ハーバードビジネススクール・竹内教授の「冒険する授業」
PRESIDENT
2014年9月1日号
村上 敬=構成 大沢尚芳=撮影 時事通信フォト=写真
サントリーの新浪剛史氏、楽天の三木谷浩史氏など、
多くのリーダーを輩出してきたハーバードビジネススクール。
限られた時間の中で最良の解決法を見つけるメソッドを
ハーバードビジネススクール・竹内弘高教授が大公開!
写真:竹内弘高教授
ハーバードビジネススクール(HBS)の出身者
ビジネスの世界で活躍しているのは、
大学院で経営について体系立てて学び、
高度な知識やスキルを身につけたからだと考えている人が多いかもしれません。
たしかにビジネスの知識やスキルは重要です。
しかし、それでは世界のエリートの片側しか見ていないと思います。
グローバル社会で活躍する人の多くは、世のため、
人のためという「共通善」を持っています。
たとえばある国で事業を行うとき、
お金儲けだけでなく何らかの付加価値を与えて、
その国の人から「来てくれてよかった」と
思ってもらえる事業を展開できるか。
そのような意識がないと、
グローバル社会で人々の支持を得るのは難しいのです。
共通善を追求するときに欠かせないのが、教養です。
アメリカのいい学校では、
高校2年生あたりから教養にどっぷり浸ります。
たとえば哲学の時間には、
デカルトやハイデガーを読んで議論を行います。
高校生にとってハイデガーは難解で、
本当はよく理解できていないかもしれません。
それでもエッセンスを知り、
自分なりに考えて議論をしていくことで
世界観が奥深いものになっていきます。
一方、日本の高校はどうでしょうか。
かつての旧制高校では、
学校で直接教わらなくても、
哲学論や文学論が活発で、
あちこちで青臭い議論が行われていました。
しかし、いつからか日本の高校生は受験に追われて、
議論する余裕をなくしてしまいました。
ならば大学で教養を学べるのかというと、
これも困難です。私の知るかぎり、
日本で教養教育に真剣に取り組んでいる大学は数校しかありません。
むしろ大多数の大学は、
入学の段階で文系と理系に分けて教養と相反する教育を行っています。
その結果、日本の学生は高等教育で教養に
ほとんど触れないまま社会に出ます。
そのことと、日本におけるP・ドラッカーの人気の高さは
無関係ではないでしょう。
ドラッカーは「マネジメントは教養」と言いました。
だから自分には教養が足りないという意識がある人は、
会社に入ってから必死にドラッカーを読むのです。
世界のエリートは早い段階から教養を学び、
世の中にとって何がいいことなのかということについて真剣に考え、
そのうえにビジネスの知識やスキルを積み上げていきます。
日本のビジネスマンも、
ビジネスの知識やスキルばかりに注目するのではなく、
まず教養に浸るべきでしょう。
なぜ卒業生は余裕たっぷりなのか
日本とアメリカでは教え方も異なります。
アメリカのエリート校で行われている講義は、
マイケル・サンデル教授の白熱教室を思い浮かべればわかりやすいでしょう。
教授が学生に対して質問を投げかけて、
学生が自分の考えを述べ、
さらに議論を重ねていきます。
議論の先に、必ず正解があるわけではありません。
しかし、だからこそ議論が盛り上がります。
たとえば誰かが言った意見に、
ほかの誰かが反対意見を唱えたとします。
そのとき真ん中を取って結論を出すのは妥協の産物であり、
新しい発見はありません。
そうではなく、弁証法、つまり正反合で、
新しい次元の解を探っていく。
それが議論の面白さであり、
学生はそのプロセスを楽しみながら自分の知見を磨いていきます。
それに対して、日本の大学や大学院では、
いまだに教授が一方的に話して、
学生はひたすらノートを取るというスタイルが一般的です。
こうしたやり方で、学生が知的興奮を感じるのは難しい。
象徴的なのは、休講になったときの反応です。
日本の大学で急に休講になると学生は大喜びしますが、
それは講義が退屈で、一種の苦行になっているから。
ハーバードでも休講は発生しますが、
向こうの学生は喜ぶどころか不満をぶつけてきます。
講義に対する学生の姿勢が、まるで違うのです。
HBSでの成績は発言の質と量で半分決まる。
(時事通信フォト=写真)
もっとも、ハーバードの学生が休講に文句を言う理由はほかにもあります。
ハーバードの授業は議論が中心なので、
議論の前提となる知識は各自が予習して身につける必要があります。
この予習が大変で、多くの学生は図書館に缶詰めになって
本やケースを読んでいます。
なかには校内のシャド(ジム)で汗を流しながら
