がんばれナラの木

震災にあわれた東北地方の皆様を力づけたくて
The Oak Treeを地方ことばに訳すことを始めました

「もうひとつの津波」へのコメント

2011年03月01日 | 資料
8月7日 エッセー「もうひとつの津波」を書いて、「エッセー」の欄にのせました。


それへの感想


8月7日
Dear Taka,
got home very late last night. visitors every day. Again, what a lovely story! You should write a book about all this.Thank you so much for helping out on the day of the great meeting.
Nic

タカさん
 ゆうべはとても遅く帰宅しました。毎日お客さんがあります。今度のも実にいい話だ!これらを全部まとめて本を出すべきだよ。国際森林年の集まりの日には手伝ってくれてありがとう。
ニック(C. W. ニコル)

Dear Sensei
Thank you so much for your e-mails with Essays. It was very hard to read both e-mails without crying. I just got lots of letters from SL yesterday. Some from my sister's children and their friends. And other set from Sri Lankan Tsunami children. I'm translating them. I wish you all the best for your Mongolia trip. Take care! With lots of love to you, Tomoko-san and family!
Yours sincerely
Rose

先生
エッセーのメールをほんとうにありがとうございました。どちらも涙なしには読めませんでした。きのうスリランカからたくさんの手紙を受け取ったところです。姉の子供やその友達からのものもありますし、津波孤児からのものもあります。英語に訳しています。モンゴルへの旅行、気をつけてください。奥様とご家族にもよろしく。
ローズ(スリランカからの留学生、現在オーストラリア在住)



NHKラジオ放送(8月3日)への反響

2011年03月01日 | 資料
8月3日にNHKラジオで放送され、反響が届きました。

NHKのラジオで聞いてすぐに検索しました。いい詩です。じんわり力が沸いてくるような詩です。教えていただき、ありがとうございます。HIROKO

さきほど、ラジオ第一でナラの木の詩を聞きました。盛岡版の朗読が流れていましたが、その言葉の温かさと力強さに、泣きそうになりました。この詩がこれからも東北の方々を支える力になること、そんな東北の方々を見守る日本や世界の方々の励みになることを切に願います。素敵な詩を紹介してくださり、ありがとうございました。たま

ありがとうございました。力強い詩、そして、土地に根ざした言葉の持つ力に、圧倒されました。いろいろな方に、伝えたいです。くらみっちゃん

今晩(3日)オサンドンをしていたら、偶然NHKラジオで、高槻先生のお話(ナラの木の詩)を聞くことができ、ビックリしています。とっても心温まるお話でした。高槻先生の訳詩家としての才能にも感服!今城治子

8月4日
昨日NHKラジオで高槻先生のお話を聞き、とても感動しました。私は仙台市に在住し、津波の被害は受けませんでしたが、大地が揺れる怖さが未だに消えません。そんな中で、3月4月以来植物たちの緑が回復してくる様には勇気をもらっておりました。「ナラの木」の詩はこんな状況にいる人間をとても励ましてくれると思います。小冊子を電送していただけるということでしたが、今でも可能でしょうか?ご手配のほど、よろしくお願いいたします。 荒川

高槻先生
8月3日にNHKラジオで拝聴いたしました。あまりにも素敵なお話と感動的な訳に驚き、コメントいたします。夫の家族の出身地(八戸)の言葉でもあり方言の力強さと真実な響きに感動です。日本人は外国のものに憧れ、日本よりも優れていると思いがちです。この訳詩を読み、改めて自分は日本人なのだと思いました。ガーデン、植物の仕事に多少なりとも関わって行こうと思いつつ、日本のものをおろそかにしていた自分に気付きました。自分の中の日本をもう一度思い返してみたいです。私には、小さなことしかできません。でも、小さなことから初めてみようと思います。日本の良さ、日本人の誇り、それを、これから生きる若い方たちに伝えようと思わせてくれました。先生、ありがとうございます。Bluebell

NHKのラジオでこの詩を聞き涙が止まりませんでした。何とかメモしようとネットを探し、ようやく見つけ、今また涙がとまりません。もっと多くの人に教えたいです。obabadakuro

高槻成紀先生
拝啓
昨夕、帰宅途上の車の中でNHKラジオの放送を拝聴致しました。以前読んだ本(題名は失念しました。けっこう難しい訳本でした*)で、オークベルトのこと、太古からドングリと人類の深いつながりなどを知り、昨今の都市洪水もむやみに広葉樹を切り倒し針葉樹を植林し、また森林の手入れを怠っていることと関係があるのではないか?猪や鹿猿の被害も彼らが住む環境に人間が進出していることもさることながら、森林の手入れ不足と関係はないだろうかと思っています。東北地方、とくに青森・秋田・岩手3県はなんども訪れたことのある懐かしいところです。岩手県の沿岸をドライブしたときの思い出は忘れることが出来ません。自然豊かな東北地方が、地震や津波はやむを得なかったにしても(これさえも後で聞けば、同程度の震災の記録が大昔から残っていたのに活かされていなかったそうですが)、原発の件はどうしても納得がいきません。そこに暮らす人達が承知の上で使っていた便利さならともかく、大都会の人々の利便さのために、豊かな自然の仲に暮らす人々が被害を受ける、こんな理不尽なことは許せません。原発を作りたければ東京湾沿いに作るべきです。
 それはともかく、懐かしい言葉で聞く「ナラの木」の朗読には心が温められてしばし幸せな気持ちになりました。ありがとうございました。盛岡版1(岡澤訳)と盛岡版2(小野寺訳)の朗読か電子データ版、「ナラの木」の冊子、お送りいただければ幸甚です。早々
田中茂治

*「ドングリと文明」(ローガン、山下篤子訳)、日経BP社 だと思います。名著です(高槻)。

8月5日
高槻先生
1昨日,NHKの放送で先生のお話を伺いました。大変感動しました。私の家族や友人にも聞かせてあげたいと思います。様々な方言で朗読されているファイルをお送りいただければ幸甚です。お忙しいところ恐縮ですが,よろしくお願い申し上げます。
羽多野 重信

8月6日
先日、NHKの夕方ニュースで「ナラの木」の朗読を聴いて、インターネットで調べてメールを差し上げました。宮城県に住んでいます。3月11日の地震では、幸い被害は少なく、今は以前の生活にほぼ戻っています。被害がひどかった方も少なかった方も、あの地震を体験して、うまくは言えませんが、みなさん心にものすごく深いダメージを受けたと思います。私もラジオの「ありがとう」という言葉を聞いただけで、涙が止まらないとか、ほんの少しのことで泣いてしまうようになりました。高齢の母は、あの恐怖を忘れたいせいかと思いますが、何でも忘れるようになってしまいました。そして、忘れてしまうことに更に不安を募らせます。片付けも終わっていませんが、やる気が起こらず、疲労感が取れません。もうすぐ5ヶ月になろうとしています。少しづつ落ち着いてきたかと思いましたが、ラジオから「ナラの木」の朗読が流れてきて、やはり泣きました。でも同時にあたたかい気持ちにもなりました。そして、母は秋田の出身なので、この朗読を聴かせたら癒されるのではないかと思うのです。繰り返し聴いて、私もナラの木のように強くなれたらと思うのです。なので、電子データを送っていただけないでしょうか。少しでも多くの人の心が癒されることを強く願っています。
松本尚子


NHKラジオ再放送(8月20日)への反響

2011年03月01日 | 資料
NHKラジオ再放送(8月20日)への反響(抄)

8.20
高槻成紀 様
 ブログを拝見して、初めてメールしています。盛岡版1(岡澤訳)と盛岡版2(小野寺訳)の朗読が電子データ化できました。すばらしいです。10月に盛岡に縁のある集会を予定しておりますが、この場での大震災被災者鎮魂の一環として盛岡弁の朗読を聞きたいと思っております。朗読の電子データを使わせていただきたく、お願い申し上げます。
 寺井正行

8.20
高槻様
 千葉県在住の日暮と申します。「ならの木」の朗読をラジオで拝聴し、感動しました。詩の言葉に力強さがあり、本当に心の底に響く感じがして元気になれると感じました。ぜひ、朗読の電子データをお願いいたします。
 日暮

