【永田満徳(みつのり)】 日本俳句協会副会長 俳人協会幹事 俳人協会熊本県支部長 「文学の森」ZOOM俳句教室講師

火神主宰 俳句大学学長 Haïku Column代表 「秋麗」同人 未来図賞/文學の森大賞/中村青史賞

コロナ禍におけるネットを使った俳句の展開

2020年12月05日 06時38分41秒 | 俳句

コロナ禍におけるネットを使った俳句の展開

永田満徳

 俳諧連歌が成立した室町時代末期より、俳諧の発句を芸術の域に高めた芭蕉による蕉風俳諧、正岡子規による近代俳句改革を経て、今日、俳句の歴史はおよそ五百年を閲している。そして、今や、俳句は、世界に開かれたインターネット時代を迎えて大きな転換期を迎えていると言える。

 六年前、俳句大学はネット時代を見据えて、俳句の可能性を探ることを目標の一つに掲げて創立された。ネットの長所としては、県を越え、国を越えて、個人が自らの俳句を発表できるということだろう。Zoomを使ったリアルタイムなネット句会も魅力的である。

 折しも、コロナ感染症を回避するために、情報通信技術を使ったテレワークという柔軟な働き方が推奨されてきている。俳句大学がインターネットによる俳句の活動の可能性を探ってきたことの先見性が発揮されることとなった。SNS交流サイトFaceBook やインターネット、夏雲システムを使った俳句活動を行っている。コロナ禍の影響は少なく、むしろ、より積極的に、より活発に活動していると言った方が妥当である。

 令和二年八月発行の機関誌「俳句大学」第四号は、Facebook「俳句大学投句欄」における、講師による「一日一句鑑賞」、会員による「一日一句相互選」や「週末は席題で一句」、Facebook「「Haiku Column」(以下に詳述)、中国圏の二行俳句のFacebook「華文俳句」や「俳句大学ネット句会」などを掲載し、ネット時代の俳句の可能性を探る俳句大学の取り組みの全貌を明らかにすることを目的に編集し、200ページに近い俳句誌になった。

 一昨年、日本俳句協会を設立した。

 日本の俳句界においては、主に、現代俳句協会、俳人協会、日本伝統俳句協会の三協会が鼎立して久しいものがある。

 すでにインターネットの普及によって海外でのHAIKU作家との交流も格段に増えてきた。主にSNSを介したリアルタイムな交流も盛んになってきており、日本の俳句への関心も非常に高くなっている。

 そこで今こそ、今一度、芭蕉の俳諧精神に立ち返ることによって、世界に通用する俳句(HAIKU)における芸術性の復興が求められている。

 ネットに特化した日本俳句協会という新しい「場」は、国際俳句交流協会をはじめ、既存の俳句協会と互いに協力し合うことによって世界俳句の発展に貢献していくことを目指している。

さて、俳句大学国際俳句学部では、五年前にSNSの国際俳句交流の場を提供するFacebookグループ「Haiku Column」を立ち上げ、私は俳句大学の代表として運営に携わっている。人種、国籍を問わず投句を受け入れていることから、その「人道主義的」スタンスが広く支持されており、HAIKUによる国際文化交流が国際平和に繋がることを痛感している。世界中がインターネットで結ばれ、ネットにより瞬時に俳句の交流を行うことができる時代に即応した、新しい国際俳句の基準作りが急務と感じている。

二〇一七年四月に「俳句ユネスコ無形文化遺産協議会」が設立された。このこと自体に異議を差しはさむことはない。この運動によって、俳句が広く認知されていくことは俳句の国際化にとってよいことである。しかし、この運動を推進するに当たって、「何をもって、『俳句』とするか、そのコンセプトの共有に危惧を抱く」(西村和子『角川俳句年鑑』巻頭提言・二〇一八年版)という意見は重要である。俳句大学の〔Haiku Column〕ではHAIKUとは「切れ」による詩的創造による短詩型文芸であるとして、とりあえず、「切れ」が明確になる二行書きのHAIKUの普及に努力してきた。現在、三行書きのHAIKUが多いが、「切れ」の本質に立ち返る契機として二行書きのHAIKUの重要性は大きいと考えられる。

日本の俳句の翻訳の場合であるが、はやくも俳句の構造上による〈二行書き〉の問題を取り上げていたのは角川源義である。角川源義は『俳句年鑑昭和四十九年版』(昭和四十八年十二月)において、「俳句の翻訳はほとんど三行詩として行われている。これは俳句の約束や構造に大変反している」として、「私は二行詩として訳することを提案する」と述べ、「俳句の構造上、必ずと云ってよいほど句切れがある。切字がある。これを尊重して二行詩に訳してもらいたい」とまで言って、俳句の本質の面から二行書きを推奨している。「切字の表現は二行詩にすることで解決する」と結論付けることによって、「切れ」(切字)による二行書き(二行詩)を提言していることは無視できない。

とどのつまり、俳句の本質である「切れ」と、さらに俳句大学が提唱する「取合せ」は、二行書きにして初めて明確に表現できるのである。

百句を下らない日々の「Haiku Column」の二行書きのHAIKUの投句を見ても、日本人が発想しない「切れ」と「取合せ」を発見するたびに、俳句の国際交流が「俳句(HAIKU)」の解放と新しい現代俳句の展開に重要であることが痛感される。

従って、繰り返しになるが、国際俳句とは何か、ひいては日本の俳句とは何かのコンセンサスの確立がインターネット時代の「俳句(HAIKU)」の国際化にとって喫緊の課題である。俳句大学は、そのために、インターネットの積極的活用によって、海外の俳人との交流を深め、真の「俳句(Haiku)」の在り方を探り、ウィズ・ポストコロナ社会を見据えた国際俳句文化の更なる発展に寄与していきたいと考えている。


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