母は心の中で生きてる

母が難病(原発性アミロイドーシス)と診断を受け、母の性格を考え告知せず、母の生との別れの後の家族の生活

8月24日

2006年08月24日 21時31分10秒 | Weblog
今日は 母の定期検診だ。
父は 休みを取り、母に付きそう。
この暑さだし、人の流れもある、とても私一人で 送迎も 駐車場から病院受付まで はムリだからだ。
医師とは 群大から紹介され、母が受診前に 私は面談している。
父はまだ無かったのだ、十二指腸潰瘍で入院した時は、担当医が違うし。

取りあえず、朝 朝食を済ませた。
が・・・母は タンパク(尿検査&血液検査)があるので、気になって、寒天ゼリーとグレープフルーツを食べた。
私は 一旦 仕事に向かった、 指示だけは伝えなくてはならないからだ。
指示を伝え帰宅、まだ病院まで時間があるので、気になっていた 柿の木の虫退治 を始めた。
父も母も出てきて ゴミ袋4袋の枝と葉を入れた。

病院予約は 11時半。
11時に自宅出発、父と母を病院正面入り口で 下ろし、私と子供達は 家に帰る。
雲行きが妖しかったので、洗濯物が気になったのだ。
以前 担当医が『待たせないようにはしますが』と言ったし、ちょっと前に 手のしびれで電話しているので、有る程度の状況は分かってると思い、
【今日はそんなに待たない】
と賭に出た

13時 病院に到着すると、ちょうど診察が終わったところだった

自宅近くのドラッグストアで調剤してもらい、夕食は カッパ寿司に行った。

朝食:寒天&グレープフルーツ
昼食:マクドナルド(エビバーガー??・マックシェイク)・・・完食
夕食:カッパ寿司 5皿

貧血レベルは正常に戻り 13.2。
多分私より正常だ
十二指腸の薬は無くなったけど、肝機能低下しているので、TOTALすると薬は増えてしまった。

思考能力は低下している。
細い水筒に氷水を毎日入れて 寝室に持って行っているのだが、
コップが行方不明だったから、母はそのまま水筒の押す部分を押し 飲もうとして こぼした
私だって その飲み方では飲めないのに・・・。

先々月や先月は薬を1つ1つ切り分け、小袋に毎食ずつにしていた。
多分 今の母の手ではハサミが使えない と思い、声を掛け 小袋に入れた。
銀の梱包されているのも 取り出す事が困難である。
もぅ 私が小さい頃の母では無い と再認識する。

母の手となり と思い、今日は午前に時間が作れたので、虫退治・家の廻りの草むしりをした。

明日は 私の仕事の機械入れ替えが間に合わなかったらしく、昼前後から仕事に出掛ける。
妹も来てくれる日なので 子供は連れて出掛ける。
私は一緒に住んでいるから 母との時間はたっぷりある。
子供だって今は夏休みだから 子供達は家にいるが・・・
妹は 月に一度・2度位しか来られないから 二人で過ごす時間が少ないのだ。
母も 私の愚痴はあるだろぅし。 どんな事をして欲しいか・これがイヤだ とか こういうのが良い とかも きっと母は直接言えないと思うから、妹に話をするかも知れない。
少しでも 妹との時間・母が望む様な事をしてあげたいからね~。

夜は 8時半には 両親の部屋の電気は消えていた。
寝ているのかは 分からないが・・・。
多分、病院に行く事で 母は眠れなかったかも知れないし。

入院の件だが、診察室で 入院の必要なし と言う事を言われたらしい。
告知をしてないから はっきりとは医師も言えないだろぅけど・・・
結局は 治療方法が無い訳だし、全く食事を摂取出来ない訳じゃないからかなぁ~。

カッパ寿司に行ったけど、座っている事が苦痛に見えた。
座っているのが苦痛なのか、 食べ物を見ることが苦痛なのかは分からない。

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