8.20
高槻様
 緑の林の中に住みたいと山梨に移住した伊藤と申します。モンゴルからお帰りになりましたころにこのメールをご覧になっていらっしゃることかと思います。落ち着かれたころで結構ですのでナラの木の盛岡版1(岡澤訳)と盛岡版2(小野寺訳)の朗読が電子データをぜひ聞きたいと思いますので送って頂きたいです。よろしくお願いいたします
 伊藤

8.20
 初めまして。昨日、ラジオで先生のお話と朗読を聞き、感動とともに、詩そのものの訴える力と東北の言葉のもつ力のすごさが一緒になり、とても感動いたしました。私は小学校の校長をしておりますが、8月30日の始業式には、是非紹介して子どもたちに伝えたい、そのときには、関西弁の私ではなく、実際に東北の方の声が伝えられたらと、厚かましいお願いですが電送いただけますでしょうか。よろしくお願いします。
 京都府京田辺市立三山木小学校  長澤 昌子

8.20
はじめまして、cottonと申します。 8月はじめ、ラジオでナラの木の朗読を聞き、とても心に残っていました。そうしたら、昨日又再度とりあげてくれました。感動的な、特に東北の言葉で聞くと、ほんとうに心に沁みますね。是非朗読と、孫にみせてやりたいので、冊子も送って頂きたいです。旅行からお帰りになりたてで、お疲れでいらっしゃいましょうから、落ち着かれてからで結構です。宜しくお願いします。
 cotton

8.20
高槻様
 本日のラジオ放送を車中でお聞きしました。別の言葉で要約することを憚られる強い感銘を受けました。ご多忙中とても恐縮ですが「盛岡版1(岡澤訳)と盛岡版2(小野寺訳)の朗読」聴きたくて、送付をお願いする次第です。
 申し遅れましたが、私は心理カウンセラーをしている田中純と申します。被災地・避難先で近隣の住民同士で心を支え合えるように「コミュニティ・カウンセラー」というものを養成しようとしています。もしもご興味をお持ちでしたら下記を覗いてみてください。http://qola.jp/
実は、今夕ラジオを聴いたのは、ある家庭への往診に伺って時間調整のために車内で待っているときでした。
私が「根っこ」から連想したもう一つの事柄が、人によって根っこの張り方が違うということです。
同じような辛い体験をして倒れそうになる人と揺らぐことはあっても倒れない人がいるように思えます。
申し上げるまでもなく、往診先の人の根っこはその張り方が足りずに、そよ風でも倒れそうになって電話を掛けてきます。『健康の謎を解く』(A. アントノフスキー)の言うところの「謎」と根っことの間に相通じるものを見たような気がします。
 益体もないことを書き添えてしまいました。今夜はよいものを知ったという満足感とともに過ぎていきます。有り難うございました。
 赤坂溜池クリニック 田中 純

8.20
高槻様
 昨日ラジオをたまたま聴きました。感激して涙がでました。横浜で中学校教員をしておりますので、生徒にも聴かせてあげたいと強く思いました。親切にも電子データを送ってくださると知りました。さらに感激しました。モンゴルでの調査でお疲れのところ申し訳ありません。朗読のデータと冊子のデータの両方を希望します。よろしくお願いします。
 西脇久美子

8.21
高槻成紀様
 初めまして。飯島敏行ともうします。群馬在住の64歳の男です。実はNHKのラジオで2度「ナラの木」の番組を拝聴いたしました。東北弁の朗読になんともいえない感動を味わいました。誰もが感動する詩だと思いますが、特に今回の大震災のかたがたへのすばらしい応援歌になったと思いました。8月20日に仲間の勉強会で老子の勉強をしましたが、その中の文章にこの詩とよく似た内容がありびっくりしました。今日インターネットで早速「がんばれナラの木」のブログを探し、このメールを作成しています。ぜひ盛岡版1(岡澤訳)と盛岡版2(小野寺訳)の朗読の電子データ化されたデータと「ナラの木」の冊子の電送と、孫に呼んで聞かせたいので、子供向けのお話も一緒に伝送していただけめと幸いです。わがままなご依頼ですみませんが、ラジオで聞いただけではもったいなく、ぜひ保管してまわりのみんなにも聞かせたいと思っております。よろしくお願いもうしあげます。
 飯島敏行

8.21
 NHKラジオで「がんばれナラの木」を知りました。是非、東北の言葉で聴いてみたいと思います。お手数ですが朗読データを送ってください。よろしくお願いします。
 氏原 明芳

8.21
 はじめまして,茨城県の新井という者です。先日NHKラジオで盛岡版のこの詩を聞いて,涙が止まりませんでした。1ヶ月に1度休日があるか無いかの勤務をしている自分とナラの木が重なったのだと思います。静かに力が沸いてきたのを感じました。是非,この盛岡版と英語版を自分のブログにも張りたいのですが可能でしょうか?
 新井

8.22
高槻先生
 お疲れさまです。モンゴルはいかがでしたか?今度 お話をお聴きしたいものです。
 さて、友人の旦那さん ツェリン ケルデンさん(ブータン人)が母国語のゾンカ語で「ナラの木」を訳してくださいました。ケルデンさんの奥様は日本のかたです。彼女にに聞くと、スペルではさっぱりわからないが、ゾンカ語の響きできくと静かな味わいがある とのことでしたので、現在、録音機をかして朗読に挑戦してもらっているところです。モンゴルに立つと、また見えてくる日本の姿もあったのではないかと想像します。また、お会いできる日を楽しみにしています。
 父島 鈴木創

8.23
高槻 先生
 ご無沙汰しております、中央農研の仲谷です。「ナラの木」の長崎版が届いたとのこと、地域版、いつも
楽しませて頂いております。方言の響きはまた格別です。この詩が本来持っている魅力がさらに広がっています。
 先日、NHKラジオで番組を拝聴しました。高槻先生がおっしゃるように、この詩が持つ魅力がゆっくりであってもじわじわと人の心を動かすことを願っています。どうか御身大切にご活躍下さい。
 中央農研 仲谷淳

8.23
高槻さま
 先日のラジオ放送で、活動のことを知りました。わたしは福島県いわき市出身で、幼い甥と姪を夏休み1ヶ月、空き家になっていた長野にある親類の家ですごさせました。その帰り道、車の中で東北弁で朗読された「ナラの木」の詩を聞いて、助手席に乗っていた妹とふたり、子どもたちに気づかれないように静かに涙しました。また、放射能を浴びる福島に送り届けなければならない現実を抱えながらも、けっしてくじけてはいけないと励まされました。
 冊子と朗読の電子データがあるとのことですが、このメールによるお願いでお送りいただけるのでしょうか?お手数をおかけいたしますが、お送りいただければ幸いです。
 出版化の話が進んでいるとのことでしたね。わたしも翻訳書の編集をしており、気づくのが遅れたと残念ですが、権利者との交渉がうまくいって、無事出版できることをお祈りしております。
 すばらしい活動に感服しております。この詩が多くの人々の力になってくれることを心より願っています。どうぞよろしくお願いいたします。
 NHK出版 学芸図書編集部 猪狩暢子

8.23
猪狩様
  心のこもったお便りをありがとうございました。不思議なことが重なって、身の程も知らず活動を始めました。お申し越しのもの、添付します。ありがとうございました。高槻成紀


8.23
高槻さま
 お忙しいところ、早速ご手配いただきありがとうございました。
いわき版をおもわず声に出して読んでみたくなりました。母に音読させてみたいです。震災以降、ACの広告で「がんばれ、ニッポン」と流れるたびに、母は、「震災や津波で壊れた物は、がんばれば少しずつ復活するかもしんねげんとも、がんばってもなじょもできないごどもあるう。がんばれって言われっと、この頃、悲しぐなる」と言っていたものです。ですけど、家族や友人と励ましあうときは、やはり「がんばっぺ! なんとがなっから!」というしかなかったのも事実です。地元の言葉には、標準語では表現できない心強さがあります。お国言葉で朗読される「ナラの木」にもそんな強さがあるように思います。多くの人に、自分の言葉で読んでもらえたらいいですね。ありがとうございました。
 猪狩

