社長ノート

社長が見たこと、聞いたこと、考えたこと、読んだこと、

朝日新聞 天声人語

2014-02-27 21:52:18 | 日記
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 言い古された金言を思い出した。「権力は腐敗する。絶対的な権力は絶対的に腐敗する」。この言葉を残した英国の歴史家アクトン卿は、偉大な人間はたいていは悪人であるともいっているらしい。
 政治はやはり徹底して性悪説にたって観察すべきものか。ウクライナのヤヌコビッチ前大統領の「豪邸」の様子を見るといまさらながらそう思う。東京ドームの約30倍という敷地に大きな池。上空からの映像はさながら森の中のテーマパークだ。
 動物園らしきものがあり、クジャクやらブタやら、いろいろいる。高級車やバイクが何台も並ぶ車庫がある。室内も、金色に輝くシャンデリアなどで豪華絢爛(けんらん)に飾られている。ただ、どこか悪趣味な感じが漂うのは、こちらの偏見か。
 主の消えた「宮殿」は市民の観光名所になっているという。そういえば、かつてフィリピンのマラカニアン宮殿も、マルコス元大統領とイメルダ夫人の栄華の跡を見学できるようになっていた。夫人の膨大な靴のコレクションに権力の性をみた。
 もっとも、人間は性悪だというのは正確な表現とはいえないと、政治学者の丸山真男はいっていた。人間とはじつは「取扱注意」の品物なのだという。〈善い方にも悪い方にも転び、状況によって天使になったり悪魔になったりする〉からである。
 ともあれ腐敗した「悪い」権力を倒したウクライナの人々が、これからどんな新しい秩序をつくりだすのか。善い方に転ぶことを願うが、しばらくの間は取扱注意だろう。

東京新聞 筆洗

2014-02-25 16:22:54 | 日記
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 「月光仮面」の月光は「月光菩薩(ぼさつ)」に由来するという。「日光菩薩」とともに薬師如来をお守りする。川内康範さん原作の「月光仮面」は一九五八(昭和三十三)年二月二十四日にテレビ放送が始まった。
 放映時間には銭湯から子どもが消えたという。コンセプトは和製「スーパーマン」。〈どこの誰だか知らない〉正義の味方である。
 ただし悪人といえども絶対に殺さぬ。悪い心の持ち主でも倒れた者がいれば、助け起こす。仏教の人だからである。「憎むな、殺すな、許しましょう」が番組のテーマだったという(『戦後生まれのヒーローたち』)。
 なるほど月光仮面は拳銃を使用するが、その目的は威嚇などに限定される。悪役の拳銃だけが月光仮面の射撃で弾(はじ)き飛ばされるシーンがよくあった。人を危(あや)めぬ寛容の人、許しの人である。
 ソチ冬季五輪の閉会式を見る。開会式で失敗をした。五輪マークの仕掛けが一部開かなかった。その失敗を閉会式であえて再現した。ミスを笑いに転じる演出。失敗した者へのいたわり、寛容の心を見る。気に病んでいた関係者はどんなに救われたことか。
 開会式での不完全な五輪マークが入ったTシャツがロシアで人気という。人間はやはり不完全な五輪の輪か。許しがなければ生きられぬ。そういえば、月光仮面のマークも三日月。「やがて完全な満月になる」。そんな理由だという。

東京新聞 筆洗

2014-02-24 14:06:24 | 日記
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 椎名誠さんのデビュー作『さらば国分寺書店のオババ』(一九七九年)は古本屋のオババと若き日の椎名さんとの「対決」を描いた「昭和軽薄体」の代表作である。オババが時に腹立たしくも魅力的である。
 立ち読みの若い客を容赦なく叱る。無礼な客には「二度と来るな」と罵倒する。怒りにはもちろん理由がある。一冊一冊がわが子のようにかわいい。本をぞんざいに扱う人間が許せないのだ。本には神様が住んでいるとオババがいう。「昔は、またいだだけで叱られたもんだ」。
 オババならすすり泣くだろう。東京都内の図書館が所蔵する「アンネの日記」と関連本が切り裂かれた。ユダヤ人迫害の日々を描いた本の被害は、三百冊を超える。誰も死んでいない。「紙」が破られたにすぎない。それでも事件に身を引き裂かれるような痛みを感じるのはなぜか。
 どんな本も人類の「記憶」である。人が生きた証し。切り裂かれたのは紙ではなく、それはやっぱり人であり、心なのだ。
 レイ・ブラッドベリの『華氏(かし)451度』は本の所持を禁止した世界を描く。題名は本が燃える温度。本という記憶、記録を許さぬことで市民を支配する国家。本を守ることは、人類を守ることである。
 心配なのは、本を破った「君」である。なぜ黒い心に支配された。「どうして」。裂かれても笑ったままのアンネ・フランクの写真が尋ねる。