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日ハム大谷君誕生のポイント。

2012-12-15 19:07:36 | シーズンオフ。

先日、花巻東、大谷くんの日本ハムファイターズ入りが決まった。
球団関係者はさぞやホッとしたことだろう。
昨年のドラフトでは東海大の菅野を強行指名して失敗。
ダルビッシュが抜け、斎藤祐の実力不足が露呈し、
チームとしては、将来、ファイターズを担ってくれる質の高い若い力が、
どうしても欲しかったことは想像に難くない。
とはいえ、二年連続でドラフト一位を逃すのはかなりの痛手である。
その年の一番いい選手を一位指名するのが球団の方針であると栗山監督も球団関係者も口を揃えてそう言うが、
ほんとうにそれだけの理由で勝算なく強行指名したのだろうかと、ドラフト直後にそう感じていた。

楽天の星野監督が今回のこの一連の事態にふれて、ドラフト制度のあり方に再度、異議を唱えているが、
そのコメントの中で「密約などはなかっただろうけど、それにしても…」といったことを述べている。
実は執筆人もドラフト直後、それについては僅かながらに頭をかすめてはいたものの、
ただそれ以上に執筆人が思いを巡らせたのは、「大谷くんがメジャーを選択したその思い」であった。

あえて「理由」ではなく「思い」と書くのは、「世界最高峰の舞台で」、
といった大々的な大見出しなどではなく、
その「思い」には、きっと18歳なりの繊細な「思い」が、
いくつも積み重なって生まれたものではいかという想像があったからだ。
そこには、幼さや、たわいもなさ、意地や見栄、あるいは真っ白な純粋さだったり、
意外なほどの野心が入り交じっているかもしれない。

今年の春の選抜。大谷くん率いる花巻東は一回戦で大谷くん同様大注目を集めていた藤浪くん率いる大阪桐蔭と激突。
結果は9対2で大阪桐蔭の圧勝だった。
大谷くんは故障明けだったらしいが、与四球7、与死球4と制球が定まらず、8回途中で降板。
奪三振11は奪三振12の藤浪くんに引けはとらないものの、9回を投げきっての完投勝利。
軍配は完全に藤浪くんに上がり、おまけに選抜優勝という栄光まで加わった。

そのあとふたりは、世間やマスコミから完全なライバルとして対比されるようになった。
そしてむかえた夏の甲子園。
誰もが両校の出場を信じてやまず、二人の対決を待ち望んでいた。
ところが大番狂わせがおこり、花巻東が地方予選で敗退。
準決勝で計測された160キロだけが大々的に取り上げられ、
それ以降、「160キロ右腕」が大谷くんの代名詞となった。

しかし、例え160キロを投げて注目度が上がったとしても、
彼の気持ちの中で、地方予選の決勝で敗れ、甲子園出場を逃し、
藤浪くんへのリベンジが叶わなかった現実は、決して拭いきれるものではなかったろう。
一方の藤浪くんは夏を制し、春夏連続優勝という栄光をつかんだ。

この屈辱を吹き飛ばしてくれるような道筋はなにか?
自分を納得させることの出来る道筋はなにか?

大谷くんが一体いつからメジャーを意識していたのかは分からないが、
今年の選抜敗退から夏の予選敗退にかけての悔しさが、この大きな野望を作り上げ、
あるいは雪辱へのシナリオを育て上げたと想像出来なくもない。
リベンジへの道筋はどうあるべきか。
大学へ進んでも、例えば田中将大と斎藤祐のように、
ライバルが先にプロ入りして実績を重ねてしまえばまたそこで話の次元は変わってしまう。
互いにドラフトで指名されてプロ入りしただけではより話は平坦だ。