8.23
猪狩様
 実は「がんばれナラの木」と名前をつけるとき、「がんばろうナラの木」にするか迷いました。「がんばれ」には突き放す響きを感じるように思ったのです。でも、声に出してみると「がんばろう」はあまりよくない。それで「がんばれ」のほうにしました。お母様のことばはほんとうだと思います。どうすることががんばることなのか。どうすることが励ましになるのか。よくよく考えるとわかりません。それでも私は、被災者がうつむく角度を一度でも上げるには、経済的支援だけではないと信じています。ま、そういう気持ちです。ありがとうございました。高槻成紀


8.23
高槻成紀様
 早速朗読の盛岡版2つ、お送りいただきありがとうございます。絵本も、おかげさまでブログからコピーさせていただきました。さっそく、孫が遊びに来ましたら、読んでやりたいと思います。会社で話をしたところ、何人もの社員がNHKで朗読を聞いたといっておりました。会社のワーキング活動の中でこの詩を披露したいと思います。お忙しい中をありがとうございました。
 飯島 敏行

8.24
高槻先生
 はじめまして。横浜の高橋と申します。NHKラジオで「がんばれナラの木」のことを知りました。6年前の新潟県中越大震災で故郷が被災したこともあり、今回の東北大震災はとても人ごととは思えず、何か自分にも出来ることはないかと思っております。お手数ですが、盛岡版1(岡澤訳)と盛岡版2(小野寺訳)の朗読電子データを転送していただきたく、お願い申し上げます。
 高橋みどり

8.24
高槻様
 お忙しい中、早々に送信していただき有難うございました。さっそく拝聴いたしました。東北弁での語りは、優しさと強さを感じます。いい詩ですね。
 日暮

8.25
高槻先生
 モンゴルから帰られてお忙しいなか、朗読とナラの木の冊子のファイルをお送り頂きありがとうございました。この朗読を感動して聞きながら、自問しました。頑張っておられる東北の方々に思いをはせながら、今自分達がするべき事は何だろうか、義援金を送ったり、東北産のものを買うだけでなく、もっと何かをしなければこの日本に与えられた試練の意味がなくなると思いました。どうすれば良いか分からないけれど、まずは価値観を変えてみようと思います。人を押しのけて競争するのではなく、成し遂げる意力は持ちながら、自然や周りの人々に感謝しつつ、共に歩むような価値観。偉そうに言っても、どこまで出来るかわかりませんが、まずは感謝なら出来そうですので、そこから始めます。ほんとうにありがとうございました。先生の益々のご活躍をお祈り申し上げます。
 東京都 山中 琴(cotton)

8.25
山中様
 お便りありがとうございました。私はこのささやかな活動を通じてたいせつなことに気づいたと思っています。それは人はもともとだれかの役に立ちたいという気持ちをもっているものだということ。しかし戦後の日本の社会は人に優劣をつけ、勝たなければ負ける、負ければ人生が悲惨になるから、つらくても人に勝てと教育してきたと思います。私が東京に来て一番ショックだったのは、電車で人身事故が起きたというアナウンスがあったときに、舌うちをして「困るよな」という人を目の当たりにしたときです。それまで仙台にいたのですが、仙台でそういうことになれば、みんなが心配して、どうしようとか、助けようとかします。私は自分が生きようとしている社会が異常であるという諦観をもちました。悲しいことに今の自分は同類になりつつあるようです。山中様が書かれたこと ― 自然や周りの人々に感謝しつつ、共に歩むような価値観 ー はとても大切だと感じます。私たちが、そういう、本来人がもつ心をとりもどすことがなければ、震災でなくなった2万人もの人の魂に申し訳がないと思います。ありがとうございました。 高槻成紀


8/27
 データをありがとうございました。被災地にボランティアに行き、戻ってからは仕事が忙しく今頃の返信となり失礼いたしました。
中学3年生の夏休み明けの初回の授業は、自分の体験報告とこの「ナラの木」で進めようと思っています。この詩の力をかりて、被災地の人の思いを生徒に伝えることができるような気がします。 
 西脇久美子

8.29
高槻様
 偶然NHKのラジオから流れてきた「ナラの木」の東北弁の詩に深い感銘を受けました。私は福岡県の学校司書の仕事をしており、ぜひこの詩を声に出して読んでみたいと思います。岡澤さんの電子データを送っていただけないでしょうか。よろしくお願い申し上げます。
 進 紀子

9.5
高槻先生
 ご多忙中に早速の返信、恐縮です。取り急ぎダウンロードして聴きましたところ、盛岡弁の柔らかで温かで、かつ力強い力に深く心動かされる思いでした。しみじみとしたよい音声データをいただき、誠にありがとうございました。申し遅れましたが、当方は高校生に英語を教える者です。9・11テロの犠牲者を悼む式典で「千の風」が朗読されたと聞きました。アシスタントの米国人女性と共に、The Oak Tree を紹介する時、この盛岡版朗読も一緒に流し、”勇気を与える詩”の力を生徒たちと体感しようと思います。ボランティアでガレキ処理に訪れた宮城県気仙沼には、まだ復興の鎚音遠いことを痛感いたしました。兵庫の高校生たちが、日常の中でも被災地のことをいつも心において生活してくれることを願って、当方のできることをささやかでも続けていきたいと存じます。先生のこの運動で、被災地へのエールが絶えることなく続くことを心より願っております。
 兵庫県 大西

9.5
大西先生
 ご丁寧なお返事をありがとうございました。英語の先生でしたら、子供たちに外国のことばが理解できることの喜びを伝えてもらえるとありがたいです。私がこの詩を訳したときの感動は不思議なものでした。イメージがわいて、ひとりでに指が動いたという感じでした。そして詩人の魂が多くの人のそれに直接届き、突き動かされるように訳詩ができたのです。それは不思議な体験で、外国語がわかるとそういう体験ができるという目的をもってとりくめば、勉強も苦痛でなくなるはずです。高槻成紀

9.16
 この度は盛岡版の音声を電送して戴き有難うございました。何回聴いても素晴らしい語りです。私は東京の下町で生まれ、育ちまして田舎(故郷)がないのとおなじです。私は油絵を描いておりまして、20数年東北を中心に画題を求めて走りまわり,沢山の東北の方にお逢いし、お話したのも忘れられません。東北が私の故郷とも思います。3.11の震災で東北に住む友人、知人と東北全体の事を考えますとつらくなります。その時にNHKの放送で盛岡弁を聴き涙がとまりませんでした。どの様にしたら音声が手に入るのかNHK(東京)に電話しましたが、再放送は難しいとのこと、それではNHK(盛岡)と思い電話しましたが、良い返事はなく、インターネットで調べるしかないと思い調べましたら、ようやく見つけました。そして先生にコメントしたところ、早速音声をお送り戴き厚く御礼申し上げます。東北弁は温かく、力強く、昔からある言葉には凄いエネルギーがあると感じました。近所の方がたに聴いて戴きましたが凄い反応でした。戴いた音声は私の心の宝として保存しておきます。本当に温かい語りを有難うございました、重ねて御礼を申し上げます。パソコンがなかなか上達しない74歳の男性です。

 齋藤史夫




ブログへの紹介

2011年03月01日 | 資料
「がんばれナラの木」がほかのブログに紹介され、それで詩が伝わるということもあるようです。おそらく一部しか見ていないと思いますが、心にとまったコメントなど紹介します。ほかにもありましたら、高槻にご一報ください(高槻成紀)。


おはなし工房ばぶの山小屋
2012.9.20
今日一番の嬉しい発見をぜひ皆さんにお伝えしたくてご紹介します。
ブログ「がんばれナラの木」というのをご存知でしょうか?
3・11以来被災地の人たちに勇気と希望を届けたあの短い詩です。
最初麻布大学野生動物学研究室教授, 生態学専攻の高槻成紀先生が『標準語(?)』に翻訳され、ネット上で評判になって全国あちこちで『お国ことばバージョン』が生まれました。私はこのお国ことばで読まれたものを音声で聞けないものかとずぅ~と望んでいましたら、こんな素敵なサイトができていたことに今日気が付きました。皆さん是非聞いてください。日本語は実に豊かな言葉なのです。『お国ことば』の持っている言葉の力をご堪能ください。
http://naranokiwoyomu.syncl.jp/?p=disco

