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ほっかいどう@genki.co.jp

「ほっかいどう」に関わる政治・行政・経済からスポーツまでさまざまなネタをそれなりに語ります。(^―^)

中心市街地活性化フォーラム(その2)

2006-02-24 21:53:32 | 地域づくりのセミナー

■加藤氏は、ニチイ八戸支店長から、自分の思いどおりの商売をやりたくて退社。1986年に青森市新町商店街に婦人服専門店を開店した。88年、青函連絡船が廃止。青森駅前が急速に寂れ商店街のまちづくりに参画。加藤氏曰く「新幹線が来るから街づくりをしようとしても成功しない。新幹線はきっかけに過ぎず、危機感を持って将来の街を考えることが重要」と主張している。

■加藤氏自身は、新町商店街の青年部で街づくりの議論を重ねるうちに、旧来の商店主には、数字に基づいた経営観念が欠落していることを実感。「数字がわかれば経営はおもしろくなる」と力説、勉強会を繰り返し若手商店主に対して、自分が務めてきた大型店では従業員誰もが学んでいる経営管理の知識を浸透させ、商店街活動そのものが商店街に賑わいを持たせるための企業活動であるという考え方を説いていった。このような取組が商店街横断的なイベントの企画立案・実施などを行う「街づくりあきんど隊」に結びついている。

■大型店の素晴らしいところは、効率の良さ、販売戦略の決定が迅速なことも大きな特徴。しかし、街の持つ独特の匂い、温もり、人と人のふれあいなど日本の伝統的な良さを大型店は打ち消してしまっている。自分の考えでは、1人1㎡が売り場面積の限界。つまり青森市の人口30万人に対しては、30万㎡が限界で、それを超えると「オーバーストア」。これまで大型店もこのオーバーストアでつぶれていったと思っている。

■自分は「よそ者」で当時は30代で「若者」、また「商店街に欠けているのは、競争と経営努力」と説く「バカ者」だった。まず、みんなに声をかけるのをやめ、「やる気人間」だけに絞り「一店逸品」運動を始める。大型店に絶対まねのできない作戦の一つがこの運動。あなたのところでできる商品を店の全面に押し出してほしい」とうこと。各店は、自分の切り札商品に自信を持つ必要があり大型店に作れるものなら作ってみろという強い理念が必要。更に商店街ならではの良さをどう打ち出すか、商店街の店主たちと議論を重ねていった1992年・・・。(続く)

→中心市街地活性化フォーラム(その1)

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中心市街地活性化フォーラム(その1)

2006-02-23 22:47:33 | 地域づくりのセミナー

◆2月14日に、函館で、「中心市街地活性化フォーラムー新幹線時代に向けた中心市街地活性化について」が開催されました。

◆基調講演は、青森市「街づくりあきんど隊」隊長の加藤博氏。商店街再生の立役者で、今話題の元気人。その後は、パネルディスカッションで、北海道、東北の屋台村の代表が集まり、街の活性化に屋台村の果たしている役割などを語り合いました。

◆加藤氏の発言はとてもメリハリのきいたもので、色々参考になることが・・・。(続く)

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キャリアアップセミナーⅡ(その4)

2006-02-17 20:40:13 | 地域づくりのセミナー

■しりべしiネットは、官民協働がうまく進んだことが成功の要因。官民協働を成功させるポイントは次のとおりいくつかある。


 ポイント① 先導役(バカ)と多様な人材がいること。
 自分のようなバカがいないとダメ。そしてそれを受け止める色々な分野の人も必要


 ポイント② 調整役(コーディネーター)=黒子の存在
 行政、地域などの利害関係を調整する存在。今回は、後志観光連盟


 ポイント③ 自由な意見交換
 事務局会議、全体調整会議、事業運営部会で、年間40回以上行っている。 

 ポイント④ 専門家のアドバイス
       様々な事業に乗り専門家のアドバイスを受けることができた。


 ポイント⑤ 楽しんで参加できるしくみ
       ワイワイがやがや楽しんで参加できる仕組みが必要


 ポイント⑥ 地域をよくしたい!自分は何ができるか?という問題意識の共有・理解
 

     *具体的な目標の設定「魅力的なドライブ観光のための”きめ細やかな”情

      報サービス」


           *実践→評価→改善の繰り返し


              実践:各自の現場で工夫・実行

       評価:現場の問題意識をみんなで共有

       改善:みんなで解決策、各自の現場に反映

■「後志」のブランドイメージをつくりたいという気持ちはあるが、なかなか難しい状況。そもそも「後志」を「しりべし」と読めない人が多いので、最初からひらがなで「しりべし」と使うようにしている。そして、まずは、札幌エリアにどう食い込むかを意識してやっている。
 また、各市町村が、「○○町」とか「△△村」という意識や「□□市とはいっしょにやりたくない。」といった市町村同士の壁や限界を破ることも非常に難しいが、自分の場合は、行政が動かなくても、民間で一生懸命やっている人がいて行政も動かざるをえないという図式でなんとかなっている。

