以前にも書き込みましたが、2014年足に大けがしました。最初は太ももがパンパンに腫れてシップとか張って
良くなるのを待っていました、椎名林檎のライブが2日連続で取れたので、歩行不能で入院とかはしたくなかったのです。
杖ついて痛みに耐え、2日とも見に行きました最高でした!
その後、再び町医者行ったら、皮膚が血行不良で壊死してきているので、大病院行きなさいとなって、そこで悪い部分を切り取って
8針ほど縫って、通院してました。
しかしそこが破れてしまい更に悪い部分を切り取って、今度は20鉢縫って血抜きの管を埋め込んで入院しました、しかしそれでも
壊死は進み、右太ももの4分の1くらいの範囲の皮膚と皮下組織を切取って、VAC療法という患部にフィルムで蓋をして、吸引機で
24時間引っ張り上げて肉芽を作り育て盛り上げてゆくという方針に変わりました、今思えば担当の若い医者がその治療をしてみたかった
のもあると思います、外科は切りたがりばかりだから。当然全身麻酔の結構な手術、入院期間は数か月に変わりました。
そして4人部屋から、治療の都合で個室に移りました、病院都合なのでタダです、なんとなく流れはわかりますね、当初の入院は2週間
の予定でしたから。
手術後大出血で死ぬかと思いました、輸血しながらその血が出て行ってしまい、5日間ベッドの上から1センチも動けなかった、トイレも
いけない、おしっこはカテーテルで吸い出してくれるけど大きい方はひたすら我慢しました、これが一番つらかった記憶です。
その後の調べで血が止まりにくい体質だということが解り(これは子供のころからその傾向が有りました)
1本100万円の注射を打ちまして、さすが効きましたが、これも先生が使ってみたかったのだと思います。
あとは患部のスポンジを週一で替えながら、皮下組織が徐々に育ってくるのを待つだけです。
暇でした。
本をたくさん読みました、ネットをたくさんしました、看護師さんや先生と色々話しました、まだ車いすで個室なので、入院仲間
とはまだあまり親しくなかった、足はとても細くなり、上半身の筋トレはしてました。
その後歩行器で歩けるようになり、杖に変わり、ゆっくり歩けるようになってからはデイルームで過ごすようになり、世間話をする仲間も
増えました、特に三宅島から入院して来た方とは、年末年始のガラガラの病棟で一緒だったことも有り、家族ぐるみで仲良くなったのは
良い思い出です。
そして、皮下組織も大分盛り上がってきて、今度は皮膚を作る手術になりました、これはやはり自家皮膚移植がベストということで、
それで行いました、これも全身麻酔、切り取った皮膚は5センチ×25センチくらい、これをメッシュ状にして広げて貼り付けるそうです。
手術は上手くいったのですが、その後また大出血して死にそうになりました。
輸血して例の100万円の注射、また5日間の絶対安静で乗り切りました。
その後数週間皮膚も落ち着いてきて、やっと近場の外出許可がもらえるようになりました。嬉しかったなあ!
何せ錦糸町なので周りには何でもある、まず行ったのはいきなりステーキで肉をガッツリ食べました。その後はヨドバシ行ったり
猿江恩賜公園散歩したり、WINSで馬券買ってみたり。
でも、足が弱ってるので毎回ヘロヘロになりました、そして春も近づいたころやっと退院の許可が出ました!
まあその後も暫くは通院&自宅療養でまだ社会復帰は見えなかったけど、嬉しかったな。
しかしこの時は、この後の自宅療養で大変なことになって行くのは予測してなかったのであった。
今日はここまで、ではまた続きます。