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Bonjour Bon Sejour フランス留学体験記

フランス語学習やフランス生活、フランス人の謎などつらつらと・・。サッカーブログではないデス・・一応。

のび子

2005年05月21日 | 留学中(ヴィシー編)
私は留学前、ステイ先には他の学生がいない家庭を希望してた。寮生活のように色々な国籍の学生との同居生活も楽しいかもしれないけど、私は極度の人見知り。フランス語にも自信無かったし。でも別に私とマダムが独占契約してるわけでは無いし、部屋はもうひとつあるので別に学生を受け入れるのはマダムの自由だ。7月からは続々と留学生が各国からやってくるのでひとつの家庭に数人留学生を受け入れるのは当たり前になってくる。

でもねー・・中国人か~・・。なんとなく憂鬱。テンションの下がる私とは反対にマダムはすごく嬉しそう。なぜならマダムは中国文化にすごく興味がある人だった。フランス在住10年の台湾人の友達がいてその友達がやってる中国語講座や習字講座の秘書みたいな仕事をしたりもしてた。私も一度一緒に中国の映画を見に行ったことがあった。

新しく来る中国人女の子は上海出身で秋よりフランスの大学に編入する子だからフランス語はペラペラよ!というのがマダムからの情報だった。上海出身でフランス留学するってことは相当のお嬢じゃん!しかも一人っ子政策のおかげで都会のお嬢、おぼっちゃんは相当甘やかされてるハズ!しかも敵はフランス語ペラペラだって!?仲良くなれそうもない・・。私の頭の中には勝手に高飛車な才女の中国人の同居人のイメージが出来上がっていた。
風呂とかも好き勝手に入れないし、めんどくさいな~。

そしてその新しい同居人は日曜日の昼間、私が外出してる間にやってきた。中国から団体さんご一行でやってきたらしい。彼女が着いた当日は疲労で彼女が着いた途端爆睡。私は彼女と会うことなくマダムと二人で夕飯を取った。食卓に着いた私に向かってマダムが言った。 「彼女、全然フランス語話せないのよ・・。」 え?フランス語ペラペラなんじゃなかったの?秋から大学編入するんじゃないの?と聞くと「私も大学に行くんだからペラペラだと思ってたのよ。でも彼女bonjourくらいしか知らないの。本当になんにも知らないのよ。これはかなり大変だわ・・」だって。。

マダムは昨日までのハイテンションとは変わってかなり不安そうだ。彼女がペラペラなのは英語だった。でもフランス語はぜっっっっんぜん話せないらしい。私もマダムも英語はノンメルシーだ!しかしフランス語ゼロで秋から大学にどうやって入るんだ? そして翌日の月曜の夕飯で初めて彼女と対面した。

お・・男の子?

私の頭の中で出来上がっていた高飛車上海娘のイメージとは程遠い、ヒョロリと痩せてメガネをかけた小柄な少年のような女の子だった。

翌日カヴィラムで日本人の友達に「mojaoちゃんの家に来た中国人どうだった~?」と聞かれ、ちょうど私たちのいる50mくらい先にいたので「あの子だよ」と教えた。すると友達の一人がひとこと


「のび太みたいだな。」


「いや一応女の子なんすけど。。」そりゃ私も最初は男の子だと思ったけどさ。
するとその子は「え?女なの!?じゃあのび子だな。」

その瞬間から私たちの間では勝手にのび子と命名。だって中国人の名前の発音て難しいんだもん。でもぴったりのニックネーム。 しかしのび子ら中国人ご一行様の続々の到着によりヴィシーの夏はチャイナタウンと化した。。 

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眠い・・

2005年05月16日 | 留学中(ヴィシー編)

留学しだして1ヵ月ほどたつと段々毎日の生活にも慣れちょっと中だるみしてきた。朝は7時くらいに起床。月曜から金曜まで毎日午前と午後授業を受け、放課後は図書館で宿題とか予習復習をしたりパソコンでメールしたりする。火曜と金曜はカヴィラム近くの体育館で友達と2時間バドミントンをして大汗を書く。その後家まで20分ほど歩いて帰宅。19時半からご飯。夕食後テレビを見てホームステイ先のおばあちゃんと話して10時くらいになるともう眠くて眠くてたまらない・・。(よって夕飯後に宿題をするのは無理!だから昼間に図書館で済ます!)そのあとシャワー浴びて12時前には寝る。なんて健康的な毎日。日本にいたときには考えられない。 この異常な眠気は夕食に飲むワインのせいだと最初は思っていた。しかしワインを飲まない生活をトュールでしたときも、もれなく夜10時半にはギブだったために気づいた。

