limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

life 人生雑記帳 - 74

2019年12月11日 16時04分45秒 | 日記
7月の最終週に突入した月曜日、長い朝礼の後に“安さん”達事業部幹部は、会議室へ籠った。「緊急事態にならない限り、伝言も電話も厳禁だとさ。何をやってるんだろう?」徳さんが不思議がっていたが、僕と恭子には、理解できた。「恐らく、Y達“派遣隊”の処遇についての緊急会議ね。一気に10名が抜けたら、大混乱は必至!それをどうやって“阻止”するか?の判断を諮ってる筈よ!」「ああ、間違いないな。下期の予定が立たなくなるだけじゃない。増産にも影響は及ぶから、死活問題に発展しかねない。“どうやって切り抜けるか?”全般的な検討も含めて、対応を決めてるんだろうよ」僕等は、小声で囁き合った。先週末に通知されて来た“田納取締役の光学本部長就任”問題は、国分工場全体を揺さぶった。これまでの方針は“破棄”しなくてはならないのだ。バックに会長が付いて居る以上、新たな戦略と方針を早急に決めて、対処しなくては足元もおぼつかないだけで無く、マスタープランの見直しにまで及びかねない“一大センセーション”となって押し寄せたからだ。一方、O工場にしてみれば、“神風”が吹いたも同然であった。宣伝費や販促予算、開発費まで、心配する要素が減っただけで無く、思う通りの開発が可能になったのである。新機種の開発は難航しているが、メドが付けば一気に量産に載せて“逆襲”に転じられる事に加え、これまで“お蔵入り”にして来た企画までが、日の目を見られるかも知れない“空前の好機”が訪れたのだ。残るは、国分に送り込んだ“派遣隊”の順次帰還を待つばかりなのだ。こうして、O工場と国分工場の“駆け引き”の幕が切って落とされた。“早期に帰還”を望む側と“出来るだけ引き延ばしたい”延命側の熾烈な競争が始まった。当面のターニングポイントは、10月末。第2次隊の任期満了時期に絞られた。そのタイミングでの帰還が実現しなくては、O工場としても、人手不足になりかねなかったし、各部門の選りすぐりの技術者が、多数含まれている第2次隊までのメンバーに対する期待は大きく、反転攻勢には不可欠な人員が帰るか?否か?は、死活問題になる恐れもあった。

国分工場にしても、O工場からの“派遣隊”の存在抜きに計画を定めた訳では無かった。当面半年とされた派遣期間にしても、“年内一杯”までは、延長されるものだと踏んだ筋があったのは事実だった。中途採用や工場内での異動に寄って、手当もしては居たのだが、やはり、総勢200名の存在は殊の外大きく、事業の中核を担わせるまでに重用されていた。僕や鎌倉、美登里などの“代わりの利かない人材”も多数育てられていた。こうした事は、急な変化に対応が追い付かないと言う“致命的欠陥”となって具体化してしまった。“引き継ごうにも、引継げない”と言うジレンマに陥った事業部は、国分工場の8割に及び、深刻な状況を作り上げてしまったのだ。“人は城、人は石垣、人は堀”の言葉通り、人材の流出は、生産を直撃するだけで無く“組織体系”をも揺るがす事態に直面させられる事になり、各事業部は“生産計画や人員配置”を1から見直す必要に迫られた。しかし、事業部単体での努力には“限界”もあり、国分工場全体の問題として、工場責任者会議の席上で激論が交わされる事になった。「このままでは、計画そのものの見直しだけで無く、人員配置も見直さなくては、マスター達成は無理だ!」「せめて、年内一杯の“派遣延長”を申し入れるしか無い!立て直すには時間が必要だ!」「今更ではあるが、一定の人員は“転属”させて、凌ぐしか無い!工場としても、理解を得て事を進めて欲しい!」等々、責任者からも深刻な状況の申し出が多数出て、会議は紛糾せざるを得なかった。“安さん”は、