あなたに元気をあげたくて!!
昨夜’2012年3月29日)、翌日に控えた(30日)夫の退職に、職場に持たせる品物が足りないような気がして、急ぎ買い物に出かけていました。そのときに カーラジオから流れてきた「ナラの木」という詩の朗読・・・「ナラの木」という普通に訳した詩と盛岡弁に訳された詩にこれまでの夫の生き方がダブり、思わず車を寄せて涙を拭っていました・・・帰ってきてNHKラジオの番組表を見ましたら、夕方5時からの「私も一言、夕方!」「“がんばれナラの木”がつなぐ復興への思い」という内容で、この詩を訳された。高槻成紀さん(麻布大学教授)が震災後この詩が多くの方を励ましてくれているということを話されていました。また、より深く地域の人の心に響きやすいようにと、各地で地域の人が、その地方の方言でも訳されているということです。
震災の後NHKラジオで放送され、大きな反響を呼んでいるのだそうです。昨夜 あの時間に出かけたから聴けた詩、聴けて良かった・・・「ナラの木」の詩との出会いに、また出会いの妙を思っていました。

龍爪色のブログ
 夕食中、聞くとはなしに聞いていたラジオから、なんともゆったりとした盛岡弁が流れてきました。「ナラの木」という詩の朗読です。調べてみましたら、原詩は『The Oak Tree』。麻布大学の高槻先生という方がこの詩に感銘をうけ、訳詩をされてメーリングリストに送ったことがきっかけで、それがあちこちに広がり、いろんなお国言葉の「ナラの木」になっていったようです。

メメント ド ミニ
「がんばれナラの木」
 私はNHKラジオ第1放送のファンで、夕方は『私も一言!夕方ニュース』を聞きながら夕飯の用意をしている。今日の番組は終わり近くからしか聞けなかったが、「頑張れナラの木が繋ぐ復興」で昨夏同番組で紹介されたという Johnny Ray Ryder Jr. 原作の " The Oak Tree."(ナラの木)を聴いて深い感銘を覚えた。「クマ研究者仲間のメーリングリストにアメリカのダイアナ・ドーンクライダー(Diana Doan-Crider)さんという人から『The Oak Tree』(ナラの木)という詩」が送られてきたことがきっかけだったという。検索するとその出処である高槻成紀氏のサイトを簡単に見つけることができたので是非ご紹介したい。ラジオで紹介されたことがそのまま載っていた。番組ではその詩を盛岡弁でも朗読されていた
 「震災にあわれた東北地方の皆様を力づけたくて ”The Oak Tree ”を地方ことばに訳すことを始めました」と、26の方言とスペイン、ポルトガル、ブータンの言葉で翻訳された詩が掲載されている。
 この詩には力がある。人生途上で経験する苦悩や悲しみ・・・その人々の心を静かに、力強く慰める。こういう詩や文章を書きたい。技法云々ではなく人物そのものの素晴らしさから生まれるのだろう。
 今日はあることで教育関係者と議論になった。互いに理解し合うことはできず、激論になったが私は冷静さを失うことはなかった。しかし、相手が同じ信仰者であるだけに挫折感は強い。お互いに考え方は違っていい。違うからこそ互いに学び合い人格を磨きながら良きものへと高め合っていくのである。しかし、自分の信条を語ることもなく、語れなくて感情的になってしまわれるということが悲しい。時間の経過と共に力が萎えてしまった。
 そんな日の夕刻にこの詩が耳に届き、人間の良きものを思い出させてくれた。詩だけではなく、高槻成紀氏の志、そして、この詩によって励まされる人々がいて、それを分かち合う人々に深い感動を覚える。これこそが人間の美しき姿だ。
 「なおも神の御手と御心にさからわず、勇気と希望を少しも捨てぬ。私は静かに耐え、まっすぐ前進する。」 (ミルトン)

ペナン島滞在日記 (Penang Malaysia)
 数日前の会社の帰り道、いつも聞いているNHKラジオでは「ナラの木」の詩についてインタビューがなされていた。詳細は分からなかったが、海外のある詩に感動した方がそれを日本語に訳し、震災で沈んでいる人たちが元気をでるようにと公開をした。そうしたところ、地方の言葉でその詩を語るムーブメントが起こり、各地の方言で語られるようになってきた、そういう内容である。のインタビューの最後、それではということで、岩手の盛岡の方が方言でその詩を朗読したものが流され、それを聞いた自分は感涙してしまった。いつかまた聞ければなと思っていたところ、どなたかがその番組を録音していたようでYoutubeにアップなさっていた。
 岩手の朴訥とした語りが、この詩に大変に良くマッチしていると思う。自分が特に好きな部分は、次の部分だ:
”おめぇさんはおらのこの根っこさ なじょしても触(さわ)れねえ
わかるンべ
根っこはおらのいずばん深けぇところにあるからなす”さわれね、
という部分のびっくりするような力強さだ。震災があったせいか、あるいは年のせいか、最近はかなり涙もろくなっているが、この詩は本当に感動した。ありがとうございました。詩を作った方、その詩を日本に広めようと思った方、各地の方言で語った方々、そして、この岩手の方。本当に素晴らしいです。

花の名前・木の名前・名前の由来
3月29日、NHK第1放送ラジオ「私も一言!夕方ニュース」で、高槻さんの「がんばれナラの木」のその後が、取り上げれれました。日本各地の言葉のみならず、外国の言葉でも翻訳されているそうです。
今日は高槻さんの訳詞と、盛岡版の録音を動画にupしました。読んでもうまく伝わらない方言も、語り言葉になると、存外理解できるのではと思います。

Tweetmeme
根っこは わだしの いぢばん 深いとごなんだ・・」ナラの木という英詩が被災された各地のお国言葉に。おじいちゃん、おばあちゃんに読み聞かせてもらっているように温かく強くやさしく心に響きます。がんばれナラの木

やんばるSheep
自然を通していろんなことを教えられ励まされますね この詩に根っこということが書かれていますが 私たちが何につながれているかによって 大きく生き方が変わってくるんだな~、本当の強さも見えるところではなく、土の中に隠されている根によるんだな~とこの詩を読んで思いました。台風に負けない根を育てたいです

あーにゃのマイペース
各地方の方言の「ナラの木」もご覧になってみてください。そちらに在住の方は、ぜひ声に出して読んでみて。私は福島県中通りと会津のことばがわかるのですが、それを音読しているうちに、不覚にも涙が出てきました。
 「ナラの木」の詩を作ったのは、自然が豊かで厳しい北米にお住まいの方。同じような環境に住む東北人の心情とことばに、ぴったりシンクロしたのでしょうね。

標準語の詩も、もちろんステキなんですが、目で読むよりは、声に出して読んだときに力を感じさせます。そして、方言でそれを聞いたときに、言いようのない強さを感じさせます。これは本当に不思議。私が東北人だからかもしれないですが、しみじみと「見えない底力」を再確認させてくれる詩です。

これっていつ頃の詩なんでしょうか。ずっと昔に、読んだことがあるような…。改めて読んでみると、本当に今の心に響く、力強い、前向きな詩ですよね。私はずっと関東で標準語なので、自分たちだけの言葉というものに憧れます。そこには、特別な思いや共感やあったかさがある気がして。地方版、これから見に行ってみようと思います。

素敵な詩の紹介を、ありがとうございました。東北人は厳しい自然条件の中で自然と寄り添うようにして生きてきたから、自然やその様子を表現することばが発達したんだろう、だから、方言にしたときに、すばらしい力を発揮するんだろう、と訳した高槻さんがインタビューでおっしゃってました。

自分のところの方言でこの詩を読むとほんっとうに、それを感じます。標準語より、もっと豊かな世界が広がる気がします。

本当に、根っこの部分のくだりは、東北人の気持ちそのものですよね。

わぁ! ++さんも聞いてらっしゃいましたか!はい、そうです。その日のその時間帯。私は夕食の支度をしながら聞いていました。あの放送自体が8月3日の再放送だったそうですね。リスナーに好評だった、という理由がよくわかりました。

で、やっぱり津軽弁*でしたか~。ああ、よかった。そう聞いたような気がしたんだけど、自信がなくなっちゃって。f(^ー^;標準語版も、いいな~と思って聞いていたのだけれど、方言で聞いたとたんに、その何倍ものパワーを感じました。言霊――うん、そうですね。本当にそういう感じでした。

*盛岡版です(高槻)

