数学教師の書斎

自分が一番落ち着く時間、それは書斎の椅子に座って、机に向かう一時です。

共通テスト

2024-01-15 07:47:18 | 大学入試
 共通テストも終わり,1週間になり,リサーチも一段落して,殆どの受験生は志望校に向けて2次対策の時期になりますが,私学の一般入試も近づく中で,なかなか感覚が戻らないと感じてる受験生も多いかもしれません.
 理系の受験生では,数学Ⅲは1か月以上勉強から遠ざかってる人も多いのではないでしょうか. 

 さて,センター試験、その前は共通一次試験、そして今は共通テスト。これらを経験した年齢層も60歳代を超え、これらの試験が当たり前の感覚であることに、私自身が,少し違和感を憶え出してから、暫くたちます。

 私はその世代ではなく、一期校に二期校の世代です。私の年代の6年後から共通一次が始まります。なぜ、共通一次が始まったか。当時の文部大臣、永井道夫は、「東大を頂点とする日本の大学の偏差値による構造を八ヶ岳のような各大学が競争して切磋琢磨するような構造にするために、受験地獄といわれる偏差値によるランク構造や,合格への一点刻みの入試や、難問奇問をなくすため等」という発想のもとに実施されました。

 この世代にとっては、この試験の功罪を経験値として、これらの試験がないころを知らないので、冷静に比較できない点で、この試験制度を問題点を分析することを難しくしていると思います。

 振り返れば、この制度ができて45年の時間の経過がその分析を曖昧にしているともいえる。18歳を考えれば、私の高校3年生の時から45年前といえば、昭和初期、戦争がひたひたと足音を立てて迫ってくる不安な時代です。高校の日本史の授業では時間もなく、教えてもらう機会もなく、ただひたすらに自分で教科書、参考書を読み、自学自習して大学入試に向けて勉強した時代区分でもあります。社会格差という点では今からの45年前と比較すると、当時の45年前ははるかにその格差は大きかったといえます。

 こんなことを思い浮かべながら、戦後史を少し勉強したくなり、本を読み始める機会になったのも一つの要因ですが、それについてはまた別に書きたいと思いますが、この試験制度に関しては、始まってから今に至るまで、違和感が常に付きまとっています。私の教師としてのキャリアの中で常にこの違和感が付きまとっていたともいえます。そのいくつかを列挙すると
① なぜ大学ごとの試験だけでいけないのか。
② 実質、12月までで高校の授業を終えないといけない。
③ 特別の訓練をしないと対応できない。個別試験対策と共通テスト対策。
④ 模試を共通テスト用と個別試験用と2種類が必要。
⑤ 共通テスト用の進路事務の負担。
⑥ 共通テスト後の進路指導の増加。
⑦ 共通テスト利用の推薦入試進路指導。
が思い浮かびます。

①について。この試験制度が始まって、今に至るまで変わらない疑問点の一つです。各大学が必要とする学生の資質を測る学力試験は、各大学の判断で作問すればいい。記述試験を入れて、科目を多くすることで、十分に受験生のその大学に必要な学力を識別できる。さらに大学入試センターに年間数百億のお金が使われ,天下りの温床になっているとも言われています.

②について。教科書の後半部分の分野も教えるとなると、1,2年生で学ぶ科目と例えば多くの高校で3年生で学ぶ日本史では授業での扱いだけでなく、共通テストの選択にも影響がおこる。また、教科書の厚い教科の世界史や日本史は理系では選択者が少なくなる。共通テストを意識したカリキュラムや選択教科が必要になり、学校によっては、選択科目の関係で東大の文系を受験できないカリキュラムになる。つまり、世界史、日本史の同時選択ができない等。

③について。記述式試験でなく,マークシート式であること。さらに,例えば、国公立の個別試験の数学で、時間不足で解けなかったとか、時間に追われてできなかったということはほとんどないが、共通テストではこの時間との勝負が出来不出来につながる。思考力を見るというより、時間内にいかに効率的に解答するかが、この試験のポイントである。実際に数学の問題を解くことでしか、その感覚は理解しにくい。そのことを踏まえての議論がこれまでも少ない。数学では、普通に問題を読むだけで、試験時間の半分以上はかかります。特に数学ⅠAのデータの分析では。

