海風はただただ心地よく、その気になれば一日中でも港で風に当たっていられそうですが、腹も空き出したところでお待ちかねの酒場めぐりへ移行します。横須賀の大衆酒場を初めて訪ねたのは去年の盛夏、昼から呑める酒場がひしめく街に心惹かれて、横須賀で独酌するのがそのとき以来の宿願でした。時間はまだ真昼です。適度に腹ごなしをしながらでも三軒は回れるでしょう。港を見ながら風を受ければ、酒場の合間も退屈することはありません。体調悪化で一週間少々酒を断った上での一献は、格別の味わいになると予想されます。いつにもまして楽しみです(ニヤリ)
一軒目は横須賀中央駅前の、その名も「中央酒場」です。改札を出て歩道橋を左に降りると、「戦後」「昭和」といった言葉を彷彿させる味わい深い吞み屋街が線路に沿って続き、それが途切れるガードの手前に鎮座するのがこの店です。暖簾をくぐって引戸を開けると、左手にはL字のカウンターが奥へ向かって延び、右手には四人がけのテーブル席が整然と並んで、見事な大衆酒場の設えにまず心が躍ります。カウンターの奥に通されおしぼりで汗をぬぐうと、頭上と背後には黒地に白文字で書かれた短冊の品書きが無数に並び、その一つ一つが呑み人の心をくすぐります。これならどれを選んでも外れはなさそうです。まずはビールで喉の渇きを癒します。
地物の鰺と初夏の味覚新生姜をつまみつつ、酒場の設えを改めて観察すると、まず入口を入った場所にL字の短い一辺が、そこから長い一辺がこちらへ向かって延び、中央が途切れてカウンターの中と外をつないでいます。入り口のそばには板場が、中程には洗い場と食器棚、さらには年代物の小引出を備えた帳場が配され、自分の目の前には酒瓶、サーバー、燗付け器が並んでおり、小ぎれいに磨かれたステンレス基調の機能美がまことに秀逸です。この舞台で立ち回る人々にもまた味わいがあります。板前は持ち場で黙々と仕事をこなし、紛うことなきおばちゃん一人と、おばちゃんかお姉さんか実に微妙な三人が、注文をとったり、勘定をつけたり、酒と肴を供したりと、カウンターの内と外でめまぐるしく動き回ります。
まさに安くておいしく活気に満ちた大衆酒場の典型であり、それだけで必要にして十分ともいえます。しかし、それではこの酒場のよさを半分も理解したことにはなりません。この店の真骨頂は、手練れの呑み人が醸し出す一種張り詰めた空気にあります。カウンターではおよそ一つの間をおいて中年男が独酌で昼酒をあおっており、その頭数に2をかければ、20弱の席数がいちいち数えなくとも読み取れます。しかも酒に溺れてくだを巻くわけではなく、それぞれに思い思いの品をいくつか並べて静かに盃を傾けているといった風情で、昼酒は堕落したものという先入観も、この場にあっては一切成り立ちません。そんな呑人たちがどこからともなく現れ、一杯引っかけては去って行くのですからたまりません。
横須賀の居酒屋文化の奥深さは、酒の供し方にも表れています。二杯目に選んだホッピーは、ホッピー、中、ジョッキを全て冷やした氷を入れない「三冷ホッピー」で、それもただ冷やすのではなく、ペットボトルの大五郎をきっちり升に注いで量るところが心憎い演出です。このようにして注がれた中は、ジョッキの二分目ほどと少なく、ホッピーを丸々一本注いでちょうどよい分量です。つまり「中おかわり」という安上がりな選択が、この店においては許されないということになります。しかし、焼酎1にホッピー5という割合こそ、メーカー推奨の黄金比なのです。キリンラガーの苦み走った味わいといい、酒の供し方一つとっても妥協を許さぬ姿勢に好感がもてます。
圧巻なのは酒です。目の前では背の高い白磁の徳利に菊正宗の上撰が、これも升で一杯一杯量った上で注がれて、常に何本も並べられており、常温での注文が入ればそこから即座に酒が出されるという寸法になっています。目の前に鎮座する、おでん鍋の外側を思わせるような湯煎の燗付け器は、こちらから向かって左側が浅く、右側が深くなっており、その境目には板が渡されています。一風変わった設えの謎は、燗酒の注文を入れることによって明らかになります。注文が入ると、中央の板に乗った徳利を右側の深い湯船に沈め、指先の感触で燗具合を計りつつ、熱すぎず温すぎない絶妙な温度で提供してくれます。こうして一本がはけると、左側に並べられた徳利から別の一本を浅い湯船に沈め、これをしばらく温めてから真ん中の板に乗せて、あとは同じことの繰り返しとなります。つまり、あらかじめある程度の温度まで燗を付けておくことで、注文から提供までの時間を短くし、だからといって無駄には温めすぎず、なおかつ湯煎で一本ずつ供するという工夫が、この燗付け器に結実しているのです。数百軒の酒場を訪ねた自分も、この燗付け器には思わず言葉を失います。機能美に満ちたカウンターの設え、心躍る安くておいしい酒肴の数々、きびきび動く職人の立ち振る舞いといった大衆酒場の基本はもちろんのこと、一人静かに盃を傾ける手練れの呑人、その期待に応えるかのような妥協を一切許さぬ酒の注ぎ方など、独酌の楽しみの真髄とでもいうべきものがこの酒場には詰まっています。
大衆酒場は長居をするところではありません。素早く呑んで、ほどよく酔って、風のように去るのが粋というものです。滞在が一時間を超えて、隣客は既に二度、三度と入れ替わりました。もう少しこの場所に腰を据えて、噛めば噛むほどにじみ出る味わいを楽しみたいのはやまやまながら、それは次回の宿題とするのがよさそうです。少しばかりの未練と余韻を残して席を立ちます。
