仕事の7割はつまらなくても、面白くできる
しごとの未来地図
PRESIDENT 2013年8月12日号
著者:東京大学大学総合教育研究センター准教授 中原 淳
構成=井上佐保子
写真=PIXTA
「直接経験」が貴重になる時代へ
かなり前のことになりますが、
若いビジネスパーソンから
キャリアに関するご相談を受けたことがあります。
彼曰く「今、かかわっているプロジェクトはしんどく、
自分の将来のキャリアも不安だ。
ここは、手っ取り早く取得できる資格をとって、
転機をはかりたいのだが……」。
私は、少し考えたあとでこう言いました。
「それは論理矛盾です」。
さて、ここで私はなぜ
「論理矛盾」と言ったのでしょうか。
ヒントは、そもそも資格とは何かを考えること。
端的に述べるならば、
資格は「差別化のための記号」です。
しかし、看護、医療といった高度な専門性を有する資格ならば話は別ですが、
手っ取り早く取得できる資格は、
ほかの誰にとっても取得が容易で、
差別化の記号としては機能しない可能性があります。
すなわち、この選択には、
そもそも矛盾があるのです。
雇用が不安定、かつ、流動化している社会では、
人は差別化の記号を求め、
そこに自らの将来のキャリア発達を重ね合わせる傾向があります。
資格のすべてに意味がないとは言いません。
しかし、安易にそれに飛びつく前に考えるべきことがあります。
このような社会にあって、
私たちは何を求めればいいのでしょうか。
図を拡大
「直接経験」の差が10年後のキャリアを左右する!
そのひとつは「差異化可能なビジネス経験」にある、
と私は考えています。
模倣が容易な社会にあって、
容易にコピー&ペーストできず、他者にも代替できない。
さらに、本人が
確かな能力を持っていることを第三者が想像できる。
そうした経験の価値が
飛躍的に高まっているように思います。
ビジネスの現場には、組織のオペレーションを下支えするような業務から、
組織の変革に至る業務まで、
様々な経験が存在します。
しかし、経験によって得られる付加価値は異なります。
経験の中には、それをこなす中で能力が向上したり、
当人の能力の存在を指し示すのに都合のよい経験と、
そうでもない経験があることは自明の事実です。
経験にスポットを当て、現代社会の特質を論じたのは、
独自の現代社会論を展開する心理学者、
エドワード・リードでした。
リードは、著書『経験のための戦い』の中で、
現代社会ではネットや
バーチャルリアリティなどのメディアによってつくられる「間接経験」が肥大化し、
「直接経験」が消失すること、そして、
そのような時代にあっては、
直接経験の持つ価値が飛躍的に高まっていることを指摘しています。
昇進の判断基準は「語る力」
それでは直接経験の中でも、ビジネスの観点から、
もっとも付加価値の高いものは何でしょうか。
私は、「ともに働くこと」「ぶつかりつつ、決めること」
「成し遂げること」の3つが含まれる経験であると考えています。
つまり、ビジネスの現場で多種多様な人々と出会うこと。
彼らと議論・討論し、ときには衝突や葛藤を経験しながら、
意思決定を行うこと。
さらに、それらをともに乗り越え、何かを成し遂げること。
ビジネスパーソンとしてのキャリアは、
入社当時からいかにこのような経験を付与されてきたか、
あるいは獲得してきたかで決まります。
若い時期から貴重な経験を積み重ねてきた人と
そうでない人では、10年も経てば
大きな格差が生まれるはずです。
しかし、誰もが付加価値の高い直接経験を手にできるわけではありません。
獲得するためには、経験の持つ3つの特徴を押さえておく必要があるでしょう。
まず第1に、経験とは「資源」であるということ。
それは、悲しいかな、
全員に均等配分されるわけではありません。
将来の見通しを持って付加価値の高い経験へと前向きに取り組み、
こなせる人に対し、上司の手によって選択的に配分されるということです。
第2に、経験とは「資本」として機能するという側面があるということ。
つまり、付加価値の高い経験を成し遂げた個人は、
上司に「あの経験を積んでいるから、
これもこなせるだろう」と判断され、
さらに大きな経験を付与されます。
よく指摘されるように、日本企業では
「成果の報酬は、次の仕事の面白さで払われる」という特質があります。
たとえば、多くの人を巻き込んでプロジェクトをやり遂げた経験が、
より大きな経験を呼び込むための資本として
