社長ノート

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産経抄 産経新聞

2014-12-31 20:33:45 | 日記
   一杯のかけそば

 犬の散歩の途中に、なじみのそば屋さんの店先で、生そばとつゆのセットを買い求める。大晦日(みそか)の朝の習わしである。年越しそばの習慣は、江戸時代の半ばごろから始まったらしい。
 万事掛け売りだった当時、人々は1年分の決済を済ませるために金策に走り回った。ゆっくり食事を取る時間がないので、そばでさっと済ませる。これが定説だが、江戸研究家でそば通でもあった故杉浦日向子さんの見解は違っていた。
 大掃除も門松などの飾り付けも前日までに終わってしまい、江戸の大晦日は実はのんびりしたものだった。そこで一家の主が、「暇だからそばでも打とうか」と腰を上げる。家族そろって食べて新年を迎える、行事の一つだったという。今流行の「そば打ち男」は、江戸時代からいたらしい。
 「一杯のかけそば」という物語を知ったのは、平成が始まったころだった。大晦日の夜、北海道のそば屋に貧しい母子3人がやってきて、一杯のかけそばを注文する。3人は次の年も、その次の年も同じテーブルでそばを分け合った。3人の話は、いつしか常連客の間で「幸せのテーブル」という題で広まった。ただ3人はその後、ふっつり姿を見せなくなる。そして数年後の大晦日に、2人の青年が店に現れて…。
 当時は、映画化までされるブームとなった。その後、作者のスキャンダルが暴かれたり、実話の触れ込みだったのが、作り話の指摘があったりして、次第に忘れ去られていく。今読み返すと、落語の人情話のような味わいがある。大晦日になると聞きたくなる「芝浜」のように。
 今年のコラムを振り返ると、随分悲しいニュースを取り上げている。来年はもっと、「心温まる話」を紹介したい。もちろん「実話」で。