goo blog サービス終了のお知らせ 

〈第三項〉論で読む近代小説  ◆田中実の文学講座◆

近代小説の読みに革命を起こす〈第三項〉論とは?
あなたの世界像が壊れます!

『走れメロス』の原罪と奇跡(2)

2025-04-30 12:02:51 | 日記
それでは前回の続きを進めましょう。
『走れメロス』に限らないことですが、この小説もまた、小説のプロットではなく、
プロットをプロットたらしめている〈メタプロット〉で読むことが求められます。

すなわち、主人公メロスのまなざし(パースペクティブ)に現れていること、
そう語られている出来事を読み取りながら、これを語る〈語り手〉を読むことは
ナラトロジー(物語論の読み方)の基本ですが、その際肝心なことがあるのです。

そもそも近代小説の出来事それ自体に近代的リアリズムの根底に横たわる、
生命の在り方への問いを潜在させているという難問(アポリア)が横たわっているのです。
これに留意し、対峙する必要があります。

結論から言いましょう。
メロスは妹の婚礼を終えた翌日、処刑場に戻る際、山賊と闘って精根尽き果て、
蓑虫ほども体が動かなくなって目覚めた時、
この世の中に生きることとは「人を殺して自分が生きる、それが人間世界の定法」
であり、生きるとは、相手を殺すか、自分が死ぬか、「カルネアデスの板」にあることを
全身全霊で体験していて、これを呪って「やんぬる哉」と嘆いていました。

そもそも「人を殺して、自分が生きる。これが人間世界の定法」であることを熟知し、
これを体現していたのが王ディオニスでした。
その証が妻の皇后や世継ぎ、妹とその婿まで殺していたことです。
メロスはこの王の「人間世界の定法」を根底から克服した、
すなわち「原罪」(オリジナル・シン)を克服し得たがために奇跡を成し遂げたのです。

しかし、それでは何故、呑気で正義の化身のメロスにこれが可能だったのでしょうか。
それが問題です。
その秘密を読み取るには、この『走れメロス』のプロットの奥に隠れている〈メタプロット〉を
読むことが必要であり、そこに近代小説の《神髄》に向かう手立てがあります。
これによって『走れメロス』を太宰の代表作の一つに仕立て上げていくことが
可能になるのです。

一旦気を失った後、再び目覚めたメロスの外界の様相はそれまでとまるで異なっています。
「葉も枝も燃えるばかりに輝いて」、メロスはこの時、太陽より十倍速く走っています。
メロス当人には無意識に犯していた原罪(オリジナル・シン)に関し、
一貫して自覚はありませんが、その時の主体は完璧にこの世ならぬ時空を生きる主体と
化していたのでした。
眠りから目覚めたメロスは「義務遂行の希望」を生きる、
「私の命なぞ問題ではない」主体、「わが身を殺して、名誉を守る希望」を手に入れています。
それはメロスがそれまでの自身の主体を放下している、自己放下している姿です。
メロスの主体はそれまでの主体とは完璧に異なり、メロスならざる反メロスの主体と化して、
太陽より十倍速く走っています。その転換が処刑場に辿り着かせたのでした。

これをあらわに証明するのがセリヌンティウスの弟子フィロストラトスです。
日常の現実の時空を生きるフィロストラトスから見れば、
メロスは処刑場で待っているわが師匠セリヌンティウスの処刑には
もはや絶対に間に合いません。
にもかかわらずメロスはこれを可能にする奇跡を実現させる、
そこにはもはや「カルネアデスの舟板」の命題を無化する、
この世ならぬ時空を走っていたメロスが現れています。
それが太陽より十倍速く走る速さ、この世のものではない速さを可能にしているのです。

原罪(オリジナル・シン)を超えた主体となったメロスが処刑場に現れた、
これが猜疑心の化身王ディオニスを包み込み、転身させるのです。


これまでは語られていた出来事の分析・解釈に終始し、語っている〈語り手〉の
パースペクティブ(まなざし・遠近法)に現れる生命の在り方、「カルネアデスの板」の問題、
「人間世界の定法」の転換の問題は読まれてこなかったのではないでしょうか。

ここには芥川龍之介の『羅生門』の下人の物語と同様のことが起こっています。
昨年の拙稿「近代小説の〈本流〉と《神髄》―童話『白』論と芥川の自殺―」
(都留文科大学研究紀要 第100号)を御覧下さい。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『走れメロス』の原罪と奇跡(1) | トップ | 『走れメロス』の原罪と奇跡... »

コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

日記」カテゴリの最新記事