機能するのです。
また、そうした経験を通して得た人間関係が
きっかけになり、別の新しい仕事へ声がかかる、
という可能性もあるでしょう。
第3に、経験によって得られた価値を第三者に示すには、
ストーリーが必要であること。
どのようなことを経験し、そこから何を得たのか。
定期的に内省(振り返り)し、
語れるようにしておくことが求められます。
たとえば、就職や転職市場において、
面接官が注目するのは資格の有無ではありません。
判定の基準は、「この人は当社に貢献できそうか」。
そこで必要なのが、「経験のストーリー化」です。
どんな業務を成し遂げてきて、このキャリアの果てに、
何を目指しているのか。獲得してきた経験やそこから培った能力を、
どのように業務に活かすことができるのか。
第三者である面接官を魅了し、説得しなければなりません。
先日、ある大手銀行の支店長さんたちに、
行員の昇進試験について話を伺う機会がありました。
その中でもっとも印象的だったのは、
昇進試験での判断材料が「語る力」だということ。
自分の仕事の位置づけを客観的に把握し、
それを伝える能力が必要だと言うのです。
一方、試験に受からない人は、
「高い売り上げを達成したことがあります」
「お客様と日々接しています」という経験単体でしか、
自分の仕事を語れないと言います。
経験をストーリー化する能力の差が、
その後のキャリアに大きな影響を与えるのです。
プロセスの工夫が能力向上につながる
写真=PIXTA
ここまで「差異化可能なビジネス経験」について語ってきましたが、
主張したかったのは、安易に資格に飛びつくのではなく、
経験を主軸に自分の仕事のあり方を
考えてみてほしいということです。
日々の自分の仕事について振り返ってみてください。
みなさんの仕事を、左記の3種類のカテゴリーに分けたとしたら、
どのようになるでしょうか。
(1)能力向上につながりそうな、やりがいのある面白い仕事
(2)一見面白くない仕事だが、やりようによっては面白くできる仕事
(3)やらされ感いっぱいの雑用
すべてが(1)であるならば、何の苦労もないのですが、
現実はそう甘くはありません。
何を隠そう、私の場合は、(1)が1割、
(2)が7割、(3)が2割くらいです(笑)。
すべて(3)だという人は、本気でキャリアを見直す時期にあるのかもしれません。
しかし、大抵の人は、(2)の割合が1番多いのではないでしょうか。
問題はいかにして(2)を(1)に替えていくかです。
そのための方法のひとつは、
「仕事を楽しむ工夫をすること」だと思います。
たとえば、上司から課せられた仕事を、
より質の高いものに仕上げるようにプロセスを工夫してみる。
そして、仕事の成果とともにその工夫を上司へ伝える。
そのようなことを繰り返すうちに、
あなたに対する評価が上がり、
(1)の経験が増えていくかもしれません。
http://president.jp/articles/-/10088より
しごとの未来地図
PRESIDENT 2013年8月12日号
著者:東京大学大学総合教育研究センター准教授 中原 淳
構成=井上佐保子
写真=PIXTA
「直接経験」が貴重になる時代へ
かなり前のことになりますが、
若いビジネスパーソンから
キャリアに関するご相談を受けたことがあります。
彼曰く「今、かかわっているプロジェクトはしんどく、
自分の将来のキャリアも不安だ。
ここは、手っ取り早く取得できる資格をとって、
転機をはかりたいのだが……」。
私は、少し考えたあとでこう言いました。
「それは論理矛盾です」。
さて、ここで私はなぜ
「論理矛盾」と言ったのでしょうか。
ヒントは、そもそも資格とは何かを考えること。
端的に述べるならば、
資格は「差別化のための記号」です。
しかし、看護、医療といった高度な専門性を有する資格ならば話は別ですが、
手っ取り早く取得できる資格は、
ほかの誰にとっても取得が容易で、
差別化の記号としては機能しない可能性があります。
すなわち、この選択には、
そもそも矛盾があるのです。
雇用が不安定、かつ、流動化している社会では、
人は差別化の記号を求め、
そこに自らの将来のキャリア発達を重ね合わせる傾向があります。
資格のすべてに意味がないとは言いません。
しかし、安易にそれに飛びつく前に考えるべきことがあります。
このような社会にあって、
私たちは何を求めればいいのでしょうか。
図を拡大
「直接経験」の差が10年後のキャリアを左右する!