「必要な人員は確保(転属)して、帰す人員とハッキリ区分けをするべきだ!“代わりの利かない人材”を今から育てるとしたら、到底間に合わない!残す者と帰す者を選抜して、O工場や光学事業部に至急申し入れる必要がある!これは、我々の死活問題に直結する最重要課題だ!」と工場長に決断を迫った。他にも同様の申し出や意見は続出し、工場長は「再度O工場及び光学事業部に申し入れる。交渉の余地は残されていると考える!」として、“交渉による打開”の道を模索する動きを選んだ。併せて「各事業部に於いては、本部長に窮状を訴えて、事業本部長会議での“トップ会談”による打開の道も探って欲しい!」との要請を出した。こうして、O工場VS国分工場の“仁義なき戦争”は、会社全体を巻き込んでの“世界大戦”に発展して行ったのである。僕等の手の内に“選択権”は無かった。

不安は、“派遣隊”にも及んで来た。“早期帰還があるやも知れぬ”と勘違いした者達が、動揺を起こしたのである。「“帰還事業”は当初の予定通りに進める。繰り上げなど無い!」田中さんは、その都度説明に追われたが、一度揺れ始めたモノを止める事など、容易では無い。「なあ、Y,鎌倉、美登里、何とかこの“揺れ”を鎮める手立ては無いか?」田中さんは、困惑を隠さない。「無理ですよ!足元が揺らいでいるんですから、止められませんよ!」美登里が口火を切った。「そうだな、事業部が揺れてるのに、“落ち着け!”と言っても、無駄ですよ!中で何が起こっているのか?知り得ている以上、先行きに不安を抱くのは、仕方ありませんよ!」鎌倉も続いた。「今回は、O工場と国分工場だけの問題じゃない。“事業部対事業部の争い”になってます。それも、本部長達が“膝詰めで詰める問題”に発展してます。そして、我々に“選択肢は無い!”最悪ですよ!鎮める手などありはしません!」僕も続いた。「それでも、何かしらの手を繰り出さなくては、暴動が起きる気配があるぞ!」田中さんが続けるが「既に手遅れですよ!総務と半導体部品事業本部は、反旗を翻すでしょう!他にも続く事業部は増えますよ。国分工場を“鎮圧”するのは、最早不可能ですよ!」と釘を刺して制する。「むむ、そこまで進んでるのか!だとすれば、本部長に“書簡”を出させるか?」「それも、手遅れです!そもそも、就任したばかりで、何も分からないままで“談話”が出せます?」美登里が噛み付いた。「しかも、O工場から何のコメントも無いし、情報すら上がって来ない!“四面楚歌”でどうしろと言うんです?」鎌倉も攻め込む。「しかし、このまま放置する訳にも行くまい。どうにかならんか?」田中さんは、あくまでも“鎮静化”に拘った。「そもそもの始まりは、2月に合意した時点に問題があった。O工場と国分工場との間に明確な“細則”が無かった事が始まりだ。“半年程度”と“半年”では、明らかに意味合いが違う。時期も悪かった。マスタープランの最終見直しに重なった事で、国分工場に“半年を越えても留め置ける”とあらぬ誤解を与えてしまった。結果的に、事業部に寄っては“長期間の応援が期待出来る”と、思い込ませてしまったのが、今になって慌てる一因となった。既に、“ボタンの掛け違い”で済む話じゃあ無いんだ!」「それはそうだが、どうやって治める?」田中さんは、縋る様に言う。「まず、O工場に“現状”を包み隠さずに、正直に国分工場に伝えさせて、“帰還事業”への協力を仰ぐ事。もう1つは、速やかに田納さん自らが国分工場を訪問して、各事業部の責任者と我々に“協力を依頼する事”ですよ!いつまでなら“時間”を得られるか?“最長期限はいつか?”今、各事業部が知りたがってるのは、そこなんですよ!先が見えないから、“強訴紛いの手”を繰り出さなくてはならない。要らぬ紛争を起こそうとする。もう、トップが責任を持って治める以外に道は無いんだ!どうしても治めるなら、それしかありませんよ!」僕はキッパリと言い切った。「うーん、かなりの無理を押し通す事でしか、道は無いんだな?」「ええ、無益な紛争を回避する手は、それしかありません!どの道、これから“製造営業会議”や“事業本部会議”の席で、“導火線”に火が点きますよ。