がんばれナラの木

震災にあわれた東北地方の皆様を力づけたくて
The Oak Treeを地方ことばに訳すことを始めました

アーカイブ 2013

2011年02月20日 | 資料

7月29日 どうも、このページに書く文章はとげがあっていけません。それだけ、私の原発被爆に対する憤りが強いということではありますが、感情的に過ぎるのはよくありません。冷静に分析し、有効な動きをすべきだと、頭では考えるのですが、東電の態度をみているとどうにもいたたまれない気持ちになります。
 7月24日に山梨県で小学生に自然のことを伝える集まりがありました。とても楽しい時間でした。そのときに、小雨の林の中からミズナラの葉がきれいに見えました。ナラの木はカリカリすることなく、なにごともなげに静かに立っていました。




7月25日 ニュースによれば、福島の漁民が汚染水が海に流れていることに対して東電に抗議をしたという。ごく単純に考えてこれは予測されたことだ。水を流して「除染」ができるということは、放射能汚染物質は水で流せるということだ。「流せる」というのはそれで消えてなくなることではなく、水で移動させるだけだ。日本のように雨の多い国ではそうして流された汚染物質は水流で川に流れ込み、そして海に出るはずだ。一方で、原発から直接出る汚染水は膨大な数のタンクにためているようだが、たいへんな勢いで増え続け、これはとどまることがない。これを単純に試算するだけでもすぐに福島県のかなりの面積をつぶすことになるのではないか。しかも水という比重の大きい液体をあんなうすっぺらなタンクに入れて、大地震が来たときに大丈夫だなど、小学生でも無理だとわかる。
 思い起こしてみよう。当時の野田首相は「終息宣言」をした。あれには自民党でさえ驚いたのではないか。一体、何が終息したといいたかったのだろうか。データも根拠もなしに、心情的に「いつまでも被害、被害といっておれない」程度のけじめをつけたかったとしか思えない。なんという無責任な態度であろうか。
 福島の漁民はその終息宣言を反古にしたことに憤慨していたが、それは人が良すぎるというものだろう。ことばそのものを信用することなどとてもできない。その言葉のよって立つ情報がなければ信用できない。それはデータと、専門的知識による論理的な説明以外にありえない。なぜ福島の海が放射能汚染されないですむのかは、政治家が言ったことばによってではなく、汚染物質がどう動き(流れ)、通常であれば上から下に流れるのが、そうならないというきわめて説得の難しいことをデータとともに示してもらうことによらなければ、納得ができるはずがない。
 そういうことを考えるとき、東電という犯罪的な企業がなぜ破産もしないで、のうのうと継続できるのか理解ができない。これほど危険で、高くつく発電方法はないということがはっきりわかったのに、再稼働を名言した自民党が選挙で圧勝するなど、さらに理解ができない。


7月24日 東海村の村長さんが再出馬をしないと表明したという。そのことばがすがすがしかった。「これだけの犠牲を出し、尊い命が失われたのに、何の反省もなく、責任をとることもしないで、再稼働をしようとする、腐りきった日本社会に立ち向かうには、村長という立場でなくてもできる」。こういうまともな行政者もいるのだ。

7月19日 今朝の朝日新聞一面に「甲状腺被爆者、公表の10倍」と出ていた。私は早とちりして、実際に甲状腺の機能障害などになった人がほかの場所の10倍いたのだと思って慌てて記事を読んだら、そうではなくて100ミリシーベルト被爆者を厳密に調べ、一定の推定法で調べ直したら、これまで言われていたよりも10倍多いのが実態だということだった。しかし、それは今年になって国際機関が東電の報告を疑問視していることがわかり、それで厚労省が見直しを指示したからわかったということだった。「なんだそれは!」東電のひどさは今さらいうまでもないが、厚労省は自分で判断できないのか。自分の国の国民、とくに子供たちが健康に懸念があることを、外から言われてようやく指示を出すのか。そして改めて思う。あの頃、「専門家」と言われる人がテレビで繰り返し言っていた「体に直接被害があるようなレベルではありません」ということばの虚偽性と無責任さだ。あのとき、あわてて帰国命令を出した外国の政府を「大げさだ」とでも言いたげだった「専門家」は、自分のことばにどう責任をとるのか。そして、ああいう人間を専門家として登場させたマスコミはどう弁明するのか。あのとき、子供たちにヨウ素を与えれば甲状腺の発ガンが抑制されたのに、なぜそれをしなかったのか。今後も同じような隠蔽の発覚は続くに違いない。