私自身、文章を書くけれど、本当に、思うことの何分の一も言えていない、と感じます。1%を2%に……うん、私も目ざしたいです。痛み……叫び……うん、それもあるかな。でもね、この詩で私(たち)が一番感じるのは自分自身の内にある「力」の存在なのですよ。確かにものすごい逆境の中に私たちはいるわけだけど、そんな中で復興を目ざそうとしている自分自身に「おっ、自分はけっこう強いぞ?」と自分の再発見をしている人も多いんですよね。この詩は、そういう東北人の気持ちにシンクロしたんだと思います。だからこそ、あんなにたくさんの人たちが、自分たちの方言で訳したくなったんでしょう。

あなたの子どもを加害者にしないために
のなかにあったコメント
今もマンションの庭に、風が吹き渡っています。 ゆうべの風はすさまじかった。
柿も木も、楓も、モクレンも、ハナミズキも、夏ミカンも、そしてチューリップも、マーガレットも、 イチゴも、ひなげしも、ハルジオンも、しろつめくさも、じっと息を殺し、強風に耐えています。 こちらも思わず息を殺し、じっとその姿を見つめていると、しだいに見えない世界が見えてきます。 花や木を、存在を、見えないところで支えている根っこという存在が、しだいに感じられて、 底から湧きあがるような深い感動を覚えます。けっして見飽きることがありません。 この庭に出逢って一番うれしいのは、草花が咲き乱れているときではなく、むしろ風がすさまじく吹く日や、冷たい雪や、日照りや、容赦ない雨の中で、その中に身を置きながら、大きいものから小さいものまですべての木や草や花が、驚くような生命力を放って、そこに在ることを観ることができることです。 「ナラの木」の詩、こころに響きました☆ 標準語よりも方言で詠まれる方がずっと温かいですね☆ わたしたちもそれぞれが、一本の木なんですね!

花の名前・木の名前・名前の由来
「がんばれ」という言葉は嫌いでした。同じくらい「がんばらない」という言葉も嫌いでした。でも、あの日「がんばろうね」があいさつの言葉になりました。3月11日です。「がんばろう」としか言いようのない状態。他の言葉では、明日へつなげられない。自分を納得させられない。そんな気持ちが「がんばろうね」になったと思います。

トヨタ自然学校
 ナラの木、とりわけ、ミズナラの木は、太平洋側の東北地方の森を代表する木で、この詩にあるように、地中に深い根をはる木として知られています。私自身、森の中からその稚樹を掘り出そうとして、その根の深さには驚きました。また、よく‘ひこばえ’する木としても知られていて、山火事や伐採などで幹や枝葉にダメージを受けても、比較的よく再生することから、ミズナラの林は古くから薪炭林として利用されてきました。

 大地に根を下ろすミズナラの‘生きる力’の力強さを見事に謳いあげたこの詩は、東北の地に根をはって生きる人々に、自分自身を信じる力を与えてくれるように思えます。
 でも、その一方で、詩のなかにも「倒れてしまった木」が描かれているように、生きるための大切な根っこの部分を、それこそ、根こそぎ引き抜かれてしまった方も、被災者のなかには、きっと多くいらっしゃることでしょう。報道で伝えられる断片的な情報に接するだけでも、被災された方々の悲しみの深さは、私の想像を絶するに余りあります。
 今、現地では、被災された方々の‘生きる根っこ’が枯れないように、様々な救援活動が行なわれています。引き抜かれてしまった根っこに土をかぶせようと、それぞれの立場の方々が、それぞれでできることに取り組んでいらっしゃいます。では、私にできることは何でしょうか?
 ミズナラの根には外生菌根菌と呼ばれる‘きのこ’の仲間がとりつき、木の根よりも繊細な菌糸のネットワークで、土のなかにちらばる養分を木が吸収するのを助けています。私は、現地に赴いて人々の傷ついた根に土をかぶせることはできないかもしれません。でも、土の中に存在する数多の菌糸のひとつとして、人々の傷ついた根がいやされるように、ほんの少しのお手伝いをすることはできる気がするのです。
 そんな‘きのこ’の糸を、日本中にはりめぐらせることができたら、少しは被災者の方々の助けになるのかなと期待しています。

気ままな日々
詩 「ナラの木」
夕飯の支度をしているときにラジオから流れてきた地方の言葉での詩の朗読。流して聞いていたので、どこの地方の言葉かはっきりとつかめなかったが、とても心にしみた。緑燃える新緑の中で、うすく淡い緑のコナラが一番好きだ。この詩をきいて、もっともっと好きになった。資料の項にある先生とダイアナさんの文通のそこに流れる愛に感動。先生の言葉に対する思い、自然に対する思いなどを綴ったエッセーは心に響く。

Beads Art NODO ★ ビーズ アート ノウド
アメリカの有名なポエム作家の詩です。
高槻成紀さんが翻訳し被災地の方々を勇気づけようと広めているそうです。読んでみて感動しました。私も少しでも力になりたくて、この詩をコピーしてギャラリー会場にそっと置きました。私たちの心にも響くいい詩です。ゆっくり~・・・読んで・・感じて下さい・・。 

強い風で枝や葉や樹皮までもはがされ、なおも立っているばかりか、その風に感謝さえして自分を信じるナラの木に、今の東北の人々の強さや優しさを重ねた、そんな詩です。

「みきBLOG」 ステンドグラス工房の一日

ナラの木(ガラスに詩を彫りました)2012.3.12
 東日本大震災のあと、被災者を応援する詩として広がった「ナラの木」という詩があります。インターネットで 「がんばれ ナラの木」 と検索すると出てくると思います。アメリカのダイアナ・ドーンクライダー(Diana Doan-Crider)さんの 『The Oak Tree(ナラの木)』 という詩で、2011年4月に盛岡タイムスで紹介されたのがきっかけとなって、東北の各地方の言葉で詩を訳され、いまや26の地方訳に加え、ポルトガル語、スペイン語、ブータン語と訳されて、広がりをみせているそうです。
 昨年この詩にインスパイアされて、ステンドグラスのランプを作った際、陸前高田出身のHさんとNさんに頼んで、気仙地方の方言訳にしてもらいました。

龍爪色のブログ 2012.3.29
 夕食中、聞くとはなしに聞いていたラジオから、なんともゆったりとした盛岡弁が流れてきました。「ナラの木」という詩の朗読です。調べてみましたら、原詩は『The Oak Tree』。麻布大学の高槻先生という方がこの詩に感銘をうけ、訳詩をされてメーリングリストに送ったことがきっかけで、それがあちこちに広がり、いろんなお国言葉の「ナラの木」になっていったようです。この辺の事情は、高槻さんのサイト『がんばれナラの木』へ


ようこそ大きな樹の下へ
 先の公演の折に朗読した 「ナラの木」 を、7月29日(日)に開催される日俳連チャリティーイベントで、
東日本大震災 被災者に心を寄せて ~方言でつなぐ詩の朗読・心のきずな~として、またそれぞれの地方語で朗読します。この詩を翻訳された高槻成紀先生は、先の公演にも足を運んで下さり、また、ドラマの方言を考える会の活動に大いに賛同して下さいまして、先生のサイト 「がんばれナラの木」 には、
http://blog.goo.ne.jp/oaktree1949
僕らが翻訳した 「ナラの木」 をコメント付きで掲載して下さっています。僕の大分弁訳 (大分県中部地方) もありますので、良かったら、一度、サイトを覗いてみて下さいませ。今や地方語訳は40に迫ろうという勢いですよ、是非、読み比べを~

秋田県北版 特殊表記

2011年03月01日 | 資料
楢の木
秋田県北版、成田心さん訳, 2011.9.20


たいs*た 強ぇ(つえ)風(かnじぇ*) 晩nげも昼間も 吹いだど。
楢の木の葉っぱっこどご 皆(んな)飛nばsて
バギバギど 枝(えnだ)っこどご 折(おnだ)って バリバリど 皮どご 剥いnで
はぁ 楢の木 丸裸(まるはnだが)なってしまったど。

んだばって 楢の木 まnだ しっかり 立ってあったど。
周りさある 他(ほが)の木だっきゃ 全部(じぇんぶ) 倒れであったぁず。
こえぐなった 風(かnじぇ) 諦めで(あぎらめで) こぉ 言ったぁず、
「なsて お前(おめ)まnだ 立っていられらぁずや?」