そのひとつは「差異化可能なビジネス経験」にある、
と私は考えています。
模倣が容易な社会にあって、
容易にコピー&ペーストできず、他者にも代替できない。
さらに、本人が
確かな能力を持っていることを第三者が想像できる。
そうした経験の価値が
飛躍的に高まっているように思います。
ビジネスの現場には、組織のオペレーションを下支えするような業務から、
組織の変革に至る業務まで、
様々な経験が存在します。
しかし、経験によって得られる付加価値は異なります。
経験の中には、それをこなす中で能力が向上したり、
当人の能力の存在を指し示すのに都合のよい経験と、
そうでもない経験があることは自明の事実です。
経験にスポットを当て、現代社会の特質を論じたのは、
独自の現代社会論を展開する心理学者、
エドワード・リードでした。
リードは、著書『経験のための戦い』の中で、
現代社会ではネットや
バーチャルリアリティなどのメディアによってつくられる「間接経験」が肥大化し、
「直接経験」が消失すること、そして、
そのような時代にあっては、
直接経験の持つ価値が飛躍的に高まっていることを指摘しています。
昇進の判断基準は「語る力」
それでは直接経験の中でも、ビジネスの観点から、
もっとも付加価値の高いものは何でしょうか。
私は、「ともに働くこと」「ぶつかりつつ、決めること」
「成し遂げること」の3つが含まれる経験であると考えています。
つまり、ビジネスの現場で多種多様な人々と出会うこと。
彼らと議論・討論し、ときには衝突や葛藤を経験しながら、
意思決定を行うこと。
さらに、それらをともに乗り越え、何かを成し遂げること。
ビジネスパーソンとしてのキャリアは、
入社当時からいかにこのような経験を付与されてきたか、
あるいは獲得してきたかで決まります。
若い時期から貴重な経験を積み重ねてきた人と
そうでない人では、10年も経てば
大きな格差が生まれるはずです。
しかし、誰もが付加価値の高い直接経験を手にできるわけではありません。
獲得するためには、経験の持つ3つの特徴を押さえておく必要があるでしょう。
まず第1に、経験とは「資源」であるということ。
それは、悲しいかな、
全員に均等配分されるわけではありません。
将来の見通しを持って付加価値の高い経験へと前向きに取り組み、
こなせる人に対し、上司の手によって選択的に配分されるということです。
第2に、経験とは「資本」として機能するという側面があるということ。
つまり、付加価値の高い経験を成し遂げた個人は、
上司に「あの経験を積んでいるから、
これもこなせるだろう」と判断され、
さらに大きな経験を付与されます。
よく指摘されるように、日本企業では
「成果の報酬は、次の仕事の面白さで払われる」という特質があります。
たとえば、多くの人を巻き込んでプロジェクトをやり遂げた経験が、
より大きな経験を呼び込むための資本として
機能するのです。
また、そうした経験を通して得た人間関係が
きっかけになり、別の新しい仕事へ声がかかる、
という可能性もあるでしょう。
第3に、経験によって得られた価値を第三者に示すには、
ストーリーが必要であること。
どのようなことを経験し、そこから何を得たのか。
定期的に内省(振り返り)し、
語れるようにしておくことが求められます。
たとえば、就職や転職市場において、
面接官が注目するのは資格の有無ではありません。
判定の基準は、「この人は当社に貢献できそうか」。
そこで必要なのが、「経験のストーリー化」です。
どんな業務を成し遂げてきて、このキャリアの果てに、
何を目指しているのか。獲得してきた経験やそこから培った能力を、
どのように業務に活かすことができるのか。
第三者である面接官を魅了し、説得しなければなりません。
先日、ある大手銀行の支店長さんたちに、
行員の昇進試験について話を伺う機会がありました。
その中でもっとも印象的だったのは、
昇進試験での判断材料が「語る力」だということ。
自分の仕事の位置づけを客観的に把握し、
それを伝える能力が必要だと言うのです。
一方、試験に受からない人は、
「高い売り上げを達成したことがあります」
「お客様と日々接しています」という経験単体でしか、
自分の仕事を語れないと言います。
経験をストーリー化する能力の差が、
その後のキャリアに大きな影響を与えるのです。
プロセスの工夫が能力向上につながる
写真=PIXTA
ここまで「差異化可能なビジネス経験」について語ってきましたが、
主張したかったのは、安易に資格に飛びつくのではなく、
経験を主軸に自分の仕事のあり方を
考えてみてほしいということです。
日々の自分の仕事について振り返ってみてください。
みなさんの仕事を、左記の3種類のカテゴリーに分けたとしたら、
どのようになるでしょうか。
(1)能力向上につながりそうな、やりがいのある面白い仕事
(2)一見面白くない仕事だが、やりようによっては面白くできる仕事
(3)やらされ感いっぱいの雑用
すべてが(1)であるならば、何の苦労もないのですが、
現実はそう甘くはありません。
何を隠そう、私の場合は、(1)が1割、
(2)が7割、(3)が2割くらいです(笑)。
すべて(3)だという人は、本気でキャリアを見直す時期にあるのかもしれません。
しかし、大抵の人は、(2)の割合が1番多いのではないでしょうか。
問題はいかにして(2)を(1)に替えていくかです。
そのための方法のひとつは、
「仕事を楽しむ工夫をすること」だと思います。
たとえば、上司から課せられた仕事を、
より質の高いものに仕上げるようにプロセスを工夫してみる。
そして、仕事の成果とともにその工夫を上司へ伝える。
そのようなことを繰り返すうちに、
あなたに対する評価が上がり、
(1)の経験が増えていくかもしれません。
http://president.jp/articles/-/10088より