7月19日 7月11日のNHKのクローズアップ現代で福島原発事故と動物のことをとりあげていました。番組は初めに警戒地域の家屋でクマネズミが増えて家の中の電線をかじったり、壁に穴をあけたりして、畳の上には糞が散乱しているところから始まりました。見ていてゾッとする衝撃的なものでした。津波があっても、原発事故があっても、「必ず帰るんだ」と強い気持ちをもっていた人が、「人が帰るところじゃないですよね」と無力感をもってつぶやく映像が流れました。そして警戒地域だけでなく、その周辺にも増加したネズミが入りつつあることが紹介されました。
 そのあとにイノシシの行動が変化したことが紹介され、これまでは夜にしか姿を見せなかったイノシシが昼間でも堂々と歩いている、雑木林にしかいなかったものが、放棄された農地に跋扈していることが紹介されました。
 番組を見た人は「えらいことになった」と感じ、「動物というのは油断がならないものだ、抑えつけないといけない」と感じるはずです。番組のメッセージもそこにあったようです。原発事故はこういう形でも住民に被害を与えているというレポートで、そのメッセージ発信は成功したと思います。
 私も動物の管理は必要不可欠の大事なことだということを主張する点では人後に落ちないつもりです。ただ、この番組の作りには深いところで違和感があります。
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7月9日 新潟県の泉田知事と東電社長のやりとりは勝敗がはっきりしていて、原発再稼働反対派は多少の溜飲を下げた。「東電という会社は原因究明もせず、責任もとっていないまま再稼働しようとしている。ということは新潟で事故が起きても責任をとらないということだ」「安全よりもお金を優先させるということですね」あたりは論理的にもまったく正しい。あの状況で東電社長が「私も企業の人間ですから、経営は重要で3年連続赤字はなんとしても避けたい」というのは馬鹿丸出しというしかない。シラをきり、嘘をつき続けてきたのだから、「とんでもございません、安全がなによりでございます」というかと思っていた。
 問題は、しかし、論理で正しいことを無視するこの国の判断基準にある。今朝の新聞の一面には「再稼働政権が後押し」とある。それで思い出すのはドイツのメルケル首相である。原発推進派として首相になったのに、3.11をみて直ちに原発中止を採用した。悪く言えば「転んだ」のだが、そこには「論理として正しいことは認め、自分のかつての考えは撤回する」という論理的態度があると思う。ドイツの情報はあまり流れてこないのでわからないが、国民はこの「転向」をどう評価しているのだろう。それによって首相が辞めさせられたということになっていないのだから、国民が支持しているのであろう。戦後処理についても共通したものを感じる。
 安全こそが国民にとって最も重要であるという明白な価値観を、これから先まったく見通しのない経済を優先するという価値観で被い尽くそうとしている。政治家の、ことの軽重の無理解と、見通しのなさが、この国を滅ぼそうとしている。


