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映画「サラエボの花」

2008年01月14日 | マミム・メモ

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 昨年末に見た映画「4分間のピアニスト」「君の涙ドナウに流れ ハンガリー1956」に続いて心待ちにしていた「サラエボの花」がやっと関西で公開された。

「サラエボの花」公式サイト

 1992年、旧ユーゴスラビアの解体にあってボスニア・ヘルツェゴビナの独立をめぐって民族の分離を目指すセルビア人クロアチア人ボシュニャク人(ムスリム人)が対立した。1995年まで続いたこの民族紛争が残した爪あとを描いた映画である。だが、戦時の暴力的なシーンは一切ない。

 貧しい母子家庭で娘を修学旅行に行かせようと費用の工面に奔走する母親と娘の関係。ある意味でありふれた日常の場面を淡々と描く。画面の隅々から戦争の傷跡が人々の生活に影を落としていることが感じ取れる。やがて娘は、母親から聞かされていた父親像や自分の出生について疑問を持つ。このあたりから、しだいに、この映画が「民族浄化」の名の下に行なわれた集団レイプの被害を描こうとしていることが明らかになっていく。そして、ついに苦悩する母親から娘に出生の秘密が明かされる。ここで、観客は母子の愛情を確認し、紛争が人々の心の奥に残した傷跡から人間のおろかさを再確認する。だが、考えてみれば、これはこの映画を見ようと思ったときから内心用意していた見方ではなかっただろうか。

 さらに深い普遍的な思考へと私を導いてくれたのは、113日付朝日新聞(大阪本社版)に掲載された大越愛子近畿大学教授の評であった。「女性が<妊娠・出産可能な身体>として存在するのは、根源的不条理である。」という冒頭の一文は衝撃的だ。そして、この認識を踏まえて次のように問いかける。「生命の源であるはずの「妊娠・出産する身体」に、なぜ暴力的な欲望が向けられるのか。」そうして生まれた子どもを「愛することができるのか。」

 映画は、母親が心の傷として奥に秘めたまま苦悩する受け入れがたい事実を語ること、娘が真実を知ることが、母子の新しい関係の構築へとつながることを示唆しているのではないか。そこに希望をつなぎたい。だが、それには「被害女性がどのような葛藤にさいなまれ、何と格闘せざるをえないのかについても考える必要がある。」と大槻教授はいう。男性としては、想像力を最大限に発揮して女性の率直な感覚に耳を傾けながら自らを振り返るほかない。

 私たちは、どんな苦悩のさなかにあっても、最終的には生きる希望を愛に託すしかないだろう。だが、それは「愛」という言葉を借りて観念的なロマンティシズムに逃げ込むことではない。愛は意思を持って具体的に作り出していくものである。そのことをこの映画は伝えているのだと大越教授は指摘してくれている。

 ハリウッド風のエンターテインメントの手法に慣れた観客にとっては冗長な感じがするかもしれない。時空を超越して伝えたいメッセージを鮮烈に表現することができる映像の可能性をあえて抑制して、ありふれた日常生活の断面を切り取ることで、観客の想像力を呼び覚まし、過去と今をつなぐ深く広い思考へと誘う。映画芸術と呼ぶにふさわしい真っ当な映画の証であろう。

 クラシック音楽のファンとして次は「マリア・カラス 最後の恋」を楽しみにしている。

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1 コメント

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Unknown (佐藤 美智代)
2008-03-17 13:31:47
今年のベルリン出品作「トウーヤの結婚」見ました。
その前に 小説新人賞をとった楊李作「ワンちゃん」
も読みました。
アジアの作家たちが、何を描こうとしたか「サラエボの花」も監督のインタビューが謎を解きあかしてくれてます。
「こぶのある女」グルヴァヴィッツァという地名の語源。
同時に、グルヴァヴィッツァとは、(殺戮や武装兵士による集団レイプ、などが行われた地名。かつては、
慈愛深い人、スポーツ選手、インテリといった偉大な人々を生み出して来た が外からやってきた野蛮な悪人たちによって汚され、服従されようとされてしまった)複層的な意味のある地名。

日本と外国の関係が なかなか変われない今日、関わり合わずには「共生」なんてありえない。という強いメッセージを浴びせかける映画が外国からどんどん発信されてくる。
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