数学教師の書斎

自分が一番落ち着く時間、それは書斎の椅子に座って、机に向かう一時です。

2024年度東大入試問題から

2024-03-04 04:04:32 | 数学 教育
 この時期になると,京大や東大の入試問題を解くのが習慣になっています.高校の教師をしていると卒業式や行事に追われ,ゆっくりできないので,なかなか余裕がなく過ごしてしまいがちです.
 予備校では,逆に競ってこの時期に入試問題の解答を公開していますね.最近は,ネットで解説している動画も多いですね.
 しかし,私は,ただ解くだけなら面白くなく,その問題の背景などを自分なりに考え,その問題を基にして,数学の講義用の教材を作ったりしています.
 例えば,今年の東大の理系の数学の問題で,第1問は基礎的な問題で数学的には背景は無い感じですが,第2問は少し背景を考えさせられる問題です.予備校などの解答からではあまり,そのことは伺い知れませんが,河合塾の解答の補足では少し言及されているのです.
 最初にt=sinθと置換することで,その定積分で表された関数がy=tanθと直線で囲まれた面積の最大最小を問う問題であることが分かります.さらに,その面積を計算する中でtanθの逆関数を考えるとヤングの不等式を思い起こさせてくれます.そこで,受験生や高校生が意外と分かっていない逆関数についてもう一度復習する機会になります.尤もそれを意識させるかどうかは教師次第ですが.
 この問題では逆関数の積分を意識するとすっきり解けますが,予備校の解答ではそれは見受けられませんが,生徒に解説するときなどは教師側の準備としてもう少し掘り下げて予習しておきたいところです.この第2問はあとは計算だけになりますが,逆関数の積分のヤングの不等式を少し応用すると,いろいろな不等式が導かれます.それを紹介することで,十分な内容の数学の講義ができそうに思いました.
 ヘルダーの不等式やシュワルツ(Schwarz)の不等式,さらにはミンコウスキーの不等式を紹介し,その証明を考えることで,結局は入試問題をきっかけにいろいろ勉強できる教材を作れることになります.
この本は,東大生が1年時に使うことが多い演習書の中では最も難しいと言われている本ですが,この本の例題としてヤングの方程式が紹介されていて,少し記述を丁寧にすれば,意欲のある高校生や受験生にも十分理解でき,面白い講義ができそうになります.
また,
この本にも積分のところで,これらの不等式が練習問題にあります.高校のときの教え子から聞いたところでは,東大でも理一の1年生でこの裳華房の教科書が使われていましたが,この本の中では,lim_{θ→0}sin/θ=1の証明に面積を使わずに証明されていますが,面積は積分を使って計算でき,その積分は微分の逆演算なので,三角関数の微分のもとになるこの式を面積(=積分)を使って証明する方法をとらずに証明されている本としては珍しいと言えると共に,一つの見識だと思われます.微積分の本でこの難波先生の教科書と同じ証明をしている本は非常に少なく,一松先生の
 
と,笠原先生の
位しかありません.両先生とも大学時代に教えていただいたことがあり,今でも懐かしくその時の光景が浮かびます.高校で教えるときにも座右の書としてよく参考にさせていただいた本です.
 一松先生の本では左の新版よりの右の旧版のほうが良かったと,以前京大の上野健爾先生から聞いたことがありますが,とにかく博学でいろいろなことが記述されているこの一松先生の教科書では,πの無理数性に関する証明が,基本的な微積分でできる論文(1947年のI.Nievnによる)も紹介されています.また,円周率に関しては,上野先生の
この本に詳しく書かれていますが,この本では,付録に先のI.Nivenの証明も詳しく紹介されています.私自身,Nivenの方法の証明を基に,大学の入試問題を作ってみることを試みたことも有りますが,そんなことでも入試問題の研究になるかと思います.

 lim_{θ→0}sin/θ=1の証明に関してですが,以前,ある大学での微積分の講義を見学する機会がありましたが,lim_{θ→0}sin/θ=1の証明に先生が,ロピタルの定理を使っているのにびっくりするとともに,さすがにそれはないだろうと思いました.sinθの微分を考えるときに,lim_{θ→0}sin/θ=1を使うのだからこの式を証明するのにsinθの微分を使うのはあり得ないと思うのでした.
 ところで,シュワルツ(Schwarz)はドイツの数学者で,ヒルベルトよりは一世代前の数学者(20歳くらい年上)です.

 また,ミンコウスキーはヒルベルトの親しい友人の数学者です.


 シュワルツ(Schwarz)の不等式は高校でも教科書では記述はありませんが,参考書等ではよく見かける不等式でベクトルの内積や積分等でも見受けられますが,日本語でシュワルツと記述する数学者には,このヘルマン・シュワルツとフランス人の数学者で,第2回のフィールズ賞(1950年)受賞者で超関数(distribution)の創始者であるローラン・シュワルツ(Schwartz)

がいて,英語の綴りが微妙に違います.

 こんなことを思いながら,入試問題を解いていくなかで,その背景を意識することで,入試問題を解説するだけでない,そこから先の数学を学べるそんな授業をしてみたいと感じられます.
 そんな思いから入試問題を眺めてみると,また違った面白みを感じられるのではないでしょうか.