7月8日 なんだかおそろしく暑くなりました。私が子供の頃、30度を超えるというのはちょっと特別な感じがあって、35度などというのは聞いた記憶がありません。冷房もなかったので「暑い、暑い」とは言っていましたが、こんな体調を崩すようなことはなかったように思います。仮設住宅の人はさぞかしたいへんだろうとお察しします。
 選挙が始まったやらで、福島の農家のおばあさんに取材をしていました。「農業はもうかんねえけど、オラはいい仕事だと思っているんだ。」と、はにかみながら、うつむき加減に話しておられました。飾り気のない、心とことばにずれのない、正しく生きてきた人だけが表現できることばだとわかりました。
 時間というのは恐ろしいもので、あれだけのことがあったのに、なんだかあれはどこのことだというような感覚が、小さい音ではありますが、湧いてくるようで、怖いような思いがあります。
 そうだからこそ、私は変わることなく、このブログを続けたいと思っています。これといって目立った動きはないのですが、そのうち、よいご報告できることもあると思います。
 ところで、このブログの命である、「ナラの木」の詩の地方訳が、長いあいだ届いていません。そのこともあって投稿しにくい気持ちがあるかもしれませんが、ぜひ「自分のことばによるナラの木」を送ってください。そのことが少しでも被災された皆さんの心に届けばいいなと思います。
 暑い夏になりそうです。皆様、ご自愛ください。


6月9日 トルコの動きが不穏なようです。オリンピックはむずかしそうな雰囲気です。私は東京でやらないほうがいいと思っていたので、ちょっと残念です。理由、1)東京はすでにやっている、日本でやるなら別の町のほうがよい、2)東京は魅力的な都市ではまったくない、3)東京で実施する意味が不明、知名度向上は不要、経済効果は「もうたくさんだろう」。
 それはさておき、トルコは大半の国民がイスラム教なのに、右派の大統領が批判されているというのがおもしろい。私はこれは原理主義の危険性を知る国民の知的レベルの高さから来るのではないかと察しています。社会は多様な人が構成する以上、単一で明快な原理主義派まとめやすくはあっても、違和感をもつ人が必ず現れてきしみが生じる。それはイランや戦中日本をみれば明らかです。それで政教分離を正しく選択したのだと思います。
 聞くところによれば公園の造成のようなことで市民の反発を買っているというが、それで数万人のデモとなり、国がひっくり返ろうとしている。そうなるかどうかはまだわかりませんが、可能性は十分でしょう。
 それにつけても思うのは、それよりははるかに深刻なテーマである原発反対のデモを多数の人が二年間も継続しているのに、そして、その中にノーベル賞作家までいるのに、ほとんど無視するこの国の政治家の鈍感さ。それを重くとりあげないマスコミのバランスの悪さ。それを思うにつけ、この国の市民の声の軽さを思わないではいられません。
 「たみ」ということばはcitizenとはずいぶん違う響きがあります。力なきもの、虫けらといった響きさえあります。
 歴史や社会のことに無知な私のつぶやきとして聞いてもらいたいことですが、やはり関ヶ原の戦いと明治維新はヤバかったんでないの?日本の歴史、というか政治史の中で大きなできごととされるこの二つにおいて、大義よりも「勝ちそうなほうに寝返る」「勝てば官軍」を実感としてみてしまった民は、何が正しいかなど重要ではないと身にしみて思ったのではないでしょうか。その傷はその後の日本人の精神に沈殿したと思います。正しいことを貫いたほうが損をするという悲劇は「八重の桜」を見ると痛いほどわかります。明治政府の醜悪さはテレビドラマ以上であったはずだし、それに対する恨みは百年ほどの時間で消え去るとは思えません。そのことに西日本、南日本の人たちは鈍感であると思います。そうしたことを整理しないまま敗戦し、今度は民主主義という「官軍」に「なんだかよくわからないけど、逆らわないほうがいいぞ」としてきたのだから、政治家は「デモなど屁のようなもの」と思うし、マスコミも視聴率だけ考えて、過激な暴力デモや、アメリカの数千人のデモはとりあげでも、日本のマナー正しい数万人の真剣なデモをとりあげない。
 頑固じじいは大いに気に入りません。


5月15日 八ヶ岳に調査に行きましたが、そこで立派なミズナラの木に出会いました。周囲は332cmありました。写真では大きさがなかなか表現できませんが、下にいる学生と比較してみてください。それにこののびのびと伸びた枝を見てください。



