日本列島旅鴉

風が吹くまま西東、しがない旅鴉の日常を綴ります。

京浜沿線はしご酒(8)

2011-06-25 21:42:34 | 居酒屋
泊まりがけの生業の帰り道は去年と同じく酒浸りの一日でした。この日三軒目にして最後に訪ねるのは「天国」です。
二軒目までと異なり、こちらは「中央立花グループ」という居酒屋チェーンの経営による一軒です。しかし、チェーンといってもそこらの画一的な居酒屋をわざわざ訪ねるはずがありません。台形を90度回転させたような独特の行灯を並べた軒先と、縄のれんの向こうにのぞく長い長いカウンターは、まさに横須賀の心惹かれる大衆酒場です。しかして店内に入ると、「変則コの字型」あるいは「逆J字型」とでもいうべき独特のカウンターが店の中心となっており、左手の奥からこちらに向かってゆうに20席はあろうかという長い直線カウンターが続き、それが直角に折れて三、四席、さらに折れて店内の右側に数席が並んだところで、あとは四人がけの座敷席が並ぶという構成です。
9時を回ってお客が引け出すにつれ、右も左も手練れの呑人という心地のよい緊張感は解けて、どちらかというとはしご酒の二軒目、三軒目といった緩やかな空気が店内には漂います。あの高揚感をもう一度味わいたかったという気がしないではないものの、自分自身三軒目で疲れてきたのは事実です。最後にまったり過ごして終わるのもそれはそれで悪くはありません。横須賀には期待に違わぬ、いやそれ以上の格調高い居酒屋文化が根付いていました。これからも折に触れ通い続けることを誓って、一日滞在した横須賀の街を後にします。

天国
横須賀市若松町1-14
046-823-7286
1200PM-2300PM(日祝日1300PM-2230PM)

ホッピー+中おかわり
谷中生姜
穴子天ぷら
コメント

京浜沿線はしご酒(番外編)

2011-06-25 21:07:39 | 関東
夕風の心地よさと、二晩寝付けなかった疲労と、酔いが回ったのとで、いつの間にかベンチでうたた寝してしまい、気付けば驚くほどの時間が過ぎていました。風はいつしか肌寒いほどに変わり、オレンジ色の街灯が水面に映り、公園では若者が花火に興じています。港で酒場で、風情に満ちた横須賀の街を満喫した一日でした。心地よい夜風をもう一度吸い込んでから、最後の酒場へ向かいます。
コメント

京浜沿線はしご酒(番外編)

2011-06-25 19:05:59 | 関東
酒場めぐりを中座し、暮れなずむ横須賀港で夕風を受けます。オレンジ色の街灯がともる中、午後七時を告げる自衛隊のラッパの音が響いて、なんとも風情に満ちています。二軒のはしごで酔いも回って、おいしく呑み食いできるのはあと一軒が限界です。それなら次を急ぐこともありません。しばしの間この港で風を受けつつ、酔い覚ましと腹ごなしをしてから三軒目を訪ねることにします。
コメント

京浜沿線はしご酒(7)

2011-06-25 17:08:39 | 居酒屋
二軒目はこの日の真打ち、「銀次」を再訪します。箱根帰りの寄り道というにはやや遠回りにも思える横須賀を訪ねたのは、この酒場のためといっても過言ではありません。というのも、都内から赴くにはやや遠い横須賀で、月一回の土曜を除きウィークデーしか店を開けないという到達の困難さから、よほど巡り合わせがよくない限り再訪できないところが、今日は渡りに船の営業日ということで、半ば自動的に目的地が決まったという次第です。一軒の酒場のためにここまで足を延ばすのも、偏にこの名酒場で独酌がしたかったからに他なりません。

古きよき日本家屋の設えをそのまま残した店構えは秀逸の一言で、なおかつそれが寄る年波を感じさせることなく、大切に手入れされつつ使われている様は、矍鑠とした老紳士を見るようです。暖簾をくぐって左がL字のカウンター、右に小ぶりなテーブル席という構成は中央酒場と同じながら、L字の短い一辺がここでは店の奥手に配され、暖簾の脇に張り出した揚場の窓が、古びた建物の味わい深さをなおさら引き立てています。右手のテーブル側には大きな木のサッシがはめ込まれ、間口と合わせて二面採光の広くて明るい店内は、奥手に細くて長い中央酒場とは対照的です。酷暑の宵に訪ねた前回締め切られていた窓が開け放たれて、初夏の空気が店内にほどよく吹き込みます。
角がとれて丸くなった一枚板のカウンターの中程に陣取れば、内側は見事な古典酒場の厨房です。てきぱき動くおばちゃん達の中でも、筆頭格とおぼしき頭巾のおばちゃんは自分の目の前で全体を取り仕切り、揚場にはまた違うおばちゃんが張り付いて、それぞれが自分の持ち場を大きく離れず一定範囲で動いており、秩序のとれたチームプレーといった感があります。これに対し、かなりのベテランと思しき細身の板前は、店内奥手の持ち場を一切離れず、背後に構える造り付けの冷蔵庫から食材を取り出しては華麗な包丁さばきで酒肴に仕立て、これをおばちゃん達に流して行き、板前とおばちゃんが織りなす静と動の対比が見る者を楽しませてくれます。店の設えと働く人々の立ち振る舞いを鑑賞すれば、それだけで酒が二合は呑めそうです。