■これらの取組の成果は、地域への想いのある民間、行政、観光現場のスタッフの想いがつながり、「人」の連携ができたこと。今後は、iセンターを増やして連携を広げていく、自分たちにまちに人を呼び込み堰きとめる取組から「連携と競争の地域づくり」を志向。「地域づくりに寄与する観光まちづくり」を目指していきたい・・・とのこと。

→キャリアップセミナーⅡ(その1)

→キャリアップセミナーⅡ(その2)

→キャリアップセミナーⅡ(その3)

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→キャリアップセミナー(その1)

→キャリアップセミナー(その2)

→キャリアップセミナー(その3)

→キャリアップセミナー(その4)

 

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キャリアアップセミナーⅡ(その3)

2006-02-17 20:20:16 | 地域づくりのセミナー

■後志管内の20市町村すべてを回り後志広域観光の必要性を説いたが、その反応は芳しいものではなかった。多くの町で、「今まで、札幌の方を向いていたクセに、困ったからこっちに声をかけても」といった言葉を浴びせられた。しかし、膝詰めでねばり強く話しを続け、各市町村の職員や民間の人たちの理解を得て共通認識を持つに至った。

■その成果が、ホームページ「しりべしiネット」。このシステムは、観光客が安全・快適なドライブ旅行を楽しむことをサポートすることを目的とした官民協働のネットワーク。しりべしiネットを見ることのできる端末を設置した観光情報拠点iセンターを後志管内に開設。現在は12箇所になっている。iネットには、ドライバーも住民もコンピュータや携帯で道路情報を提供したり入手することが可能で、小樽開発建設部との協働により通行止め情報の提供も行われ、官民協働による道路情報ネットワークシステムが構築されている。

■ちなみに、iセンターには、様々な人が関わっており、その運営形態も市町村によって異なっており、ある町は、タクシー運転手がボラティアで応対し、きめの細かい道路情報を発信して人気になっていたりする。これからも iセンターを増やし情報拠点の整備を進めていきたいと思う。・・・(続く)

→キャリアップセミナーⅡ(その1)

→キャリアップセミナーⅡ(その2)

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キャリアアップセミナーⅡ(その2)

2006-02-16 16:51:45 | 地域づくりのセミナー

■1998年に小樽観光の振興を図るため、「小樽観光誘致促進協議会」が設立され、ホームページ委員会の座長になった。ホームページを立ち上げると、様々な意見やコメントが寄せられる。その中でも多いのが、「○○で、カニを買ったけど、思った程、良いカニではなかった。値段が高かった。」というようなクレーム。行政だとなかなか通り一遍の回答しかできないが、自分たちは商売人。だいたいこんな感じで返事を送ることしている。「悪いけど、1回ふらっと来たくらいで、良いカニが買える訳がないよ。良いカニを見分けるには地元の人でも何年もかかるんだから」といった具合。そうすると、相手から「ごもっとも」という返事が来るがそうしたら、しめたもの。「今度来るときには、ぜひ私のところに連絡して来てください。良いカニの見分け方や店を教えますから」とメールアドレスや電話番号を付けて返事をしている。そんな形で、リピーターを意識した展開を行っている。

■観光客の志向が、個人旅行志向で滞在型、体験型に変わってくる中、小樽だけでは限界があり様々なソフトを広域で提供していくこと、つまり広域観光による展開の必要性を意識し始めていたところ、2001年に国土交通省の事業で、「滞在型観光交流空間モデル事業」の都市観光エリアの委員に就任。そこで、後志地域という広域圏での連携が重要になってくるという気持ちを強くする。

【 後志(しりべし)の20市町村 】

■小樽観光協会の中で、「これからは、後志の広域観光をやる!」と宣言。みんなから呆れられるが、2002年の「広域ドライブ観光に関する総合的道案内システムの実験」という国土交通省の社会実験に認定されたプロジェクトの主要メンバーとして参加したのが、大きな契機となった。・・・(続く)