大爆発が連発したら、止め様としても止められませんよ!“血で血を洗う凄惨な地獄”を見たくなければ、“光学機器の本部長が介入する”しか無いんです!」「Y,今、言った事をまとめてタイプ出来るな?明日にも、O工場に送り着けよう!戦争だけは、回避せねばならないし、“遺恨”を残すのは最悪だ!俺も言いたい事は山程ある!ともかく、やれるだけの手は尽くそう!それでも、耳を貸さなければ、戦うしかあるまい。2人共、それでいいか?」田中さんは、鎌倉と美登里に同意を求めた。「Yがそこまで読んでるなら」「他に道がありませんから」と2人は渋々同意した。僕の意見書は、翌日にO工場に送られた。田中さんも、徹夜で意見書をしたためて、送り着けた。だが、反応は一切帰って来なかった。局面は更に悪化し続けた。

週の半ば、サーディプ事業部の“製造営業会議”が、国分工場で開催された。案の定、僕等の“帰還”については、10名全員を留め置く方向で本部長に申請が出されて、本部長もこれを支持した。「刺し違えても確保(転属と言った方が妥当だろう)に全力を挙げて、取り組む!」と本部長は、その場で約したと言う。レイヤーパッケージ事業部も、然りだった。岩留さんは、“安さん”よりも過激に残留を求め、「認められなければ、マスター必達は不可能だ!」と迫り、本部長も「必ずや勝ち取って見せる!」と意気込んだ。半導体部品事業本部のこうした動きを受けて、他の事業部も勢い付いて、近々開催予定の会議での“強訴”に踏み切る姿勢に向かった。事は増々荒れ出した。各事業本部は、光学機器事業部門に対して“宣戦布告”を鮮明に打ち出し始めたのだ。最早、“開戦”は目前に迫った!

さて、時間を巻き戻して、7月最終週のサーディプ事業部の動きを見てみよう。例月ではあり得ない程に、落ち着いた月末を迎えた職場の表情は明るさに満ちていた。GEの飛び込みさえ流せば、月次予定は達成されており、8月に向けた積み上げも順調に推移していた。「通常体制、飛び込みのみ優先。後は、各自の判断で」おばちゃん達への指示もさり気ないものになり、検査も含めて余裕すら生み出していた。「Y,何とかならねぇか?もう、保管場所すらねぇんだよ!」と田尾がウンザリと言う。「金曜日の午後になれば、一気に計上出来るだろう?“在庫一掃セール”まで待て」「ふん!こっちの作業場の隅も借りるぜ!何しろ場所が、無いんだ!金曜日まで借り上げるぜ!」と言って出荷品の山を築き出す。「分かったよ。どっち道、まだまだ増える一方だからな」と返してフッと笑う。こんな余裕を持てる体制にして置いて良かった!来月は、中抜けがあるにしても、悠然と構えられるだろう。「問題は、9月か!」上期最終月の9月は、大規模に増産する予定になっているが、川内からの磁器の回りも、先行して推移している。今の好循環を維持すれば、ゆとりが生み出されるはずだ。月末集中がある可能性は否定出来ないが、切り抜けられない事は無いだろう。「“信玄”!ちょっとツラを貸せ!」立て籠もって居た“安さん”が、フラリと現れた。倉庫の前に連れて行かれると「今、結論が出た!貴様達を帰す事は“しばらく見送る方向”で、本部長を説得する!特に、貴様は“転属扱い”にする!これは、全部門の一致した見解だ!O工場から何かしらのアクションはあったか?」「いえ、何もありません!“四面楚歌”となんら変わりありません!仕掛けるなら、この隙を利用するのが、最善かと」「ふふふ、相変わらず抜け目の無いヤツだ!半導体事業本部の底力を光学機器事業本部に見せ付けてくれるわ!田納さんが、何と言おうが、我々は揺るがぬ!力の差を思い知ってもらうぞ!“信玄”よ、異存は無いな?」「ありません!いよいよ、剣を持って戦う時が来ました。“不帰”を表明して、O工場と戦う覚悟は、出来ています!」「うむ、貴様も戦う覚悟を持っておったか!それを聞いて安心した。残り9人の意向は、未確認だが、“本丸”である貴様の腹が座っておれば、百人力。手始めに、製造営業会議から攻撃開始だ!待っていろ!必ずやもぎ取って見せる!!