とか言って、ハウ・ツー本みたいで恐縮です。
新規事業の策定の際は、いろんな方法で、どの事業に参入すべきか、というのを検討するのが常。
世の中にいろんなフレームワークもある。
その方法のひとつが、Sカーブの概念を使うこと。
私のいるコンサル会社はSカーブが昔から大好きで、80年代には本まで出しちゃってるくらいだから、私もSカーブ自体はかなり使ってきた。
けれど、これだけを使って新規事業への参入の可否を判断するってことはなかった。
ところが90年代にかなり研究が進み、Sカーブだけで判断することに、学問的な裏づけがされるようになってきた。
私の指導教官のUtterback先生の功績のひとつもこれ。
ということが、Sloanでイノベーションの勉強をし始めてわかってきたので、今日はそのことを書こうかな、と。
Sカーブとは、製品やサービスのパフォーマンス(記憶容量、とか、CPUの速さ、とか、便利さ、とか)を時間でプロットすると、S字型のカーブになる、というもの。
実際のSカーブについては、ネット上に図がたくさん落ちているので、そちらを参照してもらうのが良いが、ひとつだけ具体例を。
先日、チームで携帯電話のデータ速度について調べたときの図。
縦軸がデータ通信速度で、横軸が時間です。
何となくS字型になってるでしょ?
最初は、規格とかが定まらないからワラワラして成長がゆっくりなのが、
だんだん方法論が決まってきて成長が速くなり、
でもそのうち技術上の限界とか、顧客がそこまで高性能を必要としてない、という理由などで、成長が遅くなる。
だからS字型になる、というわけだ。
この応用版で、「産業の成熟度」を縦軸としたSカーブも書ける。
ところが「産業の成熟度」って概念的にはわかるけど、実際に測れるものではない。
だから具体的には、製品などに伴う複数のPerformance measureを見て、それを統合させて書くことになる。
ここで、本題に。
どうやって「新規事業に参入すべきか」を見極めるかというと、単に現状で、対象とする製品・サービスがSカーブのどこにいるのか、をプロットするだけです。
まだ黎明期・成長期なら、これから自社が参入して技術や製品・サービスの方向性を変えて、自分たちがドミナントになれる可能性が大きいから参入。
成長期後期には、すでに技術や製品の方向性は決まっているから、同じ技術に基づいて単に参入するのは難しい。
すでに成功してる企業を買収して参入ならアリ。
成熟期後期、停滞期には、産業の方向性を変える、新しい技術の芽があるなら、それを使って参入すべし。
ちなみにこの絵で、現行技術よりパフォーマンスなどが著しく劣る技術で、今後大きく発展する可能性があるものは、「破壊的イノベーション」になります。
何それ、当たり前じゃん、と思う?
そうだけど、意外と皆さんお使いにならないのよ、ということで例をひとつ。
先日の授業でE Inkという企業のケースをやった。
これは今ではAmazonのKindleなどの電子ペーパーに使われているが、電気泳動的な考え方で色の付いた粒子の向きを変えることで、文字や絵を表示することが出来る技術。
それを開発した企業が、じゃあどの分野に参入するか、と言うことを考える、というケース。
E Inkが最初に考えたのは、看板広告に参入することだった。
実はこの電気泳動法の技術には当初、技術的な限界があって、細かい文字を表現することが出来なかった。
つまり解像度がめちゃくちゃ悪い。
また、応答速度も非常に遅く、いわゆるみんなが想像するような電子ペーパーに参入するのは、技術的にはとても無理な状態だった。
しかし、何かお金になることをやらないと、投資も出来ない。
それで、巨大な電子看板なら、解像度が悪くても問題ないし、看板広告を取り替える手間を削減できる商品として、市場に参入できるのではないか、と考えたのだ。
彼らが看板広告に参入したのは正しかったか?
それとも、電子ペーパー事業に参入すべきだったか?
ケースでこういう書き方をされると、看板が正しいように誰でも思う。
実際、クラスの半分以上の人たちが、「正しい」として意見を出していた。
しかし、看板広告という事業をSカーブで書いてみると、現状はどこにいるか?
かなりの成熟産業なのである。
そんなところに、E Inkみたいな新興企業がのこのこ入っていって、勝てる見込みはゼロに等しい。
実際、E Inkはこの事業ではほとんど儲からず、本来の電子ペーパー事業に集中することを余儀なくされた。
というわけで、意外と皆さん普段Sカーブを使って考えることは忘れている。
でも、Sカーブを見るだけで、いろんなことが言えるので、是非使ったほうがいいですよ、と言う話。
ちょっとまった。
本当にSカーブの上のほうにある産業は参入障壁が高く、下のほうにある産業のほうが参入しやすい、なんて本当にいえるのか?
