ニュージーランド移住記録「西蘭花通信」

人生の折り返しで選んだ地はニュージーランドでした

100年の大計

2002-01-18 | 移住まで
「ここに住みたい・・・・」
旅行中ずっと思っていたことがやっと言葉になった、オークランド。坂の多い美しい街を車で流しながら、言葉にしたとたん、自分の中で何か温かいものがこみ上げてきて、それにゆっくりと包まれていくような不思議な体験をしました。それまで自分の意識にさえ上っていなかった呪縛が解けたような解放感。突然の思いつきに本人でさえきょとんとしながら、穏やかな気持ちに浸っていました。その感覚をあえて言葉にすれば、"至福"というのが一番合うように思います。それはちょうど今から1年前の2001年1月下旬のことでした。

あれ以来、私の頭から「NZ」の頭文字が消えた日は1日としてなく、大袈裟なようですが本当に自分の生活の一部になってしまったのです。NZに行ったのはあの旅行が生涯2回目で、オークランドに行ったのは初めてでした。しかもその魔法のような幸せな思いに包まれたのは、オークランド入りして2日目、時間にすれば24時間も経っていない時のことでした。

前の日は夕方近くにテムズから車でオークランドに入り、それまで回ってきた小さな街とは比べられない大きさに宿選びで手間取り、適当なビジネスホテル風の宿にとりあえず車と荷物を残し、そそくさと夕食に出かけました。たまたまその日は中国人にとって本当のお正月に当たる、旧暦の元旦(旧正月)で、私達は中華料理を食べに行くことに決めていました。

足掛け18年ほど中華圏で暮らす私にとって(フランスにいた1年以外、海外生活はすべて中華圏。夫もほぼ12年の中華圏暮らし、子ども2人はともに香港産の香港育ち)、お正月は旧暦の方がピタリと来るようになっていました。人類が経験則で学んだ自然に則したもののせいなのか、寒さがその当たりでピークを迎えるようなことを何度も経験し、中華圏では風水や占いはもちろん、商売も賭け事もすべてのことが、1月1日からの新暦ではお話にならないといっても過言ではないくらいです。

私自身も2月の誕生日あたりを境に、運気がガラっと変わるような経験を幾度もしたことがあり(旧正月は1月末から2月中旬の間で毎年変わり、誕生日近辺に当たることが良くあります)、それを「なぜか」と考えるのではなく、今では「そういうものなのだ」と受け入れるようになりました。

やっと見つけたレストランで、本場の中華料理とは違うものの、それなりに美味しい家庭料理風中華料理を食べながら、この新しい年に何が起きるのだろう・・・とクリスマスイブの子どものように、私は何かを待っていました。雑然とした店の中にも赤を基調とした賑々しい飾り付けがしてあり、お正月らしい雰囲気が出ていました。紙でしつらえた飾りに囲まれながら、窓の外の街並みを見下ろしつつ、
「残りの人生の指針になるような100年の大計を立てよう」
と年頭に当たって思っていました。

新年だからといってそう簡単に壮大なテーマが見つかるわけでもなく、西暦で言えば新世紀の始まりでもあった私の2001年は、ゆるゆると始まっていました。いよいよ本番の旧正月の幕も開きました。そしてその翌朝、空から降ってでもきたように、
「ここで暮らそう」
という突然の閃きで、一瞬にして大計の指針が定まったのでした。

私は思い立ったら必ず実行します。今までの人生がすべてそうだったので、今回も本当になるでしょう。確実に実行に移すためには、待つことも厭いません。確実に家を出るために、大人になるのをじっと待ち続けた子どもだったので、年単位で待つこともできます。明日発ってもかまわないほど迷いもなく、独り身であればトランク片手にさっさと香港を後にしていたことでしょう。しかし、夫も子どももいる身なので大切な彼らの気持ちが一つになってくるまで、ケーキの上のサクランボをとっておくように、お楽しみを残しておくこともいいかな、と今では思っています。

私が突拍子もないことを言い出した時、夫の内心は「あちゃ~」と言ったところだったでしょう。私の腰の入った実行力は10年間の結婚生活で立証済みなので、彼にとってはそれに同意するかどうかという話を超え、
「やっと巡り合った絶好調の仕事を投げ打って、おれもここに住まわされるのか~」
という諦めにも似た思いではなかったかと思います。

夫はひたすら沈黙を守っていました。当時6歳の長男は、ママの突然の思い付きにうっすらと涙ぐみながら、
「温くん、やだ。ボク、香港好き、引っ越してきたくない。」
と、即反発。3歳の次男だけが、
「ニュージーラン(ド)、ちれい(きれい)、善くん、ここちゅき(好き)」
と賛成してくれました。

あれから1年。夫は西蘭家のNZ行きのためにホームページを立ち上げてくれるまでになり、自分で買ってきた本を片手にコツコツと作り上げてくれました。しかもコンテンツを充実させようと趣味のラグビーまで借り出し、日記を綴り、なかなかメルマガを始めない私を急かすまでになりました。インターナショナルスクールに通う長男はウェリントンから来たガールフレンドができ、次男は相変わらずですが、少なくとも「ニュージーランド」と「きれい」は言えるようになりました。


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この「西蘭花通信」は西蘭家がNZに旅立つその日までのドキュメントを、子どもの成長や香港の生活を織り交ぜながらお伝えしていきます。「西蘭花」は中国語でブロッコリーのこと、私と子どもの大好物でもあります。

これは一つの夢をかたちにしていくための実験の記録であり、私にとっては確実に生きた時間の証となることでしょう。目にされた方が、「こんな人もいるのか~」と思ってくだされば幸いです。そして皆様が改めて自分の夢に思いを巡らせて下されば、私にとっても喜ばしいことです。

そのため、構成は毎回のテーマに合わせて、地域別の「NZ編」、「香港編」、家族や生活全般の「生活編」、今のところ私の本業で、香港の生活を語るには避けられず、それがなおかつNZの生活との面白い対比をなすであろう「経済編」の4つのカテゴリーに分けてお届けする予定です。
(※2019年5月のメルマガからブログへの移行に伴いカテゴリーは変更しました)