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象が転んだ

たかがブロク、されどブロク

バルザックが眺めた処刑執行人〜シャルル-アンリの葛藤と苦悩のその先に・・

2025年03月18日 06時24分55秒 | バルザック&ゾラ

 フランス革命という激動の時代を生きたシャルル-アンリ・サンソン(1739-1806)は、フランス全土を代表する処刑人として、マリー・アントワネットやルイ16世、ロベスピエールなど、王侯貴族から庶民まで、のべ3000人以上のギロチンによる処刑を執行しながらも死刑制度に反対し、その廃止を訴え続けた。
 「サンソン回想録:フランス革命を生きた死刑執行人の物語」(安達正勝 訳)は、パリで6代続いた世襲制死刑執行人サンソン一族の4代目シャルル-アンリの物語を、バルザックが5代目当主に直接取材し、多くの資料を元に”回想録”という形で書いたものである。 


執行人としての苦痛と死刑制度への反発

 この時点で興味は尽きないが、死刑執行人としての苦悩や葛藤や死刑制度への反発に加え、自身が子供の頃から受けてきた差別や親の職業を知った時の衝撃などの様子も克明に綴られ、更にリアルな拷問や処刑の様子なども詳細に描かれている。
 実はとてもインテリで思慮深い人だったとされるシャルルだが、首切りの役目に苦悩しつつも、一族の誇りと使命感を持ってギロチン刑を執行してきた。が、革命が勃発すると連日多くの人々を処刑し、その中には無実だと思われる人や知り合い、(元カノも含め)若い女性も大勢いた。
 そして、敬愛する国王まで自らの手で処刑する日がやってくる。革命とは名ばかりで、何と残酷で非情なのか・・

 ギロチン導入とフランス革命が重なった時期とは言え、当時は司法の不備と国政の混乱に加え、隠れた欠陥として敬虔なシャルルが信仰するキリスト教の価値観が不条理な死刑制度を後押ししていた。 
 サンソン家は裕福で医業を副業とし、他方で死体を解剖し、研究して人間の体の構造を熟知してたとされる。その一方で、シャルルは処刑人の一族であるが故に学校には行けずまともな教育も、正式な医師の診察をも受ける事ができなかった。
 そんな裕福であるにも、偏見に満ちた厳しい環境で育った彼が”理性は1つの声しか持たないが、偏見は千の声を持つ”語った様に、ギロチンを発明したのが理性(合理性)だとすれば、死刑制度に関しては千の偏見がある事を示唆している様に思える。
 勿論、シャルル自身は死刑廃止を公言できる身分でも時代でもなかったが、放蕩と借金苦の末にギロチンを質入れする不祥事にまで落ちぶれた6代目アンリ-クレマンは、死刑の廃止を訴えてたらしい。

 因みに、そのアンリ-クレマンが著した「サンソン家回顧録(Sept générations d'exécuteurs,1688-1847;mémoires des Sanson)」(1862-1863)は、バルザックの「サンソン回想録」とは異なるが、原書が全6巻で2964頁という膨大なる著述であり、その簡約英訳版を中心に和訳したのが「増補版サンソン家回顧録上下巻」(西川秀和 訳)である。
 こちらも336頁(上)+364頁(下)という圧巻のボリュームだが、原書と英訳版を元に、サンソン家が死刑執行を一族の家業にした事情と歴史背景を正確にかつ簡潔に述べられている。
 一方、処刑人の母方の血を引き継ぐサンソン一族の代々から続く家業とはいえ、断首は熟練の執行人でさえ相応の準備と覚悟が必要だった。だが、重たい研ぎ澄まされた刃が斜めに仕掛けられ、自然落下により合理的にかつ大量に首を切るギロチンになってからは、シャルルも死の量産についていく事が精神的にも苦痛となっていく。


最後に〜切腹とギロチン

 この原書は無理だとしても、フォロワーが紹介した「死刑執行人サンソン」(安達正勝 著)とバルザックの「サンソン回顧録」を合わせて読めば、より理解が深まるかも知れない。
 因みにフォロワーによると、バルザックの「サンソン回顧録」を翻訳した安達正勝氏が「死刑執行人サンソン」として纏めたものとされる。
 サムライの切腹も潔いが、その切腹とギロチンの成功率の違いも考察されてるという。

 なぜサンソン家は死刑執行人の一族になったのか?から始まり、シャルル-アンリの誕生とフランス革命とギロチンの発明、それにルイ16世の死刑とその後の生涯までをバルザックがドラマ風にまとめ上げ、史実をただ語るだけでなく、日記から解釈した当時の心境をバルザック自身の言葉で綴っている。が為に、歴史書と言うより小説を読んでる感覚に近い。
 またルイ16世について、革命で殺された”愚かな王”ではなく”善意の王”だった事で革命に巻き込まれてしまった”悲劇の王”として描かれてる点も興味深い。