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キャリアアップセミナーⅡ(その1)

2006-02-15 22:29:52 | 地域づくりのセミナー

■第2部は、小樽のそば屋「」の社長で、全国で100人選ばれている観光カリスマ百選の一人 小川原 格 氏。小川原氏は、小樽運河の保存運動から小樽観光の促進まで幅広く活躍されてきた方です。「イベント・ITを活用した観光情報の発信」と題して講演しました。

■自分は、小樽出身で、そば屋から逃げ出すために東京の大学に進学。そこは学生運動まっさかり。その中で、大学生協の再建に取り組み始めた。最初のうちは、学校の廊下に牛乳やパンなどを並べて売るところから始め、賞味期限切れのパンをパン屋に頼み込んで売るといったことで、除々に売り上げを伸ばし始めた。

■その矢先、父親が小樽駅前再開発で、再開発のビルに入居するか、移転するかの選択を迫られることに。父親にわざと東京のビルの地下に入居して寂れたそば屋を見せ、「そば屋は、屋根がないとダメだ。」と説得。ビルに入居させず割烹「日の出」跡の土地を買って移転。しかし、業績が上向かない日々が続く。

■ビル入居を阻止した手前、店を建て直さなければならなくなり、ついに北海道に戻ることを決意。出前持ちから始める。

■その頃、(1974年)小樽は高度経済成長期に取り残された状況で、なんとかしなければという思いが強かった。そんなに整備されたものではないにしろ、それなりの観光客が来ていた。もっと整備すればきっとお客さんも来てきれるのではという想いがった。そこから、小樽の歴史的な環境を残していくことがまちの活性化には必要と感じていたところに小樽運河の埋め立て問題が・・・。

■小樽運河の保存運動にのめり込み「小樽運河百人委員会」、「ポートフェスティバル」に参画。全国的にも有名になった小樽運河の保存運動の一段落してからも、約50万人の入り込み観光客を誇るイベントに育った「小樽・雪あかりの路」などその後も様々なまちづくり活動を展開した・・・(続く)

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キャリアップセミナー(その4)

2006-02-13 21:51:41 | 地域づくりのセミナー

■コミュータ航空の可能性を感じていたところ、函館~帯広間のエアコミュター就航を目指すエアシェンペクスの社長とつながりができた。いつ飛ぶのかなぁ~と思っていたら、社長さんから電話がかかってきて「飛行機が飛ばなくなりました。ついては、この会社を10億で買ってください。」という突拍子のない電話でした。特にお金のあてがある訳ではないが、このチャンスを逃したらもうないかもと思い、気がついたときには、「買います。」という返事をしていた。

■航空業界は、航空関係者やマニアしかやっていない。素人がやってもうまくいかないというイメージが強かった。なんとかビジネスモデルとして成功させたかった。

■2004年8月に会社(会社名をエアトランセに改称)を引き継いでみると、意外とあっさり許可が下りて翌年の3月には函館-帯広間の就航にこぎ着ける。今だにそれまでなぜ飛べなかったかよくわからないとのこと。

■そんなことで、江村 林香 氏は今、エアトランセの経営を軌道に乗せることに邁進中

→キャリアップセミナー(その1)

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キャリアアップセミナー(その3)

2006-02-12 12:13:51 | 地域づくりのセミナー

◆ヤマハなどの音楽教室に子供かが通っている姿を見て、「どうして、家庭教師みたいに家に呼んで練習しないのかな?」と思い、自分でも音楽教室に通ってみたとのこと。音楽教室に通う子は、だいたい親がセッセと送り迎えしているケースが多く、親に聞いてみると、「家に音楽の先生を呼ぶなんてなんだか高そう」というイメージらしい。

◆そこで、値段設定を押さえて週1回呼んで音楽教室とだいたい同じになるようなレッスン料金を設定して、音楽の家庭教師を実現。

◆また、家庭から、時間延長を申し出るケースが結構多く、ひょっとしたら、ベビーシッター的な使い方をしているのかな?と思い、音楽家のベビーシッターはどうかなと思い、登録した人たちの経歴を見るとナント!多くの人が保育士の資格を持っていた。つまり、就職で幼稚園の先生を志す人も多く結局、適任者を探す苦労はあまりなかったとのこと。