ケースを読んでいる学生もいます。
せっかくそこまで苦労して予習したのに、
休講とは何事かと文句を言うわけです。
学生たちが文句を言いたくなるほど、
たしかにハーバードの予習量は膨大です。
教授が学生の限界を試すようなところがあって、
学部なら「次回まで課題本を2冊読め」、
ビジネススクールなら「25ページのケースと、
関連する論文を読んでこい」と平気で求めてきます。
まともにやっていたら、とても読み切れない量です。
ただ、その結果として、
学生たちの実務能力も高まります。
限られた時間の中で大量の課題に対応するうちに、
どこにポイントを絞って読むか、
あるいはどこは斜め読みしていいかという判断力がつきます。
磨かれるのは判断力だけではありません。
ハーバードの卒業生は、困難に直面しても、
どこか余裕たっぷりに見えます。
それはおそらく、学生のときに
大量の予習と向き合ってきた経験があるからです。
予習しなければ議論に参加できないという
プレッシャーを何度となく乗り越えてきた経験が、
人生にゆとりを持たせるのです。
HBSのプログラムの最近の傾向についても触れておきましょう。
HBSといえば、具体的な事例を教材にして議論を深める
ケーススタディが有名です。
アメリカの経営学は企業を分析して
解を導く科学的な手法が主流ですが、
科学的な分析だけでは複雑で多様な経営の現場に対応できず、
机上の空論になるおそれがあります。
そこでHBSでは事例を通して経営学を学んでいきます。
ここ数年、現実に重きを置く傾向はさらに強まっています。
ケーススタディによる疑似体験に加えて、
実際に現場に入って肌で
体験してもらおうというプログラムが増えてきたのです。
具体的には、1年目に必ず開発途上国に
1週間行く現地学習が義務づけられました。
たとえばある国に行って、現状を把握して、
その国の市場に向けてどのような製品やサービスを
開発したらいいのかということをグループで話し合います。
また、2年目の選択コースとして
IXP(Immersion Experience Program)というプログラムができました。
これは、もともとハーバードの学生が
ハリケーン・カトリーナの被災地域に
ボランティアにいったことがきっかけになってできたプログラムです。
私も3年前から、「Japan IXP」を担当。
学生たちを東北に連れていき、
復興のために企業は何ができるのかというテーマで調査や
提案をしてもらっています。
このように現場にどっぷり浸って考えるのは、
とても大事なことです。
現場に行くと、知っている理論と違うことがいろいろと起こるでしょう。
しかし、議論が弁証法で深いものになっていくのと同じで、
理論と現実がぶつかりあうからこそ新しい発見ができます。
ちなみに私が副学長を務めているFRMIC(※)でも、
現実の経営課題を題材にしています。
HBSが現地教育に力を入れ始めたように、
今後は現実の問題に即して
学ぶスタイルが広がっていくのかもしれません。
※FRMICとは……ファーストリテイリンググループの
経営人材を育成するために設立された機関。
Fast Retailing Management and Innovation Centerの略。
学長はFRグループCEOの柳井正氏、
副学長はハーバードビジネススクールの竹内弘高教授。
全世界から抜擢されたメンバーが経営課題の解決法を学んでいる。
海外のエリートが驚く日本人の強みとは
さて、これまで見てきたように、
日本とアメリカでは教育が異なります。
アメリカのエリート校は早い段階から教養を教えます。
また、授業は議論中心ですが、
膨大な予習とセットになっています。
一方、日本では教養が軽視され、
アメリカの学生が予習でやるようなことを授業で教わります。
私自身、日本の大学で27年間教えていたので
言いにくいところがあるのですが、
日本の教育には改善すべきところが
たくさんあるように感じます。
ただ、だからといって日本人が
世界のエリートに太刀打ちできないとは思いません。
ハーバードに留学に来た日本の学生を見ていると、
伝えたい思いやコンセプトの伝え方は訓練が必要だと感じます。
海外のエリートは、ディナー時に「What do you think?」と聞かれて、
自分の考えを述べる訓練を子どものころから受けてきています。
それに比べると日本人は経験不足。
説得力ある主張をするためには、
印象的な体験談や
エピソードを引用する練習をもっとしたほうがいいでしょう。
しかし一方で、日本人はグループで
作業するときに力を発揮します。