④について。駿台・ベネッセや河合塾の模試をみても、3年生では記述模試とマーク模試という2本立てが確立しているし、模試の回数が必然的に2倍になっている。さらに、旧帝大系の大学には、東大模試や京大模試なども必要になり、3年生になると、土日は半分が模試の受験日になる。特に、マーク模試は本番の試験は2日間であるが、模試は1日なので、早朝から夕方までびっしりの時間でへとへとになる。当然それらに対応した進路指導事務が増加する。模試の希望者を募り、その受験料を聴取するのも進路指導です。学校実施では、会場設営から選択教科による教室配置など難しい業務も必要になります。その分受験料は安くなりますが,先生の仕事は増えます.手当はなく.実際の共通テストも科目選択、文系理系を意識してで会場が設営されていますが、模試のたびにそれを実施していく高校の進路指導を一度見学してほしいものです。

⑤について。7月には、大学入試センター主催で全国何か所かで、3年生が受験する来年」1月の共通テストの説明会が行われます。東海地方では名古屋大学でした。長時間にわたっての説明会で、この地方の公立私学の高校の進路担当の先生、多くは進路部長が出席します。そして9月に入ると出願書類が送られて来て、9月中に3年生に説明会を開き、3年生の受験希望者に配布して、出願書類を担任がチェックして、進路指導部がまとめて大学入試センターに送付します。以前、ある高校で、期限までに出願をし忘れていて、受け付けてもらえなかった事案がありました。生徒の一生を決めるともいえる試験でもあり、緊張感がある作業が続きます。その後、受付票が学校に送られてきて、確認して間違いがなければ、12月までに受験票が届きます。それを持参して、1月の13日以降の土日に共通テストがあります。必ずしも同じ受験会場とは限らないので、生徒は前日には試験会場の下見をするようになっています。前々日には受験生徒を集めて激励会を行います。冬休みは、最後の追い込みで、この時期は共通テスト一色になり、毎日テスト練習に明け暮れます。どの業者の教材を使うかも事前に協議しないといけません。12月の保護者懇談会に向けて、多くの高校ではそれまでの生徒の学力を検討して志望校を把握するために、進路指導部と担任での進路検討会を行います。多くは、2学期の期末試験中に行いますが、生徒一人一人についての志望校の検討です。そこでの話をもとに、12月の期末試験後の保護者懇談会で、担任から生徒保護者へ情報提供が行われ、共通テスト前に一応の志望校を決めておきます。

⑥⑦について。共通テスト試験会場には当日の早朝に、早朝6時ごろに進路指導部は、生徒応援のために、のぼりやお菓子やチョコレートを持って、大学の入り口の指定の場所で場所取りが始まります。担任の先生や有志の先生も開始時間の2時間前までには集合して、生徒の到着を待ちます。生徒は先生を見つけると頑張りますと笑顔を見せ、先生は頑張れよとチョコレートやお菓子を渡し激励します。それは試験開始30分前まで続きます。生徒の列が途切れた時には、顔見知りの先生同士が久しぶりの再開に話の花を咲かせます。公立の先生は学校が違っても、以前同じ職場であったりとかで、懐かしい話に花を咲かせたりできる、緊張感もある中でのひと時のリラックスできる時間です。一方私学の先生は転勤がないので、基本的に知っているのは同じ学校の先生だけなので、ほかの学校の先生と話すこともなく、雰囲気が違います。生徒が入場して、試験が開始されると、先生も三々五々解散していきます。翌日の日曜日も同じです。実は翌日の月曜日からの1週間が予備校も進路指導部も最も忙しくなります。月曜日には、予備校やベネッセからのセンターリサーチ用の用紙と解答が送られてきて、それをもとに、自己採点して志望校を書き、業者に午後には渡します。これが全国で行われています。そして水曜日の夜には集計が終了して、それをもとに平均点や各大学のボーダーラインが作成され、木曜日には各生徒にリサーチ結果が渡されます。このデータはその後ベネッセ等では大学の難易度を作る基本データです。したがって、どの業者もこのデータが欲しくて、何とかこのセンターリサーチに参加できないか、営業面での活動が必死になります。月曜日に書いた志望校の志願者内の順位や可能性についての資料が送られてきて、それを見ながら志望校を再検討して、2週間後の出願締め切りまでに志望校を決定して出願します。この木曜から特に思ったより成績が良かった生徒の中から、急に共通テストによる推薦入試の出願が出てきます。締め切りが1週間もないくらいで,切羽詰まっているので、すぐに推薦会議を開き、その可否を決定します。その間、思ったより成績が悪かった生徒は志望校変更を考えますが、現実に自分の持ち点が決まっての志望校決定ですので、12月時点とは全く様相が違ってきます。半数ほどの生徒は12月時点とは違った志望校になり、ここから2次試験に向けて本格的に対策が始まります。この間、進路指導部では、生徒の進路相談以外に2次対策として志望校別の個別対策を実施していきます。私も例年、10校くらいの大学別の数学の対策を生徒別に個人添削を始めていきます。この時期に生徒が個別に先生に2次対策をお願いに行く先生が実は最も実力のある先生で、先生の実力が生徒によって判定されるというわけです。