いえる。
なぜならSカーブの上のほうでは「ドミナント・デザイン」が決まっており、下のほうではまだ決まってないから参入しやすいのだ。
この考え方を提唱したのがUtterback先生。
Sカーブの最初の頃は、業界に「決まったデザイン」というものがなく、まるでカンブリア期の生物のように、ありとあらゆるデザインが試される。
しかし、Sカーブが急激に伸び始める頃から、業界に決まったデザインが定まってくる。
これをドミナント・デザインと呼ぶ。
このドミナント・デザインを勝ち取った企業が、その後の産業のシェアを取り、方向性を決めていくのである。
もうひとつ、面白いのは、同時にその産業にいる企業の数、というのをプロットすると、
ドミナント・デザインが出来るまで企業の数は増え続けるが、
ドミナント・デザインが決まってしまうと、単なる価格競争と規模の経済に陥るので、企業の数は減っていくのである。
例えば、Utterbackの著作にある、タイプライターの例。
最初は、雨後のタケノコのように、いろんな会社からいろんなデザインのものが提唱される。
1920年代には、いわゆるQWERTYキーボード、大文字と小文字を打ち分けるShift機能、文字送りをするTab機能、タイプしながら今打ってる文字が見える機能、などタイプライターのドミナント・デザインと言われるものが定まってくる。
ドミナント・デザインでシェアを取った企業が有利になり、大きく会社を成長させる。
それと同時に、価格競争が始まり、製品の質は投資の量に比例するようになるから、小さな企業は駆逐されていく。
こうやってドミナント・デザインが決まると、企業の数がだんだん減っていくのだ。
そうして企業の数が減ると、イノベーションも生まれにくくなるから、製品としてのパフォーマンスもだんだん頭打ちになる。
こうやって、産業は成熟期→停滞期を迎えていくわけである。
彼の著作では、タイプライターのほかに、電球、氷産業といった1800年代の例から、
自動車、PC、トランジスタ、テレビ(ブラウン管)、電卓、スパコン、ディスクドライブ、といったあらゆる製造業で、この興亡が検証されている。
さっきのE Inkの話に戻ると、看板広告業は、すでにドミナントデザインが決まって、多くの顧客がそれを受け入れている業界なのだ。
こうなると、ここでは価格だとか、ちょっとした看板の質しか競争要因にならない。
そんなところに、ちっちゃな企業が参入して勝てる見込みはゼロに近い。
参入するなら、大きな企業が現状シェアを持ってる企業を買収して参入するしかないだろう。
しかし、電子ペーパーは、そもそもどんな技術で実現するかがまだ決まっていない、
つまりドミナント・デザインが決まっていない、黎明期にある業界だ。
だから、E Inkが参入して、産業の方向性を決定付けていく可能性が残されているのだ。
以上、新規事業に参入するかどうか、を判断する際は、こうやってSカーブのどこにいるのか、を考えるのが非常に簡単で、かつ役に立つやり方なのだ、というお話でした。
うちのコンサル会社が出してるSカーブの解説本の和訳はこちら。
20年以上前の古典だけど、いまだに学ぶところは大きい。
創造的破壊―断絶の時代を乗り越える リチャード フォスター,サラ カプラン 翔泳社 このアイテムの詳細を見る |
Utterback先生の、ドミナント・デザインについての本の和訳はこちら。
でも、和訳があんまりよくないので、英語が不得意じゃないなら、原書を読むことをお勧め
イノベーション・ダイナミクス―事例から学ぶ技術戦略 ジェームズ・M. アッターバック 有斐閣 このアイテムの詳細を見る |
Mastering the Dynamics of Innovation: How Companies Can Seize Opportunities in the Face of Technological Change Harvard Business School Pr このアイテムの詳細を見る |
お褒めに頂いて恐縮です。
修論は大企業でのイノベーションに関するものです。内容が詰まり始めたら少しこちらにも書こうかな、と思っています。
過去記事へのコメントだったため、このようなご返信がいただけるとは思わず、感動いたしました。
ジェフリー・ムーアの書籍は「キャズム」と「ライフサイクルイノベーション」の2冊が自宅の書棚にあったので、改めて要点を簡単に読み返して見ました。
事例からのインスピレーションも多いですし、最後のまとめ(キャズム攻略の4つのポイント)も成功確率を高める良いガイドにはなると思いましたが、最も深く共感したのはLilacさまの最後のコメントです。
ブログを拝見していていつも感心しているのですが、ゲストコメントの方への細やかな返信と、一般化と個別化のバランス感覚のセンスが本当に魅力的ですね。
来学期のThesisのテーマで、どのようなものを検討されているのか存じ上げませんが、イノベーションに関連するものでしたら、英語でも良いですので、サマリーだけでも公開していただけるとうれしいです。
はじめまして。
複数事業がどれも黎明期にある場合(成長期には見分けられると思います)、それが今後成長するかどうか、を見分ける、どの業界にも当てはまる一般論は余りないですね。
なぜなら業界によって、時間軸、規模(投資もリターンも)、成功要因が全て違うからです。
これは実際に見て、一つ一つ精査する必要があると思います。
私もコンサルタントをやっていた頃、そういうプロジェクトもいくつかやりました。
しかしMBAで習うような一般論であっても、成長するかどうかを見極めるのに役に立つものがいくつかあるかもしれません。