 これはワインのせいではなく脳がフランス語漬けで疲労してるからだ・・。

友達もみんな夜眠くなるのが早いって言ってたもん!確かに朝から晩までフランス語を聞いて、フランス語で考えて、フランス語を話してるんだからな。日本にいたら「ながら作業」でも日本語は入ってくる。テレビ見ながら新聞読んでご飯食べながら母ちゃんの話を聞くみたいな生活を私はしてたけど、フランスにいたらテレビもすんごい集中して見てる。CMですら真剣に見てた。ごはん食べてるときも話すときは食べる方に気がまわらない。常に脳がフランス語シフトでフル回転な感じ。 さらにフランスの家庭は電気代がもったいない!といって夜でも電気をほとんどつけない。テレビを見てたらテレビの明かりのみ。映画館状態だ。私が見たいと言ってよく家で見てたサッカーも後半はほとんど寝てた。 マダムと2人の平和な生活が続いた6月下旬のある日の晩、マダムが言った。

「あさってからもう一人中国人の学生が来るわよ」

え?

眠気吹っ飛ぶ。

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パンのはなし

2005年05月11日 | 留学中(ヴィシー編)
フランスはパンの国。パンはフランス語でもPain パン。ちなみにフランスパンはフランスではバゲットbaguette。日本に比べるとなぜかバゲットだけは安い。でもチョコパンとかクロワッサンとかは日本と同じくらい。フランスでよく街中でバゲットを持って歩いてる人を見る。生で。フランスパンを小脇に抱えて歩くパリジェンヌがお洒落なイメージとしてかつての女性誌でよく見かけたな・・。しかしお洒落か?あれ・・?日本みたいにひとつひとつビニールに入れてその後袋に入れてくれたり、なんてことはフランスのパン家はしてくれない。バゲットとかデカいパンは手で持つところにだけ紙ナプキンを巻きつけて「ホレッ」と渡される。

しかし雨の日にバゲットを生で持って、傘もささずにご近所さんと井戸端会議してるパン屋帰りのオヤジを道端で見たときにはちょっとびっくりした。「パン湿ってるじゃん!」雨の日でも傘をささない人はフランスでもけっこう多い。小雨でも傘さしてるのはたいていアジア人。でもけっこう雨が降ってるのにパンを生で持ってる人けっこう多いんだよね~・・。焼きたて買ってる意味無いと思うんですがね・・。

そして道端でバゲットを持ってるフランス人が端っこをかじってる確率はかなり高い!ちなみにフランスではパンの端っこを他人に渡すのは失礼らしいです。でも私は端っこが好きなのでいっつもごはんの時に「je veux du crouton !(端っこくれー!)」と言ってました。

パリで有名なパン家さんの「ポワラーヌ」、一度行ったけど、私個人的にはそんなに「おいすぃ~!!!」って感動するほどでもなかった・・。いや、普通においしかったけどやたらガイドブックなんかに載ってるので。。店内はちっさくてパンの種類もそんなに無かった。パンを入れるでかいズタ袋も売ってたな。



 コチラ↓もヨロシクです。




Mon anniversaire

2005年05月06日 | 留学中(ヴィシー編)
ヴィシーで生活しだして約1ヵ月後の6月7日。私は誕生日をフランスで迎えた。外国で誕生日を迎えるのは生まれて初めて。

誕生日当日の放課後、「○○(韓国人の友達)がmojaoのこと探してたよ~」と言われて「なんでだ?」と元クラスの教室に行くと前のクラスメイトの韓国人の子たちが私のためにケーキを買ってきてくれた。

先生も一緒にクラスメイトがハッピーバースデイを歌ってくれた。



「Joeux annibversaire mojao!!」



「お前ら泣かすじゃないかよ~・・!!」


夜はホームステイ先のマダムが私の誕生日をごちそうでお祝いしてくれた。私が前に出たメニューで「おいしいよ~!!」と絶賛したチキンのローストを作ってくれた。プレゼントは綺麗にラッピングされたチョコレート

Merci beaucoup !!!

