今日、実家の両親と電話で話をしたのですが、とてもショックな話がありまして・・・。とても淋しい気分です。
実は、実家のある地域の、地方TV局で、もう、長年の間、夕方のニュース&バラエティ番組のメインキャスターをされていたアナウンサー・井上雪彦さんが、先週の土曜日に、急逝されたということで・・・。享年60才とのことです。
私は、今は、京都に住んでおり、そのチャンネルは入らないので、見ていませんでしたが、両親がその番組を好きで、毎日(月~金)見ています。そのため、私も帰省中は、両親と一緒によく見ていました。
両親曰く、11日の金曜日までは、普通に夕方の番組に出ていらした・・とのことですが、12日の土曜日に、急逝なさって・・・。で、今週、月曜日に、いつも通り、番組を見ようとテレビを点けたら、追悼番組をやっていて、それで、井上さんの死を知った・・・ということでした。
本当に、長年、そのTV局の「顔」として、メインキャスターを勤められていて、物凄く地元に密着した番組を作られる方だったんですよ。
夕方の、そのニュース&バラエティ番組には、彼の名前が、番組名に冠されていたくらい、その局の「顔」だったんです。
とにかく、県内では、夕方の視聴率No.1の番組でした。
私は、直接、井上さんとは面識はなかったのですが、私自身、結婚するまで他局のTV局に勤めていましたので、仕事を通じては、一方的にではありますが、存じ上げていました。
と言いますのも、私の勤めていたTV局も、夕方のニュース番組を作っておりまして、彼の番組の視聴率に、追いつけ・追いこせで、ディレクターや報道部、アナウンス部も、頑張っていましたから。
でも、絶対、勝てなかったんですよね。
なぜかというと、やはり、「地域密着度」が違うから。
私の勤めていた局は、東京に本局のある、いわば、全国ネット局で、その局の「支局」なんですよね。
なので、当然、アナウンサーもディレクターも、記者も、そして局長までもが、全国単位の転勤で2、3年おきにコロコロ変わる。
それに対して、地元の民放さんは、転勤がないので、1人の「顔」となる人が、長年、その番組を支え続ける。
そんな訳で、視聴者さんだって、やっぱり、2、3年おきにメインキャスターがコロコロと変わっちゃうようなニュースよりも、同じ人が長年担当し続けているようなニュースの方が、愛着も出てきますし、そちらの方を好むのは、当然!
というわけで、井上さんは、地元の人から、とても愛され続けていた局の「顔」でいらしたんだと思います。
で。井上雪彦さんの夕方の番組。
私自身、他局に勤めていたときは、オンタイムで、仕事があったので、じっくりと見たことは無かったのですが、TV局の仕事を辞めて、実家で、両親と一緒にじっくりと見てみると、その「凄さ」が、よく解りました。
まず、番組自体が、視聴者との交流企画が多いです。
そして、随時紹介される、視聴者からの、ファックスやメールのお便りに、方言を交えながら、暖かい語り口で、テレビに向かって話しかけられる井上さん。
また、毎日、抽選で当たった視聴者が、電話で参加できるクイズコーナーもあり、方言で喋りながら、緊張するクイズ挑戦者を励ましたり、盛り上げたりなさったり。
標準語のみで放送する、全国局の支局のニュースでは、絶対に叶わない、「温もり」や「視聴者との繋がり」をヒシヒシと感じられるのです。
視聴率が高いのも、十二分に納得できる、クオリティの高い番組です。
ブラウン管を通して、なんだか、直接お話ししているような、そんな想いを見ている側に抱かせる・・・そういう番組でした。
なので、彼の番組をきちんと拝見してからというもの、井上さんは、一番尊敬するアナウンサーさんでした。
本当に、帰省中などは、その番組を見るのを、とても楽しみにしていましたのに・・・もう、これからは、彼の居ない番組になってしまうというのは、とても残念でもあり、非常に淋しいです。
