布達(明治2年)により、そのほとんどが焼失したためです。ところが、一向宗の禁制や弾圧が強行されても信仰は根強く残り、いわゆる“隠れ念仏”が作られるようになりました。仏教徒の知恵とでも言うべきものです。今でも川辺仏壇に「ガマ(鹿児島では洞窟のこと)」という型のものが作られているのも、洞窟の中で布教して、一向一途に念仏を唱えた頃の名残です。

*https://kougeihin.jp/craft/0816/ より


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