この時私は普通にそして初めてbisou(キス)をマダムにした。

次の日、クラスメイトと一緒にレストランで夕飯を食べた。友達が企画してくれてメントス君や韓国人のクラスメイトなど総勢10名くらいでヴィシーにあるレストランでディナーを食べた。

誕生日にお祝いしてもらえるのっていくつになっても嬉しいもんだ・・。





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mojao VS 教師M

2005年04月25日 | 留学中(ヴィシー編)
留学生活を始めて1ヶ月くらい経ち、生活に慣れてきた頃、午前の文法のクラスの教師がまた変わった。(3度目、1ヶ月のうちに3人変わるのも多くはないか?)今度はカヴィラム1のベテランおばちゃん教師M。しかしmojaoはこの教師がキライ。

韓国人の友達にはやたら人気が高く、ホームステイしていたマダムも「あなたはラッキーよ!」と言っていたので当初楽しみにしていた。しかし・・授業初日に彼女はまず授業中に一切辞書を使用することを禁止すると発表。

「辞書は活きたフランス語では無い。また辞書を使用している間に他の生徒の発言を聞かなかったり、教師の説明を聞きそびれたりするから」

というのがその理由だ。まぁ、理屈はわかるけどさ、まったく使わないってのも無理だよ。しかもその話をとーとーと1時間もした。

さらに「授業中に行われるテストや宿題はシャープペンでは無くボールペンで書け。なぜならフランスのテスト(DELFやバカロレアなど)は全て黒のボールペン以外受け付けないから」なる旨の話をさらに1時間。。

わかったよ、わかったよ。でもねぇ・・

その話3分で済むだろー!!!!

いったいいつになったら授業が始まるんだ~!?と思ったらその日は授業終了。3時間彼女の演説会で終了した。オイオイ・・。 いい加減うんざりだ・・。

翌日もその翌日も何かにつけて辞書を見てる学生を発見するとMは「辞書は活きたフランス語ではなく・・」と始まる。初級クラスの生徒にとってはボキャブラリーの量が圧倒的に少ないので辞書無しで単語を理解しようとするのはかなり無理な話だ。ある程度上のクラスになればフランス語で同義語を言われれば理解できたりするけど。。しかし辞書に頼らないというのがカヴィラムのひとつの指針らしい。

とにかく全然授業が前進しない。3週間前に着手しだした複合過去と半過去の用法の違いの授業からちっっっっっとも進まない!!しかも教え方がうまいというわけでもなく、かえって理解してた範囲も混乱してきて段々イライラしてきた。 すっかりやる気をなくしたmojaoに向かってMは「どうしてあなたはいつも楽しくなさそうな顔してるの?」と聞いた。そりゃあんた



「あなたの授業がつまらないからです!」



しかしMは「そんなハズはないわ!」とあっさり却下。
あ、そうでしょうね。あなたを否定することはカヴィラムを否定することと同じことでしょうからね。こうなったら授業中に実力を見せ付けて上のクラスに行くしかねーな!

ちょうど小テストが行われた。内容は相変わらず複合過去と半過去の用法。私は日本にいた時にけっこう理解していた文法なのでそれほど難しくは無かった。ここで高得点をあげればMのクラスから開放されるハズ!

翌日テストを返却する前に彼女は生徒に言った。「とても驚きました。そしてとても残念です・・。最高得点は17点(20点満点)最低点は3点です。10点未満の生徒が多すぎます!」

そらあんたの教え方のせいじゃないの・・?っつーか俺できたと思ってたのにもしや10点以下!?あんなに啖呵切ったのに恥ずかしい!!!ドキドキ・・

返却してもらったテスト答案に



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と書いてあった。「あり?俺ってば最高得点!?」

よぉっしゃ~!!これでMとはおさらばだ!

反骨精神から這い上がる、それがmojaoのフランス語。。 まったく無駄な2週間を過ごしちまったぜ。。


でもその3ヶ月後、mojaoは彼女に反発したことをちょいと後悔するハメになる。。それはまたいずれ。

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