この日の2時間番組、「いまよみがえる伝説の名演奏・名舞台」に登場する4人の指揮者は、まさに巨匠中の巨匠。
テレビ番組で、4人が揃って登場するなどということは前代未聞であり驚きである。
この中の誰か一人が同じ曲を演奏したとするならば、それだけで、クラシックファンは満足したであろう。もちろん、全曲でなく、一つか二つの楽章ということは残念なことであるが・・・・。
1973年フィルハーモニー(ベルリン)での演奏
最初に登場するのはヘルベルト・フォン・カラヤン。この人の名前を聞いたことの無いクラシックファンはいないであろう。
彼は交響曲・管弦楽曲・協奏曲、オペラの分野全てで彼ほどレパートリーが多く、どの曲も水準を超えた演奏をし、安心して聞ける指揮者はいない。
彼は、スキーはウェーデルンをビシビシ決め、スボーツカーを乗り回し、飛行機を操縦することが出来るスボーツマンであった。
音楽評論家の吉田秀和は「カラヤンのベートーヴェンの第6番「田園」を聞くと、スボーツカーで田舎を廻っているような気持ちになる」と形容している。
私の好きなカラヤンの演奏は、リヒテルとの共演「チャイコフスキービアノ協奏曲第1番」、ロストロポーヴィチと共演したドボルザークの「チェロ協奏曲」、トリスタンとイゾルデ「前奏曲と愛の死」の入った「ワーグナー管弦楽曲集(1&2)、R.シュトラウスの「英雄の生涯」・「ティルオイレシュピーゲルの愉快ないたずら」、ロッシーニ序曲集、ビゼー歌劇「カルメン」ハイライトなどなど。
カラヤンはとたえ小曲であっても盛り上げの上手な指揮者であった。
今回のビデオは、腕や指などの微細な動きを見ることが出来て驚いた。カラヤンのビデオは目を閉じ、ほとんど動きがないものが多く、ベルリンフィルとの長い間の関係で以心伝心で指揮をしているのかと思いっていたがそうでもないようだ。
今回のビデオを見ると流麗な指揮ぶりを見せていると思う。楽団員もこうした動きの方が演奏しやすいだろう。
私は、カラヤン・ベルリンフィルの演奏をNHKホールのこけら落とし(1973年)の際の演奏会を2日間聞いている。初日のベートーヴェン「田園」、「運命」、三日目のドボルザーク第8番交響曲、ワーグナー「トリスタンとイゾルデ前奏曲と愛の死」、歌劇タンホイザー序曲である。ともに、S席で聞いた。良くチケットが取れたと思う。苦労して並んだという記憶は無い。当時はクラシック音楽にまだ、造詣が浅く、聞き流してしまったような気がしている。できればもう一度聞いてみたいというのがいまの気持ちである。もう50年近く前20代後半の時であり、致し方ない。
1979年9月 ウィーン国立歌劇場での演奏
アメリカ出身のバーンスタインが世界に羽ばたくことになった記念碑的演奏。
今回のこの番組で、最も感動出来る演奏だと思う。
バーンスタインの意気込みが脈々と伝わって来て、画面からバーンスタインがはみ出しそうな感じがする。彼はベートーヴェンの演奏が得意だが、マーラーの交響曲をニューヨークフィルと全曲録音している。こちらの方がもっと得意である。
バーンスタインは映画「ウエストサイドストーリー」の作曲家としても超有名だ。組曲として「シンフォニックダンス」というCDもある。だが、このウエストサイドストーリーの成功を彼は喜ばなかった。彼はマーラーのように交響曲などのクラシックの曲で作曲家としての名声を得たかったようだ、しかし、交響曲3曲、ミュージカル「キャンディード」などを作曲しているがクラシック音楽の作曲者としては大成しなかったといえるだろう。
しかし、指揮者としての活躍は素晴らしいものがあった。ヨーロッパでもたいへん人気があった。
私が、バーンスタインの生演奏を聴いたのは1974年9月1日,東京文化会館での演奏会だった。この時のチケットは、CBSソニーのレコードの抽選券が当たって、送られてきたものだった。なんとも幸運なことだった。
ところが、どうしたことか団員の演奏会用の礼服が航空機の遅延のため届かず、平服で演奏会に登場してきた。1曲目はバーンスタインのピアノの弾き振りでモーツァルトのビアノ協奏曲第25番、なんとなく盛り上がりに欠ける演奏だった。「ああ!今日の演奏は盛り上がらずに終わってしまうのか」と思ったのだが、マーラーの交響曲第5番の演奏が始まるやいなや、素晴らしい音が飛び出してくる演奏になった。やはり服装はどうあろうと演奏には関係ないようだ。
さすが、バーンスタイン指揮のニューヨークフィル演奏のマーラーだと感動出来る演奏だった。マーラーの5番は4楽章がアダージェット、映画「ベニスに死す」に使われていて有名だが、この曲の美しさに酔いしれたことをいまでもよく覚えている。
1973年 ウィーン学友階ホールでの演奏
クラシックの音楽の聴き始めはモーツァルトの交響曲などから入っていく人が多いのではないか、その中でも交響曲第40番は最右翼ということになるだろう。
ご多分漏れず、私も20歳を超えて社会人になったばかりの頃は、LPレコードでベームのモーツアルト関連の演奏を数多く揃えていったものだった。
40数年経った今は、NHKの「クラシック音楽館」や「プレミアムシアター」で映像を見ながら音楽鑑賞をすることになったので、LPレコードやCDによる音だけの演奏はほとんど聴かなくなってしまった。
しかし、私にとっては、若い頃に何度も聞いたペームの演奏はいつまでも心の中に残っていて、モーツァルトの標準演奏となっていることが今さらながら良く分かった。
また、ベームが小さな動きで、眼光鋭く指揮をしているというのも初めて分かった。
番組の中で高崎健さんがベームは「俺をちゃんと見ろ」とたびたび言い、団員の集中力を高めていたという話は興味深かった。
ベームの生演奏も一度聞いているのだが、残念ながら時期と場所は覚えていないし、どんな運送だったかもほとんど記憶にない。
ただ一つ、この頃ベームが「日本の聴衆は若い人がとても多い、ヨーロッパでは若い人が少なく中年から高齢者が多いため、日本の方が刺激的で魅力がある」と語っていたことを思い出す。当時20代だった私もその中に入っていたと思うと嬉しい思いでいっぱいになる。
さて、今の状況をベームが生きていたとするとどう言うであろうか?