楢の木 こぉ言ったど「お前(おめ)だば、
俺(おえ)の枝(えnだ)っこどご 折(おnだ)って、
俺(おえ)の葉っぱっこどご 吹ぎ飛nばsて
俺(おえ)の体(からnだ)どご ワサワサど揺らすごど でぎるべ。

んだばって 俺(おえ)さだっきゃ 土(つぢ)の中(なが)で広nがってら根っこ あらったいば。
生(ん)まれでがら わnつかづづ 強ぇ(つえ)ぐなってきたぁずだ。
お前(おめ)だっきゃ 何(なん)とsても 触らいね。分がっぺ。
根っこっきゃ 俺(おえ)の一番(いぢばん)深ぇ(fけ)どごだ。

今日まnで、分がんねがった、
どごまnで 俺(おえ)耐えらえるが。
sたばって 今 お前(おめ)の御陰(おがnげ)で分がったでゃ
思ってあったより 俺(おえ) 強ぇ(つえ)ぐなったった」


*「n」は、次の字の発音を鼻母音化し、「s」は、無声化した「し」と「す」の中間音を示します

震災フォーラム 概要

2011年03月01日 | 資料
麻布大学で大学祭の特別企画としてフォーラム「東日本大震災:森と海のつながりを考える」を開催しました。

開会
10月29日の会場(生命環境科学部棟1階)において、野口さんの司会により開会しました。最初に政岡学長の挨拶がありました。麻布大学とアファンの森財団の学術交流協定が結ばれたこと、本学がかかげる人と動物と環境との共生を考えるとき、この震災に対する取り組みも重要であり、そこには循環の考え方が不可欠であるという話でした。
 これに続けて、相澤さんにより「ナラの木」(仙台版)が朗読されました。これにより、この集まりが森から始まるということがイメージ化され、また東北のことばの暖かさや力強さが感じられ、会場に東北地方のことが話されることへの期待感が醸成されました。

「ナラの木」を朗読する相澤一成さん

 これに次いで高槻が挨拶をし、フォーラムの趣旨、ここに集まった4人のつながりについて説明した。

挨拶をする高槻

それに続いて気仙沼でカキ養殖をしておられる畠山信さんが講演をされました。畠山さんは「森は海の恋人」運動で有名は畠山重篤さんのご子息で、今回津波で九死に一生を得る体験をされました。こうした体験や子供たちに海のことを伝える教育活動などを紹介されました。話の最後に、「すみません、いつも見ている海で、なんとも思っていないんですが、こうしてスライドで見ると、あの時のことが思い出された胸がどきどきしてしまって」と言われたのが印象的でした。演壇を降りる畠山さんに大きな拍手がわき、これを受けたニコルさんの話が始まりましたた。

講演する畠山信さん

ニコルさんが開口一番話されたのは、その畠山さんの話を讃えるとともに、トラウマは無理に抑え込もうとする必要はないというやさしいことばでした。ニコルさんはサケをとりあげて、森と海がいかに深くむすびついているかを、例のユーモアを交えながら話しました。話のあとでアファンの森の映像を紹介しながら、よい林はよい管理によるのだという実例をあげて話をし、最後に「心の森」プロジェクトについても紹介した。森のもつ力、人と森とのつながりについて会場は深い感動に包まれました。

熱弁をふるうニコルさん

 講演を聞いたあとで会場からも発言を受けながら4人でフリートークをしました。今度の震災のもつ限りなく深い意味、関東にすむ我々が何ができるかなど、さまざまな話題について充実した議論がされました。最後に司会の野口さんが、誰もがおかしいと思いながら別のことが進んでしまったという意味では、太平洋戦争も、自然破壊も、そして今進んでいる復興計画も共通のものがあり、その体質を改める必要があるだろうと締めくくりました。

震災フォーラム 高槻

2011年03月01日 | 資料
挨拶―導入に代えて


 相澤さん、朗読ありがとうございました。私は麻布大学の高槻と申します。このフォーラムを企画しました。麻布大学で震災の話をするというのを意外に感じられる人もおられると思うので、少し背景と趣旨をお話します。
 ニコルさんに麻布大学に来てもらうのはこれで3度目です。ニコルさんが管理しているアファンの森と麻布大学は学術交流協定を締結して、野生動物学研究室の学生がしょっちゅうアファンの森にでかけて生き物の調査をしています。そこでは生き物がつながって生きているのだということを示すような調査をしています。
 私は若い頃、東北大学にいて、宮城県や岩手県でシカの調査をしていました。実はそのときにニコルさんとシカについてのテレビ番組を作ったことがあります。私はその後もずっと東北地方で調査をしています。その東北地方でこれまで誰も経験したことのないような大地震が起き、津波が遅い、原発事故が置きました。私は3月11日以来、心がずっと落ち着かないでいます。大惨事が起きたことは事実のはずなのですが、自分の中でそのことがうまく受け止められないでいました。
 そんなときに、私がメンバーのひとりである、あるメーリングリストに皆さんにお配りした「The Oak Tree」という詩が紹介されました。私はそれを読んで強く感動して、訳してみました。そしてそのメーリングリストに送ったのです。そうしたら、思いがけないことに、山形のある人がそれを庄内のことばに訳して送ってくれたのです。それを読んで私はまた感動して、こう思いました。
「この詩を東北のことばで伝えることが被災された人を力づける」と。
 そして、東北地方のほかの場所からも訳をするようお願いをしました。そうしたら青森から、岩手、福島、宮城とつぎつぎとそれぞれのお国言葉の「ナラの木」が届くではありませんか。
 6月に都内で震災のことを考えるシンポジウムがあり、そのときに相澤さんが仙台地方のことばで読んでくださって、会場の皆さんが感動しました。それで今回もお願いした次第です。
 次にお話いただくのは畠山さんです。私は彼が学生の頃にあって仲良くなりました。その後ご無沙汰していますが、彼のお父さんの畠山重篤さんは気仙沼でカキの養殖をしておられます。「森は海の恋人」というキャッチフレーズで、よいカキはよい森があり、川でつながっていてはじめてできるという、大きな自然観をもった人です。今回の震災で壊滅的な被害を受けられました。6月のシンポジウムにも来ておられました。私は本当に感動したのですが、あれだけの経験をしながら、「海は大丈夫です。またカキを続けます」と胸を張っておっしゃったのです。信さんはその「ビッグ・ハタケヤマ」の息子さんで、震災を体験されたということで、これからお話を聞きます。
 その次に話を聞くのはニコルさんで、私とは生き物好きというところで接点がありますが、私は木を切るとどうなるとか、この花にはこの虫が寄ってくるといった、森の中の生き物のしくみに興味があるのですが、ニコルさんはもう少し大きく、山と川と海、日本列島の作りといった大きな視野でも自然をとらえている人です。そして森のもつ力や、人と森のありかたについても考えたり、活動したりしておられます。
 こういうわけで、今日私が震災について、この3人においでいただいたことが、だいたいお分かりになったと思います。それでははじめに畠山さんにお願いします。

つづく


震災フォーラム 畠山

2011年03月01日 | 資料
畠山さんの講演


 畠山さんはスライドで3月11日の生々しい体験を紹介されました。いつも海をみている畠山さんは自信の大きさと水の動きからただならぬものを感じ、船を起きに出す決意をしたそうです。そのときに自分の顔を少しふざけたような表情で撮影していましたが、口からは「これが遺影になるかもしれないと思った」ということばがもれ、私は驚きました。そのあと、波が高くなり、赤い灯台がはじめは海の上にそびえていたのに、船が近づいたときは、先端部しか見えなかった、つまり畠山さんを乗せた船は10mもの大波の上にいたことになります。その後の波の動きをみて、畠山さんは死を覚悟し、船を離れる決意をしたといいます。そして実際に海に飛び込んで200mほど泳いで陸にたどり着いたといいます。畠山さんには独特のユーモア感があり、陸で撮影した写真を紹介しながら「すみません、この前はちょっと忙しかったものだから、写真がありません。」とこともなげに言うのです。生死の境にあって写真が撮れないことなど言うまでもないのにこういうことを飄々と語るのです。私は、もし自分ならどうだろうと思わずにはいられませんでした。津波の直後には瓦礫の中の遺体も見たと語る口調は苦渋に満ちていました。
 その後、「森は海の恋人」プロジェクトでおこなっている活動が紹介されました。木を育てるには100年かかるが、人は20年で大人になるのだから、人を育てるほうが時間がかからないということばが印象的でした。子供を海によび、カキを見せ、カキを育てるプランクトン入りの海水を飲ませるなどの体験学習をするようすなどが紹介されました。室根山でおこなってきた植樹祭を今年はできないと思っていたところ、参加者のほうから景気付けにぜひやってほしいという声があがったのでおこなったが、今年は大漁旗が失われたので、旗が少なかったという話も印象的でした。
 震災後に海岸線が変わり、沈降したはずの砂浜に波が砂を運んで、今までよりも内陸まで砂が体積して、むしろ砂浜が広くなったということでした。そして復興への決意が語られました。
 話の最後に、「すみません、いつも見ている海で、なんとも思っていないんですが、こうしてスライドで見ると、あの時のことが思い出された胸がどきどきしてしまって」と言われました。

