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北へ南へ、東へ西へ

旅と山歩き・街歩きの記録です 今を語りながら過去も振り返って

移転ご挨拶

plalaからgooへ移転してほぼ修正が終わりジャンル・カテゴリーが設定出来ました。タグ付け法が見つからないので、県名・市町村名、東京都は区市町村名で、その他寺社・名所などは固有名詞でサイト内検索して下さい。 サイト内リンク先、アドレスがplalaのpubのままgooに変更していないのでリンク切れしていました。リンク箇所を探して変更するのはかなり時間がかかりそうです。

撮影自由な美術館 遠山記念館・美術館:埼玉県川島町

2016-05-10 17:08:24 | 心休まる風景

2016GW-3

 遠山記念館入り口には重厚な長屋門があった。坂戸市と桶川市に挟まれ川越市近くの川島町ににある。

 飛び石となってしまった今年のGWだが、3・4・5日はそれでも3連休になった。最初は連泊して奥只見か谷川の低山歩きをしようかと予定したが、5日に妻の定例行事が入っていたので3・4日だけとなってしまった。渋滞予測を見ると我が家と同じまだらな休日となる状態の人が多いのか4・5日の上りがもっとも渋滞が激しくなるとあって4日の帰りはかなりきつそうなので、お出かけは断念した。5月は半ばまでクラブ行事でコートが使用出来ないので、取り敢えず3日をテニスに当て、4日は近場の散策とした。

 幸い4日は快晴、カーナビで目的地を入力すると50km程しかないことが判った。首都高埼玉線を指示していたが圏央道経由で走ってみた。記念館前の駐車場に車を入れ見渡すと田園の中遥かに圏央道まで建物はない。

 細い道路を隔てて長屋門はあった。小さな濠と植え込みのアプローチ、これだけで我が家何軒建つことか!!

 この記念館、妻が雑誌で見つけた。当時の最高技術の大工、左官らと最高の資材を用いた近代和風建築の粋を集めた建物とあり見みたいとのことだった。

 ガイドには『日興證券の創立者・遠山元一(1890-1972)が、幼い頃に没落した生家を再興し、苦労した母・美以の住まいになるようにと、昭和8年から2年7ヶ月の歳月を費やして完成させた大邸宅です。』とあった。
 又、『遠山元一の遺志に基づき、登録有形文化財である建造物の保存・公開、及び重要文化財6点を含む美術・工芸に関する資料の公開を行い、文化及び芸術の振興に寄与することを企図しております。』と。

 門を入ってのアプローチ、前庭を含みゆったりとしている。

 美術館は蔵造りなのか、入り口で観覧料を払い、館内を観覧した後回り込んで屋敷へ至る仕組みになっていた。念のため尋ねてみたが、美術館内や登録文化財建築物である屋敷も撮影は自由と言われた。白金の松岡美術館に次いで撮影出来た二館目となった。


ここはどこの国? 高麗山勝楽寺:埼玉県日高市

2015-11-12 14:26:17 | 心休まる風景

 参道を挟んで対の石柱が立っている。「 将軍標」といわれるものらしい。

  「将軍標」は朝鮮・韓国の村落に見られる境界標(道祖神)。天下大将軍・地下女将軍と男女の標が対になったものである。 ①村を守る守護神 ②村と村の境界の表示 ③寺の守護神などとwebサイトにあった。

 3日文化の日、久し振りに抜けるような青空なので紅葉にはやや早いが少しはと、飯能市秩父御嶽神社へやって来た。急な石段を登り参拝して下りてきたが、まだ日は高く帰りながら寄り道をと考えてきた。前々から興味のあった地名「高麗」が近いので由来を調べてみた。昔(西暦6~700年代)に唐・新羅に滅ぼされ亡命して日本に居住していた高句麗からの帰化人が住み着いた土地の一つがこの地であった。“句”の字を省いたのは由来があるらしいが、「高麗郡」として一つのコロニーをなしていた、とあった。正に高句麗そのものなのだ。寺の名は院号まで入れると「高麗山 聖天院 勝楽寺」真言宗智山派寺院である。

 参道の先には「雷門」があった。傍らの由来書きにはハングル文字が併記されていた。今でも韓国・朝鮮とは縁があるようだ。

 雷門には「風神」「雷神」の像が収められていた。伽藍守護のために、風水害または火災からの除難を目的とするもので浅草寺の雷門と提灯まで同じであった。関係は??由来は???

