師走も十四日の赤穂浪士の討ち入りの日を過ぎた。歌舞伎の「忠臣蔵」を題材にした落語に「淀五郎」がある▼若い役者の淀五郎が四段目で腹を切る判官(浅野内匠頭)に抜てきされた。ところが親方の四代目市川団蔵は淀五郎の演技が気に入らない。団蔵はどう演じればと尋ねる淀五郎に「本当に腹を切れ。下手な役者は、死んだ方がいいんだ」▼あまりの言い方に舞台で憎い団蔵を殺し、自分も本当に腹を切る覚悟を決めた淀五郎は、最後に初代中村仲蔵に相談する。史実では、仲蔵は一七三六年、深川の浪人の子に生まれ、苦労の末に名優になったというから若い役者の悩みを聞いてやる土壌がある▼この場面について作家の山口瞳さんが「目上の者が目下の者に意見をするときのこととして完璧」(中公文庫『旦那の意見』)と書いている▼仲蔵はまず人払いをして、二人だけの話にする。酒の支度をする。まず、団蔵への恩義を忘れてはならないことを教え、芸には手本とすべき「型」があることや、ほめてもらおうと思うなと「心構え」を説く。その上でどう演じるか具体的に指導する▼人を叱るのは難しい。団蔵にしても、淀五郎を思っての厳しい態度だったのだろうが、下手なことを言えば恨まれる。仲蔵の「型」がよさそうである。<小言は言うべし酒は買うべし>。小言には、ちょうどいい季節でもある。