貴様が前面に立たずとも、戦いの行方は見えておる!だが、搦め手からの攻撃は、貴様達で始末を付けねばならんだろう。壮絶な死闘になるが、これは“未来を賭けた戦い”だ!切り抜けるぞ!凱歌を挙げるのは、俺達だ!!」“安さん”は、言い含める様に言って、肩をバシッと叩き、ニヤリと笑った!サーディプ事業部の方針は決した!引き返す道は無い!だが、不思議と不安は無かった。「Y、徳田、田尾!」今度は徳永さんがやって来て、資料を手渡した。「8月の磁器の納入予定だ。特に“盆明け”以降のブツ量は、飛躍的に増える方向だ!」と説明を加えた。「9月に向けた布石ですか?」と聞くと「そうだ。実質的に“盆明け”以降は、9月分を先行して流す。今月比55%の上乗せだからな。今の調子なら、充分に間に合うだろう?」と言う。「けど“前”が間に合いますか?こっちには“信玄”が居ますから、どうにでもなりますが、これだけのブツ量を流すとなると、“前に謙信”が居ないと不可能じゃあありませんか?」と徳さんが懸念した。「流石に“謙信”は居ないが、下山田達と橋元・今村達は、“盆休み”の後半から始動する予定だ。その他にも、手を繰り出して間に合わせる算段は付ける。特に“新型整列機”の稼働を1ヶ月前倒しにする事が決まっておる。まだ、若干の改造は必要だが、技術陣は“是が非でも間に合わせる”と言って既に24時間体制で、調整をしとる。今月の様な、不安要素は格段に下がる方向だ!」徳永さんは自信を覗かせた。「知りませんよ!“武田の騎馬軍団”の恐ろしさは、こう言う場でこそ発揮される!縦横無尽に駆け回り、無人の荒野にしちまいますよ!」と田尾が言った。確かに、打って付けの“ステージ”になりそうだった。「それが狙いだ!技術陣の中には“信玄”の恐ろしさを疑っているヤツも居る。“運に恵まれたに過ぎない”と言ってな。ともかく、鼻をへし折らねば、ならんのだ!Y、指揮は任せた!存分に暴れてやれ!誰の目にも明らかな“結果”を突き付けてやるがいい!」徳永さんらしからぬ言葉に、一瞬戸惑ったが「“山が動く”とはどう言う事か?しかと見せつけてやりますよ!」と返してニヤリとした。7月の“勝利”は目前に迫っていた。

そして、迎えた金曜日。僕が率いる“騎馬軍団”は、午前中で全ての業務を停めた。徳さんと田尾は、ヒーヒー言いながらも、多量の製品を倉庫に計上して、次月のロケットスタートに備えていた。そんな中、徳永さんから「Y、総務に出頭しろ!O工場から何か言って来たらしいぞ!」との連絡が入った。僕は、神崎先輩に後事を託すと、総務棟へ急いだ。指定された会議室には、取る物も取り敢えず、集合させられるだけの“派遣隊”が集結していた。「Y、こっちだ!」鎌倉が前の席で手を挙げる。「何の騒ぎだ?月末の締めだってのに!」「あたしにしても、月次レポートの作成があるのよ!」と美登里も言う。他の連中も同じような事を口にしていた。田中さんが入って来ると、会議室は水を打った様に静まり返った。続いて入ってきたのは、O工場の浜総務部長。嫌な予感が背筋を凍らせた。「月末の最終日、忙しいのを承知で集まってもらったが、既に耳にしているとは思うが、来月から、光学機器事業本部の本部長に田納取締役が就任される。それを受けて各事業本部から“派遣延長要請”と一部の社員に対しての“転属要請”が続々と本部並びにO工場に挙がっている。まず、君達に確認するが、これは事実なのか?」浜部長は、僕等に問いかけた。「事実です!各事業部にしても、我々の力無くして生産計画を達成出来ない状況です!」美登里が口火を切った。「他も同じか?」と続けて問うと全員が頷いた。「時、既に遅し、各事業部の製造営業会議や事業本部会議で、“強訴”は行われています。半導体部品事業本部並びに総務では“刺し違えても獲得する”旨の事を各本部長が約しています。“開戦”は不可避ですよ!」と僕も釘を刺した。「そんな・・・、既にそこまで事は大きくなっているのか!」浜部長が演壇で絶句した。「以前に、私とYが意見書を提出したはずです。その時点ならまだ策はありました。