 雷門を入ると石段があり上に中門が見えている。あの中は拝観料がいる。普段は有料施設はスルーするのだが、中を見ずには帰れない。

 中に入ると正面には庭園とその右奥に書院と庫裡があった。いずれも真新しい。

 庭園も見事に設えられていた。庫裏の脇に低い塀があり、その奥に建物がありもう一つ庭があった。客殿なのであろうか。

 庭園の池の畔からはるか見上げると屋根が覗いている。本堂は丘の上にあるようだ。

 本堂へ向かう階段下に阿弥陀堂があった。

・・・この項つづく


黄色の花が一杯 安塚区柳葉ひまわり開花中:新潟県上越市

2015-10-16 12:05:07 | 心休まる風景

 黄色の花のアップです。koba3の旅のblogでは久し振りの訳の分からない冒頭となりました。花の名は「柳葉ひまわり」。

 9月シルバーウイークは久し振りの三連休でした。妻は最終日に講習会の日程が入っていましたがそれでも二連休、山野の散策をとお出かけを予定していましたが、妻の友人の訃報が入り中日に葬儀となり足止めされてしまいました。!!それではと10月11/12日は二連休、紅葉にはやや早いが逃がしてはならないと、土曜日仕事を終えて越後湯沢へ・・・。 新潟県頸城地方にお住まいと思われる杉やんさんのblog「カタクリの花-2」に上越市安塚の柳葉ひまわりの話題が載っていたので、それを目的としました。

 webで検索、安塚中学校周辺でイベントもあるとあったので、翌日曜日ほくほく街道を使っていきました。安塚区(旧安塚町)に入ると道路脇は黄色一色、「柳葉ひまわり鑑賞ポイント」とあった立て看板に導かれて集落に入ると、川沿いに遊歩道?公園がありテントが見えていました。イベント会場のようでした。車を止め黄色い花の中を歩いて行きました。

 丁度地元中学吹奏楽が始まっていて、しばし観賞。

 傍を流れる川の向こう国道も黄色に染まっています。

 テント内にいた地元の初老の男性に、道路脇以外に広く植えられている所があるならばと聞くと、学校の向こう側と教えてくれました。そしてそちらへ移動、もっとも行き着くまでもなく周りは黄色一色!

 刈り取りの終わった田圃は広々として、取り囲む家も茅葺き屋根・・・でなく、モダンな洋風の佇まい、寿命が延びる想い!

 何はともあれ、「花」を見に来ただけ、それ以外に予備知識はなし、花を入れて田園風景を撮しまくるだけ。川向こうに校舎が見えています。

 学校を回り込むとこちらにもテントが張られていて、農産物の直売をしていました。妻は早速キャベツをゲット!

 そして一面の花畑、至極の時が過ぎて行く気分でした。

 余談ですが、「ひまわり」といってもいつも見る長い茎の先に1輪の大きな花を付けている有様と違って、低い茎に密集して花が付いていて、葉も正に“柳葉”なのです。ひまわりとは別種??植物辞典を見ると「キク科 ヒマワリ属」と"目”の違いだけで同じ種類の花でした。(学名:Helianthus salicifolius、英名Gorden pyramid)


やっと本堂! 続・谷汲山華厳寺:岐阜県揖斐川町

2015-10-13 15:48:34 | 心休まる風景

2015夏旅・その16 どれがどれやら、お堂が沢山!

 やっと本堂下の石段に辿り着いた。

 三十三度石から石段下まで百八の灯籠があり、お堂も数知れず、右手には放生池、地蔵堂、茶所、一乗院、十王堂、羅漢堂、英霊堂、三十三所観音堂、左手には法輪院、明王院、一切経堂、があり全てを撮った訳ではないがかなりの数がある。

 最初の画像は法然院と門構えのあるのは法輪院らしいと分かった。

 が、後は順に並べてみた。さてどれがどれやら方向と順序で判断するしかない。

 百度石まで来たが最後の石段の上に本堂が見えている。この急階段をお百度参りとは!さぞかし御利益がある??