 以上が共通テスト「あるある」ですが,意外と教育現場のことは知られてないのではないでしょうか.大学の個別試験だけで,科目数を多くして,記述式で,試験期間も3日間くらいで,試験日は3月.少なくとも国公立はそうあってほしいですが,50年近くたちますが,その思いはほとんど変わりません.そういいながら思い浮かべるのは,昔と今では教科書は大きな変化を感じませんが,参考書は大きく様変わりしています.まだ勉強の仕方もそれに伴って変わってきています.それについては,また別の機会に.





公平性とは

2022-01-12 12:43:30 | 大学入試
 今週末に迫った、共通テストに関して、コロナ禍対応で、2次試験のみで判定とか等を大学に要請した文科省のニュースが新聞等でも大きく取り扱われています。その中で、公平性がどうなるかという問題も指摘されている。

 実は、コロナ禍の入試だけでなく、現場に関わってきた人間として、この10年くらいの間で感じてきた入試での不公平感があります。その最たる問題が医学部医学科の地域枠推薦かなと。地方の医師不足から派生してきたこの地域枠推薦は、地元の受験生でも、田舎の受験生とかに適応されて、その受験生がある意味、低い点数でも合格できるというシステムです。我々の受験生の頃なら、ありえないシステムです。そもそも、受験では公平性等そのものが担保されなければ、その意義さえも否定されるものだからです。尤も、私の受験生の頃では私学の医学部では点数が低くても、お金で合格できるという学校も多くありました。したがって、そういう私学の医学部は偏差値も低く、評価も低かったものです。その後は、お金で入学させなくても優秀な受験しが集まるようになってきて、現在がありますが、一部では女子とか多浪生には不利な合否判定が行われていた(る)大学も存在していました(す)。
 
 そもそも、我々の受験生の頃(昔)は、国公立大学での推薦入試などは皆無で、面接で判定されること自体、そこに客観的な公平さが担保できないという見方が一般的でした。だから、少なくとも大学入試だけは公平で、そこに努力したものが報われるということの拠り所でもありました。

 確かに今の時代では、入試の成績も開示請求できたりしますが、私の地元の三重大学の医学科の推薦入試に関しては開示されません。これまでも、現場からも情報開示を要求してきましたが、透明性は担保されてないのが現状で、面接でも圧迫面接を通り越して、「君の姉の医学科の成績は悪いので困ったものです」等個人のプライバシーも全く無視した面接なども行われてきました。これは実際にされた生徒から聞いたことですが、就職面接で行われたら、即座に職安から指導が入るような内容です。

 
 今も昔も、変わらないものの一つとして、調査書があります。基本的にはこれを同封して出願するのですが、悪しき平等性の名残とも言えるのですが、現実に高校での学校間格差が存在している中で、違う学校の評定平均を同等に比べることはできません。しかし、文科省の指導のもとで同封しなくてはいけません。昔から、大学側もよく知っていて、多くの大学では一応同封されてくるものの、ほとんど入試の判定には利用していないのが現状です。その証拠に、中には高校教員が間違った内容を書いても、大学側から指摘もしない現状があります。調査書に関しては、履習条件だけで、評定は必要ないのではないのか、そんなところも早急に文科省は検討すべきだと思います。そもそも、生徒の学習状況等に関しても、担任が書くのはいいことばかりで、狭い記入欄にいかに文字を小さくしながら、その生徒に有利になるようなことを工夫して書き並べること、そこには本当かな?と思われることなどもあり、担任の創作能力の差が出ると言わざるをえないような現状もあり、それで評価がなされるのなら、そこには受験生の評価に関しての公平さがなくなるのではないかという問題があります。