つづく


震災フォーラム ニコル

2011年03月01日 | 資料
ニコルさんの講演


 開口一番話されたのは、畠山さんの話を讃えるとともに、トラウマは無理に抑え込もうとする必要はないというやさしいことばでした。そのあとで話されたのは、カナダでの自分の経験で、サケにまつわる話でした。まず日本列島には北海道から九州北部までサケが遡上する川があった事実を紹介しました。気温でいえばサケには暖かすぎる北九州にサケがいたということは、上流から流れてくる水だけでなく、地下の伏流水が川の側面からにじみ出ているからということでした。そのことは「防災」とされるコンクリートの三面張りの工事がいかにまちがっているかを示しています。
 カナダでの経験は、川の上流に海由来の窒素15という安定同位体があるという事実で、これは「水は低きに流れる」とする物理学的には説明できません。それは膨大な数のサケが遡上することによるというのです。サケが体全体で海を山に運ぶということです。サケは産卵すれば死ぬから、大量の「海」が川にもたらされることになります。それだけではありません、クマがいてサケを食べます。クマ同士には強いなわばり意識があり、サケをとる川ではいさかいが起きるから、サケはひとりで食べるために林に行きます。そこでイクラなどおいしい部分から食べるのですが、ニコルさんが写真撮影をしようとしていたら、クマが突然思い出したように「あ、あの川でライバルのクマがサケを食べている」とばかり川に戻ったそうです。そのとき、ニコルさんが立ち上がって思い出したようなクマの表情を演じてみせたのですが、実にユーモラスで会場から笑い声が聞こえました。私たちは自然の仕組みや、サケ、クマの働きについての話に引き込まれていきました。
 さて、こうしておびただしい量のサケが森に運ばれて捨てられます。クマは糞をします。そのためこの時期の森は臭くて、とても物を食べたりできないほどだそうです。しかし、科学者の明らかにしたことは、こうした海の成分は地面に入り、やがて木に吸収されるため、木の材に遺されていて、「生長錐」という特殊なドリルで木から細長い鉛筆のような材を取り出すと、どの年代に海の成分が多いか少ないかもわかるのだそうです。
 このことのもたらす効果は明らかです。もし川がサケの遡上を妨げれば海の物質は森に届きません。その結果、木の肥大成長は著しく悪くなります。
 川と森に関連したもうひとつの話は、標高2000mほどの山の森林を皆伐すると、50kmほどある川の水が海に達するのに2週間かかっていたとに、なんとわずか2時間(ちょっと記憶に自信がありません、この数字は確認しますが、私のメモには確かにそうあります)で達してしまったということです。初めはその結果を聞いても信じられなかったが、まちがいなかったそうです。そのために自然保護団体だけでなく、漁師からも森を守れという声が大きくなり、森林伐採が抑制されたといいます。もちろん私たちは、この話を畠山親子が推進している「森は海の恋人」のことと重ねて聞きました。

つづく

震災フォーラム フリートーク

2011年03月01日 | 資料
フリートーク


 高槻は震災後のあの冷静で自分がたいへんであるにもかかわらず周囲への思いやりを示した東北の人に驚嘆したことを聞くことから始めました。打ち合わせなしの質問だったので、相澤さんも畠山さんも虚をつかれたようでしたが、畠山さんからは、考えておこなったわけではなく、赴くままにしたらああなったのだというお話でした。これについてニコルさんは、「どこの世界にもああした立派な態度をとる人はいるにはいるが、しかしそれは少数であって、皆が皆そうであるということは珍しい。これが例えばイギリスであれば、暴動が起きていただろう。私は日本人としてあの人びとの態度を誇らしく思った」と語りました。
 また高槻は「海をよく見ていれば異変は感じ取れる」という畠山さんの発言に、それはどういうことかと質問しました。畠山さんの答えは、ひとつひとつを理屈と言葉では説明できず、長年の直感のようなものがあって、光や風をふくめ、トータルに感じる感覚から来るものだということでした。そうであれば、我々は「見れども見えず」ということになります。このことについて私は生態学者として自然を見ることについては共感するものがあります。学生と山を歩くと「見れども見えず」は無数にあります。海を相手にしている漁師には海の表情が読み取れるのだろうと思いました。
 会場からもいくつか質問や発言がありました。ある麻布大学の先生は「畠山さんは4月の中旬、まだ自分が被災のさなかにありながら、新聞にほかの人の支援をしていると明るい表情で出ていて、自分ならとてもできないと思った。男としてかっこいいと思った。」と発言され、畠山さんは「自分はニコルさんみたいなカッコいい男になりたいという気持ちがあるからかもしれない」と答えました。ニコルさんは「信君のお父さんもそうじゃないか。いい顔だよ。俺はやると言ったらやる、と言える男はそういう顔になるんだ。」と言いました。私も今年の6月に都内でおこなわれたシンポジウムに、震災後初めて公式の場所に来たという畠山さんのお父様の重篤さんが、電気も水道もないのでひげも伸び放題で失礼しますといいながら、海の話をされたときの、「いい顔」を思い出しました。
 別の人は地元を離れる人のことを発言しました。これに対して畠山さんは、現実に去った人はあること、しかし残った者でコミュニティーを作って機能させていく抱負を語りました。ニコルさんはウェールズの石炭捨て場が荒廃していたが、そこの森で遊びながら育った若者が地元にもどってきれいにし、それでまた人がもどってきたことを話し、「いい町を作れば必ず人はもどってくる」と語りました。
 高槻は、戦後の日本は自然を管理し、災害を抑え込もうと思い上がっていたのではないか、今回の震災は自然に向かい合うことがいかに無謀であるかを教えたのではないかと語りました。相澤さんは言葉少なめでしたが、これについて、地元の名取市は北部のリアス式海岸と違い、高台がないため、逃げ場がない。津波に対して防潮堤を作るという動きがあるが、防潮堤が訳に立たないことは誰にもわかったはずで、防災教育や、避難施設の充実をすべきだと発言しました。そして地元に対して役立ちたいという熱い思いを語りました。
 高槻は、われわれ東北地方にいない者が何をすべきかを尋ねました。畠山さんからは、自分たちのことをいっしょに考えて欲しい、地元でも何から手をつければよいかわからないでいるから、よいアドバイスをしてほしいという返事がありました。私はもっと地元から具体的な要望を発信をしてもらい、それに答えるためのシステム作りのようなものを充実すべきだと考えていたので、少し意外感がありました。
 高槻は、7月に岩手県を訪れたときの、変わり果てた町とそれと対照的な新緑の美しさのギャップに当惑したこと、今年の春は被災した人びとにとっていつもと変わらないことの意味を考えさせたであろうことを話しました。そしてよい形でこの日本の自然と共存することの必要性を話しました。
 こうして、短い時間ではありましたが、森と川と海、人と自然とのあるべき姿について深く考える充実した時間をすごすことができました。


ヨーロッパナラの話 ペドロ・カルヴァーリョ

2011年03月01日 | 資料
ナラの木 解説 ペドロ・カルヴァーリョ, 和訳 高槻成紀
カルボシュ村のナラの木は私たちを畏敬の思いで満たしてくれます。この老木は多くの人々にとってお母さんのようでした。「彼女」は無数の世代が訪れては去って行くのをながめ、動物にも人々にも食べ物を与えてくれたのでした。