5月9日 東電は地元の理解が得られたら汚染水を海に放出したいと表明したそうです。「やはり」と思いました。この会社は自分たちが何をしたかも、何をすべきかも考えていないということです。放射能汚染の意味は地球倫理に照らして許されないことをしたことにあるのです。それを拡大することは誰かの了解をもらうというようなことではない。地球にこれ以上迷惑をかけてはいけないことは明白です。そのことをまったく理解していません。
 ただ現実に起きるであろうことはそれよりははるかに低次元のことだと思われます。漁業関係者はすでに死活問題に直面し、これ以上悪くならないというところまで追いつめられているのではないでしょうか。そのことの弱みをつかれて、いくばくかでも保証金がもらえるなら放水を承諾するというようなことがあり、東電は地元民が望んだという形で責任をすりかえるでしょう。
 企業の社会における存在意義とはいったいなんでしょう。まことに暗澹たる気持ちです。


5月2日 わが国の首相は就任してから「美しい日本」にしたいと語りました。そのことばには風土の美しさということもあろでしょうが、もちろん伝統文化ということもあったと察します。わが国民の勤勉さや思いやりは誇るべき日本の美しさでしょう。そうした中に信用を重んじるということがあると思います。武士が家の名誉を重んじたことにはじまり、商人も一流であれば、一時的な儲けではなく、信用を重んじてよい商品を売る、間違いのない配達、アフターケアをするなどの美風がありました。その美しき心ばえをかけらでも持つ人であれば、2年前に地球を揺るがす大事故を起こした原子力発電技術を海外に売り込むことなどできるはずがありません。相当たちの悪い詐欺師でもためらいを持つはずです。世界の良識ある人々は今回の報道を見て、日本のリーダーは破廉恥であると感じたはずです。あの事故の処理はおろか、実態解明さえできていないのですから。

4月9日 福島原発の排水貯水池のシートから水が漏れていると報じていましたが、開いた口が塞がりません。庭の池でも防水シートなど使う愚か者はいないでしょう。震度3か4でも危ないはずです。しろうと考えですが、豪雨が降って溢れることは絶対にないのでしょうか。それに、テレビで見ると狭い土地にタンクや貯水池がぎっしりです。これからも排水は出続けるわけで、今後の見通しをどう立てているのでしょう。別の場所を探していると言っていましたが、だれが引き受けるでしょう。廃炉にするしかないということがまだわからないのでしょうか。私には、こういう重大なことを東電にまかせること自体がまちがっているとしか思えません。

4月6日 これまでもときどき見ていましたが、NHKテレビの「Megaquake(巨大地震)」を見ました。この番組を見ると日本がいかに危険な列島であるかを客観的に示してくれます。最新の研究成果をずばらしくわかりやすい三次元表現などを駆使して説明してくれます。そして底流にあるのは、むやみに恐怖心をあおるのではなく、その逆に事実を直視することなしに対策はありえないというもので、まったく賛同します。私たちは怖いものはあってほしくないと思い、先延ばしにして、いつのまにかないものにするという心理をもっています。それは何の解決にもなりません。
 今日見た番組では過去の記録ということにふれていました。岩手県の宮古の海岸から300mのところに昔から津波で流されてきたといい伝えられる巨岩があるのですが、今回その近くまでコンクリートブロックが流されたので、作り話ではなかったという話をしていました。また多賀城にある末の松山というところにはこれまで津波が来なかったが今回も来なかった、仙台の波分け神社も同様だったそうです。また平安時代の貞観津波(809年)を裏付ける海岸の砂が仙台の内陸で確認されていたそうです。それを調べていたという東北大学の今村文彦教授はそれを知っていながら警告につなげられなかったことを悔いておられました。
 今村先生の謙虚な姿勢は誠実さを感じるものでした。私は自然科学者は自然に対して謙虚であらねばならないと思います。自然を管理するとか、災害を抑制するというのは傲慢です。戦後の日本の政治は自然に謙虚でない工学者を重用しました。私はその過ちが原発事故につながったということに段々と確信をもつようになりました。