 いずれにせよ、今に始まった事ではないものの、大学入試に関しては公平性を担保する努力はいつの時代でも必要ではないか。だからと言って、客観テストで判定するのではなく、記述問題で科目数を多くする中で、しかも高校卒業時点で、できれば3月に入試を行うことで、時間的な公平さも担保してほしいものです。年間数百億の予算で大学入試センターを運営する必要もなく、その予算を各大学に配分して、1回の試験で科目数を多くして、全問記述式にして行うような入学試験にしてほしいと思うのは自分だけだろうか。共通テスト、センター試験、共通一次試験がありきの世代の人からしたら、違和感があるかもしれないけど、今一度原点に戻って見直してみる必要がある。どこが原点かの問題も含めての検討も必要があると思う。

 そういえば、私の受験生の頃は東大に1次試験があった。知っている人も少なくなりつつあるのでしょうね。


教養部

2021-12-27 08:21:18 | 大学入試
 先日自宅で教えている生徒の母親から質問がありました。京大の総合人間学部について、どんな学部なのかという内容でした。

 その昔、私が大学生の頃は、1,2回生は一般教養という科目を履修して、それを学ぶ場所が教養部という学部でした。東大は今でも教養部という学部が駒場にあり、1,2年生はそこで一般教養科目を履修しますが、東大以外の大学は、教養部はなくなり、京大でいえば、教養部を解消して総合人間学部に改組されましたが、今でもその総合人間学部が主体となって、1,2回生は吉田キャンパスで学んでいます。

 「パン教」という言われるようになり、一般教養科目が学生からも不人気となり、80年代から教養部が解消されて、教養部の先生も既存の学部に所属が変わっていったのですが、どこにも属さないような先生の所属として総合人間学部ができたのです。大学によって名称は異なりますが、名古屋大学では情報文化学部がそれにあたりました。

 教養科目としては、理系の数学から文系の国文学迄、幅広く科目があり、私の通っていた京大では今思い出しても、「パン教」といわれるほどいい加減な科目はなく、少なくとも私は、いい制度であったと今でも考えています。東大や京大だから先生も豊富で充実していたとも言えます。今も東大に残っているのは、そのあかしとも言えます。

 したがって、今残っている総合人間学部は、文系も理系もごちゃまぜの感が否めないのは、教養部の名残とも言えます。工学部や農学部のような学科制のなく、何々研究室というような伝統もない、ある意味、個人事業主のような学部といえると思います。理学部と文学部を主体にした個人教授の集まりのような組織ともいえそうです。伝統のしがらみもない代わりに、学問的な伝統もないといえます。

 就職も工学部などの学科推薦のような制度ではなく、理学部や文学部からの就職と考えた方がいいと思います。受験情報が氾濫する中で、進路指導という観点から見て、大学からの就職に関して、工学部などの就職の実態が正確に伝わっていないのが、私の教員生活においても常に付きまとっていた疑問でした。これに関しては、また後日書きたいと思いますが。

 そこには、文系主体の就職情報からの脱皮ができていなかったこれまでの大学就職情報でした。今後は、文系、理系という枠組みも薄れていく中で、どうなっていくかに関して、世界から遅れていくという様々な分野での日本の現状を考えると、不安以外何物もありません。知性や見識のない、日和見主義の日本の政治家や官僚たちに信頼がおけないのは、この30年間を振り返れば明らかです。

 東大、京大に関しては、次の本がわりと客観的に述べられているかとも言えます。
 
 著者は、灘高出身の経済学者ですが、大学は小樽商科大学です。当時(私より少し前の世代)の小樽商科大学は商科大学としては、歴史的に一橋大学と肩を並べる伝統校であるというのは知られていましたが、今の受験情報の中での偏差値ランクなどにはその面影すらありません。著者は、その後大学院は大阪大学そしてアメリカの大学へとキャリアアップされて経済学者として成功されます。この著者の本からは共通してある種の受験の影響を感じ取れる気がするのは、私だけでしょうか。

