沼隈文化財研究所

「温故知新」
文化財を通して歴史を振り返ってみよう。
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架橋問題に揺れる、港町「鞆(とも)の浦」

2006年06月30日 | 福山歴史研究(文化財と歴史)

歴史的景観の保存か架橋か!!
港町の景観を残す、「鞆(とも)の浦」に架橋問題が!!


 [仙酔島をながめる鞆の浦(左側)]

鞆の浦」は、
瀬戸内海のほぼ中央に当たる沼隈半島の東南部に位置し、
沼隈半島の東側には、急峻な脊梁が南北に走り、
西側には、なだらかな傾斜となり、松永湾へと続いている。

港町の面影を残す、「鞆の浦」の背後には、その脊梁が迫り
わずかな平地に人々が暮らしている。
「鞆の浦」の前面に広がる瀬戸内海は、燧灘(ひうちなだ)と呼ばれている「灘」が顔面に広がっている。

この海域は、東は紀淡海峡と、西は豊後水道・関門海峡からの潮流により、6時間ごとの満潮・干潮による潮流が出会う場所であり、
古くから、潮待ち、風待ちの港として良く知られている。

更に、港町としての港湾設備である、雁木(がんぎ)・燥場(たでば)
・倉庫などを含めた、風向明媚な景観を朝鮮通信使一行は、
「日東第一景勝」とたたえ、港町鞆の浦の姿を十二分に現している。

そのような、港町鞆の浦の景色を一変させる出来事が、
県・市の行政側から持ち出されている。
交通のネックとなっている道路の解消に、港をまたぐ架橋を取り付ける
というものである。

この件に住民が賛成・反対と両論に分かれている状況と、
福山市の案に広島県側がGOサインを出している、ことから
話がこじれ、さらに解決の糸口が見出せない状況に陥っている。
このことは、行政側の架橋ありきの前提で話が進められていることに対し、
「歴史的景観」を守る立場から、代替案を提出しているのに
何ら解決策を提示しない行政側を厳しく追及しているが、
架橋一点張りの行政側に角を付き合わせたままの状態が
続いている。


      (鞆の浦 西から)


      (鞆の浦 西から)


     (鞆の浦 北を望む)


    (鞆の浦 西を望む)


       (鞆の浦 港の南側)


       (鞆の浦 港の東側)

以下ホームページを紹介します。
鞆の浦の文化遺産を保存しよう

行政(福山市)が考えている、港湾整備事業。
鞆地区道路港湾整備事業の概要
です。

応援メッセージは、「鞆の浦の文化遺産を保存しよう」の
掲示板へ沢山の応援メッセージをお願い致します。



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