日時:3/30 (土)
開演時刻
第1回目:15時
第2回目:16時30分
※開場は開演の20分前

会場:カフェ・ラブリコ(千代田区富士見2-4-3朝日観光ビル1階)
※東京大神宮の隣のビルの1階

最寄駅:JR及び地下鉄各線「飯田橋駅」から徒歩5分
・JR飯田橋駅西口から徒歩4分
・地下鉄飯田橋駅A4 A2 B2a各出口から徒歩5分


3月11日 またあの日がめぐって来ました。3月9日のNHK特集を見て考えたことを書きました。

東北の人の多くはあまりべらべらしゃべりません。突然家族を失った老人が怒りも、悲しみものみこむような表情で「おれ、そんなに悪いことしてないんだけどなあ」と言いました。私たち古い世代は世の中に人や社会の矛盾によって不公平や不満があっても、正しい生き方をしていればいずれお天道様が認めて幸せにしてくれる、人をあざむいたり、ずるいことをして一時的に金持ちにるようなことがあっても、最後はお天道様がさばいてくれるという感覚があります。その老人の語ったのは、そうであるのに悪いことをしていない俺がなぜこんな目に遭うのかということです。
 仮設住宅に入っている婦人が言いました。「仮設にいることは、自由はあるはずなんだけど、牢屋にいるのと同じだよ。希望がないもの」と。
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3月9日 
12月27日、2012年も暮れようとしているときに、仙台で会議があり、行きました。帰りの新幹線が福島をすぎたあたりで、太陽が西に傾き、脊梁山地の山の端が鮮やかに見えました。こうして何年も、いや何万年も落日がくり返され、この土地に美しい自然があり、人々が暮らして来た。今はテレビのこともあって戊辰戦争のことなども重ねて考えますが、いずれにしてもこの福島という土地が綿々と自然を継続してきたのに、2年前からこちらはこの土地が放射能汚染されてしまったのだという事実を考えてしまいました。



 今日のNHK特集によると、福島のスギの木の上部が線量が高く、これは外部被爆ではなく、雨で地中に入ったセシウムを木が吸収したものだということで、つまり同じ場所で放射能がいわば安定的に循環してしまうことがわかったということでした。私はむしろ流れ出て海が汚染されることを心配していましたが、そのことも起きるが、一方で陸のものは植物の働きによって流失しないという生物現象が起きているということです。暗澹たる気持ちになります。
 また子供が外で遊べないでいることや、家族がばらばらになっていること、社会そのものが破壊されたことも伝えていました。こんなことが許されるはずはありません。私は法律のことはわかりませんが、これだけ明らかな罪がさばかれないのはお天道様に許されるはずはありません。ごく単純に考えても、これは巨大な殺人罪であり、憲法に保証する人間らしい生活をする権利を奪うものです。東電はもちろん、これを進めて来た戦後の自民党政治は罰されて当然だと思います。なぜ検察は動かないのでしょうか。私にはさっぱりわかりません。


2月19日 高槻は若い頃、仙台の東北大学で過ごしました。当時の仲間が仙台の海岸で3.11の震災と津波によって被害を受けた動植物の復活の状態を記録する活動をしてくれています。リーダー格の東北学院大学の平吹教授が書いた論文に感動的な文章があり、「がんばれナラの木」にも通じるものがあるように思ったので、紹介します。

春の進行とともに、損傷し、塩害を受けてもなお若葉を広げ、開花し始めた植物や、流砂に埋没した地中から這い出したクロベンケイガニ、あるいは林間を精悍に飛行するオオタカのすがたに感激し、大いに勇気づけられた。