私が担当したプログラムで、
留学生がそれぞれの国を代表して何かやる
「カルチュラルナイト」というイベントをやりました。
そのとき日本の留学生たちは一致団結して入念な準備を行い、
阿波踊りを披露しました。これがウケて、
会場は大盛り上がり。
日本人の株は急上昇しました。
みんなの協力が必要な場面で発揮される日本人の強さについては、
けっして海外のエリートに劣るものではないのです。
最近の日本の若者は内向きで頼りないというのもウソです。
HBSで学ぶ日本人は、20年前と比べて減っています。
しかし、それは若い人が内向きになったからではなく、
企業派遣が減ったから。
いま来ている学生たちは、数こそ少ないものの、
何のために学ぶのかという強い目的意識を持っています。
そういう意味では、情熱があって頼もしい。
彼らに続く人たちが、もっと出てくると、
日本はもっと元気になるのではないでしょうか。
日本人の主なハーバードビジネススクール出身者
1965 石井栄一●Too会長
1970 正田修●日清製粉グループ本社 名誉会長相談役
1972 三村明夫●新日鉄住金名誉会長
1973 茂木七左衛門●独立行政法人日本芸術文化振興会理事長
1975 天野順一●日本ユニシス特別顧問
1977 鶴正登●NOK会長兼社長
1980 金田新●トヨタ部品東京共販会長/堀紘一●ドリームインキュベータ会長
1982 進藤孝生●新日鉄住金社長/
佐藤信雄●ハーバード・ビジネス・スクール 日本リサーチ・センター長
1983 柴田拓美●日興アセットマネジメント社長兼CEO
1984 伊藤友則●一橋大学大学院教授
1986 江川雅子●前東京大学理事
1987 片山龍太郎●クリスティーズジャパン元社長
1989 宗方謙●BBCワールドワイドジャパン社長
1990 堂山昌司●ガシー・レンカー・ジャパン会長/
名和高司●デンソー社外取締役/
安渕聖司●日本GE社長/
山田哲●ローソン上級執行役員/
柴山哲治●AGホールディングズ社長/
南場智子●ディー・エヌ・エー取締役
1991 樋口泰行●日本マイクロソフト代表執行役兼社長/
新浪剛史●サントリーホールディングス社長/
堀義人●グロービス代表/
火浦俊彦●ベイン・アンド・カンパニー・ジャパン会長兼パートナー
1992 國領二郎●慶應義塾大学総合政策学部教授/
御立尚資●ボストンコンサルティンググループ日本代表
1993 森俊雅●ユニックス社長/三木谷浩史●楽天会長兼社長
1994 朝倉陽保●産業革新機構専務取締役
1995 川崎達生●ユニゾン・キャピタル取締役/
玉川洋一●丸の内キャピタルマネージング・ディレクタ/
出口恭子●アッヴィ前社長
1996 松澤修一●三井物産食品事業食糧本部事業開発室長/
塩川哲也●ゼロックス・コーポレーション在日代表/
緒方克明●アライアンス・バーンスタイン会長
1998 杉本勇次●ベインキャピタル・ジャパンマネージングディレクター/
玉置浩伸●九州大学ロバート・ファン、アントレプレナーシップ・センター特任准教授/
柴田啓●ベンチャーリパブリック社長
1999 石坂信也●ゴルフダイジェスト・オンライン社長
2002 花沢菊香●VPL社長
2003 砂川大●ロケーションバリュー前社長/
高田智之●日本グローバルブリッジ社長
2005 谷井麻衣子●スターバックスコーヒージャパンプロダクトマネジャー
2006 岩瀬大輔●ライフネット生命保険社長兼COO
2010 矢野莉恵●マテリアル・ワールド共同創業者/
石角友愛●Job Arrive社長
2011 石塚孝一●フェイト社長
2012 野々村健一●IDEO Tokyoリードビジネスデザイナー
2013 米倉章夫●ハビテックCEO/
呉文翔●三井物産エネルギー第一本部 石油・ガス資源開発部
竹内弘高(たけうち・ひろたか)
1969年国際基督教大卒。
広告代理店勤務を経て77年カリフォルニア大学バークレー校でPh.D.取得。
ハーバードビジネススクール(HBS)助教授、
一橋大教授などを経て、2010年に一橋大名誉教授、
HBS教授に就任。
著書に『経営の流儀』、『知識創造企業』(ともに共著)など多数。
http://president.jp/articles/-/15205
PRESIDENT
2014年9月1日号
村上 敬=構成 大沢尚芳=撮影 時事通信フォト=写真
サントリーの新浪剛史氏、楽天の三木谷浩史氏など、
多くのリーダーを輩出してきたハーバードビジネススクール。
限られた時間の中で最良の解決法を見つけるメソッドを
ハーバードビジネススクール・竹内弘高教授が大公開!