心よりご冥福をお祈りいたします。
実は、実家のある地域の、地方TV局で、もう、長年の間、夕方のニュース&バラエティ番組のメインキャスターをされていたアナウンサー・井上雪彦さんが、先週の土曜日に、急逝されたということで・・・。享年60才とのことです。
私は、今は、京都に住んでおり、そのチャンネルは入らないので、見ていませんでしたが、両親がその番組を好きで、毎日(月~金)見ています。そのため、私も帰省中は、両親と一緒によく見ていました。
両親曰く、11日の金曜日までは、普通に夕方の番組に出ていらした・・とのことですが、12日の土曜日に、急逝なさって・・・。で、今週、月曜日に、いつも通り、番組を見ようとテレビを点けたら、追悼番組をやっていて、それで、井上さんの死を知った・・・ということでした。
本当に、長年、そのTV局の「顔」として、メインキャスターを勤められていて、物凄く地元に密着した番組を作られる方だったんですよ。
夕方の、そのニュース&バラエティ番組には、彼の名前が、番組名に冠されていたくらい、その局の「顔」だったんです。
とにかく、県内では、夕方の視聴率No.1の番組でした。
私は、直接、井上さんとは面識はなかったのですが、私自身、結婚するまで他局のTV局に勤めていましたので、仕事を通じては、一方的にではありますが、存じ上げていました。
と言いますのも、私の勤めていたTV局も、夕方のニュース番組を作っておりまして、彼の番組の視聴率に、追いつけ・追いこせで、ディレクターや報道部、アナウンス部も、頑張っていましたから。
でも、絶対、勝てなかったんですよね。
なぜかというと、やはり、「地域密着度」が違うから。
私の勤めていた局は、東京に本局のある、いわば、全国ネット局で、その局の「支局」なんですよね。
なので、当然、アナウンサーもディレクターも、記者も、そして局長までもが、全国単位の転勤で2、3年おきにコロコロ変わる。
それに対して、地元の民放さんは、転勤がないので、1人の「顔」となる人が、長年、その番組を支え続ける。
そんな訳で、視聴者さんだって、やっぱり、2、3年おきにメインキャスターがコロコロと変わっちゃうようなニュースよりも、同じ人が長年担当し続けているようなニュースの方が、愛着も出てきますし、そちらの方を好むのは、当然!
というわけで、井上さんは、地元の人から、とても愛され続けていた局の「顔」でいらしたんだと思います。
で。井上雪彦さんの夕方の番組。
私自身、他局に勤めていたときは、オンタイムで、仕事があったので、じっくりと見たことは無かったのですが、TV局の仕事を辞めて、実家で、両親と一緒にじっくりと見てみると、その「凄さ」が、よく解りました。
まず、番組自体が、視聴者との交流企画が多いです。
そして、随時紹介される、視聴者からの、ファックスやメールのお便りに、方言を交えながら、暖かい語り口で、テレビに向かって話しかけられる井上さん。
また、毎日、抽選で当たった視聴者が、電話で参加できるクイズコーナーもあり、方言で喋りながら、緊張するクイズ挑戦者を励ましたり、盛り上げたりなさったり。
標準語のみで放送する、全国局の支局のニュースでは、絶対に叶わない、「温もり」や「視聴者との繋がり」をヒシヒシと感じられるのです。
視聴率が高いのも、十二分に納得できる、クオリティの高い番組です。
ブラウン管を通して、なんだか、直接お話ししているような、そんな想いを見ている側に抱かせる・・・そういう番組でした。
なので、彼の番組をきちんと拝見してからというもの、井上さんは、一番尊敬するアナウンサーさんでした。
本当に、帰省中などは、その番組を見るのを、とても楽しみにしていましたのに・・・もう、これからは、彼の居ない番組になってしまうというのは、とても残念でもあり、非常に淋しいです。
心よりご冥福をお祈りいたします。