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なかなか勝てない馬がいる。今日もその馬が走る。
がんばれ、と声が出る。
まなざしは、ゴールの先を見つめている。

太宰治の四字熟語辞典

2020年09月28日 12時59分53秒 | 読書・文学


太宰治は四字熟語をよく用いただけでなく、その用い方には独特な味わいがあった。
四字熟語という角度から太宰に斬り込み、その新しい魅力を開拓した本。

太宰治は、四字熟語使いの名手である。
太宰の文章は、リズムがいい。
そのリズムに乗せて、四字熟語を次々に繰り出してくる。

日本語の中で最も煩瑣に使われる四字熟語が「一生懸命」であることは、ほぼ確実だと思われる。
太宰の場合「四方八方」は19例使われている。

「雲散霧消 うんさんむしょう」
雲や霧のごとく、散ったり消えたりして跡形もなくなってしまうこと。
太宰が比較的よく好んだ四字熟語である。7例

太宰の墓は、鴎外のはす向かいにある。

ざんぱいれいしゃ【残杯冷炙】

ひどい待遇や冷たい扱いをされること。恥辱や屈辱を受けるたとえ。貧しい食事や食べ残しで接待されるような屈辱を受けること。
「私はもう、二十年ちかくも大鰐おおわに温泉を見ないが、いま見ると、やはり浅虫のように都会の残杯冷炙に宿酔してあれている感じがするであろうか。」〈太宰治・津軽〉

「他人行儀」親しい間柄なのに、親しくないように、よそよそしく振舞うこと。
「少女は、あ、と言って笑った。
もうそれだけで、私と少女の間に、一切の他人行儀が無くなった」津軽
その夜は、いつになく他人行儀で、土間に突立ったまま、もじもじして、「いや、きょうは、」と言い、「お願いがあって来たのです。」と思いつめたような口調で言う。〈太宰治・噓〉

「無憂無風」

「無A無B]
「無為無策」「無我無心」「無芸無能」「無念無想」「無味無臭」「無料無数」
彼が勢いで生み出した四字熟語のひとつだろう。
「もう、何がどうなってもいいんだ、というような全く無憂無風の常態である」津軽

ぼうこ-ひょうが【暴虎馮河】

血気にはやって向こう見ずなことをすること。無謀な行為。とらに素手で立ち向かい、大河を徒歩で渡る意から。
▽「暴」は「搏」に同じで、打つ、なぐる意。「馮」は川などを徒歩で渡る意。
暴虎馮河の勇をふるい、攘夷を唱えているが、内実は貧しい水戸藩とは比較にならない実力があると見ていい。<津本陽・開国>

いちよう-らいふく【一陽来復】

冬が終わり春が来ること。新年が来ること。また、悪いことが続いた後で幸運に向かうこと。
陰の気がきわまって陽の気にかえる意から
この冬いっぱいも無精をして引きこもっていれば、春にはそれこそ、一陽来復でまた元気になるよ。<野上弥生子・秀吉と利休>

「あの人が、何かの都合で、自分の過去を四捨五入し簡明に整理しようとして書いたのではなかろうか」

ひんこう-ほうせい【品行方正】

心や行いが正しく立派なさま。▽「品行」は行い・振る舞い・行状のこと。「方正」は心や行いが、正しくきちんとしているさま。
普段の行動がきちんとしていて、非難のしようがないこと。
「世に珍しいくらいの品行方正、酒も飲まず煙草も吸わず、笑わず怒らず、よろこばず、ただ黙々と野良仕事、」
あんなの、つまらねえよ。あの程度の品行方正のことしかできねえのかよ、お笑い草だ。驚き入った木偶でくの坊だ。」しかし理論と実践、軍学と実戦、誰だれだって<井伏鱒二・駅前旅館>

とくい-まんめん【得意満面】
事が思いどおりに運び、誇らしさが顔全体に表れるさま
これも太宰がよく使う四字熟語で、9つ用例がある。


くうくう-ばくばく【空空漠漠】


果てしもなく広いさま。また、とりとめもなくぼんやりしたさま
何もなく、はっきりしないこと。
「空空漠々たるものでした」 太宰治「トカトントン」
空々漠々たる大空
あてどのない原稿を書いては破り、空々漠々の詩稿を書いては捨てていた。<檀一雄・火宅の人>

くうくう-じゃくじゃく【空空寂寂】

空虚で静寂なさま。執着や煩悩ぼんのうを除いた静かな心の境地。無心。転じて、何もなく静かなさま。また、思慮や分別のないさま
「無駄か。お前にゃ空々寂々だ」。<二葉亭四迷・あいびき>

千年一日 せんねんいちじつ

「何が何やら十年一日どころか千年一日の如き陳腐な男女闘争をせずともよかった」
「恋愛関係」は「千年一日の如き陳腐な男女闘争」だというのである。
太宰治「メリイクリスマス」

すんぜん-しゃくま【寸善尺魔】

この世の中には、よいことが少なく悪いことばかりが多いたとえ。
また、よいことにはとかく妨げが多くてなかなか成就しないことをいう。
寸善尺魔の世の中
人間の一生は地獄でございまして、寸善尺魔、とは、まったく本当の事でございますね。一寸の仕合せには一尺の魔物が必ずくっついてまいります。人間三百六十五日、何の心配も無い日が、一日、いや半日<太宰治・ヴィヨンの妻>

むがむちゅう【無我夢中】

太宰がよく使う四字熟語。11個の用例がある。
「最初の一年はぼくは無我夢中で訳のわからぬ小説を書き、投書しました。」虚構の春
「何せ寒かったもので、無我夢中で飲んだらしいね」津軽
この二つの「無我夢中」の主語は自分である。


はちめん-ろっぴ【八面六臂】

多方面で、めざましい活躍をすること。また、一人で何人分もの活躍をすること
句例・・・八面六臂の働き
こうして、ついに政宗の八面六臂の活躍は始まった。<山岡荘八・伊達政宗>
「臂」は、ひじ。すなわち、腕。もとは仏教の、三つの顔と六本の腕(ひじ)を持つ「三面六臂さんめんろっぴ」の仏像から。
母は、一歳の次女におっぱいを含ませながら、そうして、お父さんと長女と長男のお給仕をするやら、子供たちのこぼしたものを拭くやら、拾うやら、鼻をかんでやるやら、八面六臂はちめんろっぴのすさまじい働きをして、〈太宰治・桜桃〉

れいかん-さんと【冷汗三斗】

強い恐怖感を抱いたり、恥ずかしい思いをして、からだ中から冷や汗が流れること。▽「一斗」は約十八リットル。「三斗」は量の多いことを誇張していったもの。
句例・・・冷汗三斗の思い
その時期のなつかしい思い出の中にも、たった一つ、冷汗三斗の、生涯わすれられぬ悲惨なしくじりがあったのです。<太宰治・人間失格>

人間失格「HUMAN LOST」
「人は、自分以上の仕事もできないし、自分以下の仕事もできない。
働かないものには、権利がない。
人間失格、あたりまえのことである。」
「脳病院」

きょしん-たんかい【虚心坦懐】

心になんのわだかまりもなく、気持ちがさっぱりしていること。心にわだかまりがなく、平静に事に望むこと。また、そうしたさま


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