 今の大学入試に関わっての進路指導では、予備校による模試によるランキングで序列化されて、ランキング主体の進路指導で、そこには大学の伝統やら歴史もないような味気なさすら感じられます。

 物言わぬ子ども化した最近の大学生を考える中で、日大の問題などを鑑みると、50年前に起こった日大闘争をかすかに知っている私から見ても隔世の感があります。当時、今と同じような大学の不正に対して経済学部の学生が声を上げ、大学側に不正をただすために声を上げ、全学ストに発展しました。そこで、大学側の暴力アルバイトとして雇われた、相撲部やアメフト部による、一般学生に対しての暴力がおこなわれ、その中に今回逮捕されたTも含まれたとか。それだけの大学の歴史を振り返る中で、大学の不正という状況な同じなのに、声を上げた当時の学生と、ただ助けを求めるような姿勢の今の学生の対比が時代を象徴するというか、大学の様変わりに隔世感を覚えます。そこに学問の衰退がなければという危惧をひしひしと感じてしまいます。
 

思い出の入試問題

2021-06-10 13:35:36 | 大学入試
 昔,同じ職場の英語の先生から下の京大の入試問題について話す機会がありました.英語の問題で,数学の話が登場してるのだけど,どう思いますかという話からでした.実はたまたま,この出典の本を持っていて,通読はしていなかったのですが,少しは読んでいたので,覚えていて,びっくりしました.出典の本は,

