ことばと学びと学校図書館etc.をめぐる足立正治の気まぐれなブログ

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全体知に向かう意思

2008年01月02日 | 「学び」を考える

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 年末に寺島実郎氏の『脳力のレッスンⅡ 脱9.11への視座』(岩波書店、2007.12)を読んだ。壮大な視野で時間と空間を縦横に結び、混迷する国際関係を基軸にわが国の政治、経済を批判的に解き明かす。あまり読まないジャンルだが、圧倒的な説得力と思考の展開に突き動かされて一気に読了した。多岐にわたる具体的な議論の内容もさることながら、情報の分析と統合を通して「物事の本質を考え抜く」強靭で柔軟な思考法こそ学ぶべきであろう。自らの脳力を高めるための要点を、あえて次の3点に絞り込んでみた。

・「自国利害中心主義」「私生活主義」といった偏狭なナショナリズムや自己中心的な思考を脱して 大局的な観点から世界を展望し、自らの進路を構想すること

・体系的な情報分析と検証に基づく判断と構想力によって意思決定の根拠を深め、その責任を重く受け止めることの大切さ

・締めくくりとして、人間世界の総体をあるがままに受けとめようとする空海や鈴木大拙の思想に言及しながら、断片的、個別的な知性ではなく、外に広く内に深い視座を持つ全体知を求める意思に期待をかけ、「人や社会を動かす創造力は、対立と憎悪を増幅させることではなく、愛とか協調といったポジティブな価値から生み出される」とする。

脳力のレッスン 2 (2)
寺島 実郎
岩波書店

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 全体知の視座でさらに問い直さなくてはならないのは、教育、医療、福祉、自然環境、宗教といった分野までもが市場経済や政治の論理に従属し、競争原理や偏狭なナショナリズムによって人や社会や環境の分断が進行している現実であろう。学校教育についていえば、このような現状ではたして学校は児童生徒が自ら成長し豊かな人間性を育む力を発動させる契機となりえているのだろうか。菊池栄治氏のリスティック教育招待に触発されて問いを立てるならば、学校は、「わかる」「できる」学力を求める以前に、地域やいろいろな人とかかわって多様性の中で学び合い、自分を成長させる場を提供しているか。お互いの弱さや痛みやできなさを共有する場となっているか。「問い」と「振り返り」を通して人間の限界や社会の矛盾を見つめる場となっているか。

 学校図書館もまた、このような問いにどのように応えていくかを明確にしておく必要があるだろう。

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