 一方で、恐怖政治を敷いたルイ16世を死刑執行したという、その結果だけでシャルルーアンリは日本では幾つかのゲームや漫画のヒーロー的なキャラクターとして一部には取り上げられているが、そうしたキャラや偶像化された姿は、シャルル及びサンソン家を侮辱する以外の何者でもないとも思うのだが・・
 確かに、集英社新書の「死刑執行人サンソン」の表紙はシャルルをスマートなイケメン風に描いてはいるが、「サンソン回顧録」の表紙にある彼の肖像画を見る限り、悩める死刑執行人そのものである。

 つまり、切腹にサムライの潔い美学を信奉する日本人も多いだろうが、この本を読んで”もう少し日本も大人になった方がいい”と、少なくとも、そう思わわせる書である。



8 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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2冊読む (タック)
2025-03-18 19:25:12
確かに2冊読むと理解が深まると思います。死刑が必要だとは思いますが、執行人の負担を考えると無責任に賛成とは言い難い気がします。
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タックさん (象が転んだ)
2025-03-19 11:53:12
そうなんですよね。
死刑制度には条件付きで(どちらかと言えば)賛成の立場ですが、戦争などで多数の民間人を虐殺した大量殺戮者に限って死刑にならない。
どうも弱い立場の受刑者が(冤罪も含め)死刑になるようで・・権力者は何やっても許される。
死刑制度よりもそうした不条理な格差をなくすべきなのかなとも思います。
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ギロチンと名誉ある死 (paulkuroneko)
2025-03-20 12:07:11
受刑者の誰もが身分に関係なく”名誉ある死”を選択できる様にと、ギヨタン医師が議会にギロチンを提案したことを、転んださんの昔の記事で知りました。
そのギヨタンも処刑執行人のシャルルアンリと同じく博愛主義者だったんですね。

ギロチンが最も苦痛の少ない上位の斬首刑だったのも驚きですが、バルザックの「サンソン回顧録」にも負けず、ギヨタンに関するこの記事も良く出来てると思いました。
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paulさん (象が転んだ)
2025-03-20 15:36:04
過去に何度か死刑制度に関する記事を書いたんですが、上手く求める事が出来ませんでした。
一方、ギロチンの提案者ギヨタンの事を知り、死刑制度の本質が悪を処罰する事より、苦痛のない平等で人道的な処刑にある事が何とか理解できました。
それでもギロチン刑は猛威を振るい、その結果、人手の掛からない合理的な処刑手段とのイメージだけが独り歩きし、恐怖政治の象徴となり、後には死刑制度反対の歴史的根拠とみなされる様になりました。
この2つは独立して考えるべきなのに、今ではゴッチャになってるようです。

凶悪犯や大量虐殺犯を処罰するに死刑は必要悪とは思うんですが、それが名誉ある死に繋がるかは疑問ですよね。
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騎士道と侍の精神 (tomas)
2025-04-06 13:15:16
思わず読むふけってしまいました
ギロチンと切腹の違いと
フランス人の日本人の処刑に対する価値観や考え方の違いも
とても勉強になりました。

もっとも潔いという点では
騎士道と侍の精神も共通するものがあるんですよね。
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tomasさん (象が転んだ)
2025-04-06 15:30:09
安達氏の翻訳が素晴らしく
とても読み易いものに仕上がってますから、万人にもオススメ出来る本です。

私的にはギロチンの残酷さや処刑人の負担よりも、当時の死刑制度のいい加減さには、理解に苦しみ、呆れかえるものがあります。
勿論、時代と言えばそれまでですが
窃盗未遂や器物破損、それも少しでも疑いが掛けられたら即死刑という単純さこそが恐怖政治なんでしょうか。

少なくとも、当時の死刑制度と現在の死刑制度では雲泥の差がある事も事実ですね。
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人道的で言えば (UNICORN)
2025-04-07 03:20:21
ギヨタン博士によるギロチンの採用よりも
死刑制度の廃止を訴えた方が明らかに人道的であり
その意味においては、ロベスピエールはギヨタンよりも先見の明があったと言える。
そのロベスピエールもギロチンの刑に処された訳だが、これほどの皮肉もない。
ギヨタンは人道主義的処刑としてギロチンの採用を訴えたが、人道的とは遠くかけ離れていた事は火を見るよりも明らかなのだろう。
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UNICORNさん (象が転んだ)
2025-04-07 13:40:57
全くの同感です。
勿論、処刑執行人の視点から見れば
死刑制度ありきの人道主義となりますが、当時のフランスでは死刑制度廃止の意見は少なく、死刑そのものが見せしめや見世物の要素が強かったんでしょうね。
ギロチンを”卑怯な殺人”と断罪したロベスピエールが恐怖政治の頂点に君臨し、そのギロチンで処刑される。
ルイ16世も処刑方法ではなく死刑制度のあり方を見直すべきだったんでしょうが、それどころじゃなかったんでしょうね。

ともあれ、自由と平等の理想から生まれた筈のフランス革命ですが、結果としてギロチンという大量殺戮マシンを生み出し、それに命を救うべきの医者が多く関わり、大衆にとっては復讐の処刑台へと変貌します。
こうしてギロチンそのものが恐怖政治の頂点に君臨し、フランスは混乱と迷走の時代を迎えます。
何だか、書いてていろんな事を考えます。
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