つづりかた

音楽・文学・日々・時々将棋

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加藤一二三伝説

2011年04月11日 | 将棋
「ボビー・フィッシャーを探して」の感想で、
プロ棋士の話題が出たので。

棋士「加藤一二三伝説」をついでにご紹介させてください。


【将棋】すごいウヒョー!加藤一二三伝説!【あと何分?】



あー、おもしろかった。

ちなみに加藤先生の真面目な対局はこちら。
羽生VS加藤、伝説の「5二銀」の一局です。
解説は米長永世棋聖。
3:50で「お~!やった!」って言ってる方が米長会長です。
「ちょんちょん」「駒音うるさい」「ネクタイ」などネタ満載。




ゲームよりゲームする人の方が面白い罠。
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ボビー・フィッシャーを探して②

2011年04月11日 | メモ
ボビー・フィッシャーを探して鑑賞メモ

・ボビー・フィッシャーを探して、という題なのに
 誰も真剣にフィッシャーを探さない

・とうぜんフィッシャーは見つからない。

・フィッシャーは朝夕にチェスの事だけを考え、
 社会性が欠如している

・フィッシャーは何度か行方をくらませている。
 チャンピオン防衛戦を放棄したこともある

・戦い続ければ、いづれ負けてしまう。
 フィッシャーは敗北から逃げるために
 行方をくらまし、戦いを放棄する。

・このことから、フィッシャーは常に勝利を希求し、
 勝利のために手段を選ばない人間の欲望を意味していると考える。

・タイトルは常勝を探し求める、という比喩である。

・また、フィッシャーが行方をくらます記述を
 何度も盛り込んだのは、何者も永久に勝者であることは出来ない、
 という比喩である
コメント

ボビー・フィッシャーを探して

2011年04月10日 | 文学
「ボビー・フィッシャーを探して」を鑑賞。



チェスに特別な才能を持つジョシュ(7歳)と
彼を囲む家族・友人の物語。

チェスとその勝敗にのめりこんでいく大人たち。
それを淡々を見つめる少年の目線がうつくしい。

たとえばこのシーン。

ポーン・ナイト・クイーン・キング・・・と駒を並べて、
ジョシュのコーチであるブルースが問う。
「君はどれだと思う?」
ちなみにブルースはプロ棋士みたいなもので、
ガチの勝負師である。

ジョシュは問い返す。
「何のこと?」
ジョシュは質問の意味を完全に理解している。
だが、問い返す。

「この中で君はどの駒だと言ってるんだ」
いらだつブルース。
ジョシュが質問の意味を理解していると知っているからだ。
ブルースはキングと言わせたいのである。

対戦に勝つには、勝者、つまりキングになりたいと願う
強い欲求が不可欠だと考えているからだ。

ジョシュは答える。
「どれでもないよ。だってそれは駒じゃないか。」
それに対して、チェスはただのゲームである。
自分は自分であり、
その意識の中には勝者も敗者もない、と答えるジョシュ。




さらにブルースは言う。
「軽蔑の意味を知っているか?
相手を自分より価値のないものだと思うことだ。
対戦相手を軽蔑するんだ。憎むんだ。」

ジョシュはおどけた表情で返す。
「僕はイヤだ。」

子供だな、という顔で、軽く笑って横を向くブルース。
「天才ボビー・フィッシャーは世の中を軽蔑していた。」
君も天才と呼ばれたければそれにならえ、
軽蔑を覚えろと教えるブルース。

そのブルースをまっすぐ見つめて、ジョシュが答える。
当然の事なのにどうしてわからないのか、という表情。
「僕は彼じゃない。」



この映画が制作されたのは1993年のアメリカで、
湾岸戦争の2年後である。
wikiによると、この年2月に世界貿易センタービルの爆弾テロが起きている。
(なんでもアルカイダがビル地下駐をボムでぶっとばしたらしい。)

このような世相の中で作られた映画だと思うと
上記のシーンや、決勝戦の勝敗を「引き分けにしよう」と
ジョシュに提案させるシナリオにした制作者側の思いが
より伝わるように思う。

勝敗にこだわる大人たちの世界に反して
そうではない新しいやり方を次の世代に期待しているのだなあ
ということも。

ややこしい事はさておき、
主役の少年、マックス・ポメランクのうつくしさ、聡明さと
全編をおおうジョシュの母親・ボニーの暖かさを感じるだけで
心が洗われる映画です。
ぜひご覧ください。




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