トーキング・マイノリティ

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インド ミニアチュール幻想 その一

2011-07-19 21:22:30 | 読書/ノンフィクション

 高校時代の世界史の教科書(山川出版社)に、インドのミニアチュール(細密画)の写真が載っていた。「王子と王女の踊り」の題で、「17世紀はじめに描かれたムガル絵画。デリー国立博物館蔵」と解説されている。モノクロの上、6×4㎝程度の大きさだが、西洋画とも中国画とも違う美は、絵画の水準など分からない地方の高校生にも印象的だった。そのインドのミニアチュールについて書かれたノンフィクション『インド ミニアチュール幻想』(山田 和(かず)著、文春文庫)を、先日読了した。とても読ませられるノンフィクションだった。

 文庫本の裏表紙の紹介文にはこうある。
地球上、インドでのみ特異な発達を遂げてきたミニアチュール(細密画)。近代化のなかで失われていゆく伝統の美をたどり、画工のもとをたずね続けた著者の四半世紀近くにわたる旅が生んだ傑作、ついに文庫化。第19回講談社ノンフィクション賞受賞作品。インド・アート復権の兆しをみせる2000年代を報告する新章を書き下ろす。

 西洋画展なら地方の美術館でも開催されても、東洋画、殊にインド、中東世界の細密画は日本ではまず公開されない。山田氏も著書で述べているが、「日本に細密画のシェアはなく、買い手市場すらない」ため、それも当然だろう。本ではインドの細密画が多く紹介されてあり、惜しいことに口絵を除いてすべてモノクロだったが、山田氏はあえてモノクロ写真を載せたそうだ。それでも細密画の素晴らしさが素人目にも分かる。上の画像は表紙に使われているもので、中央の笛を吹く青い肌の男がクリシュナ神。クリシュナと彼を取り巻く牧女(ゴーピー、牛飼い女)の組み合わせは、インドの細密画でよく描かれるテーマである。

 私が初めて目にしたインドの細密画は高校の世界史教科書だったが、進学後にも構内の図書館で見たことがある。所謂美術全集とは違う本だったし、後宮の女たちを描いた画だった。女同士が同性愛行為をしているという際どいテーマで、股間までが描かれている!もっとも本では肝心の箇所は無粋な黒丸で塗りつぶされていたが、レズビアンに走る美女の話なら、どこかの国のポルノ映画と同じ内容ではないか。日印共に男はこの種の話を好むらしい。

 たとえエロ画でも、細密に描いた女の衣装や装身具は見事だったし、美姫の微笑んだ表情もよかった。さらに写実性もあるので、おそらくこの画はムガル絵画だと思う。一口にインドの細密画といえ、ムガル朝の宮廷で流行したムガル絵画と、その影響を受けヒンドゥー王侯の保護下に栄えたラージプート絵画がある。さらに後者の絵画には地域毎に様々な派もあり、画風も異なっているそうだ。
 ムガル絵画、ラージプート絵画でも、前者の画家が全てムスリムで後者はヒンドゥーとは限らないという。ヒンドゥーの画家がムガル宮廷で絵を描き、逆にムスリムの絵師がヒンドゥーのラージャの王宮の壁画を書くこともあったとか。宗派問わず細密画師たちは、互いの画法を学び合っていたのだ。

 ヒンドゥーの絵師に、代々続くバラモンの家系の細密画家がいたのは、いかにもインドらしい。日本の教科書ではバラモンを神官と紹介されているが、バラモンにも様々なサブカーストがあるのは知っていた。しかし、大工バラモンや農民バラモンまでいたのは驚いた。 “農民”といえ自ら田畑を耕すことはせず、下のカーストの者に己の田畑で農作業させるのだ。そもそもすき等で地中の虫を殺す恐れがある農作業など、基本的にバラモンは認められない。日本人的感覚からすれば“地主”バラモンにしか思えないが、改めてインドのカースト制度の複雑さが浮かび上がる。

 同様に“大工”バラモンも一般庶民の家を建てる集団ではない。彼らの多くは寺院の建築やその内装、神像の彫刻などを手掛けるプロ集団であり、山田氏の著書に登場するのが細密画専門のバラモン一族。8世紀からの系図を持ち、12世紀末に画家に転職したバラモン家だという。この国でも偽系図は珍しくないし、多少の偽りがあったとしても、先祖代々細密画師を続けてきたのもカースト制ゆえだろう。
その二に続く

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