数学教師の書斎

自分が一番落ち着く時間、それは書斎の椅子に座って、机に向かう一時です。

久しぶりの授業から

2023-01-23 08:47:50 | 数学 教育
 授業と言っても,家庭教師での話ですが,共通テストに集中するために,1か月ほど休んでいたのを再開しました.昨日がテスト後の最初の授業でした.
 教えてる受験生は,思ったほど点数はとれてなかったのですが,生物を選択して,物理との点数格差のために点数調整が行われて少し点数が上がって,東大のボーダー近くまで点数も上がり,志望校は変えずに東大を受験することになりました.
 1年以上前の11月から教え始め,3回ほどテーマ別で基礎から教えた後,1年たった昨年の11月からは,東大の過去問で毎回3問ほどテーマを変えた問題を演習しながらの授業です.
 毎回,東大の過去問を選択して,受験生に渡し,予習をして授業に臨み,私が解説しながら,時には演習しながら,1対1のゼミのような授業です.授業というよりは,大学のゼミという感じですね.高校や,塾や予備校でも,あくまでも1対多数の授業,講義というスタイルですが,数学の力をつけるのは大学の数学科でも4回生以上で行われるゼミが一番実力が付くので,それを実践していると言えます.何がわかっていないかを,自分で自覚して,その場で確認しながら,一歩ずつ前に進むので,教える側と学ぶ側の距離感もありません.
 私の家は田舎にあるので,広くて,ホワイトボードもなるべく大きなものを2つ使っています.すぐにマジックのインクが無くなってしまうのが,悩みの種ですが,受験生は,自宅から親に車で1時間をかけて送ってきてもらっています.ゼミの時間は,日曜の午前9時から12時までの3時間を一応の目安でやっています.このくらいの時間をかけないと,数学では効率が上がりません.
 私の方は,前日はその準備をします.問題を解きながら,その背景の数学を考えたり,講義録をTexで書いたりします.前回では,私の講義録の解答欄の余白に書いた「フーリエ級数」について,どんなものなのですか?という質問があり,高校3年生にフーリエ級数を,お話ではなく,数学的に説明するにはと考えて,過去に勉強した本なども参考にして,原稿を作ります.数学Ⅲで計算する三角関数の積分計算などを掴みにして,書き始めましたが,いざ書き始めるとこちらの頭の整理もしながらで,結構楽しいものです.いろいろな本でも説明はありますが,一番これはいいなあと思ったのが,「スミルノフ高等数学教程4」の6章の「フーリエ級数」でした.大学時代に読んだ本としては,
があるのですが,これよりはスミルノフの本のほうが読みやすいです.改めてこのシリーズ(日本語訳で12巻あるのですが)の他の巻も読んでみると,最初の1巻などでは通常の日本の数学書には見られない親切さがあり,初歩的なところから結構専門的なところまで説明がされていて,その素晴らしさを再確認しました.
 このシリーズを買ったのは,大学に入った頃だったのではないでしょうか.当時,私たちのクラスT6(工学部はTを頭文字に教養部ではクラスが分けられていました.理学部はSとか)は数理工学科の大半と他の工学部の学科で第2外国語としてロシア語を履修した学生のクラスでした.数理工学科の中の35人くらいと他学科の5人くらいだったと思います.入学当初に第2外国語の登録があって,その登録日に,工学部だからドイツ語かなと思い,登録用紙に「ドイツ語」と書いて持っていったら,教室で説明があり,最近の数理工学の世界ではソ連が非常に進んでいて,モスクワ大学でも数学力学部という学部が一番難関で優秀は学生が集まるので,出来たら皆さんはロシア語を選択してくださいという説明があったため,その時の多くの数理工学科の新入生はロシア語を第2外国語として登録をしたのでした.もっとも,後で聞くと,どうしても教養部ではロシア語のクラスを作る必要があったからだとか.真偽ははっきりわかりませんが,そんなわけでロシア語を第2外国語として学ぶ結果になりました.確か当時のロシア語の先生は上野修司教授だったと記憶していますが,自前で作られた教科書を使いながらの講義でした.教科書の口絵には京都の芸術家の作品の写真が載っていて,印象的な教科書でした.書斎を探してのですが,その教科書は見つかりませんでしたが,スミルノフ高等数学教程の原書版がありました.
    
