ジューンベリーに忘れ物

シンボルツリーはジューンベリー
どこかに沢山の忘れ物をしてきた気がして

‘23 もう1つの春 ~ お裾分け

2023-06-03 11:21:59 | 北の湘南・伊達
 ▼ 移住した年の夏、夕方。
花壇の様子を見ていた。
 やっと顔なじみになったご近所の奥さんが、
勤め帰りに通りがかった。

 挨拶を交わした後、世間話の途中で訊かれた。
「お主人のところ、キュウリ、
どうしてます?」。

 私にとって、その問いは理解不能。
違和感があった。
 「キュウリ、どうしてるって・・!」
返答に困っていると、奥さんは問いを重ねた。
「お店で、買ってるの?」
 当然ではないか。
家庭菜園でもしていない限り、
他にキュウリを手に入れる方法などないに決まっていた。

 不思議な表情のまま言った。
「はい、スーパーで買いますけど・・」。
 「そうよね。
でも、今日もらってきたのがあるの。
 少しあげるね」。

 奥さんは、腕にさげていたエコバックから
キュウリを3本取り出し、渡してくれた。
 これが、当地での初めてのお裾分けだった。
 
 ▼ 11年が過ぎた。
本格的な春を迎え、今年もご近所さんをはじめ、
親しくして下さる方々が、包みやレジ袋を持って、
インターホンを押してくれる。
 春と一緒に、お裾分けのシーズンがやってきた。

 最新では、6月1日の朝である。
まずは、地元紙の記事を紹介する。

 『 洞爺湖ヒメマス釣り解禁 
           ~ 朝日浴び 魚信待つ
 洞爺湖のヒメマスが1日、解禁された。
待ちわびた釣りファンらが夜明けとともにボートを繰り出し、
さおを振っている。
 初日は快晴に恵まれ、朝日を浴びながら静まり返った湖上で
当たりを探していた。
 ・・・・午前4時頃からボートが次々と出航し、
湖岸も、さおを降る人があちこちで見られた。
 辺りには鳥のさえずりと、リールを巻く音、
さおを振るヒュッという音のみが響いていた・・・ 』

 ▼ ここでは、ヒメマスをチップと呼ぶ人が多い。
解禁になった日の朝、8時半を回ってすぐだ。
 インターホンが鳴った。
急いで玄関ドアを開けた。

 一緒に自治会の役員をしているMさんだった。
レジ袋をかざし、
「チップだけど、今朝解禁で、
兄が釣って、持ってきてくれたから」と言う。

 袋をのぞくと、丸々と太ったヒメマスが2匹。
「どうやって食べると美味しいの?」。
 お礼よりも珍しい魚の調理方法が不安になった。

 「塩ふり焼きが美味しいと思います。
塩をふればすぐ焼けるように、腹を裁いておきましたから」。

 早朝から釣った解禁日の貴重な魚と、
調理まで気にかけた心遣いのお裾分けだった。
 ずっと心に残るに違いないと思いつつ、
Mさんの後ろ姿に、しばらく頭を下げた。

 夕飯の食卓に載った塩焼きは、
その美味に箸が進んだ。
 地元の人だからこそ知る旬の美食であった。

 ▼ 2月中旬、毎朝、積雪があった。
車道の除雪が進んでいなかった。
 その状況を見ておこうと、地域を歩いた。

 4,5年前から言葉を交わすようになったSさんが、
歩道と車道の間に雪山を作りながら、
雪かきをしていた。

 「毎日、よく降り続きますね。
お疲れ様です」。
 挨拶がわりに声をかけた。
「まったく、ここまで降ると雪かきが大変。
 すぐ疲れるし、休み休みやってるんだ」。
いつも元気そうな方なのに、返事に精彩がなかった。
 気になったが、踏み込むのを遠慮した。
「それはそれは、無理しないで、
ゆっくり頑張って下さい」。
 
 その後、運転する車から、
何度か、ご自宅前のSさんを見た。
 背が丸まり、同世代だが老けて見えた。

 そのSさんが、入院し手術をすると聞いたのは、
4月に入ってからだった。
 そこまで悪かったことに驚いた。

 しばらくして、買い物帰り、自宅前でタクシーを降りた奥さんに、
バッタリ出会った。
 丁度、桜が満開の道端で、入院や術後の経過を尋ねた。
   
 私たちと同じで、お子さんを東京に残し、
夫婦で移住してきていた。
 まだコロナ禍で、面会のできない時期が続いていた。
経過は順調のようだが、
奥さんはポツンと、退院できる日を待っているに違いなかった。

 そんな寂しさや不安を感じさせないよう
奥さんは気丈に明るく話した。
 それでも、長い長い立ち話の合間からは、
心情が伝わってきた。
 もっぱら、うなずきながらの聞き役だった私は、
最後に「奥さんも、頑張って」と心を込めた。

 それから約1ヶ月。
奥さんが、新聞紙にくるんだものを抱えてインターホンを押した。
 家内が、玄関に出た。
話し声が聞こえた。

 「主人、退院しました。
昨日、庭のウドが伸びていたから、2人で採りました。
 食べて欲しくて・・・」。

 外を見ると、車が止まっていた。
運転席には、ご主人がいた。

 奥さんと家内を残し、玄関を出た。
私の姿を見たご主人は車を出て、迎えてくれた。
 思いのほか、顔色はよかった。

 「いやあ、元気そうで何より!」。
いつもの笑顔だった。
 私は、あまりのうれしさにご主人の両肩に手を伸ばした。
しかし、病後、その肩は、肉が落ち小さかった。
 一瞬、言葉を失った。

 夕食には、ウドの酢味噌和えがあった。
家庭菜園のウドを2人で収穫する姿が目に浮かんだ。
 春の味覚が、さらに味わい深いものになった。
歳のせいか、少々目元が緩んだ。 




  はじめて! トチノキの花 ~歴史の杜公園

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« スケッチ  ~ ‘23 春 | トップ | 好天の朝 あれやこれや   »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

北の湘南・伊達」カテゴリの最新記事