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北へ南へ、東へ西へ

旅と山歩き・街歩きの記録です 今を語りながら過去も振り返って

移転ご挨拶

plalaからgooへ移転してほぼ修正が終わりジャンル・カテゴリーが設定出来ました。タグ付け法が見つからないので、県名・市町村名、東京都は区市町村名で、その他寺社・名所などは固有名詞でサイト内検索して下さい。 サイト内リンク先、アドレスがplalaのpubのままgooに変更していないのでリンク切れしていました。リンク箇所を探して変更するのはかなり時間がかかりそうです。

本堂に近づけない 雲洞庵雪景色:南魚沼市

2015-01-15 12:08:45 | 心休まる風景

 杉木立の中1本だけ雪が掻き分けられ通路が確保されていた。

 境内には背丈ほどではないが年末から降り続いた雪が積もり、本堂に近づくことが出来ないので、廊下の途中の隙間から境内の様子を撮っている。無彩色に近い世界、心が落ち着く。

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 蔵が孤立して建っているが、冬の間取り出す物はないのか気にかかる。

 無造作に雪の世界を写し取っただけ、コメントの付けようがないので画像の羅列にとどめざるを得ない。それで良いのだが・・・。

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紅葉には青空が似合う 山鳥原公園:新潟県湯沢町

2014-11-08 09:12:21 | 心休まる風景

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 白樺林の向こうにやっと青空が覘き、山の上には日が射し始めた。紅葉の黄や紅が光に映えていた。大川フィッシングパークと隣接した山鳥原公園入り口から国道17号線の向こうを眺めている。あの峰の向こうに苗場と田代をつなぐ「ドラゴンドラ」があるのだろうか?三俣と田代のスキーステーションを過ぎ元橋バス停のやや手前、地名では二居になる。

 3日祝日、湯沢は谷間になるので日が射してくるのは遅い。それでも雨は止んでいて遠くの山は明るく紅葉もそれらしく見えていた。宿の前の旅館「さくら亭」の紅葉も近くで撮れば鮮やかな“赤”色だった。

 岩原の方向はまだ影の中・・・。

 天気予報では日本海側はもう一日雨模様、関東はすでに晴れているとTVは定点カメラに青空画像を写していた。八海山か美人林の紅葉をと考えていたが関東方面が確実と思い直し、紅葉を見ながらのドライブをと久し振りに三国峠方面に車を走らせた。ネットで情報を得ていた「山鳥原公園」が第一目標、通行量の極端に少ない17号線を走りレストハウス前に到着した。

 この公園、北国街道の石畳を復元?再現?したとあったのでレストハウス前を撮影。

 早とちりでこの場所は駐車場用に石を敷き詰めただけだった!レストハウスの先に公園の入り口はあり、その先に石畳は続いていた。

 白樺のゾーン、ブナ林のゾーン、ツツジやその他の花木のゾーンなどいくつか区切りが付けられているようだが、特に目立つ境界があるように思えなかった。とにかく人気も無く日の射し込む木立の中、少し離れて走る国道の車も少ないので騒音もなく、初冬の紅葉を楽しんだ。

 石畳を進むと結界があって公園の区域の終わりなのであろう。この道は中部北陸自然歩道の一部に組み込まれているようで、この先も元橋バス停周辺の別荘地を進み三国峠を越すことになる。元橋、三国峠、月夜野のコースは数年?十数年前?に2度ほど歩いている。レポートは掲載しているが、gooに移転してからはタグはまだ整理していないので、「三国峠」や「自然歩道」などの単語で検索すれば、いくつかは出てくるであろう。


プライベートですが アパリゾート上越妙高⑤:新潟県妙高市

2014-10-01 15:01:13 | 心休まる風景

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 ホテル前に設けられている記念写真撮影スポットから見た妙高山、最終日の朝撮っている。到着した日は雲に隠れていた。朝起きて部屋の窓から見た時は全体が姿を現していたが、食事を終えテニスコートへ向かう時にはすでに頂上は雲がかかっていて撮れなかった。やっと機会が来たが空は雲がかかって青空に輝く姿ではなかった。