 石段を登り始めたが途中にも被写体はあった。 観音菩薩と勢至菩薩像が・・・。そして立木の間から鐘楼も・・・。

 そしてやっと本堂、意外に質素、そして至近距離から撮影できない!提灯や灯籠でごまかす!けがの功名提灯の横に「精進落としの鯉」の画像があった。(西国札所巡礼を三十三番札所の当寺で満願した者は、その記念にこの鯉に触れる習わしがある。)巡礼中の精進を満願で解除する??

 本堂背後には笈摺堂が、その脇には子安観音堂があったが通り過ぎて石段を登り「満願堂」へ向かった。

 満願羽達した巡礼者はここで納め札を納める。立ち並ぶ狸の石像や灯籠は奉納されたものであろうか。

 柱の脇に我が息子が寝そべっていた!正に体型はそのものなのだ!

 満願堂から本堂を眺める。

 本堂に並んで塀に囲まれた区画があった。満願堂から俯瞰してみたが左手は本堂、してみると右手は本坊とすると並んでいるのは大師堂、内仏客殿、庫裏であろう。

 帰路、百度石から仁王門方向を見るとその広さに驚かされる!

 谷汲山が今回の夏旅最終訪問地となる。東京へ向かうのだがお盆の最終日、意外と渋滞は少ないはずだが名神高速道の名古屋近郊を避け東海環状道を使うとして、カーナビ任せで地方道をくねくねと関広見ICから豊田へ向かった。(と思っていたがどうも東海北陸道の関ICから入っていたようだ)


松の印象は残っていた 栗林公園:香川県高松市

2015-09-16 14:20:08 | 心休まる風景

2015夏旅・その9 とにかく広い

 盆栽を大きくしたような見事な枝振り栗林公園の松、40数年ぶりに訪れたのだが松が一杯の印象は鮮やかに残っていた。

 夏休み8月14日、赤穗、岡山ブルーライン、鷲羽山そして瀬戸中央道途中の与島PAと時間を費やしたので、四国へ渡って真っ直ぐ讃岐の金比羅さんへは着いたが入り口だけ見て善通寺も門前を通過し、高松市中心にある栗林公園に向かった。時間不足で一ヶ所観光しか余裕がなかったがここを選んだのは別に理由はなく、宿に近いので遅くなっても良い・・・だった。

 広い駐車場から広々とした通路が続き、かがわ物産館「栗林庵」と讃岐民芸館の間を東門へ向かった。

 門を入ってすぐこんもりとした芝生と松、取り囲む砂利の広場そして「商工奨励館」のどっしりとした姿があった。1899年に建てられているから木造の粋が集積されている。webサイトには『帝室技芸員の伊藤平左衛門が設計した、延床面積1,262平方メートルの建物で、日本古来の建築様式に西洋的技法も見受けられます。』とあった。

 正面の建物の裏には中庭があり、いく棟かの建物が取り囲んでいた。

 奨励館の2階からは南庭と借景となっている紫雲山が一望出来た。

 そして広い庭を“徘徊”することとした。案内図と指示板に従って歩いたつもりだが途中見落としも多くあったようだ。先ずは南庭の北湖???南に北???「ほっこ」と読むらしい。南湖(なんこ)・西湖(せいこ)もあるらしい。

 夏休みの記録を纏め始めた頃からPCの調子がおかしくなってきた。突如固まったり、縞模様が流れたり、はたまた黒画面に意味不明なアルファベットが次々と展開して、なにやら検索して勝手に補修をしている模様。数日間続いた後何事もなく現在は機能している。ただ、異常に速度が遅くソフトの終了処理やシャットダウンに数分?十数分?もかかる有様、いつフリーズしたままになるかもしれず、それほどPC依存ではないつもりだがネットバンキングなど不可欠な使用もある。代替えを用意してデータ移行や設定にかかったが何しろ「win8.1」!使用中のソフト(最新版の「一太郎」を除くと主に2000~2003バージョン)win7に使用出来ないものもあったのでインストール出来るかの検索も必要で勝手が分からず時間を取られまごまごしている!!よってこのレポートいつまで続くか・・・!!