写真:竹内弘高教授
ハーバードビジネススクール(HBS)の出身者
ビジネスの世界で活躍しているのは、
大学院で経営について体系立てて学び、
高度な知識やスキルを身につけたからだと考えている人が多いかもしれません。
たしかにビジネスの知識やスキルは重要です。
しかし、それでは世界のエリートの片側しか見ていないと思います。
グローバル社会で活躍する人の多くは、世のため、
人のためという「共通善」を持っています。
たとえばある国で事業を行うとき、
お金儲けだけでなく何らかの付加価値を与えて、
その国の人から「来てくれてよかった」と
思ってもらえる事業を展開できるか。
そのような意識がないと、
グローバル社会で人々の支持を得るのは難しいのです。
共通善を追求するときに欠かせないのが、教養です。
アメリカのいい学校では、
高校2年生あたりから教養にどっぷり浸ります。
たとえば哲学の時間には、
デカルトやハイデガーを読んで議論を行います。
高校生にとってハイデガーは難解で、
本当はよく理解できていないかもしれません。
それでもエッセンスを知り、
自分なりに考えて議論をしていくことで
世界観が奥深いものになっていきます。
一方、日本の高校はどうでしょうか。
かつての旧制高校では、
学校で直接教わらなくても、
哲学論や文学論が活発で、
あちこちで青臭い議論が行われていました。
しかし、いつからか日本の高校生は受験に追われて、
議論する余裕をなくしてしまいました。
ならば大学で教養を学べるのかというと、
これも困難です。私の知るかぎり、
日本で教養教育に真剣に取り組んでいる大学は数校しかありません。
むしろ大多数の大学は、
入学の段階で文系と理系に分けて教養と相反する教育を行っています。
その結果、日本の学生は高等教育で教養に
ほとんど触れないまま社会に出ます。
そのことと、日本におけるP・ドラッカーの人気の高さは
無関係ではないでしょう。
ドラッカーは「マネジメントは教養」と言いました。
だから自分には教養が足りないという意識がある人は、
会社に入ってから必死にドラッカーを読むのです。
世界のエリートは早い段階から教養を学び、
世の中にとって何がいいことなのかということについて真剣に考え、
そのうえにビジネスの知識やスキルを積み上げていきます。
日本のビジネスマンも、
ビジネスの知識やスキルばかりに注目するのではなく、
まず教養に浸るべきでしょう。
なぜ卒業生は余裕たっぷりなのか
日本とアメリカでは教え方も異なります。
アメリカのエリート校で行われている講義は、
マイケル・サンデル教授の白熱教室を思い浮かべればわかりやすいでしょう。
教授が学生に対して質問を投げかけて、
学生が自分の考えを述べ、
さらに議論を重ねていきます。
議論の先に、必ず正解があるわけではありません。
しかし、だからこそ議論が盛り上がります。
たとえば誰かが言った意見に、
ほかの誰かが反対意見を唱えたとします。
そのとき真ん中を取って結論を出すのは妥協の産物であり、
新しい発見はありません。
そうではなく、弁証法、つまり正反合で、
新しい次元の解を探っていく。
それが議論の面白さであり、
学生はそのプロセスを楽しみながら自分の知見を磨いていきます。
それに対して、日本の大学や大学院では、
いまだに教授が一方的に話して、
学生はひたすらノートを取るというスタイルが一般的です。
こうしたやり方で、学生が知的興奮を感じるのは難しい。
象徴的なのは、休講になったときの反応です。
日本の大学で急に休講になると学生は大喜びしますが、
それは講義が退屈で、一種の苦行になっているから。
ハーバードでも休講は発生しますが、
向こうの学生は喜ぶどころか不満をぶつけてきます。
講義に対する学生の姿勢が、まるで違うのです。
HBSでの成績は発言の質と量で半分決まる。
(時事通信フォト=写真)
もっとも、ハーバードの学生が休講に文句を言う理由はほかにもあります。
ハーバードの授業は議論が中心なので、
議論の前提となる知識は各自が予習して身につける必要があります。
この予習が大変で、多くの学生は図書館に缶詰めになって
本やケースを読んでいます。
なかには校内のシャド(ジム)で汗を流しながら
ケースを読んでいる学生もいます。
せっかくそこまで苦労して予習したのに、
休講とは何事かと文句を言うわけです。