 初日到着した時に撮ったホテル玄関、アングルを変えて表現してみた。

 昨年8月泊まった時にゴルフ場など概略は紹介したが、アクシデントのため早々に退出してしまったので詳しくは出来なかった。といっても今回は子供らと孫まで12名の大所帯、やはり人物のスナップが中心となっているので紹介出来る画像がない!テニスコートでの一コマで、周りの雰囲気を見て頂くこととした。


 余談だが10月の連休幼なじみのグループで「秋の木曽路めぐり」ツアーを予定していたところ“御嶽山噴火”のニュースが入ってきた。御岳ロープウエーも予定していたので計画の練り直しになった。幸い宿は恵那山側を予定していて、観光も妻籠など木曽川沿いなので今の状態なら催行出来そうだ。“御嶽山”は山登りを始めるきっかけとなった山なので思い出深い。2012年に紹介しているが、50年以上前のこと、写真もモノクロで数も少ない。紅葉の御嶽を期待したが、浮かれていては犠牲になられた方々に申し訳ないが、ご冥福を祈ってお許しを請う・・・。


光のページェント見事でした アパリゾート上越妙高:新潟県妙高市

2014-09-16 14:11:00 | 心休まる風景

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 上杉謙信公が用いたとした龍旗をモチーフにした『双龍』とのことだが、ワンフレームには収まらなかった。

 13日土曜日、年に数回しか取らない臨時のお休みとして三連休、一族父母・子・孫三代12人妙高のホテルに集合した。テニスをしたり、観光したりで何年かに一度の一家の集まりとなった。昨年夏にも夫婦のみだったが宿泊している。その時見つけたインドアテニスコートに釣られてこのリゾートに集合した。昨年にも紹介しているが、今年はホテルのインフォメーションにあった『アパリゾート上越妙高サマーイルミネーション「Myoko Happiness Illumination」』に出会ったので再度掲載することにした。

 ホテル玄関はビジネスホテルを得意とするアパホテルには珍しくリゾートホテルの落ち着いた佇まいである。


 プリンスホテルがパインバレーとしてゴルフコースやスキー場、運動場・テニスコートなどのスポーツ施設を備えたリゾートとして開発し、いくつかの経緯を経てアパホテル系列のリゾートとして運営されている。

 到着して夕暮れ時部屋から駐車場越しにイルミネーションの点灯が見られた。

 当初かなり高値に設定された入場料(子供料金もなし)にためらいがあったが、宿泊者以外の外来入場者が列を作って来場するのを見て娘がネットの口コミを検索、評判の高さに気づき2日目の夜入場することとした。今回の旅、久し振りとあって写真撮影の手順もあたふたとまとまらず、とりとめの無い題材選択で散漫な内容となってしまった。休みを取ったため、暇なはずの仕事もそれなりに詰まってしまって、写真の整理や掲載の手順も手つかずで考えがまとまらず、ずるずると散漫な内容になりそうだが“呆け防止の頭の体操”ゆっくり進めることとした。・・・画像の羅列になりそうだが・・・!


 

 


やっと玄関の図 木村茶道美術館:新潟県柏崎市

2014-07-03 15:53:45 | 心休まる風景

 やっと紹介出来ました。木村茶道美術館の玄関です。この美術館台風の最中の夏と紅葉の秋2回にわたって紹介していますが、今回は新緑の季節です。

 訪問したのは5度目くらいになりますが、いつもお茶席への入場を急ぎ落ち着いて周りを撮っていないのでした。GWに国営越後丘陵公園へ行った帰り、時間に僅かに余裕があったので距離にして30km程の所、急ぎ車を走らせました。GWといえども市街地を除き地方道はそれほどの混雑はありません。閉館時間にはかなりの余裕を持って到着しました。(もっとも、湯沢での夕食の予約時間には帰着しなければならないので急いではいたのですが・・・。)