◆このような試行錯誤で生まれた会社が、音楽家専門の派遣会社「エル」。

◆そんなある日、前々から航空機を活用した効率的な観光事業を指向していたところ、ある人から電話が・・・(続く)

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キャリアセミナー(その2)

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キャリアアップセミナー(その2)

2006-02-11 10:40:23 | 地域づくりのセミナー

■そのうち日経新聞を読むようになり、ある法則を発見。 (^▽^)旬の企業は、あるとき、集中的に記事になるということ。新聞を見ている間に、人材派遣業が気になりだし、自分でもやってみたいと思うようになった。ただ、これまでのような事務系の人材派遣業ではない人材派遣業。ここでも「鶏口牛後」の精神で、ほかではやっていない業態にこだわった。

■そうこうしているうちに、音楽大学出身者があまり定職についていないことに気がつく。友達の結婚式で生演奏があった。ホテル側では40数万円という値段。実際に生演奏している弦楽三重奏の人たちにこっそり聞いてみると、「私たち、○千円なんですぅ~」という感じ。かなりホテル側が乗せているのがわかり事業化の大きなヒントに。

■まずは、人材の登録をしようと、新聞に広告を出したところ、大反響。その後、事業を組み立てて、「音楽家派遣業」をスタート。最初は、「生演奏を呼ぼう」ということで、「結婚式」、「入学式」、「卒業式」、「お誕生会」など様々な人生のイベントに呼んでもらうようにした。例えば、一生に一度の結婚式。ホームパーティーなどなど。これが大好評!

■そんなとき、ふと疑問が・・・・・。(続く)

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キャリアアップセミナー(その1)

2006-02-09 21:14:21 | 地域づくりのセミナー

■昨日、函館で開催された北海道総合通信局主催の「キャリアアップセミナー「発想転換」のススメ」に行ってきました。

■基調講演は、「にわとりのあたま」と題して、株式会社エアトランセ社長の江村 林香 氏。今、旬の女性起業家。

■話の概要ですが、

◎中学時代は、そんなに優秀な学生ではなかったが、色々な事情により自分の偏差値より10低い学校を受験さざるを得なかった。その学校に入ってみると、試験で1番に。本人曰く「鶏口牛後」。このときが、人生のターニングポイントになったとのこと。1番になるともう順位を下げたくないので、勉強した。学校では、初の国立大学合格を期待されたが、駿台予備校に行ってみたら、やっぱりそうでもないことがわかった。それで、無理せず、短大へ。

◎本人の夢は、「裕福な男性と結婚して幸せになること」。短大時代は、東大くんとお付き合いをしていた。東大くんが家庭教師をやるというので、登録しにいくと簡単に登録できたが、自分ははじかれることも。そこで、自分でもできる家庭教師があるはずと一念発起。「偏差値40以下の生徒を高校に入学させます!入学させたら成功報酬100万円!」と謳って、近所にポスティングしてみた。

◎そうすると、なんと、電話がなりっぱなしになる程の問い合わせが。会ってみると、親は自分が短大だというも関係なく、「偏差値40以下専門なんですね!」という感じでどんどん教える生徒が増えていったとのこと。偏差値40以下の子の場合、九九やローマ字でつまずいているケースが多く、まずそこをしっかりやるようにすると成績アップ。月収が60万を超え、受験シーズンには、成功報酬で一気に2,000万円ゲット

学生時代の海外旅行はすべてビジネスクラスだったとのこと。

◎就職が近づくと、短大卒と大卒の初任給に差があるのに不満があり、生保に内定したが、人事に頼み込んで、「夏にアルバイトさせてもらい、その結果で給料を検討してほしい。」ということに。その時期はバブルまっさかり。中小企業の社長さんに会って、一時払い養老保険(その当時、金利8%超えの超お得な商品)を売り込むと簡単に1億の成約が取れた。それで、夏休みのバイトで10億を売り上げる。それでも給料は見直されないというのがわかると、小さな会社(株式会社キャブステーション)に行って自分で給料が決められるようになろうということで、社長以下3人の会社に入社し、営業、経理、人事すべてを切り盛り。会社も順調に伸び、すぐに年商20億まで行き、給料も自分で決められるようになった・・・・。(続く)

 

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今日は「キャリアアップセミナー」に

2006-02-08 13:43:27 | 地域づくりのセミナー
出席!今が旬の『エアトランセ』の社長 江村 林香(リカ)さんが[発送転換のススメ]~「にわとりのあたま」という題目で講演です。(^O^) 詳報は後日m(_ _)m

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