ポルトガル北部にある「太っちょナラの木」

数字と詳細
学名 Quercus robur L. (クエルクス・ロブール)
ふつうの呼び名:カルヴァーリョ・アルバリンホ
高さ:29メートル
樹冠直径:35.5メートル
幹の周囲:11.4メートル
日本語:ヨーロッパナラ(欧州楢)

どこ
環境センター:カルボシュナラの解説
 このセンターはカルボシュ村にあります。この村はポヴォアデランホーソ市の近くにあり、ポルトガルの有名な植物学者にして民俗学者のゴンサロ・サンパイオの故郷です。ここでは教育と森林保護活動をしており、地域に貢献する農場と店もあります。面積は3.1ヘクタールあり、アロマと薬草の農園です。

だれ
 カルボシュ村の偉大なナラの木は500歳から1000歳と推定され、珍しいようすは「自然」を能弁に語ってくれます。人々はこの木の木陰を楽しみに訪れます。
 二十世紀の最後の十年、農業を進めようという試みや不動産業が伐採しようとしたため苦難にあいましたが、それはこの木の幹に大きな空洞ができたからです。空洞のおかげで年輪が数えられず、年齢がわかりません。1999年頃、彼女は枯れ枝とガンを切除するため手術台に載せられました。手当をされて、枝を支えています。今は背の高い「息子」(下の写真)に囲まれてふたたび幸せに暮らしています。彼女にはイギリスのシャーウッドの森に「メジャーオーク」(大楢といったところか)という名の兄さんがいます。


「太っちょナラの木:の「息子」(とはいえ人の大きさと比べてみよう, 高槻)

知っておくといいこと
ヨーロッパナラ(クエルクス・ロブール)
高さ35メートルになれる。樹冠はだいたい円形。
葉:落葉性でふちは波々。葉も枝も無毛。
花:花は雌雄異株。雄花は尾状花序。雌花は花柄に1-5の房。
開花:4-5月に開花するが、同じ株では自家授粉を避けるために雌雄の開花期がずれる。風媒花。
果実:秋にドングリが稔る。



リンネはこの木に強く、硬いという意味の「ロブール」と名付けました。ナラの木は城や軍艦の用材となり、世界を巡り、その昔日本にも行きました。
 土壌を肥沃にするため、ナラの林は農業に利用されました。
ナラの木がドングリを稔らせるようになるいは60年はかかりますが、稔るとなると300万個ものドングリがなり、カケスやほかの動物が運んでくれます。ポルトガルでは小麦を作るようになるまでは人々はドングリ湖でパンを作っていました。

知ってましたか?
ポルトガル中がヨーロッパナラやほかのナラの木に被われていた時代があります。おかげで地面がドングリでいっぱいになり、雨が降ろうものなら、海まで流れ込んだのです。マグロはドングリが大好きなので、マグロのことを「海のブタ」(ブタはドングリが大好き、高槻)といったほどです。

歴史を少々
ヨーロッパの森林の歴史は人の活動と密接に関連しています。ひとことでいえば、人が住むようになって長い時間をかけて森林が切り開かれ、形を変えました。完新世の初めにはほとんどの国はナラ林に被われていました。新石器時代に人類が定着すると森林伐採が始まりました。土地は農地に変わり、森林は伐採されました。現在ポルトガルではナラ林が占めるのは森林のわずか4%にすぎません。
現在ヨーロッパの森林で攪乱を受けていないのはわずか5%(これはスエーデンの面積の半分以上)にすぎません。残りの95%は植林(在来種、外来種を含む)あるいは天然更新の林です。

ペドロさんと高槻の交流

東日本大震災復興支援チャリティーコンサート

2011年03月01日 | 資料
2012年3月5日、震災から1年を前に「10000の瞳プロジェクト」コンサートがおこなわれました。私は知らなかったのですが、韓国を代表する金道郷(キムドヒャン)という歌手が登場しました。太い声で、人柄もよさそうな人でした。私にはケニーロジャースと通じるものが感じられました。そのあと、女川出身の中村雅俊さんが2、3曲歌いました。主催が全労災だったのですが、中村さんは三十年もそのキャラクターをつとめてきたのだそうです。最後は上田正樹さんで、気仙沼の畠山重篤さんに会って感激してその畠山さんに捧げる歌をうたいました。そのほかフォスターの名曲をいくつか、それからわれわれの世代にはなつかしい「We shall overcome」と「大阪ベイブルース」も披瀝しました。最後には今回の津波被害をみて生まれた「今ある気持ち」を「クラウン少女合唱団」と「クラウンハミングバード」という合唱団といっしょに歌いました。このコンサートの冒頭で、宮城県名取市出身の相澤一成さんが「ナラの木」の仙台版を朗読しました。相澤さんは昨年の6月のシンポジウムのときにはじめて朗読してくださり、その後麻布大学の大学祭でのフォーラムでも協力いただきました。これで3度目ということになり、内容的にもとても充実していたと感じました。
 会場は400人くらいということで制約があったため予約制でしたので、このブログでは事前に紹介することは控えました。今後こうした支援活動がさらに広がるかもしれません。10000の瞳プロジェクトは上田さんと子供たちが一緒に歌うもので、10000ということは5000人ということですから、たいへんなことですが、関係者は意気軒昂のようでした。





相澤さんは最初だったので、私は撮影してよいものかどうかわからず遠慮していました。ほかの人が写しているのをみて、いいのだとわかり、途中から撮影したので、相澤さんの朗読シーンはないのが残念です。合唱の写真の一番右側にいる背広のスラリとした姿が相澤さんです。

公演「昔むかし あったとさ」

2011年03月01日 | 資料
「昔むかし あったとさ」

以下は案内

公演名:日俳連 ドラマの方言を考える会公演
ふるさとの言葉で語る~第七弾~
民話・北から南から 方言の温もり

『昔むかし あったとさ』
内容:年に一度の方言の会の公演です。今年も出演者それぞれのお国言葉で、ふるさとの民話を語ります。とっても面白い、ほのぼのした楽しい話が揃いました。また、今年は、詩「ナラの木」を、それぞれのお国言葉で語り比べをします。どうぞ、お楽しみに。

日時:2012年6月2日(土)
午後2時開演、午後6時30分開演
※開場は開演の30分前

場所:青年劇場・スタジオ「結」
東京都新宿区新宿2-9-20 問川ビル地下1階(TEL:03-3352-1687)
アクセス:
東京メトロ丸の内線 「新宿御苑駅」 出口1・出口3 から徒歩2分
東京メトロ副都心線 および 都営新宿線 「新宿三丁目駅」 C8出口 から徒歩8分

入場料:一般 2500円/中・高・学生 1000円/小学生以下 500円
※収益の一部を東日本大震災被災者への義援金とさせていただきます
お問い合わせ・お申込み:日本俳優連合・ドラマの方言を考える会
東京都新宿区西新宿6-12-30 芸能花伝舎内TEL:03-5909-3070 / FAX:03-5909-3071


当日(6月2日)、小さな劇場とはいえ、満員のお客さんがあり、各地の民話の語りに先立って、「ナラの木」が朗読されました。京都、山形、静岡の地方訳が地元の俳優さんで読まれたので、感情表現が豊かで心に響きました。


公演のあと挨拶をする出演者たち 右から3人目がリーダー格の冨田祐一さん、左から5人目が高槻に連絡をくださった外海多伽子さん




来往舎コンサート OTOの余韻

2011年03月01日 | 資料
来往舎コンサート OTOの余韻 秋・空・響 Part 3

2012年10月6日(土)
慶応義塾大学日吉キャンパス
来往舎1階 イヴェントテラス
開場 15:00、開演 15:30
入場無料

小田百合子 ナラの木 
岩坪昌代 ヴォカリーズ 
木原福子 「空中庭園」 
橋本 剛 INTER-PLAYERS II
末吉保雄 山頭火の秋
大家百子 「イヨンノッカ」
名倉明子 「白い、白い日」 
北爪やよひ <群青の> 宮沢賢治の短歌から

お問い合わせ OTOの会 小田百合子
tel 080-5508-3699
email Yumbo55@aol.com

アクセス
東急東横、目黒線、横浜市営地下鉄グリーンライン、
日吉駅東口 徒歩3分
慶応義塾愛学日吉キャンパス構内
駐車場なし