それよりも大きな道筋。
彼の道筋に劣らない、それを上回るような、より大きな道筋はなにか。

楽天・星野監督に続き、野村克也・楽天名誉監督も今回の大谷くんの件に苦言を呈している。
もっともこの人の野球界に関する発言の殆どは苦言のようなものだが。
野村氏が言うように、この若僧はプロ野球界をナメきっているのかどうかはさて置いて、
大谷くんがファイターズ入りを表明した翌日、栗山監督ら日ハム球団関係者らが花巻東高校を訪れて、
一連の騒動を招いたことを謝罪した。
たしかに大谷くんはドラフト前にメジャー挑戦を表明し日本の球界入りはないと言い切っていた。
しかし、日本のプロ球団が大谷君を指名できないというルールはない。
早々にメジャー希望を表明していたし、メジャー球団もいくつかのチームが興味を示し、
アプローチすることを公言していた。

大谷君指名を早々に断念したチームをよそに、日ハムだけが指名に踏み切った。
そこには「その年の一番いい選手を一位指名するのが球団の方針」というスローガンだけがあったとは思えない。
2年連続でドラフト1位を逸するなどあってはならない失態である。
とすると日ハム側は大谷君の気持ちを崩す勝機ありと捕らえていたのだろうか。
もちろん大谷君の両親は日本球界入りを望んでいるという報道はドラフト前から公になっていたから、
そのあたりも攻めのポイントであったに違いない。
しかし両親を始め、学校側も、彼の気持ちを尊重するというのが基本的なスタンスだった。
だからといえ、ただ単に誠意をもって口説きにかかる、ということだけだったとはやはり思えない。
日ハム側が彼の心の隙を埋めるような何かをつかんでいたのではないだろうか、と想像してしまう。
決して、崩すことの出来ない壁ではないと、そうそうに彼の心の内をキャッチしていた、と想像してしまう。

と、滞っていたこのブログを再開するにあたり、まず大谷君のことを書き始めようとしていた矢先、
13日に日ハムが入団交渉で大谷君側に提示した球団資料「夢への道しるべ」を公式ホームページで公表し話題になった。
アクセスが殺到し接続できないほどの注目度だったらしい。
執筆人も一度だけアクセスしてみたが、結局つながらなかった。
その膨大な資料の中身については、高校を出てすぐにメジャーに挑戦するリスクや、
まず国内のプロリーグで力をつけ、その後メジャーに挑戦するほうがより成功への近道になる、
といったさまざまな具体例による検証が事細かに書かれているようである。

「日本球界入りゼロ」と言い切った彼の気持ちを柔軟にさせたのが、
その日ハムの資料であることに間違いはないのだろうが、
それがその資料の細かな内容によるところなのか、
あるいは内容以前に、それだけのものが書かれた資料を用意してくれたという、
「入団することを決断させてくれた貴重な資料」というカタチ(既成事実)に充分な意味があったのか。
決断するキッカケになりうる大きなカタチ、既成事実、それが大きな道筋になりえたのではないか。
自分の強い決意を、大きな決意を変えるくらいのお膳立てを用意してくれた、
そこまでしてくれたという、自分の意思という言葉の中に見え隠れするやや他力本願的な意思。

絶対にやってはいけないこと、と苦言を呈した星野監督。
プロ野球をナメている、と吐き捨てた野村さん。
いくら今回の騒動で学校側に迷惑をかけたとはいえ、
入団発表翌日にあらためて花巻東高校へ謝罪に出向いた栗山監督と日ハム球団。
そんな栗山監督をも野村さんは批判しているが、
その短かなコメントからだけでは真意がどこにあるのかは判断できない。
それでも少々、大谷君側に球団側なのかプロ野球界なのかあるいは世間なのかわからないが気を遣い過ぎではないか、
が率直な感想だ。
今の日本の、すべてに及び腰な風潮を象徴しているかのようである。

ついでに言うと、大谷君が入団表明したときのコメントで、
「北海道日本ハムファイターズに入団させていただくことを、球団に伝えさせていただきました」という、
昨今巷で使われているへんな丁寧語で締めくくられたのもなんとも象徴的だった。

彼が日本球界を選んだことはプロ野球ファンとしては喜ばしいことだが、
星野監督や野村さんの怒りや憤りを、また違う意味で執筆人も感じる、今回の騒動である。