 木村茶道美術館の門とアプローチです。以前にも掲載していますが季節とアングルは違います。すでに日は傾きかけていて木立が深く日は遮られてしまっています。

 アプローチの勾配を登り切ると待合のある広場となります。落ち着いた空間です。


 更にこの石段を登ると展示室とお茶室のある美術館玄関に至ります。階段上の石柱の上に鎮座する左右の羅漢さんのような像の名前も由来も分かりませんでした。


 一帯は松雲山荘と名付けられており、柏崎市のwebサイトによると「大正15年に市内東本町蓮池庭師2代の手によって造園された名園で、昭和46年に飯塚謙三氏から市へ移譲されました。情緒あふれる日本庭園は、赤松、つつじ、もみじなど多数の樹木に覆われ、灯籠、太鼓橋、東屋、池などを配しています。」とありじっくりと観賞したいところですが、この日も一巡しただけで早々にお暇しました。

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菖蒲田の先は? 小石川後楽園:文京区

2014-05-27 15:48:55 | 心休まる風景

2014GW・その9

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 GWも初日の3日の小石川後楽園の話題が後先になってしまった。名残の藤棚を後にして振り返ってみると、菖蒲田にしては広々とした湿地が広がっていた。都内の公園では稀有?唯一?の「水田」、田起こしの前であったのか青々とした草に覆われていた。

 「回遊式築山泉水庭園」として築庭されているが中国の名所になぞらえた名所が随所に散りばめられているという。が、基になり由来となる名所・故事来歴に無知なので探すことも述べることも出来ないので画像もそれほどは残していない。・・・偶然出てくることはあっても。

 菖蒲田・田圃に流れ込む小川に沿って遡ることにした。神田上水から池に流れ込む大堰川かと思ったが、別物だった。

 林の中を行くと「円月橋」があった。水に映る姿を合わせると満月になる??水面が枯れ葉で汚れ角度も整えていなかったので、それらしく想像するしかない!


 築山の一つであろうか橋の外れからは階段で高見に上がった。丘の上には「清水観音跡」とあったが礎石のみで“絵”にならない。脇に手水鉢が据えられていた。お堂への参詣の名残であろうか。


 手水鉢越しに覗き込むとさっきたどってきた小川や藤棚、菖蒲田や田圃が一望出来た。


 少し登ると道は下りとなって園の外れに降りてきた。そこは梅林、いくつかの碑も建てられていて由来がありそうだったが書き留めてない。


 「九八屋」のある広場に出て松林を通って池の畔へ出た。


いつかどこかで見た?風景 国営越後丘陵公園⑤:新潟県長岡市

2014-05-21 14:04:47 | 心休まる風景

2014GW・その7


 緑の千畳敷・芝生の広場から歩き出してまず目に留まったのが芝の丘とポプラ並木だった。フォリーの丘と名付けられていた。

 いつかどこかで見た?そう!北海道の牧歌風景によく出てくる・・・そんなに馴染んだ景色ではないが何となく懐かしい感情に襲われる、心和む風景なのだった。

 


 惹かれるように妻はすでに丘の上へと引き込まれていった。


 並木というより木立と呼んだ方が妥当か?下から眺めると整列した並木に見えたが、中に入り込むとまばらに所在なげに配列されていた。


 丘の稜線上を進んでいくと裾にかけてラベンダー園が広がっていた。青々と育っていたがまだ花はつけていない。側へ寄ってみたが、蕾を確認してはいない。

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 「フォリー」とは何か?なぜそう名付けられたかその時はまだ理解出来ていなかったが、ポプラ並木の更に上へと階段を上っていったところに「フォリー」はあり、解説板で理解出来た??気がした。ウィキペディアにわかりやすい解説があったので念のため纏めてみた。『フォリー(英語: folly)とは西洋の庭園などにみられる装飾用の建物で、通常の建築のように居住や雨風をしのぐといった用途がまったくないものを指す。フォリーには装飾以外の用途はなく、わざと装飾物として建てられた建築物であり、他の用途から転用したものではない。』と。