何故、黙殺されました?!」田中さんも追及に回った。「内示の段階で動ける範囲は限られとる。これ程に速攻で来られるとは予想外だったのだ。新本部長も正式に就任された訳では無い。田納さんを動かすなど不可能だったのだよ!だが、いみじくも意見書の内容は的を射ていた事になるな!」浜部長は、肩を落とすしか無かった。「部長、こうなれば、我々とは関係無い場所で“ケリ”を付けるしかありません!つまり“本部長同士でひざ詰めで”決着を図る事です。国分側が最も知りたがっているのは、“いつまで我々が居られるのか?”その1点です。そして、大半の事業部が“帰すに及ばず”と結論付けています!僕等を集めて“予定通りに帰還せよ”と命じても、直ぐには応じられません。“国分側のシステム”に組み込まれた以上、各事業部の事情が最優先になります。残念ですが、最悪の事態を回避する時期は、既に逃しました。我々は、所属先事業部の意向に沿って職務を遂行します!今も、こうしている時間は貴重なんです!私は“帰着”しないつもりです。所属事業部も了承していますし、本部長も前向きです。職務がありますので、これで失礼します!」僕はそう言って席を蹴った。美登里も鎌倉も続いた。他の連中も大半が急いで職場に戻った。残ったのは、わずかな妻帯者達だけだった。「いよいよ、決戦の幕開けね!」「Y、勝てると思うか?」美登里と鎌倉が誰何して来る。「岩留さんや“安さん”、総務部長が簡単に折れると思うか?徹底抗戦を貫くだろうよ!サーディプもレイヤーも“残留”に向けて上を動かしてる。余程の事をやらない限り、もう止められないぞ!」「じゃあ、“開戦”は、避けられないのか?」僕等の周囲に居た連中が言い出す。「“大義無き戦争”は始まるよ!1つだけ言っとくが、“自分はどうしたいか?”を早急に上に伝えるんだ!何も意思表示をしなければ、“犠牲”になるだけだ。“帰る”か“残る”か?2択だから、良く考えて返事をしてくれ。ここから先は、明確な意思を示したヤツだが生き残れる“サバイバルレース”だ。時間が無い。今日来れなかったヤツにも伝えるんだ!」「了解だ!」蜘蛛の子を散らす様に各自は走り出した。美登里も鎌倉も急いで戻って行く。僕も終礼に備えて急いだ。「田中、何処で間違えたんだ?俺達は?」浜部長は椅子に座り込んでボヤいた。「Yが書いてましたよね?“最初から間違えていた”と。ヤツは、“信玄”と恐れられるサーディプ事業部のエース!安田順二が“腹心”として留めたい理由は明らかです。部長、各事業部に要請するだけでもやりましょう!そうでないと、200名がソックリそのまま“転属”させられますよ!」田中さんが窓の外を見つつ言った。「タフな交渉になるな。だが、やらないよりはマシだろう」浜部長は重い鞄を手に立ち上がった。国分の各事業部からの“通達や要請文”は、数百ページにも及んでいた。

終礼に間に合う様に、段取りを組み換えるのは骨が折れたが、ハッキリと“帰らない”と浜部長に宣言出来たの大きかった。7月は、予定を大きくクリアして無事に終わった。4月5月のマイナスを埋めて、マスタープランに追い付いたのだから、“安さん”の機嫌が悪い筈が無い。「上期をプラスで折り返す素地は、出来つつある!この勢いで一気に押し切り、通期での黒字を叩き出すのだ!」と高らかに宣言した。「Y,良くやったな!」徳永さん、井端さんが握手を求めに来た。「まだまだですよ。これからが本番です」と言うと「その姿勢があるからこそ、お前は前進し続けるのだろう!」「まだ、半信半疑の目もあるが、気にするな!来月末には、思い知る事になる!」と肩を叩いて激励された。「“信玄”!」「来月は負けんぞ!今度ばかりは、白旗を上げさせる!」橋元さんや下山田さんからの手荒い歓迎も待っていた。みんな、笑顔であれこれと絡んで来る。こんな仲間を残して去る事は出来る筈が無い!「Y−、お疲れー!」女性陣とは、ハイタッチやハグをして、喜びを分かち合う。「ヤツを失ったら、“暗黒時代”へ逆戻りだ!アイツだけは、死んでも“残留”させねばならん!」