『いいかよく聞け、五郎左よ!』 -もう一つの信長公記-

『信長公記』と『源平盛衰記』の関連は?信長の忠臣“丹羽五郎左衛門長秀”と京童代表“細川藤孝”の働きは?

左文字(さもじ)

2007-09-28 21:21:11 | 信長公記の蔵:武具篇
左文字(さもじ)

①南北朝頃、筑前博多の刀工左衛門三郎慶源

 (よしもと)に始まる左(さ)家の者が鍛えた

 刀。銘に「左」の一字がある。今川治部大輔

 義元の愛刀「左文字」は、おけはざま後信長が

 佩いた。「永禄三年五月十九日 義元討捕則

 彼所持之刀 織田尾張守信長」と金象嵌のある

 左文字が、徳川家の寄進状とともに建勲神社に

 現存する。

②1578年12月二度内応してきた安部二右衛門に、

 信長が下す。自分の腰からとり渡しているので、

 おそらく「義元左文字」か?


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