★中央酒場
横須賀市若松町2-7
0468-25-9513
1000AM-2230PM(日祝日定休)
中生・ホッピー・菊正宗
あじ刺身
新しょうが
めごち天ぷら
なすやき
一軒目は横須賀中央駅前の、その名も「中央酒場」です。改札を出て歩道橋を左に降りると、「戦後」「昭和」といった言葉を彷彿させる味わい深い吞み屋街が線路に沿って続き、それが途切れるガードの手前に鎮座するのがこの店です。暖簾をくぐって引戸を開けると、左手にはL字のカウンターが奥へ向かって延び、右手には四人がけのテーブル席が整然と並んで、見事な大衆酒場の設えにまず心が躍ります。カウンターの奥に通されおしぼりで汗をぬぐうと、頭上と背後には黒地に白文字で書かれた短冊の品書きが無数に並び、その一つ一つが呑み人の心をくすぐります。これならどれを選んでも外れはなさそうです。まずはビールで喉の渇きを癒します。
地物の鰺と初夏の味覚新生姜をつまみつつ、酒場の設えを改めて観察すると、まず入口を入った場所にL字の短い一辺が、そこから長い一辺がこちらへ向かって延び、中央が途切れてカウンターの中と外をつないでいます。入り口のそばには板場が、中程には洗い場と食器棚、さらには年代物の小引出を備えた帳場が配され、自分の目の前には酒瓶、サーバー、燗付け器が並んでおり、小ぎれいに磨かれたステンレス基調の機能美がまことに秀逸です。この舞台で立ち回る人々にもまた味わいがあります。板前は持ち場で黙々と仕事をこなし、紛うことなきおばちゃん一人と、おばちゃんかお姉さんか実に微妙な三人が、注文をとったり、勘定をつけたり、酒と肴を供したりと、カウンターの内と外でめまぐるしく動き回ります。
まさに安くておいしく活気に満ちた大衆酒場の典型であり、それだけで必要にして十分ともいえます。しかし、それではこの酒場のよさを半分も理解したことにはなりません。この店の真骨頂は、手練れの呑み人が醸し出す一種張り詰めた空気にあります。カウンターではおよそ一つの間をおいて中年男が独酌で昼酒をあおっており、その頭数に2をかければ、20弱の席数がいちいち数えなくとも読み取れます。しかも酒に溺れてくだを巻くわけではなく、それぞれに思い思いの品をいくつか並べて静かに盃を傾けているといった風情で、昼酒は堕落したものという先入観も、この場にあっては一切成り立ちません。そんな呑人たちがどこからともなく現れ、一杯引っかけては去って行くのですからたまりません。
横須賀の居酒屋文化の奥深さは、酒の供し方にも表れています。二杯目に選んだホッピーは、ホッピー、中、ジョッキを全て冷やした氷を入れない「三冷ホッピー」で、それもただ冷やすのではなく、ペットボトルの大五郎をきっちり升に注いで量るところが心憎い演出です。このようにして注がれた中は、ジョッキの二分目ほどと少なく、ホッピーを丸々一本注いでちょうどよい分量です。つまり「中おかわり」という安上がりな選択が、この店においては許されないということになります。しかし、焼酎1にホッピー5という割合こそ、メーカー推奨の黄金比なのです。キリンラガーの苦み走った味わいといい、酒の供し方一つとっても妥協を許さぬ姿勢に好感がもてます。
圧巻なのは酒です。目の前では背の高い白磁の徳利に菊正宗の上撰が、これも升で一杯一杯量った上で注がれて、常に何本も並べられており、常温での注文が入ればそこから即座に酒が出されるという寸法になっています。目の前に鎮座する、おでん鍋の外側を思わせるような湯煎の燗付け器は、こちらから向かって左側が浅く、右側が深くなっており、その境目には板が渡されています。一風変わった設えの謎は、燗酒の注文を入れることによって明らかになります。注文が入ると、中央の板に乗った徳利を右側の深い湯船に沈め、指先の感触で燗具合を計りつつ、熱すぎず温すぎない絶妙な温度で提供してくれます。こうして一本がはけると、左側に並べられた徳利から別の一本を浅い湯船に沈め、これをしばらく温めてから真ん中の板に乗せて、あとは同じことの繰り返しとなります。つまり、あらかじめある程度の温度まで燗を付けておくことで、注文から提供までの時間を短くし、だからといって無駄には温めすぎず、なおかつ湯煎で一本ずつ供するという工夫が、この燗付け器に結実しているのです。数百軒の酒場を訪ねた自分も、この燗付け器には思わず言葉を失います。機能美に満ちたカウンターの設え、心躍る安くておいしい酒肴の数々、きびきび動く職人の立ち振る舞いといった大衆酒場の基本はもちろんのこと、一人静かに盃を傾ける手練れの呑人、その期待に応えるかのような妥協を一切許さぬ酒の注ぎ方など、独酌の楽しみの真髄とでもいうべきものがこの酒場には詰まっています。
大衆酒場は長居をするところではありません。素早く呑んで、ほどよく酔って、風のように去るのが粋というものです。滞在が一時間を超えて、隣客は既に二度、三度と入れ替わりました。もう少しこの場所に腰を据えて、噛めば噛むほどにじみ出る味わいを楽しみたいのはやまやまながら、それは次回の宿題とするのがよさそうです。少しばかりの未練と余韻を残して席を立ちます。
★中央酒場
横須賀市若松町2-7
0468-25-9513
1000AM-2230PM(日祝日定休)
中生・ホッピー・菊正宗
あじ刺身
新しょうが
めごち天ぷら
なすやき
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