学生たちが文句を言いたくなるほど、
たしかにハーバードの予習量は膨大です。
教授が学生の限界を試すようなところがあって、
学部なら「次回まで課題本を2冊読め」、
ビジネススクールなら「25ページのケースと、
関連する論文を読んでこい」と平気で求めてきます。
まともにやっていたら、とても読み切れない量です。
ただ、その結果として、
学生たちの実務能力も高まります。
限られた時間の中で大量の課題に対応するうちに、
どこにポイントを絞って読むか、
あるいはどこは斜め読みしていいかという判断力がつきます。
磨かれるのは判断力だけではありません。
ハーバードの卒業生は、困難に直面しても、
どこか余裕たっぷりに見えます。
それはおそらく、学生のときに
大量の予習と向き合ってきた経験があるからです。
予習しなければ議論に参加できないという
プレッシャーを何度となく乗り越えてきた経験が、
人生にゆとりを持たせるのです。
HBSのプログラムの最近の傾向についても触れておきましょう。
HBSといえば、具体的な事例を教材にして議論を深める
ケーススタディが有名です。
アメリカの経営学は企業を分析して
解を導く科学的な手法が主流ですが、
科学的な分析だけでは複雑で多様な経営の現場に対応できず、
机上の空論になるおそれがあります。
そこでHBSでは事例を通して経営学を学んでいきます。
ここ数年、現実に重きを置く傾向はさらに強まっています。
ケーススタディによる疑似体験に加えて、
実際に現場に入って肌で
体験してもらおうというプログラムが増えてきたのです。
具体的には、1年目に必ず開発途上国に
1週間行く現地学習が義務づけられました。
たとえばある国に行って、現状を把握して、
その国の市場に向けてどのような製品やサービスを
開発したらいいのかということをグループで話し合います。
また、2年目の選択コースとして
IXP(Immersion Experience Program)というプログラムができました。
これは、もともとハーバードの学生が
ハリケーン・カトリーナの被災地域に
ボランティアにいったことがきっかけになってできたプログラムです。
私も3年前から、「Japan IXP」を担当。
学生たちを東北に連れていき、
復興のために企業は何ができるのかというテーマで調査や
提案をしてもらっています。
このように現場にどっぷり浸って考えるのは、
とても大事なことです。
現場に行くと、知っている理論と違うことがいろいろと起こるでしょう。
しかし、議論が弁証法で深いものになっていくのと同じで、
理論と現実がぶつかりあうからこそ新しい発見ができます。
ちなみに私が副学長を務めているFRMIC(※)でも、
現実の経営課題を題材にしています。
HBSが現地教育に力を入れ始めたように、
今後は現実の問題に即して
学ぶスタイルが広がっていくのかもしれません。
※FRMICとは……ファーストリテイリンググループの
経営人材を育成するために設立された機関。
Fast Retailing Management and Innovation Centerの略。
学長はFRグループCEOの柳井正氏、
副学長はハーバードビジネススクールの竹内弘高教授。
全世界から抜擢されたメンバーが経営課題の解決法を学んでいる。
海外のエリートが驚く日本人の強みとは
さて、これまで見てきたように、
日本とアメリカでは教育が異なります。
アメリカのエリート校は早い段階から教養を教えます。
また、授業は議論中心ですが、
膨大な予習とセットになっています。
一方、日本では教養が軽視され、
アメリカの学生が予習でやるようなことを授業で教わります。
私自身、日本の大学で27年間教えていたので
言いにくいところがあるのですが、
日本の教育には改善すべきところが
たくさんあるように感じます。
ただ、だからといって日本人が
世界のエリートに太刀打ちできないとは思いません。
ハーバードに留学に来た日本の学生を見ていると、
伝えたい思いやコンセプトの伝え方は訓練が必要だと感じます。
海外のエリートは、ディナー時に「What do you think?」と聞かれて、
自分の考えを述べる訓練を子どものころから受けてきています。
それに比べると日本人は経験不足。
説得力ある主張をするためには、
印象的な体験談や
エピソードを引用する練習をもっとしたほうがいいでしょう。