 ラベンダー園を突っ切り「銀河の丘」からフォリーの丘全体を撮った画像だがポプラの木立の更に上てっぺんに僅かに塔が見えている。

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 全体を把握しようと取り敢えず一周した状況はすでに述べたが、食後長い階段を上りてっぺんのフォリーまで行き着いた!・・・つづく


チビッ子が一杯 国営越後丘陵公園④:新潟県長岡市

2014-05-19 18:15:46 | 心休まる風景

2014GW・その6


 小高い位置(フォリーの丘への途中)から「緑の千畳敷」を観ると反対の端辺りに人の集まっている場所があった。

 手前がディスクゴルフ・グランドゴルフか?右手にはふれあいの小屋をバックにふわふわドームがある。そして左手には木製遊具の群れが置かれていた。背後には境界に植えられた木立の向こうにニュータウンの家並みが迫っている。

 2つの館の探索を終えて緑の千畳敷の賑わいを見ながら、取り敢えず芝の広場を大きく回って全体を歩いてみた。先ずは「銀河の丘」の岩を乗り越えたが、銀河について解説板が置かれていたが、良く理解出来なかった。


 丘を降りるとそこには「ふれあいの池」があり、あたり一帯は野外炊飯の広場とあってキャンプサイト(もっとも宿泊は出来ないはず)、BBQでも出来るのであろうか?


 「日よけドーム」の前には「グランドゴルフ」とあったが、若者たちはディスクゴルフに戯れていた。


 その横には木製遊具の群れ、ロープと丸太を組み合わせたアスレティック、これも子供たちの人気は衰えを知らない。

 最近の公園でよく見るようになった「ふわふわドーム」いわばトランポリンの変形であろうか、子供たちはほっておけば1日でも戯れているであろう。元気な声が満ちていた。


 反対側の斜面には「芝ソリ」のゲレンデがあった。この一帯“子供だらけ”!!!


 道ばたの道標が道しるべとなったが、ここまで約3/4周したが初めて出会った。(もっとも小道を避けて草原ばかり歩いてきたので当然?!?!)


 道標に従って「越の池」方向に行った。広々とした水辺のスペース夏になれば「水遊び広場」となってチビッ子たちの格好の遊び場となるであろう。池の向こうに噴水が上がっているが、目の前にも噴水の設えがある。「音楽噴水」とあり時間が来れば音楽と共に噴水が吹き上げると掲示してあった。が、その時間まで間がありすぎて待ちきれなかった。

 テント屋台に戻り食事を済ませて次へ向かったのだが・・・つづく・・・


新年を迎えて :渋谷区

2013-12-31 21:15:43 | 心休まる風景

あけましておめでとうございます

本年もどうぞよろしくお願いいたします

 「正月は冥土の旅の一里塚」「年月は・・・行き交う人も旅人なり」何度も書いてきたような・・・時を経るのも旅なのです。「旅」のblogの毎度のいいわけ・・・」

 毎年恒例お正月の床飾りです。妻は新年に恒例の茶事「初釜」の準備に1月ほどかけていました。元旦にはkoba3家子供達夫婦3組と孫4名、総勢12名でこの飾りの前で新年を祝います。

 子供や家族のいない方々にひけらかすわけではありません。今の自分たちの幸せが長く続くことを祈って記録にとどめているだけです。なにしろ古希をすでに過ぎ、この先何回正月を迎えられるか、カウントダウンをする年になってしまったのですから・・・。

年明けに更新するつもりでしたが、タイム設定の仕方がわからないので、今UPしておきます・・・眠気に勝てず休みます・・・ZZZ・・・


緑の中でのびのびと・・・ 妙高パインバレー:新潟県妙高市

2013-08-22 16:53:27 | 心休まる風景

 芝生のゴルフコースの小山の上に聳えているのはアパリゾート妙高パインバレー「アパホテル&リゾート 」の本館、左端に僅かに覗いているのがクラブハウス・レストランのある玄関棟。

