昨日の最強戦@大和証券杯は、
すさまじかった。
棋譜はこちら↓。
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佐藤康光王将VS豊島将之七段の対局。
佐藤王将は、緻密流と呼ばれる読みの深さが売り。
羽生世代随一のアカデミック気質と攻めっ気で、独特の棋譜を作り出す。
最近は、新手を次々と創作し、
斬新な手を指した棋士に贈られる「升田幸三賞」の常連となっている。
竜王戦は1組19期、順位戦はA級16期。
一方の豊島七段は若干22才の新鋭。
まだあどけない、華奢な少年、といった風貌だが、
それに反して棋風は粘り強い。
若手のなかでも才能は突出しており、
2010年の王将戦では先輩達を吹っ飛ばし、
タイトル挑戦を成し遂げた。
竜王戦は3組、順位戦はB級2組。
さて、この最強戦はネット対局である。
PC上で駒をクリックして動かし、戦う事になる。
昨日は準決勝。決勝進出を睨み、
両者とも序盤から緩みなく戦っていた。
中盤になり、81手目を佐藤先生が指した。
3九飛車。
なんだろう、と思った。
この飛車がどこに利いているのか解らなかった。
しかし緻密流の佐藤先生の事である。
深い構想があるのだ、と思った。
その後も次々と手が進んだ。
そして、最も大事な終盤、その151手目。
またしても佐藤先生が、不思議な一手を放ったのである。
7八香車。
しかし、7五の地点には、敵の飛車が待ち構えており、
7筋に駒を打つと、取られる可能性が高いのである。
しかも、この香車には何のヒモもついていない。
(ヒモをつけるとは、例えば、この香車を取られても、
攻めてきた飛車を、別の駒で取れる状態を指す。)
つまり、タダで香車を差し上げますよ、いう状態なのだった。
さらに悪いことに、香車の位置は自陣の2段目。
香車を取った飛車に成られ、佐藤先生は大損するのである。
なのにどうして?解らなかった。
私は、少々解らなくてもあまり気にせず、対局を見るようにしていた。
この時も解らないなりに、
勝負の緊迫感をオンタイムで味わえ、楽しい気分でいっぱいだった。
結果は佐藤先生の読み切り御免が炸裂、慎重に相手玉を寄せて、勝ちを収めた。
さて、前述の2手である。
本日、何気なくこの対局の感想戦ログを読んでいて、謎が解けた。
感想戦とは、対局後に開始から終局までを再現し、
対局中の着手の善悪や、その局面における最善手などを検討するものだ。
その中で、佐藤王将が「手が震えてしまって…申し訳ありません」と謝っていた。
なんと、先ほどの2手は佐藤王将のクリックミスだったのようなのだ。
手が震えて、4九と指したかった飛車が3筋へずれ、
7九へ指すはずの香車が7八へずれてしまったらしい。(*注1)
佐藤王将は、なんともすまなそうに「(自分に)呆れていました…。」とボヤいた。
わたしはつい笑ってしまった。
大事な一番で2手もクリックミスし、
かつ、それをものともせず、頑強に勝負をねじ伏せる。
そしてミスった事を、ありのままに語り、素直に謝る。本音をボヤく。
強くて、真っ直ぐで、少し天然で。
不器用と言われても、剛直で、かたくなな生き方しか出来ない、
これが佐藤康光の真髄なのだろう。
この生き様に惹かれない道理はない。
私が笑ってしまったのは、
このミスに佐藤康光らしさが存分に発揮されたように思ったからだった。
一方の豊島七段は、感想戦の間、毅然としておられ、立派だった。
2度もクリックミスをした相手に、強引に勝ちを奪われ、
さぞ苦しかったろうと心中お察しするのだが。
強い精神力の持ち主なのだろう、
着手への明快な受け答えに、悔しさは微塵も滲ませなかった。
きっと彼は、強く強くなる。
彼もまた、彼にしかない真髄を持っているだろうから。
そんな訳で、対局内容も充実していたが、
盤外で起こった事の方がすさまじかった、という面白い一局となった。
次回はどんなドラマが起こるのか、
これだから将棋は楽しい。
(*注1)4九に自陣の飛車がいた為、7筋でも九列は飛車交換出来る局面だった。