経典の漢字は読めません 龍潭寺②:静岡県浜松市

2015-07-14 15:04:47 | 心休まる風景

2015GWの旅・15:補陀落の庭(ふだらくのにわ)

 龍潭寺の総門です。寺院の総門・山門は見上げるような立派な門構えが多いので何か質素に感じます。 「四脚門造り」とありましたが、寺院建築に疎いので門の造りは分かりません。

 長年の念願叶っての小堀遠州の庭です。先に紹介してしまったので、GW最終日最初の訪問地龍潭寺、今回は順を追っての紹介です。

 駐車場に車を置き案内に従って進みます。アプローチから落ち着いた佇まいです。

 総門をくぐると次は仁王門のはずですが、画像が見当たりません。撮るのを忘れた?あったかな??代わりにこんな画像を撮っています。「浄苑」とあり、脇に文化財の記載もあるのですが、龍潭寺のサイトにも説明はありません。結果何かは分かりません。もしかしてトイレ??

 鐘楼と木陰に垣間見た本堂です。

 本堂脇から参観料を払い上がります。まず現れたのは「補陀落の庭」ですが、立てられた板に書かれた由来以外には記載がありませんが、きれいな枯山水です。もっともどんなに考えても(ふだらくのにわ)と読めませんでした。

 庫裏の方向を見ると、奥に石組みが覗いています。あれが遠州の・・・・。

 取り敢えずは本堂にお参りです。お寺に参内しているのですから。

 本堂を回り込むように回廊を進みます。開山堂が現れました。

 更に進むと六地蔵の姿があり、「井伊家一千年の歴史を祀る霊屋」が祀られていました。

 庭から見た霊屋です。

 本堂裏手の小堀遠州の庭を堪能して緑溢れる植え込みの間を退出です。


永年あこがれていたのです 小堀遠州の庭:静岡県浜松市

2015-07-07 12:09:01 | 心休まる風景

2015GWの旅・14:龍潭寺①

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 見事に石組みされ、間を緑で纏めてあります。小堀遠州によって造られたとされています。

 随分前からこの庭のことは気になっていました。かって同窓会支部の役員を務めていた時20年以上前になるでしょうか、旅行企画の担当をして浜名湖舘山寺泊まりのバス旅の目玉として龍潭寺の庭を組み入れました。が、本人は所用で不参加、それ以来東名高速で近くを通り抜けたことは数十回に及びますが、立ち寄ることは出来ませんでした。GW最終日6日水曜日、早くに豊橋の宿を出て浜名湖近くから天竜浜名湖鉄道(旧国鉄二俣線)に沿って浜名湖の北奥浜名湖方面に向かいました。浜名湖北岸を付かず離れず進みます。

 浜名湖を離れて間もなく北への道に入り、それほどの距離もなく龍潭寺の駐車場へ入りました。総門に入り本堂に上がり、回廊を巡り本堂裏に庭はありました。庭の印象が強かったので他のレポートは後にしましたが、横に広く回遊路の奥行きはないので正面から一枚の絵にすることは出来ません。

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 丁度寺男か修行僧でしょうか数名、庭の手入れに余念なく、あちこちに置いたブルーのバケツと共に画面構成を邪魔していて、やっと角度を変えながら目立たないよう、それでも映り込んでいますが・・・。石にはそれぞれ意味・由来・役割などがあるようですが(自動音声案内で詳しく説明していました)どの石がどれと特定出来ず、並べておくだけです。

 