安さんが言うと「そうですな。“信玄”無くして今はありません!“信玄”の代わりは、“信玄”しか務まりませんな!」と井端さんが返した。「O工場から、部長が来ているらしいが、キッチッリ釘を打ってやる!“Yは帰さん”とな!」「それだけでは足りますまい。本部長にも再度“楔”を打ち込みましょう!品質会議で“事業本部全体の意向”として、決定させなくてはならんでしょう?」「あらゆる機会を活用して、工作をやる!O工場の上、田納さんの裏を取らねば勝てんだろう!だが、ヤツは腹を括っておる!一番の“援軍”だな!」“安さん”は、これからの開戦に向けてあらゆる手を打つ算段を付けていた。僕の知らない裏では、既に戦いの火蓋は切られていた。

浜部長は、“O工場四天王”の奪還から動き出した。“四天王”とは、僕と鎌倉と美登里と克ちゃんの事で、O工場としても、“最優先で帰還させよう”と獲得に向けて意気込んだ4人だったが、総務部長は、「既に、大きな事業を担う立場。“転属”させるつもりです!」と斬り捨てた。“安さん”にしても「“信玄”無くしてサーディプ無し!本人も“残留”を希望しており、その意志を無に期す事は出来ないし、本部長も望まない!彼は国分が貰い受ける!」とバッサリ斬られ、岩留さんも「国分工場の“威信”に賭けても、阻止する!半導体部品事業本部を“敵に回す覚悟”はありますか?」と凄まれて、引き下がるしか無い状況下に追い込まれた。浜部長は、本社に電話をかけて、事の次第を報告して判断を仰いだ。相手は、田納取締役だった。「そんなら、四天王の奪還は無理か?仕方無いな。現場からの最終報告書を無視した事は、いらん争いを避ける最後のチャンスやったのに、自分達で芽を摘んだ罰やな。Yの指摘は間違い無い!半導体の本部長までが“信玄”ゆうて、信頼しとる猛将やないか!野に虎を放ったのは、そっちや!眼鏡が曇ってたのは、仕方無いな。他の3人にしても、ここまで化けるとは、予想外やろ?時間をかけて取り返すしか無いやろ!とにかく、“帰してもらえるヤツから順番に拾え!”一度にぎょうさんは無理や!国分がコケたら、全社から睨まれるで!ああ、ワシも直接に頼んでみるが、期待はせんでくれ!特に半導体部品事業本部は、厄介や。看板に泥は塗れん!ああ、進捗も遅れ気味やし、焦ったらアカン。とにかく、“拾え!”駒が足りなくなる前に出来るだけや!ええな?!」と命じると田納さんは電話を切った。「“信玄”を落すのは、容易には行かん。安田の事や、無理矢理やれば乗り込んで来るやろ。向こう1年計画やな。説得するには、ワシにも“力”が必要や!」田納さんはそう言って田中さんと僕の報告書に目を落とした。実は、内示が出ると同時に、田納さんは動き始めていたのだ。ただ、表立っては動けないので、“遠隔操作に終始”して来たが、戦果が上がらないのに業を煮やして、本部長達との直接会談に踏み切り始めては居たのだ。「コイツを使いたいのは安田だけやない!ワシも思う存分使って見たいんや!」田納さんは、名簿を見ながら呟いた。

田納さんが、既に動いているとは知りもしない僕等は、見えない相手と戦う事を余儀なくされていた。「浜部長は、来週の半ばまで滞在する。その間に出来る限り多くの派遣隊員と話して置きたいと言ってる。お前達も対象になるから、時間を取って欲しい。分かったな?」田中さんは、そう言ったが「無駄ですから、ご遠慮しますよ!」と僕と鎌倉と美登里は断りを入れた。「おいおい、それじゃあわざわざ遠いところまで来た意味が無いだろう?」と言われるが「週末は、予定満載。月初は作業が優先です!自分の意志は伝えましたから、もういいでしょう?」と僕が言うと「右に同じくで!」と鎌倉と美登里も逃げに向かう。「それに、岩留さんが“撃沈”させたって言ってましたから!」「ウチも断ったと聞いてますから!」と更に“魚雷”をお見舞いした。「やれやれ、あくまでも、帰らないつもりか?呆れて物も言えんな!」と田中さんもやっと諦める。「ここは、実力の世界。“年功序列制度”に戻る理由がありませんからね!」