もちろん、酒の肴の充実ぶりも素晴らしく、厨房の奥には地物の魚を中心とした短冊の品書きが無数に並び、安いものでは300円から、高いものでも600円まで、どれをとっても外れがありません。中でも食したかったのが、様々な具材が溶け込んだ、ほんのりセロリが香る独特の煮込みです。一年近く待ち焦がれた煮込みは、当時のままの深い味わいでした。鰯、さらし鯨と続けてお次は焼き茄子です。一軒目と同じものというなかれ。焼き上げた茄子をぶつ切りにして鰹節を散らした中央酒場の焼き茄子に対して、こちらは茄子の丸焼きというべき仕立てで、それぞれに違った味わいがあります。合わせる酒はもちろんホッピーです。こちらのホッピーはいわゆる三冷ではなく、その代わりに氷を入れるか入れないかを聞かれます。当然ながら氷を入れない正統派の「なしホッピー」を選択しますが、時節柄「入りホッピー」もそれなりに出ているようです。いずれにしても焼酎はグラスに二分目、メーカー推奨の黄金比はここでも忠実に守られています。
右も左も手練れの一人客という心地よい緊張感は、この酒場においても見事に貫かれています。何しろ、座るやいなや「いつもの」の一言でキリンの瓶ビールが差し出されるような世界です。そのやりとりだけでも、この店が地元の通人に古くから愛された筋金入りの名店であることが一目瞭然です。味わい深い店内の設え、働く人々の立ち振る舞い、安くておいしい酒肴の数々、一人静かに盃を傾ける呑人と、河岸は違えど横須賀の大衆酒場の楽しみは共通しています。そこから分かることは、酒と肴は居酒屋の楽しみの一つであって全てではないということです。「居酒屋は居心地を楽しむ場所」という先人の言葉をしみじみ感じて盃を傾けます。

銀次
横須賀市若松町1-12
046-825-9111
1600PM-2300PM(第四土曜除く土日祝日定休)

ホッピー・清酒
いわし刺
煮込み
さらし鯨
なすやき
コメント (2)

京浜沿線はしご酒(6)

2011-06-25 14:00:06 | 居酒屋
海風はただただ心地よく、その気になれば一日中でも港で風に当たっていられそうですが、腹も空き出したところでお待ちかねの酒場めぐりへ移行します。横須賀の大衆酒場を初めて訪ねたのは去年の盛夏、昼から呑める酒場がひしめく街に心惹かれて、横須賀で独酌するのがそのとき以来の宿願でした。時間はまだ真昼です。適度に腹ごなしをしながらでも三軒は回れるでしょう。港を見ながら風を受ければ、酒場の合間も退屈することはありません。体調悪化で一週間少々酒を断った上での一献は、格別の味わいになると予想されます。いつにもまして楽しみです(ニヤリ)

一軒目は横須賀中央駅前の、その名も「中央酒場」です。改札を出て歩道橋を左に降りると、「戦後」「昭和」といった言葉を彷彿させる味わい深い吞み屋街が線路に沿って続き、それが途切れるガードの手前に鎮座するのがこの店です。暖簾をくぐって引戸を開けると、左手にはL字のカウンターが奥へ向かって延び、右手には四人がけのテーブル席が整然と並んで、見事な大衆酒場の設えにまず心が躍ります。カウンターの奥に通されおしぼりで汗をぬぐうと、頭上と背後には黒地に白文字で書かれた短冊の品書きが無数に並び、その一つ一つが呑み人の心をくすぐります。これならどれを選んでも外れはなさそうです。まずはビールで喉の渇きを癒します。
地物の鰺と初夏の味覚新生姜をつまみつつ、酒場の設えを改めて観察すると、まず入口を入った場所にL字の短い一辺が、そこから長い一辺がこちらへ向かって延び、中央が途切れてカウンターの中と外をつないでいます。入り口のそばには板場が、中程には洗い場と食器棚、さらには年代物の小引出を備えた帳場が配され、自分の目の前には酒瓶、サーバー、燗付け器が並んでおり、小ぎれいに磨かれたステンレス基調の機能美がまことに秀逸です。この舞台で立ち回る人々にもまた味わいがあります。板前は持ち場で黙々と仕事をこなし、紛うことなきおばちゃん一人と、おばちゃんかお姉さんか実に微妙な三人が、注文をとったり、勘定をつけたり、酒と肴を供したりと、カウンターの内と外でめまぐるしく動き回ります。