その論文には別の箇所に以下のような文もあります。

 大震災・大津波によって被災した海岸は決して「壊滅」はしていない。海岸エコトーンという「海と陸、河川」、そして「不安定で特殊かつ多様な立地の中で生き続けてきたたくさんの生物種」によって織りなされる「連綿としたつながり」の中で、見事に自立的再生を果たすに違いない。我々はその海岸エコトーンが産み出す恩恵の下で、生きる豊かさ・喜びを授かり得る道、子孫に伝えるべき故郷のすがたをもう一度見つけ出す必要がある。

2月16日 千葉県の石川和也さんから「齋藤さんのエッセーを読んで」という文章をいただきました。石川さん、ありがとうございました。

実は私は一昨年宮城に行き支援活動をして来ました。仙台を拠点に岩手や福島へも4トントラックで何回も物資を運びました。被災三県でも給油するたびに感謝されました。そのとき「頂いた気持ちをもっともっとみんなに返したい」と感じましたもっと読む

2月3日
 昨夜、北海道でかなり大きな地震があったようです。テレビを見ていたら青森の原発は今のところ異常はないといってました。私は自分自身の心の動きを怖いと思いました。というのは「青森の原発は」まで聞いたときには胸騒ぎがしたのです。これがまともな感覚であるはずです。もし万一、また原発事故が起きたら本当にこの国はおしまいだと思います。あれだけの事故を反省しなかったということで世界から非難されることは確実でしょう。しかし「なにもない」と聞いたら、安心してしまいました。これが怖いことだと思います。
 おそらく人には「こうあって欲しい」という心理があるときには、そのようになったことを確認したとたん、安心するという心の動きがあるように思います。福島の原発事故のとき、私たちはよいほうによいほうに解釈しようとしました。事実は最悪だったのに、まさかチェルノブイリのようなことはないはずだと思おうとしました。また、北朝鮮のミサイル実験は失敗するだろうと思おうとしました。実験を延期をすることになったとき、みんなが「やっぱり北朝鮮はだめだ」と半分ほっとしたような気持ちでした。その翌日に成功したとき、困ったことだと思いながら、どこか嘘であったほしいような気持ちをもったはずです。私は邪悪だと思いますが、とても頭のいい集団がいて、人のもつそういう心理を読んでいるように思われます。今思えば、前の失敗もわざとだったかもしれないと思えるほどです。
 学ぶべきは、人には悪い事態に対して目をつむろうとする心理があり、ゆうべの例でいえば、胸騒ぎがしたほうが正常で、安心したほうの心理こそそういうご都合主義なのに、何もなかったこととして心理的な「処分」をしてしまった、これはいけないと知ることでしょう。我が国の政府はそのしてはいけないことをしようとしています。3.11以来、地震がはるかに高頻度で起きるようになっているし、昨夜の地震くらいはいつでも起きるという客観的事実があるということです。こんな地震列島に原発を作ることはまともな理性がすべき選択ではありません。
3月30日 『語りつぐことば vol.6 ~桜咲く季節に~』を見て来ました。メインは「東京大空襲」でとても胸を打つものでした。迂闊にも東京大空襲が3月10日であることを知りませんでした。そう思うと日本人にとって3月は悲しい月なのだと思い、それだけに桜の美しさの意味もまた深いように思えます。
 私にとっては最初に上演された「カメのこうらはひびだらけ」という子供向けの紙芝居がとても楽しかったです。渋谷やこさんが演じる紙芝居ということでしたが、実際は布を壁に貼付けるようなものでとても新鮮でした。海の音を表現する太鼓の中にビーズをいれたものがとても効果的だったし、亀が帽子になったり、裏返しになって亀甲模様が出て来たり、子供がいれば大喜びするようなすてきな布芝居でした。最近ガラパゴスのゾウガメの最後の一頭であるロンサムジョージ(ひとりぼっちのジョージ)という名前のおじいさん亀が死んで絶滅してしまったのを知っていたので、ちょっと複雑な気持ちもありました。
 最後に「ナラの木」を朗読していただきました。工夫がされていて、ナラの木をいくつかに分けて、外海さん(静岡遠州)、堀淳さん(大分)、酒井康行さん(金沢)、小川ひかるさん(青森)、それに渋沢やこさん(神奈川)がそれぞれのお国言葉で朗読してくださいました。皆様、ありがとうございました。