 全体像は斜めからしか撮れていません。入ってきた時と反対側からの眺めです。

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小さな丘でした 梅林公園:岐阜県岐阜市

2015-06-17 17:08:01 | 心休まる風景

2015GWの旅・9:天気は回復しつつ・・・2015GWの旅続けます

 木立の中の割烹旅館でした。GWの旅はビジネスホテル中心でしたが、岐阜市内「二食付きシングル」で検索したらこの旅館が引っかかってきました。

 GW真ん中5月4日、目的にした神通峡は探訪目的地のアタックにに失敗して高山近くまで来てしまいました。その日のもう一つの目的地があり直行しなければならず、やむを得ず高山の道の駅で昼食を済ませ、高山清見道路が高山ICまで開通しているはず、高山国府トンネルを抜ければIC直行???カーナビ頼ったら峠越えをしていました。我がカーナビにはトンネルは未だ設定されていません!!!

 飛騨清見JCで東海北陸道に合流して少し走った頃、数メートル先も見通せないほどの激しい雨に見舞われました。その雨は山間部を出るまで続き岐阜市内で高速を出る頃にはほぼ降り止んでいました。樽見鉄道沿いに再び北上し本巣市へ、妻お望みの道の駅「織部の里」???肝心の織部焼きはお土産程度しかなく来た意味が全くなし!!!そして市内の宿へ再び・・・。

 市街地に公園とはいえこれだけの緑が、前夜8時過ぎにはベット内で熟睡、夜明けと共に目が覚め玄関を開けてもらい散歩へ。

 少し先に階段が、その上には神社・篠ヶ谷神社がありました。

 神社の裏には更に道が高見に続いていましたが、宿のサンダルを借りてきたのでこの辺りが限度かと・・・。下の梅林への階段が続いていました。

 公園入り口から旅館植え東辺りまでは梅林が続いていました。池や川もあり朝早い散策にはもってこい、思いは同じでしょうお年寄りを中心にかなりの人が登ったり下りたり行き交っていました。

 花はありませんが実はかなり付いていました。

 

 公園です、遊具やD51の展示もありました。端午の節句です鯉のぼりも添えられています。そして石碑??読めません。

 宿の並び坂下にはお寺・龍興寺の石柱までも!

 旅館「植東」、梅林公園の高台に位置し、花見の季節には満杯状態のお客を受け入れているのでしょう。が、増築を重ねてきたのでしょうか入り組んで狭い急な階段を突き詰めないと部屋に辿りつきません。もちろん設備はクラッシック、リーズナブルと“ノスタルジア”を求める方以外にはお勧め出来ません。


新緑がまぶしかった 自然教育園:港区

2015-04-24 17:18:13 | 心休まる風景

 入り口を入ってしばらくは小道が続き、両側は鬱蒼とした林に覆われています。

 「自然教育園」正式には「国立科学博物館附属 自然教育園」は「一般的な植物園や庭園と違い、自然の移りゆくまま、できる限り自然の本来の姿に近い状態で残そうという独特の考え方の元で運営されている。」と記載されています。入場者も数が管理され手渡されるリボンが一定数になると、退場者が出るまで入場が猶予されます。あくまで観察が十分出来るようにとの配慮と思われます。

 その日昨年5月半ばは幸い余裕があり入場者もそこそこでした。場内はいくつかのゾーンに分かれていますが小道を回遊して歩く構造になっています。「教育園」ですから植物の種類も多く要所には名札や解説板が設えられています。導入路の脇「シイの巨木」が最初にお出迎えです。

 

 池もいくつかあるようですが林が途切れた辺りには「ひょうたん池」がありました。傍らには東屋もあり、一息付けます。

 道を隔てて「小川と湿地」とありましたが、冬の続きでしょうか一面草原が続き、何処が湿地?の状態でした。花もちらほらしかありません。

 ひょうたん池の先、草の上から沢山の顔が覗いている一帯がありました。「水生植物園」でした。

 この一帯はアヤメを中心に花が沢山咲いていて人が群れ、見学者が見物人の顔に代わっています。普段は撮らないか撮ってもお蔵入りの花のアップの写真を公開・・・他に緑の林の画像以外はないので・・・しました。

 

 

 入場したのが日の落ち始めた頃でしたので、水生植物園より先は行けず引き返したときにはすでに正門は閉められ脇の出入り口より退出しました。