受動喫煙が原因で死亡する人が国内だけで年間約1万5千人に上っているとする衝撃的な記事が、6月1日の主要新聞各紙の紙面を賑わしています。
厚生労働省の研究班が(受動喫煙との因果関係が明らかとされる)4つの疾病について受動喫煙による死亡リスクと受動喫煙割合などから推計したところ、国内だけで年間1.5万人の非喫煙者が受動喫煙の影響で死亡しているという結果が得られたという報道です。
疾病別に内訳を見ると、肺がんによる死亡数が2484人、心筋梗塞などの虚血性心疾患が4459人、脳卒中が8014人、乳幼児突然死症候群が73人とされています。また、男女別(乳幼児を除く)では、男性が4523人、女性が1万434人としており、家庭内での受動喫煙率が圧倒的に高い女性への影響が特に大きいと説明されています。
世界保健機関(WHO)によると、2014年時点で英国、カナダ、ブラジル、ロシアなど49カ国が法律で公共の場所を屋内全面禁煙と定めていて、屋内禁煙が法制化されていない日本は、OECD加盟国の中でも受動喫煙後進国のひとつと受け止められているようです。
一方、日本政府も、このような(不名誉な)状況を放置できないと、受動喫煙対策をとらない施設管理者への罰則を規定する方向で、法制化(新法)の検討を始めているとしています。報道によれば、内閣官房や厚生労働省、農林水産省、国土交通省などによる検討チームが今年1月に立ち上げられ、2020年の東京五輪・パラリンピックに向け受動喫煙対策を強化するための議論が具体的に進められているということです。
さて、それはそれとして、今回研究班から示された推計値が大きな話題を呼んだのは、具体的に示された「1万5千人」という死者の規模が一般の予想を大きく超えるものであったからであることは想像に難くありません。
毎年1万5千人と言えば、例えば交通事故による死者数(年間約4000人)の4倍近くに当たり、これが事実であるとすれば大変な社会問題として受動喫緊への対応が必要となることは言うまでもありません。
一方、5月4日の毎日新聞では、数多く示されているこのような受動喫煙による健康被害のデータに関し、「受動喫煙と虫歯」と題するレポートを通して一つの興味深い視点を投げかけています。
京都大准教授(薬剤疫学)の田中司朗氏らの研究の成果に、「喫煙者のいる家庭の子どもは虫歯になりやすい」というものがあると、このレポートは紹介しています。
神戸市における母子検診のデータを基に行われた氏らの調査によれば、妊娠時と出産後4カ月時点の母親や家族の喫煙状況、さらに子どもの1歳半、3歳時点の歯科検診結果約7万7000人分を解析したところ、喫煙者のそばにいる子どもは、喫煙者がいない家庭の子よりも虫歯の数が2倍多かったということです。
この結果から田中氏は、「たばこ(の副流煙など)を吸うと、唾液の分泌が減ったり、粘膜に炎症が起きたりして、歯周病になりやすくなる。受動喫煙で子どもの虫歯が増えるのもそれと似た理由では」と推測しているということです。
しかし、そうした田中氏らの研究結果に対し、記事は、喫煙者の家庭の子がたまたま歯磨きをきちんとしていなかったり、お菓子を食べ過ぎたりしていたのが原因となった可能性についてはどうなのかと、反論の余地を厳しく指摘しています。
確かにこの記事にあるように、母親などが喫煙者である家庭とそうでない家庭とでは、健康や生活習慣に対する意識の差や子供に対する指導の状況に差異があることなどが(ある程度は)想定できるでしょう。特に生活習慣病の原因を見極めていくには、日常生活のそうしたこまごまとした個人的な行動のひとつひとつを、それこそ丁寧に確認していく必要がありそうです。
さて、話を戻しますが、今回の厚労省研究班の推計結果に対し、JT(日本たばこ産業)では代表取締役社長名で(直ちに)異例のコメントを発表しています。
コメントでは、まず今回の推計値が前回(2010年)公表された6,800人から一気に倍増した理由を、「脳卒中や乳幼児突然死症候群を受動喫煙に関連する疾病として追加したこと」によるものだと説明しています。
そしてその上で、「肺がんや今回新たに推計に加えられた脳卒中などの疾患については、受動喫煙によって死亡リスクが上昇するという結果と上昇するとは言えないという結果の両方が得られており、未だ科学的に説得力のある形での結論は得られていない」と指摘。はっきりと否定はしていないものの、発表された研究班の推計結果に正面から疑問を投げかけるものになっています。
さらにコメントは、(受動喫煙の実態について)「周囲の方の吸い込む煙の量は非常にわずかであり、たばこを吸われる方が吸い込む煙の量と比べ数千分の一程であるとの報告もあります。」と反論した上で、「JTとしても受動喫煙に係る科学的知見の収集・ご提供をはじめ、適切な分煙の推進や喫煙マナーの向上等、喫煙を取り巻く環境の改善に積極的に取り組んでまいります」と結んでいるところです。
そこで思うのですが、JTには(恐らく)資金も潤沢にあり、戦前から続く主力商品である「煙草」との関わりの中で、喫煙や受動喫煙による健康被害については(販売責任という視点から)様々な切り口による研究が行われてきていることは想像に難くありません。
そうした中での今回の「反論」ですので、JTの側にも主張を裏付けるだけの一定のバックデータの蓄積があることは素人目にも明らかです。
「1万5千人」が多いのか少ないのかはわかりませんが、煙草による健康被害を背景に喫煙者の全人格を否定するようなヒステリックな議論がある一方で、健康への影響自体を一概に否定するような主張があることも事実です。
そうした状況を踏まえれば、この際JTには、(「コメント」のような小声の対応ではなく)例え不都合なものであったとしてもこれまで公にされてこなかったようなデータの全てを研究者に広く公開し、国民の利益という視点から徹底的な議論を行っていける環境を作ってほしいと考えるところです。
確かに、煙草を吸わない人にとって、漂う煙草の煙は迷惑以外の何物でもありません。しかし喫煙は、人の健康に悪い影響を与える(合理的でない)習慣である一方で、アルコールと同様、人類にとってはひとつの「文化」であることもまた事実あり、単純に要・不要の議論を交わすだけでは賛否の意見に接点を見出すことは難しいのではないかとも思います。
で、あればこそ、健康リスクに関する一定の科学的なデータが揃えば、そうしたものを根拠に、生活の場面ごとに(一定の納得感のある)対策を講じていく知恵も出て来るのではないかと思うのですが、皆さんはどう思われるでしょうか。
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