3月25日 「ナラの木」の詩のすばらしい朗読を朗読してくださった、日本俳優連合外海様から以下の公演のご案内がありました。このなかで「ナラの木」の朗読をしてくださるそうです。ぜひご参加ください。

『語りつぐことば vol.6 ~桜咲く季節に~』

◆布芝居「カメのこうらはひびだらけ」
◆南三陸の詩人・須藤洋平さんの詩
◆「東京大空襲」


1月29日
齋藤様のエッセーについて辻口様から感想文が寄せられました。ありがとうございました。

 物凄い内容の文章に、はっとし、心を動かされました。人の気持ちが動く、人を動かすとはこのような事なのですね。この文章を書いた方の熱意の源にふれ、またも心が揺り動かされました。
私だって、「がんばれナラの木」の詩に共鳴できる「何か」を持っているのだと信じて、被災地の方々に、少しでも役に立つことができるように、恥ずかしくない生き方、暮らし方をして繋がっていたいと思います。私の弱々しい根っこのひとつは、確実に東北地方へ向いています。
辻口栄一


1月23日
オーストラリア在住のカロリーナさんが「恥ずかしがるな!」について感想を送ってくださいました。

1月23日 
いつもこのブログを支援してくださっている齋藤様から「がんばれナラの木との出会い」というエッセーをいただきました。とても感動的です。この文章について少しやりとりをしましたが、その最後の段階で病院で検査をされ、お医者様から99%治ったと言われたそうです。まことに喜ばしいことです。齋藤様、これからもお元気で画作にお励みください。

高槻先生の「ナラの木」の放送を偶然聴き、胸が高鳴りました。そしてあの暖かい岩手言葉の語りに涙が止まりませんでした。というのは、自分がいま置かれている境遇と、被災された方に対する思いが重なったからです。もっと読む

1月14日
宮城県の石崎純子様から「がんばれナラの木」と「ナラの木を読む」の感想が寄せられました。石崎様ありがとうございました。

1月10日
 私が書いたエッセー「恥ずかしがるな!についてアメリカのD.R. マッカラーさんがコメントをくださいました。マッカラーさんは世界的な野生動物生態学者でカリフォルニア大学バークレー校の教授でした。私は若い頃、彼に会いにアメリカに行き、その後長いおつきあいをしています。日本にも何度か来たことがあり、いっしょにシカの本を編集したこともあります。

1月10日
北海道の知人から立派なコナラに出会ったという年賀状をもらったので、その写真を送ってもらいました。実に立派な木です。もっと見る


1月9日
千葉県の福祉施設「ケアプランセンター八街」にお務めの村井かおり様は昨年の12月に東日本大震災の被災地を訪問され、その報告を送ってくださいました。村井様、ありがとうございました。石巻の大川小学校は私も訪問しましたが、あまりに悲惨で早々に立ち去りました。

1月8日
「恥ずかしがるな!」を読んだマリアさんからも手紙が来ました。マリアさんはかつてベネズエラから日本に留学していたカロリーナさんのお母様です仲間からの声の本日分

1月8日
長野県の黒姫にあるアファンの森で、あるコナラの木を初夏から冬まで撮影しました。

1月7日
正月に海外の友人にエッセーを書いて送りました。内容は次のようなものです。私たち戦後の世代は「生真面目すぎる、ユーモアがない、はっきり自分の考えを言え」ということを繰り返し言われましたが、いま思えばそれはアメリカ人のようになりなさいということでした。でも日本人は稲作民族ですから、みんなが共同で作業をしないといけません。そのためには協調性が必要で、いまもてはやされる「個性的」というのは、足並みをそろえないということですから、そういう者は「出る釘を打たれ」たわけです。だから急に変われと言われても無理もないわけです。そういうアメリカの影響は経済復興の必然もあって技術力、工学の偏重を生み、それは土木工事、森林伐採など自然改変を可能にし、いつしか「自然は管理できる」という驕った考えになっていったのではないか。そううことを書きました(「恥ずかしがるな!」)。
 「ナラの木」を送ってくれたダイアナさんはクマの研究をするかたわら、クロウ族という先住民の科学教育の活動をして、その中で伝統文化の大切さを考えているらしく、返事をくださいました。