 いもり池を後に久し振りに赤倉温泉の旅館街の町並みを車中よりウオッチングし、早めにパインバレーへやってきた。敷地入り口からゴルフ場内を回遊するかのようなアプローチの設えは、これからの展開に期待を持たせる憎い演出だ。玄関はクラシックな山荘風、ゴルフクラブのフロントも兼ねている。



 アパグループと言えばビジネスホテルとマンション建設のイメージだったが、webサイトを覗いてみるといくつかのリゾート施設もある。このホテル、ロビーもホール・レストラン、客室もゆったりしてまさにリゾート!アパグループのイメージに合わない(失礼!)スキーが道楽なので新潟長野のスキー関連には興味があってスキー場があったのかは定かでないがパインバレーの名は以前から聞いていたが、アパの冠は付いていなかったはず??念のため調べてみると『 松下グループ(現:パナソニックグループ)松下興産が1988年にコクドと合弁で「妙高パインバレー/妙高パインバレープリンスホテル」として開業、2005年にコクド解体に伴うリストラによりアパへ売却。』とあった。リゾートのプリンスホテルには軽井沢、苗場など数カ所泊まったことがあるが、言われてみればその雰囲気が残っており、なるほどと頷かされた。

 ホテルから少し離れた位置にあるのはホテル別館と、その施設をフルに利用出来るマンションが見えていた。



 部屋の窓からはゴルフ場が見渡せ爽快な気分になった。荷物を置いて早速散策に出かけた。ゴルフ場の中を歩いている気分だ。



 緩やかな坂を下ってゆくと運動施設の一角になる。ハードコートのテニスコートでは数組がプレイしていた。



 隣にはパターゴルフ場があった。ここまで来る間にはフットサルコート、インドアのテニスコートや卓球場、プールもあって覗いてきたが、プレイしている人の顔が大きく写ってしまい掲載出来なかった。この先には複数の広大なグランドや、結婚式の挙げられるチャペルもあるという!

 2食付きのプランを選んでいたのでチェックインの際レストランに早い時間を予約しておいたので散策後すぐに向かった。(webサイトの口コミでは、待たされたり配膳などレストランの手際が悪いといくつも書き込みがあったので・・・)心配することもなく、黄昏始めた芝生を遠くまで見渡せ、ホールアップしてくるゴルファーを眺めながら快適に食事が出来た。お盆期間とあってその前後の料金より5割近く高値ではあったが、“プリンス”であったらさらに倍はかかったであろう・・・食事は質素であってもそんなに食べられるわけでもなく、ほどほどで満足した。妻は「インドアコートを借り、孫やみんなで集いたい」と何度も繰り返していた。確かに2度ほど訪れた練馬区の施設の区民外料金より安価なのだ!しかも施設のレベルは“プリンス”なのだから!

 翌早朝、部屋の窓から僅かに妙高山の裾野がぼんやりと浮かんでいた。窓はフィックスだったのでガラス越しの更にぼんやりした画像だが・・・。

 目覚めの悪い朝だった。深夜携帯が鳴った。携帯番号を知っているのは身内と他は僅かなのだ。仕事場のセキュリティーを依頼しているセコムの担当者からだった。「ブレーカーが落ち、警報装置の異常が発生し確認のため入室したところ、天井から多量の水がしたたり落ち床面も水溜まりが出来るほど水浸し、夕方局所豪雨があり落雷など一部停電もあったからそのせいでの漏水と思われる。立ち会い出来る連絡先はないか?」と。登録してあった従業員は退職しているし、近隣に居住だった弟は昨年死去してしまった。急遽旅行を中断し帰京する羽目に至ったのだ!!

追記:やっと調べがついたのは、確かにスキー場は存在しゴンドラとリフトが1基づつ有ったようだが、2008年3月にてスキー場は閉鎖されホテル営業も現在は冬期されていない。