と返すと「“それなりの椅子”は用意すると言ってもか?」と来る。「事業部の半分の“指揮権”と比較しても、O工場の体制は古臭い!上に邪魔されずに、自分の才覚で食えるなら、“それなり”では我慢出来ないですよ!何せ“お前の好きにやれ!バックアップはしてやる!”ですよ?ここは」「“信玄”と呼ばれるお前だからだよ。その力をO工場で発揮させてくれんか?」浜部長も現れて説得に加わり出した。「その“信玄”が帰らないと宣言したんですよ?安田さんも拒否したはず。総務部長も断りましたよね?僕も帰らないと宣言します!」鎌倉も拒否を口にした。「以下同文で、あたしも続きます!」美登里も宣言をする。「どうなるか?分かってるだろうな?!」浜部長が睨んで言うが「本部長判断ですから!」とサラリと退ける。「田中さん!歩が悪すぎる!この3人の説得は、後回しにしよう。他に戻った連中を集めてくれ!」と浜部長も諦めた。「しつこいなー、諦めろってんだ!」鎌倉が言う。「仕方無いよ。“籍”はまだO工場にあるんだ。完全に“転籍”するまでは、蝿は飛んでくるさ!」と返すと「それですよ!“籍”を移さなくては安心できませんね!」と美登里も言う。「簡単には行かないのが、今回の事案さ。まだ、流血騒ぎが無いだけマシだと思うしかあるまい!田納さんが、“はい、そうですか”って引き下がるか?」「無いだろうな!蝿叩きもやむ無しか?」鎌倉が少し折れた。「手間はかかるけど、仕事の邪魔をしないなら、仕方無いか?」美登里も少し折れた。「さあ、週末の夕方だ。邪魔される前に動かないと、永久に捕まっちまう!僕は、もう直ぐに出る。鎌倉は?」「右に同じく!美登里は?」「残業に戻ります。報告書、まだ仕上がってませんから」「はい!よし!よし!よし!、じゃあ散るよー、はい!スタート!」僕等はそれぞれに散った。寮の玄関先には、恭子のスカイラインと、新谷さんのローレルが停まっていた。慌ただしく乗り込むと、南北に別れて車は走り出した。

「Y、“返事”はしたの?」恭子がハンドルを握りながら聞く。「キッパリと“お断り”したさ。“帰りません”って宣言してある!」「大丈夫?報復人事とか、懲罰を喰らわない?」「“安さん”も、浜部長に“国分で引き受ける”って返事を出してるはずさ。一筋縄では行かないって思い知って帰るのがオチだよ。田納さんが、どう出るか?むしろ、そっちの方が気になるけどね!」「相手が悪く無い?形勢は不利に思えてならないのよ!」恭子は心配そうだ。「形勢は悪くは無いさ。目下、絶好調の半導体部品事業本部を敵に回して、光学機器事業本部が太刀打ち出来るとは、到底思えない。無理矢理引き渡しを要求して、国分工場のマスタープランを未達にでもしようものなら、全社から叩かれるだけで無く、O工場の存在意義を問われる事にもなるだろう。そこまでやるとは思えないよ!田納さんだって、まだ無茶は振れない。力関係では、他の本部長との“差”はあるから、“はい、引き上げます”何て言えないだろう?」「うーん、確かにそうだけど、嫌な予感が拭えないのよ!“来月末にいきなり、連れ去られる夢”を見ちゃうと、心細いのよ!」恭子は、戦々恐々だった。「これから、起こる事は誰にも予測不能だよ。あらゆる可能性は在るだろう。でも、1つだけハッキリしてる事がある!今回の問題は、“国分工場対O工場”の戦いじゃあ無いって事さ。“事業本部対事業本部の戦争”になってるって事だ。もう、止める手立ては無いし、戦いは始まってる!僕等の意志とは無関係にな!」「じゃあ、行き着く先は何処なの?」「分からないよ。決着を付ける作業も“密室の中”で決まる。“本部長対本部長”の争いだからな!」「Yは怖く無いの?」「怖がってたら、何も出来ないさ。ただ、自分の意志は揺らがないから、信じて待つしか無いだろう?やるべき事は、やった。だから、後悔しない様に過ごすだけだよ。恭子、今日は何処へ行く?」「鹿児島市内、夜景の綺麗な場所へ」スカイラインは、国道10号を駆け抜けていった。“君は、生き残る事が出来るか?”答えられる者は誰も居なかった。