ひとつはChasmの考え方。
これはとにかく最初に飛びつくEarly adopterと、人より先に使い始めるけど考え方が実質的なEarly Majorityで、全く顧客ニーズが違うので、Early Majorityを如何に囲い込むかが重要というGeoffrey Mooreが本に書いたマーケティングの理論です。
商品・サービスによってはEarly adopterにしか受けず、結局しぼんでしまうことがあります。
Early Majorityにうまく食い込み始めれば、ある程度ネットワーク効果で顧客が増え始め産業が大きくなるわけです。
これに基づけば、その産業の現状の顧客をセグメント分析して、産業が最終的にターゲットしてる顧客層のうち、今受けてるのがEarly Adopterなのか、Early Majorityに既に食い込んでるのか、もしくはEarly Majorityのニーズに答えていて食い込める可能性のあるものか、というところがチェックポイントになると思います。
もうひとつはネットワーク効果が強いものに関してだけですが、クリティカルマスを超えてるか、超えうるかどうかをチェックするというのもあります。
日本企業の場合は、日本市場が少子化と人口減少で一部縮小してるので、最終的な市場が縮小市場でないかどうか、と、海外に移行可能性がどれだけあるか、というのを見極める必要があります。
最後はコンサルタントらしくないかもしれないですが、結局どんなに良い条件がそろっていても、その事業をリードして、風を起こすような人がいなければ成功しない、と私は思います。
その事業に合う人材が社内にいるのか、会社の風土にあった事業なのか、というのも非常に大切な指標だと思います。
記事を拝見していて気になったのですが、ある産業が黎明期・成長期に位置するとして、その産業が今後どの程度成長するかはどうやって見極められるのでしょうか?
産業そのものが大して成長しないのであれば、ドミナント・デザインが決まる前に参入してもリターンは得られないように感じました。
たとえば、Lilacさんでしたら、自社で展開可能な複数の新規事業候補が、いずれも黎明期・成長期に位置すると考えられる場合に、どの機会を、どういう基準で選択されますか?
もし、新産業の成長予測にかかわる先行研究やフレームワークなどをご存知でしたら、ご紹介いただけると大変嬉しいです。
こちらこそどうも有難うございます。
なるほど既に連絡済みでしたか・・・
回収は無理なので、改定を、と思ったんですが、アメリカの出版業界では改定も結構手間がかかるので大変なんですよね・・・
まあ、まずは私が安岡先生のその本を勉強してみるかなと思います。
今すぐは無理ですが、日本に帰ったら本を探してみます・・
このタイプライターの例は、全体としてはドミナント・デザインの概念を説明するにはわかりやすく、使いやすいので、これからも使いたい。
だからどこが間違ってるか知りたいですし。
実はクラスメートのアメリカ人に、タイプライターの記述については誤認が結構あるらしい、という話は聞いたことがあるのですが、いったいどこが間違えなのか良くわからなかったので、ご指摘いただけてよかったです。
こういう詳細が間違っていていると、本自体のインサイトが正しくても、受け入れない人が世の中にいることを考えると、早く改定しちゃえばいいのに、と思うんですよね。
実はこの本は、MITではイノベーションの教科書の基礎として、いろんなところで使われています。
MIT出身で技術論やったことある人は、全員持ってるんじゃないか、くらいの勢いです。
だからこそ余計、間違ってるなら速く直したほうがいいんじゃないか、と思いますね。
(もっとも、授業では、タイプライターの1章は飛ばして、彼のインサイトがたくさんの事例で証明されている2章から入ることが多いんですが、その理由はわかった気がします。)
何でそんなに間違ってるのに、誰も間違えを指摘しないのか、というと、それだけUtterback先生は学会ではエライひとになっているので、MITの人は特に余り指摘できないのでしょう。
それが、学問的に大きな問題になることだったら、当然反論するでしょうが、彼のインサイト自体が間違ってるわけじゃなくて、単にタイプライターの歴史についていくつか誤認がある、というだけなので、誰も言わないのかな、という気がします。
安岡さんはQWERTYキーボードの歴史の本まで書かれていらっしゃる、ご専門に研究されている方なんですね。
でしたら、是非、Utterbackに直接指摘していただければ、と思います。
Webサイトに書かれている「他にも事実誤認が20程度あり」というのが、いったいどこのことなのか教えていただければ、安岡さんはご専門なわけですし、非常に建設的な指摘になるかと思います。
先生は、間違えを正すことにはポジティブな方なので-ただ誰も指摘しなかった、というだけなのだと思います、
ので是非お願いします。
とここに書いても安岡さん読まれないかな・・・
直接安岡さんのページに行って、湖面と書いたほうがいいかな・・・
http://en.wikipedia.org/wiki/SMS
http://www.nttdocomo.co.jp/binary/pdf/info/news_release/report/090213.pdf
http://www.sharp.co.jp/corporate/rd/22/22-5-3a.html
http://www.nttdocomo.com/pr/files/20070209_attachment02.pdf