My Life After MIT Sloan

組織と個人のグローバル化から、イノベーション、起業家育成、技術経営まで。

岩だらけのスコットランド西部を行く-Scotland(5)

2008-12-01 01:52:47 | ●スコットランド旅行

先ほどのInnを過ぎたあたりは、水の多い風景が広がっていて、まるで絵のようだ。

ここからあとは、岩ばかりの道。

天気も変わりやすく、晴れていたかな、と思ったら、すぐに空が翳って雨が降り出す。
空が晴れていてもずっと小雨のようなものが降っていて、ワイパーがずっと欠かせない。

グレートブリテン島の西から吹く、湿った風が、中央部の高い山にぶつかって、雨を降らしているのだろう。

そんな天気だから、さっきも書いたけど、すごい数の虹。
ここにもあそこにも。
2本くらい同時に見れることも。

下の写真は、実は虹が2本。
真ん中の大きな虹の右側に、うすく7色の虹が見えるだろうか。
写真だから、あんまりわからないのだが、実際にはくっきりと2本の虹が走っていて、目を奪われる。

景色はこんな感じ。
削られた岩の上に、長い時間をかけて苔むしたような地形がずっと広がっている。

浸食された岩盤が、さまざまな表情を呈している。

飛行機で読んだスコットランドの歴史の本によると、この辺はもともとケルト族の一部が住んでいて、首都もあったのだが、9世紀にノルディック・ヴァイキングに侵略された。
当時のスコットランドの王、Kenneth MacAlpenが、この地にある首都から、東部のDunbeeの方に首都を移してしまう。
その後は、ヴァイキングとケルト、そしてゲール族が共存し、交わり、共通の子孫が住んでいる土地らしい。

細長く、削られた地に水が溜まった湖がたくさんある。

場所によって、マイクロに気候が違うのか、針葉樹の茂る森となっているところもある。

スコットランドの西部は、こんな岩だらけの不思議な光景が、車で走って数時間、ずっとつづく。

Overnightのフライトで3,4時間しか寝ていない状態で、車を4時間近く走らせていると、私も完全につかれてきてしまう。
しかも、ここは緯度の高いスコットランド。4時半を過ぎると完全に真っ暗で、何も見えなくなる。
昔のエントリに書いた、黄色人種は白人の国では夜暗くて見えない問題もあり、危険なので、Joと運転を交代。

Mailaigに着いたときには、まだ6時半なのに、夜中の様相を呈していた。

JoとMailliagの港をレストランに向かって歩いていると、彼は自分の大学時代のクラスメートを思い出した、という。
彼は、UndergradはHarvard大学の出身で、Biochemistry(生化学)を専攻していた。
そのとき同じ学部にいたクラスメートが、突然大学をドロップアウトし、アラスカに行って漁師になってしまったという。
学部時代からストレスが多く、ふと嫌になってしまったのかも知れない、といっていた。

どこのトップスクールでもそうだと思うが、私の世代では生化学は一番競争が激しい学部だ。
それに加えて、ハーバードは、宿題、テスト、あらゆるところで、いろんなプレッシャーがかかる。
自殺者も絶えない。特に理系。

MITもそうらしいが、学部生が「IHTFP」と印字されたTシャツを着て歩いている、という。
「意味を知ってるか?」とJoが聞く。
I Hate This Fxxking Place、という意味らしい。
そういうジョークを言わないとやってられない、というくらい大変らしい。

「日本の大学じゃ、そういうのはありえないなあ、大学生は4年間遊びに行くっていう感覚の人が多いよ。」と話す。
「ただ、大学に入るのが大変で、高校生の時はすごい勉強するんだけどね。
たとえば、今DMDのクラスでやっている確率や簡単な線形最適化は、高校でやっちゃうんだよ、日本は。」
「へえ、じゃあちゃんとCompensateされてるんだね。アメリカの高校までの教育は腐ってるからね。どっちがいいかわからないもんだね。」とJoが言う。

アメリカ人はアメリカ人で、教育にいろいろ不満があるわけだ。
私は、今まで「アメリカで生まれ育って教育を受けていたら、飛び級とか出来て、違った人生だったかもしれないのに」とか思ったこともあったが、案外日本でちゃんとした基礎教育を受けられて良かったのかもしれない、と思った。

ほかのスコットランド旅行記(1)~(13)を読む → ●スコットランド旅行記

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