で,1ページから3ぺーじまでですが,右は2002年出版の原本で,左は2005年12月出版の日本語訳の本です.そこで話した内容は,どうして数学の内容の英文が出題されたのかということです.
 私の学生時代の知り合いに英文科の人がいて,その人の友人でWさんという方がいて,なんと,もと数学を専攻していた方がいました.その方が結局数学から英語に専攻を変えることになるときにお話を聞いたことがあり,その方が,その後京大の教官になられていたので,この入試の英文はWさんが出題者なのではないかと話した覚えがあります.これ以上書くとWさんが誰かと分かってしまいます(それほど有名なかたです.数学だけでなく,ほかにも傑出したある分野の専門家でもある)ので書きませんが.
 受験業界では,京大の傾向云々というフレーズで入試問題を分析していますが,もっと広い視点で出題者は問題を考えていることを意識させられた問題でした.
 数学で,この英文を教材にして,課外授業をやってみるのも面白いと思います.入試問題も大学と高校教育を接続する一つの装置と見て,そこに焦点を当てて受験技術というのではなく,教材としての価値を教員が付加することは,今後も求められていくのではないでしょうか.そう思うのは,あまりにも問題とその解答例を配布して,覚えておくみたいな雰囲気が以前より強くなりつつあるのではないかと危惧しているからです.
 パソコン上で,過去問等が簡単にダウンロードでき,編集,印刷可能なシステム(例えば数研のスタディーエイド等)の利用が多くなって生きて,それに依存している教員も多く,その結果,教員の教材研究が以前より,減少しているような気さえするからです.特に若い先生にその傾向が強く感じるのは私だけではないようです.
 以前,当時の京大教授の上野先生から聞いた話ですが,後期試験で理学部に入学してきた学生に,「どうしてこんな英文が読めないのか」と聞いたら,「私は後期試験で合格して,英語は必要なかったから」とか,数学の問題はまず小問の(1)だけを全部解いていって,部分点を稼ぐようにと指導されたとか.全く大学の意図しているのとは違った教育が高校で行われていることに愕然とされて,後期試験の廃止や数学の小問の廃止などにつながったようです.
 入試問題に関して,もっと大学側と高校側での議論の場があっていいのではないかと思います.そして,入試問題を切り口に高大接続の教育に関してもっと現場同士の議論の場の機会が増えることを期待したいものです.
京大過去問 2005年 
第1問 次の文章を読んで、下の問いに答えなさい。 
The famous British physicist Lord Kelvin(1824-1907), after whom the degrees in the absolute temperature scale are named, once said in a lecture: “When you cannot express it in numbers, your knowledge is of a meager and unsatisfactory kind.” He was referring, of course, to the knowledge required for the advancement of science. But numbers and mathematics have the curious tendency of contributing even to the understanding of things that are, or at least appear to be, extremely remote from science. In a famous story by Edger Allan Poe, Detective Dupin says: “We make chance a matter of absolute calculation. We subject the unlooked for and unimagined to the mathematical formulae of the schools.” At an even simpler level, consider the following problem you may have encountered when preparing for a party: You have a chocolate bar composed of twelve pieces; how many snaps will be required to separate all the pieces? The answer is actually much simpler than you might have thought. Every time you make a snap, you have one more piece than you had before. Therefore, if you need to end up with twelve pieces, you will have to snap eleven times. More generally, irrespective of the number of pieces the chocolate bar is composed of, the number of snaps is always one less than the number of pieces you need. Even if you are not a chocolate lover yourself, you realize that this example demonstrates a simple mathematical rule that can be applied to many other circumstances. But in addition to mathematical properties, formulae, and rules (many of which we forget anyhow), there also exist a few special numbers that are so ubiquitous that they never cease to amaze us. The most famous of these is the number of pi(π), which is the ratio of the circumference of any circle to its diameter. The value of pi, 3.14159…., has fascinated many generations of mathematicians. Even though it was defined originally in geometry, pi appears very frequently and unexpectedly in the calculation of probabilities. A famous example is known as Buffon’s Needle, after the French mathematician Comte de Buffon (1707-1788), who posed and solved this probability problem in 1777. He asked: Suppose you have a large sheet of paper on the floor, ruled with parallel straight lines spaced by a fixed distance. A needle of length equal precisely to the spacing between the lines is thrown completely at random onto the paper. What is Figure    1the probability that the needle will land in such a way that it will intersect one of the lines, as in Figure 1? Surprisingly, the answer turns out to be the number 2/π. Therefore, in principle, you could even evaluate π by repeating this experiment many times and observing in what fraction of the total number of throws you obtain an intersection. Pi has by now become such household word that film director Darren Aronofsky was even inspired to make a 1998 intellectual thriller with that title.
 From The Golden Ratio: The Story of PHI, the World’s Most Astonishing Number by Mario Livio, Broadway Books
 (1) 物理学者Kelvinの講演から引用したセンテンスが1つある。それを和訳しなさい。
 (2) 探偵Dupinの言葉を引用したセンテンスが2つある。それらを和訳しなさい。
 (3) You have a chocolate bar composed of twelve pieces: how many snaps will be required to separate all the pieces?という問いに対して、「より一般的」な答えとなっているセンテンスが 1つある。それを和訳しなさい。
 (4) Buffon’s Needleの問いを構成しているセンテンスが3つある。それらを和訳しなさい。
 (5) Buffon’s Needleの問いに対する答えとなっているセンテンスが1つある。それを和訳しなさい。


前期試験 京大理系

2021-03-01 21:47:45 | 大学入試
京大の理系前期試験問題を2題解答を作ってみました.簡単そうな4番と続いての5番.
4番は,距離の公式と三角関数の積分計算になります.京大合格には落とせない問題です.確実に解きたい問題です.現役生がまじめに勉強していれば解ける問題です.基本問題.
 こういう問題が出題されることは,置換積分の練習等も素朴にしてくださいというか,それができるかどうかという大学側からの素朴な問いかけであり,要求されている事柄ですね.

5番は,本質的にはオイラー(Euler)線の話で,外心(O),重心(G),垂心(H)は一直線上にあり,OG:GH=1:2であることを知っていると見通しが良くなります.数学Aの教科書を学ぶところで,先生がオイラー線に関して解説していただけるとありがたいです.
 軌跡も基本的です.そして,このような問題は演習の時に特に高3になって復習するときに勉強したい問題です.この問題を例にして,いろいろ復習事項を提示して解説することがどこまでできるか,教師の技量の見せ所です.
 当たり前のことですが,問題を解きながら数学的な事項をいろいろそこから発展させたり関連させて勉強できるかどうかが学ぶほうも教えるほうも大切ですが,教えるほうは特に意識したい.