しかし一方で、日本人はグループで
作業するときに力を発揮します。
私が担当したプログラムで、
留学生がそれぞれの国を代表して何かやる
「カルチュラルナイト」というイベントをやりました。
そのとき日本の留学生たちは一致団結して入念な準備を行い、
阿波踊りを披露しました。これがウケて、
会場は大盛り上がり。
日本人の株は急上昇しました。
みんなの協力が必要な場面で発揮される日本人の強さについては、
けっして海外のエリートに劣るものではないのです。
最近の日本の若者は内向きで頼りないというのもウソです。
HBSで学ぶ日本人は、20年前と比べて減っています。
しかし、それは若い人が内向きになったからではなく、
企業派遣が減ったから。
いま来ている学生たちは、数こそ少ないものの、
何のために学ぶのかという強い目的意識を持っています。
そういう意味では、情熱があって頼もしい。
彼らに続く人たちが、もっと出てくると、
日本はもっと元気になるのではないでしょうか。
日本人の主なハーバードビジネススクール出身者
1965 石井栄一●Too会長
1970 正田修●日清製粉グループ本社 名誉会長相談役
1972 三村明夫●新日鉄住金名誉会長
1973 茂木七左衛門●独立行政法人日本芸術文化振興会理事長
1975 天野順一●日本ユニシス特別顧問
1977 鶴正登●NOK会長兼社長
1980 金田新●トヨタ部品東京共販会長/堀紘一●ドリームインキュベータ会長
1982 進藤孝生●新日鉄住金社長/
佐藤信雄●ハーバード・ビジネス・スクール 日本リサーチ・センター長
1983 柴田拓美●日興アセットマネジメント社長兼CEO
1984 伊藤友則●一橋大学大学院教授
1986 江川雅子●前東京大学理事
1987 片山龍太郎●クリスティーズジャパン元社長
1989 宗方謙●BBCワールドワイドジャパン社長
1990 堂山昌司●ガシー・レンカー・ジャパン会長/
名和高司●デンソー社外取締役/
安渕聖司●日本GE社長/
山田哲●ローソン上級執行役員/
柴山哲治●AGホールディングズ社長/
南場智子●ディー・エヌ・エー取締役
1991 樋口泰行●日本マイクロソフト代表執行役兼社長/
新浪剛史●サントリーホールディングス社長/
堀義人●グロービス代表/
火浦俊彦●ベイン・アンド・カンパニー・ジャパン会長兼パートナー
1992 國領二郎●慶應義塾大学総合政策学部教授/
御立尚資●ボストンコンサルティンググループ日本代表
1993 森俊雅●ユニックス社長/三木谷浩史●楽天会長兼社長
1994 朝倉陽保●産業革新機構専務取締役
1995 川崎達生●ユニゾン・キャピタル取締役/
玉川洋一●丸の内キャピタルマネージング・ディレクタ/
出口恭子●アッヴィ前社長
1996 松澤修一●三井物産食品事業食糧本部事業開発室長/
塩川哲也●ゼロックス・コーポレーション在日代表/
緒方克明●アライアンス・バーンスタイン会長
1998 杉本勇次●ベインキャピタル・ジャパンマネージングディレクター/
玉置浩伸●九州大学ロバート・ファン、アントレプレナーシップ・センター特任准教授/
柴田啓●ベンチャーリパブリック社長
1999 石坂信也●ゴルフダイジェスト・オンライン社長
2002 花沢菊香●VPL社長
2003 砂川大●ロケーションバリュー前社長/
高田智之●日本グローバルブリッジ社長
2005 谷井麻衣子●スターバックスコーヒージャパンプロダクトマネジャー
2006 岩瀬大輔●ライフネット生命保険社長兼COO
2010 矢野莉恵●マテリアル・ワールド共同創業者/
石角友愛●Job Arrive社長
2011 石塚孝一●フェイト社長
2012 野々村健一●IDEO Tokyoリードビジネスデザイナー
2013 米倉章夫●ハビテックCEO/
呉文翔●三井物産エネルギー第一本部 石油・ガス資源開発部
竹内弘高(たけうち・ひろたか)
1969年国際基督教大卒。
広告代理店勤務を経て77年カリフォルニア大学バークレー校でPh.D.取得。
ハーバードビジネススクール(HBS)助教授、
一橋大教授などを経て、2010年に一橋大名誉教授、
HBS教授に就任。
著書に『経営の流儀』、『知識創造企業』(ともに共著)など多数。
http://president.jp/articles/-/15205