日本語版は 
で,全12巻ですが,ロシア語で数学書を読んでみようと京都にあるロシア語の専門店に頼んで取り寄せてもらった記憶があります.結局,この1巻で挫折してしまったのですが,当時のロシアは紙の質が悪く,新聞紙のような紙質ですが,50年たった今でも読むことはできます.
 同じスミルノフですが,別のソ連の数学者の著書

が大学3回生の時に数理工学科のゼミが2つある中の一つで読んだ本です.もう一つのゼミは「待ち行列」の英語の本だったと記憶しています.数理工学科らしく,型にはまらない感じでいろいろ思い切った感じで勉強できる環境だったと思います.
 ところで,ロシア語の辞書に関しても岩波の露和辞典しかないような時代でした.確か,この岩波と三省堂のコンサイスしかなかったと記憶しています.
 「スミルノフ高等数学教程」をまた久しぶりに読み返してみると,例えば、一様連続の説明は親切で,なるほどとわかりやすく、その素晴らしさを再確認しました。フーリエ級数の話も理解しやすいように,易しく導く感じで書かれていて,日本の本には無い親切さを感じます。
 今と違って,私の頃の大学は,難しい本を理解するのが大事みたいな雰囲気で,大学の教養部の教科書でも高木貞治の解析概論を含め,難しい教科書ばかりが使われていました。これを理解できないのは、お前は阿保かみたいな感じでした。
 高校の教員になって45歳で筑波大の大学院の講義を受ける機会がありましたが,その時感じたことは,筑波大学の大学院の数学の内容は,昔の京大の教養部の2回生むけの講義と同レベルだと。京大で受けた講義は70年代の半ばで,
筑波の大学院で受けた講義はその後25年後のことですが,京大と筑波の学生のレベルの違いはあるとしても,講義内容が易しくなって来たのではないでしょうか。実際の大学の教員に聞いてみたいですが。
 総じて,日本語の数学の教科書より外国語の本の方が易しく書かれていると聞きますが、このスミルノフの本や,ラングの本

などを読むとそんな印象を持ちます。また,外国語の本を日本語に訳すと分量が1.5倍になるとある大学の数学の先生から聞きましたが,スミルノフやラングの本でも同じことが言えるかもしれません。
 ラングに関しては,大学の2回生のときに,自主ゼミがあって単位に認められることもあって,友人たちと,当時の鈴木敏教授にお願いしに行くと,ラングの「Algebra」を紹介していただき,1回目だけ,先生がゼミの進め方を説明していただき,その後は仲間と読んでいきました.仲間は同じ数理工学科の3,4人と理学部の3人くらいだっと記憶しています.
 3年ほど前に高校の教え子で東大の理1に進んだ生徒が,自主ゼミの話をしてくれて,その際に私の当時の自主ゼミの本であった,ラングの「Algebra」を懐かしく思い出して,話をしました.今の京大でも,このようなゼミはあるようですし,東大でも有志でこんな自主ゼミを開いているのを聞くにつけて,さすがだなと感じます.
 教科書に話を戻すと,高校の数学の教科書にしても,私ので高校時代の教科書の内容と今の教科書の内容を比べても今のは明らかに内容が少なくなって来ています。複素数平面,数列の極限,区分求積法は当時は数学IIBにあったので文系でも勉強した内容が,現在は,数学IIIに移行しています。微分方程式は数IIIからも殆どなくなっています。高校の参考書にしても,やたらと解答が厚くなって,びっくりするようなボリュームの本になっています.チャート式などは本と解答が別になって,同じくらいの厚さにびっくりです.例題の解答はまだしも,練習問題の解答は詳しくなくてもいいのではないでしょうか.逆に何とか解答の数値に合わせられるよう計算などに注意することで計算力もつけられると思うのですが,実際は自分で考えずにまず解答を理解して次に覚えていくようなそんな勉強方法になりつつあるのではと,危惧しています.
 いずれにせよ,大学生の勉強の仕方や受験生の勉強の仕方も変化が見られ,それに応じて教科書も変わってきたり,参考書なども隔世の感があります.そんな思いを持っておられる数学関係者もおられるのではと思いますが.どんな思いをお持ちか,聞いてみたいです.


 

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