まさに安くておいしく活気に満ちた大衆酒場の典型であり、それだけで必要にして十分ともいえます。しかし、それではこの酒場のよさを半分も理解したことにはなりません。この店の真骨頂は、手練れの呑み人が醸し出す一種張り詰めた空気にあります。カウンターではおよそ一つの間をおいて中年男が独酌で昼酒をあおっており、その頭数に2をかければ、20弱の席数がいちいち数えなくとも読み取れます。しかも酒に溺れてくだを巻くわけではなく、それぞれに思い思いの品をいくつか並べて静かに盃を傾けているといった風情で、昼酒は堕落したものという先入観も、この場にあっては一切成り立ちません。そんな呑人たちがどこからともなく現れ、一杯引っかけては去って行くのですからたまりません。
横須賀の居酒屋文化の奥深さは、酒の供し方にも表れています。二杯目に選んだホッピーは、ホッピー、中、ジョッキを全て冷やした氷を入れない「三冷ホッピー」で、それもただ冷やすのではなく、ペットボトルの大五郎をきっちり升に注いで量るところが心憎い演出です。このようにして注がれた中は、ジョッキの二分目ほどと少なく、ホッピーを丸々一本注いでちょうどよい分量です。つまり「中おかわり」という安上がりな選択が、この店においては許されないということになります。しかし、焼酎1にホッピー5という割合こそ、メーカー推奨の黄金比なのです。キリンラガーの苦み走った味わいといい、酒の供し方一つとっても妥協を許さぬ姿勢に好感がもてます。
圧巻なのは酒です。目の前では背の高い白磁の徳利に菊正宗の上撰が、これも升で一杯一杯量った上で注がれて、常に何本も並べられており、常温での注文が入ればそこから即座に酒が出されるという寸法になっています。目の前に鎮座する、おでん鍋の外側を思わせるような湯煎の燗付け器は、こちらから向かって左側が浅く、右側が深くなっており、その境目には板が渡されています。一風変わった設えの謎は、燗酒の注文を入れることによって明らかになります。注文が入ると、中央の板に乗った徳利を右側の深い湯船に沈め、指先の感触で燗具合を計りつつ、熱すぎず温すぎない絶妙な温度で提供してくれます。こうして一本がはけると、左側に並べられた徳利から別の一本を浅い湯船に沈め、これをしばらく温めてから真ん中の板に乗せて、あとは同じことの繰り返しとなります。つまり、あらかじめある程度の温度まで燗を付けておくことで、注文から提供までの時間を短くし、だからといって無駄には温めすぎず、なおかつ湯煎で一本ずつ供するという工夫が、この燗付け器に結実しているのです。数百軒の酒場を訪ねた自分も、この燗付け器には思わず言葉を失います。機能美に満ちたカウンターの設え、心躍る安くておいしい酒肴の数々、きびきび動く職人の立ち振る舞いといった大衆酒場の基本はもちろんのこと、一人静かに盃を傾ける手練れの呑人、その期待に応えるかのような妥協を一切許さぬ酒の注ぎ方など、独酌の楽しみの真髄とでもいうべきものがこの酒場には詰まっています。

大衆酒場は長居をするところではありません。素早く呑んで、ほどよく酔って、風のように去るのが粋というものです。滞在が一時間を超えて、隣客は既に二度、三度と入れ替わりました。もう少しこの場所に腰を据えて、噛めば噛むほどにじみ出る味わいを楽しみたいのはやまやまながら、それは次回の宿題とするのがよさそうです。少しばかりの未練と余韻を残して席を立ちます。

中央酒場
横須賀市若松町2-7
0468-25-9513
1000AM-2230PM(日祝日定休)

中生・ホッピー・菊正宗
あじ刺身
新しょうが
めごち天ぷら
なすやき
コメント

京浜沿線はしご酒(予告編)

2011-06-25 12:00:40 | 関東
出発前の予報に反し、上半期最後の土曜は朝から夏空が広がる好天になっています。これなら箱根滞在を延ばして、見頃を迎えた紫陽花と登山電車の取り合わせをカメラに収めるのが正しい選択になります。しかし、あろうことか、予報を見て機材の大半を置いてきてしまったため撮影が成り立ちません。後ろ髪引かれるものを感じつつ、電車を乗り継ぎ一年ぶりの横須賀に着きました。かつての自分なら、たとえ予報が雨天でも、万一の場合に備えて機材一式を担いで出発していたでしょう。旅人、呑人としてはともかく、鉄道愛好家としての自分は完全に堕落しきっています。こんなことではいけないのですがorz
とはいえ、予定通りに横須賀を選んでよかったこともあります。空気が非常に心地よいのです。駅で列車を降り、港を望む公園の木陰に腰を下ろせば、涼やかな風が木々の緑を揺らして、梅雨時とは思えぬさわやかさです。たかが数十km移動しただけだというのに、じっとしているだけでも汗ばんだ箱根の風とは全くの別物です。終日横須賀市街に滞在するだけですから、先を急ぐこともありません。この公園でしばし海風に吹かれた後、一軒目の酒場へ向かいます。
コメント