わたしたちの住処をつくる記録

いえづくりについて、できごとと考えたことを記録しておきます

土地を見てもらう

2015-06-05 23:20:19 | 土地まで
これまでの経緯を思い出しながら記録しています。

 2014年冬の終わる3月、松井郁夫先生がはるばる東京から土地を見に来て下さいました。その直前、少し気になる物件を新たに発見していた私たちは、せっかくなので、そちらも見ていただくことにしました。
 それはもっと町に降りたところで、狭い町屋風の建物が建っており、土地付き中古住宅として売り出されていました。狭いけれど平地で、町中でしたので、歩いていろいろなところに行ける、そんな場所でした。この町は道が狭く車では不便ですが、歩いて楽しめるところが多い城下町です。ですから、まちなかは案外いいかもしれないと思いました。ただ、坪単価から考えれば選択肢は必然的にかなり狭い場所にはなります。
 その中古住宅は細長く、内部に光の届かない暗い家でしたが、奥に坪庭がありそこには漆喰塗りの土蔵が。これにはちょっと心揺さぶられるものがありました。私たちが内見したときは、ちょうど近年まれにみる大雪が降った直後で庭が雪で埋まっており、土蔵まで到達することができていませんでした。
 
 松井先生が来た当日、まずは駅から近いその中古住宅へ。1階2階と一通り見て、ベイマツが使われているし、半分くらいは新しく増築したのかもしれない、ということがわかりました。基礎は鉄筋の入っていない時代のコンクリートで、石場建ての古民家と違ってちょっと補強がやっかいそうなどと話を聞きながら、雪のだいぶ融けた庭の土蔵へ。
 しかし、中はとても残念な光景でした。小さな土蔵の内壁がすべてベニヤ板で覆われていたのです。昔のアパートの押し入れの中のような感じです。どうしてこういうことするのかな、と素人ながら思いました。外部は漆喰がきれいに塗られており、なまこ壁も状態良く、重厚な格子戸もよい雰囲気だったのに、内部は興ざめです。そして、かび臭い。「蔵が黴臭いんじゃなあ」ということで、その物件を後にしました。

 駐車場まで町を少し歩いて、例の小高い丘の上の土地へ。急な坂道の急なカーブの内側で、車にも高齢者にも優しくないところですが、あらためてその土地にくると、やはり眺望はとてもいい。中心街からそれほど遠くなく、文教地区に近く、しかも街を見渡せる場所はあまりありません。しかも、私たちの手の届きそうな価格で売り出されているのは他にはありませんでした。
 松井先生はこの土地に来るなりとても楽しそうでした。とにかく見渡す景色に好感をもったようでした。坂はきついが「それを楽しめるかどうか」ともおっしゃいました。田舎育ちの私たちには「狭さ」は少し気にはなりましたが、都会で設計を多数されている松井先生には全く気にならなかったことでしょう。私たちも都会で暮らした経験があり、順応できると思いました。

 とにかくこの土地で「スケッチ」と概算を作成していただくことにしました。そのスケッチで不動産屋と交渉するという段取りです。慌ただしい中でしたが松井先生を駅までお送りし、スケッチを待つことに。それから1,2週間は待つかなとゆったり構えていたら、なんと3日後にスケッチを送って下さいました。なんでも「あんまりいい土地だったので、帰って早速、スケッチを始めました」とのこと。どんな間取りのスケッチが出来上がってくるかといろいろ想像を膨らましていた私たちは、シンプルかつ自分たちの思いつかなかった間取りのスケッチを拝見して「なるほどプロはこうやるのか」と感心し、すぐに概算見積もりを依頼していただきました。

(禁転載)

 そのようにして、私たちの土地探しは、この不便で狭いが景色のいい土地に落ち着いていったのです。

 普通、不便な土地をわざわざ買うのはどうかと思います。でも、他に無かったのです。ネガティブな意味ではなく、他にはいい土地は全然なかったのです。私たちはどうも普通の当たり前の「分譲地」を購入する気にはなれませんでした。私たちはちょっと変わった、特徴のある土地を求めていました。資金はあまりありません。郊外へと視野を広げていったものの、どこも代わり映えのない、同じような分譲地ばかり。いっそのことと「古民家」も視野に入れていたのですが、売り出されるものは本当に山の中になってしまい、仕事との兼ね合いから現実的ではありませんでした。いろいろ見て回って、ああでもないこうでもないと紆余曲折あって戻ってきて見つけたのがこの土地。実はかなりお安くもしていただきました。(そして、これは私だけの感覚が入ってしまい妻には申し訳ないのですが、このあたりは私が高校へ通ったところでなじみもあり、大学卒業して働いた最初の職場への自転車での通勤路に近いところでした。)急坂の上ですが、幸か不幸か関西に住む姉の家をみてきたことも少しは影響しています。姉義兄の家は本当に高台の上で、大阪湾を一望できるところでした。
 夏には花火があちらこちらで見えるかな、とか、秋には山々のだんだん染まってゆくさまが見えるだろうなとか、そんなことを期待しています。

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