清見寺の五百羅漢は、石段を登って、更に右に大きく折れたところにも
更にもう一度大きく左に折れると、そこには沢山の羅漢さんがあらわれました。
通路の脇だけでなく、斜面に沢山の羅漢さんがいらっしゃるのがわかりますか?
一番上から下を見下ろしたところです。
羅漢さん、300以上見えてます。大きく見えている建物が仏殿。その奥の方に見えているのは興津の海。
今は東海道本線、新幹線に、国1バイパス、東名高速に、港の重機がたくさん見えて、あまり綺麗とは思えませんが、その昔は清見潟といわれる、景勝地でした。
五百羅漢さんは、仏の没後、その教えを伝える為、仏の生前に聞いた釈迦の教えを集める作業に集まった 500人の弟子の姿と言われているそうです。
500人の弟子が第1回の仏教典結集(けつじゅう)に集まり、作業をしました。いづれも、それぞれの能力を生かし、正法を後世に伝える為、深山にこもってひたすらに修行にいそしむその姿は、肉は落ち、粗末な衣類、悟りを開くまでの苦行の姿が五百羅漢の姿と言われているそうです。
ここ、清見寺の五百羅漢の作者は
何人かで造られたのか、あるいはお一人が造られたのか?よくわかりませんが、五百人の姿を模した、それは確かなようです。
次回は個性的な、羅漢さんの特集です。