日本のオーケストラの演奏者は若い人が多いと私は思うが、観客の方はどうなのだろうか?
ペームはモーツアルト関連の演奏が素晴らしいが、私の持っているウィーンフィルとの「ベートーヴェン交響曲全集」も素晴らしい。買った一番の目的は「田園」だったのだが、一番気に入ったのは3番「英雄」だった。雄大さを感じることの出来る演奏だ。
ブルックナーの演奏も定評がある。特に4番の「ロマンティック」は名演奏だ。
1991年10月ウィーン学友会協会ホールでの演奏
「好きな指揮者は誰?」と聞かれた時に、私が答えるとしたら、やっはりカルロス・クライバーということになるだろう。
彼は美男子だし、その指揮ぶりは、本当に「かっこいい」と思えるから。
特に50歳~60歳の頃の指揮ぶりが素晴らしい。他の指揮者を寄せ付けないと言いたくなるくらい指揮ぶりが見事である。その指揮ぶりを言葉にするのは、とても困難だ。あの音楽評論家の吉田秀和さえもカルロス・クライバーのことを「指揮する姿が音楽だ」といったほどだから、多くの人が認めていることではあるが・・・。
レナード・バーンスタインは、クライバーの演奏する「ラ・ボエーム」を見て、「私が聴いた演奏の中で最も美しいものの一つである」と語ったという。 「クライバーの指揮ぶり」を真似しようとする人が多いと聞く。しかし、鍛え上げた音楽そのものから生まれ出たものであるから、表面上は真似が出来ても、彼の音楽を伴ってまでの演奏を真似るのは至難であろう。
私は、1981年9月のミラノ・スカラ座来日公演の時のオペラ「オテロ」を指揮する姿を実際に見た。NHKホールで行われたため、オーケストラボックスが浅い。そのため、指揮する姿がよく見えた。その時のオテロはドミンゴ、演出はフランコ・ゼフィレッリであった。
そのほかにも、テレビでもシンフォニーなどを指揮する姿を何回か見た。1992年には、ニュー・イヤーコンサートでウィーン・フィルを指揮したので、この時の姿を見ている人は多いと思う。しかし、ともに残念ながらビデオにとってはない。
彼の名演奏はベートーヴェンの交響曲第五番「運命」。私は星の数ほどある「運命」のCDの中では彼ものが最高だと思っている。強烈なリズム感と流れるようなテンポ。持って生まれた感性から来る指揮ぶりで、ウイーン・フィルを魔法にかけてしまったのではないかと思わせるほどである。これはスタジオ録音であるので、この指揮ぶりをビデオでは見ることは出来ない。
お父さんはエーリッヒ・クラバー。私がLPレコードを集め始めた頃、モーツァルトの「フィガロの結婚」とベートーヴェンの第六番「田園」の名盤としてエーリッヒ・クライバーの名前が載っていた。今でも、名盤と言えるだろう。エーリッヒは息子に指揮者になることを勧めず、クライバーは大学で化学を学んだようだが、血は争えないようで結局は指揮者になってしまった。
彼はオペラを指揮するのも得意で、ヴェルディ「椿姫」、J.シュトラウス「こうもり」「薔薇の騎士」などの演奏はオペラとしての「にぎわい」がよく出ているし、曲の生き生きとした表情が伝わって来る。これらのLPを買って、随分と聞いた。
オペラなのでLPの場合は、箱に入っていて、解説書も厚くてずっしりくる。レコードに針を落とす優雅なひととき、素直によい演奏を聴いているのだという気分にしてくれる指揮者であった。
特に「椿姫」は良く聴きいた。しかし、このオベラのDVDがないのが残念である。スタジオ録音かも知れない。
クライバー指揮のJ.シュトラウス「こうもり」のDVDは序曲を指揮するクライバーの姿が見え、舞台の出演者の動きを見ることも出来るので迫力がある。後に「ばらの騎士」DVDも購入した。
これらのDVDはクライバーの素晴らしい指揮ぶりを見るのにもっとも適したものだと思う。まさに、優雅な指揮が見られられ、メリハリのある演奏が聞ける。
いずれのDVDもグラムフォンのものである。もしかすると、今回のように35mmフィルムで冷凍保存されているかも知れない。これらが8Kにリメイクされれば素晴らしいのだか・・・。最も35mmフィルムからのリメイクは幅広にならないようなのでその点は我慢しなければならない。
クライバーはあんなに美しく、楽しそうに演奏しているように見えるのだが、ものすごい集中力で臨んでいるらしく、いちどの演奏で精神的に酷く疲労するようだ。そのためか キャンセルが多く、演奏回数が少ない。そこはカラヤンとは大きな差である。そしてお酒を飲み過ぎて身体を壊してしまい肝臓ガンで亡くなった。
今回のビデオでも、もちろん彼の華麗な指揮ぶりがよく見られる。晩年に近づいてきており、より指揮の仕方が細やかになっている気がする。しかし、若い頃の笑みがやや少なくなっており美男子ぶりにも少々陰りが見られるのは残念である。