『そして医師も死す』D・M・ディヴァイン 著(創元推理文庫)
わたし、何度か書いたと思いますが、ディヴァインのミステリって心底巧いと思うものの好きか嫌いかっていうとあまり好きではないです。ないですが。
これは好き!大好き!わたしの好みドストライク!
いやー、ほかにも名作傑作があるんでしょうが、トリッキーなミステリを特に求めてるわけでもないし、とにかく理詰め、条件に当て嵌まる誰かを探すシンプルなミステリはいつ読んでも何度読んでも愉しいというのがわたしの持論。わたしの好きなミステリってこういうものなんですよ。再確認した気がする。
ミステリ好きなら読んで損はない一冊でしょう。
地味です。ひとことでいうなら。
それに、ムカムカします。ゲスな奴がわんさか出てきて。
でも、同じくらいに、気持ちのいいキャラクタも何人か出てきてくれるので助かりました(笑)
大都会ではない、辺鄙な田舎のコミュニティにおいて人間関係が濃密になりすぎるとか噂の伝播スピードが桁違いとか秘密主義とか、そういう特色は日本国内のものでも海外ものでも変わりないですが、
これはその田舎モンのコミュニティの嫌らしさを見事にミステリに活かして読者をさいごまで引っ張っていくエネルギーにしてます。ミステリとしての純度が高くなる。都会のエキセントリックな雰囲気や無関心による捜査の行き詰まりといったブレーキが無いので、ぐいぐい読んでしまう、そんな感じでした。
主人公のアランがまた、賢いんだかおバカさんなんだか分からないという頼りなさ(苦笑)
というか、この作品、男性キャラの全員に難ありまくり!ったくどいつもこいつも!
一方の女性キャラはというとこれがまた、みんな凛としててしっかりと世界を見てて頼もしいし信用できる人ばかり。
……あ。そうか、こういう捉え方をさせつつ読ませる事がすでに伏線だ。なんというフェアプレイ。改めてすげぇなディヴァイン。読み終えて初めて気づいたわ。
ひとりの医師の死が事故か殺人かという判断に行数を割かないで、とっとと被害者の殺されても不思議じゃない人物像(犯人側にとっての動機になりうるもの)をチラチラさせて、一番容疑の濃い関係者の一人に当の主人公アランを配置しただけじゃなくアランとどうにもはっきりしない立場のエリザベスを立たせ、作者はわたしに意味ありげに問いかけるんですよ、「このエリザベスの言うことを信じますか?」って。
読者はとうぜんアラン目線で読んでるから、彼の婚約者ジョアンの存在が気になってエリザベスを信じきれない。でもエリザベスが犯人とは思えない。
ということは、エリザベスがアランとわたし達に隠してることというのは、彼女の心の向きなんですよね。エリザベスは誰を守ろうとしているのか。本当に言いたいことは何か。
それが、犯人探しを助ける意味で、正しい道筋なのか、それとも撹乱させているのか、終盤まで分からない。
物語の核はエリザベス。
ミステリの名探偵は推理し真実を明らかにすることで死者の名誉を回復するのだ、とわたしのお慕いする先生は仰いました。
……真相が明らかになってみれば、死者はただただ無駄に死んでしまったし、名誉を回復したのはアランでした(苦笑)
ぐるぐると同じところに戻ってくるようでいて、アランと警察の捜査により確実に犯人は追い詰められていきます。
でも巧いことに、だんだんと犯人がボロを出すとか出さないとかじゃなく、疑いをそらすために余計なことべらべら喋るんじゃなくて、犯人にとってはMAXで追い詰められていると自覚したのは物語が始まる前からで事件後なんてもう何の根拠もない自信となるようになるわ~くらいの認識しかなかった印象で、読者にはすでに犯人は「そういう人」なんです。様子がおかしくなったというレベルじゃないの。もともと人格的におかしいの。ディヴァインて本当に巧い。
コミュニティの下品なまでの嫌らしさも、人間の狡猾さと愚かさも、ミステリとしてのロジカルな導き方と見事に融合させて、まさに解説の大矢博子さんのいう「実に品のいい、姿の美しいミステリ」です。
真相そのものは哀れでやり切れないのに、アラン自身に降りかかった災難もこれから先のことを楽観視はさせてくれないのに、それでもバシッとけじめがついて読み心地はすがすがしい。この顛末でよかったんだと思えます。
タイトルがまたね、皮肉でね(笑)
もちろん被害者のことでもあるんですが、シルブリッジという町においての「医師の死」でもあるわけですね。
それくらい、アランの傷は深い。でも、この事件の後もきっと、このシルブリッジは何も変わらない。それがグリフィスとジョアン父娘というキャラに象徴されてる気がしました。
うーん、ディヴァイン苦手とか言うてる場合じゃないかも。家にあるのを再読したくなったし、未読のも買い揃えたい。
マジで楽しかった!ああ面白かった!