タカさん
 エッセーすてきだったわ。こういう考えは、学生に科学を教えるのにも、伝統文化の価値を深く考えるためにもとても大切だと思うの。私はいま、将来のことを心配しているアメリカ先住民の人たちと仕事をしているのよ。
 世界中でこういう「自然を管理する」態度が広がり、民族や、社会や、国がアイデンティティを失っていくのを見るのは悲しいことね。
 あなたといっしょに、こういう努力をしたいと思っています。
 原文は仲間からの声の最新の部分にあります。


1月6日
国民の多くが原発はいらないといっているのに、新しい国の代表は原発ゼロ案は「白紙撤回」であるといいます。そして「美しい日本をとりもどすのだ」とうそぶきます。私はこのブログを支えている精神はこれと真っ向から対立すると考えます。そのことを「美しい日本を」というエッセーに書きました。これは別の場所に買いたいものと同じ趣旨ですが、「がんばれナラの木」の文脈に書き換えました。

1月2日
「ナラの木を読む」で朗読を担当してくださった皆さんを紹介していますが、河原田ヤスケさんのご紹介が遅れていました。そのプロフィールをアップしました。ヤスケさんはNHKの大河ドラマは「八重の桜」とのこと、福島が舞台ですが、その方言指導をしておられるそうです。まさにぴったりの人材ですね。私はいつも思うのですが、赤穂浪士は関西弁だったはずだし、徳川家康はあれは今の愛知弁になるのは静岡弁になるのか、あの辺のことばなわけで、これまでの時代劇は服装を含めてリアリティがありません。今回のドラマはそれを打破するという意味もありそうです。ついでにいえば明治天皇は京都弁だったはずです。

1月2日
 新年のご挨拶は元旦にすべきところ、ぼーっとしていました。「がんばれナラの木」も一年半ほど経ち、日本社会全体がそうであるように、被災者への思いも潮が引くように鎮静してしまい、「ナラの木」の地方訳も届かなくなりました。私の中では「こういう時期こそ、ナラの木のように粘り強くがんばらなくては」と静かな闘志を燃やしています。
 このブログは私の中にある東北地方への思いと、地方言葉に対する敬意が化学反応を起こすようにして産まれたと思っています。思いを同じにして地方訳を送ってくださった皆様の思いをなんらかの形で印刷物に残しておきたいという思いは消さないでいたいと思っています。
 東日本大震災は私の人生観を大きく変えました。そして私の心の底のほうにあった思い ー たとえば、経済を優先させて自然を自分たちの思いのままに管理できると驕っていた日本社会への疑問、東京を中心とした大都市が地方を利用して豊かになり、資源やエネルギーを得ながら、危険を押し付けて来たことへの理不尽さ、同じく東京を中心とした「標準語」をたてまつり、地方の豊かで美しいことばを「汚い」という価値観で教育したことの誤り、汗水流して地道に働く一次産業の生産者を軽視し、口先やマナーをみがく人間を優先するような社会の欺瞞性、人類史上唯一の被爆国でありながら原発を推進し、「危険がなければいい」という何の根拠もない淡い期待を「ないはずだ」とすり替えて来た心理のいいかげんさ ー が明瞭な輪郭を描くように見えて来ました。残された人生を、そうした不愉快なものに負けないで生きてゆきたいと思います。
 年初にあたり、このブログをそうした思いのひとつの表出することを確認したいと思います。

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