
75年版とリブート版の大きな格差
海外での評価も非常に高く、ハリウッド映画「スピード」(1994)や「ブラッドトレイン」(2022)のモデルにもなった作品だが、スケールとオールスターキャストという点でだけ見ても、この2つの作品とは比較にならない程の完成度と熟練と充実が漲っていた。
更に言えば、Netflix版「新幹線大爆破」(2025)がいま話題にはなっているが、予告編を見た限り、子供が大喜びするオモチャに思えた。「シン・ゴジラ」や「シン・ウルトラマン」(2022)の様な、お子様向けの動画を評価したい人には受けるかもだが、言われてる様な”プロフェッショナリズムへの憧憬”とは全くの無縁に思われる。
75年版とのキャスト陣を見比べても、貧相なのは明らかで、SMAPの控えタレントで俳優としては??の草彅剛が主役という事自体がリブート版の浅薄さを感じさせるが、75年版で同じ主役であった高倉健の代わりは存在しないし、これからも出てこないだろう。また、のん(能年玲奈)なんて賞味期限切れの朝ドラアイドルは登場するだけ邪魔な存在にも思えた。
更に、75年版の佐藤純弥氏とリブート版の樋口真嗣氏で言えば、両監督の覚悟と資質と入れ込み度に大きく致命的な差もあるが、それが作品の評価や出来に直結してるのは言うまでもない。
つまり、「新幹線大爆破(1975)」のリブートは存在する筈もなく、それは2025年版も「スピード」も「ブラッドトレイン」も同様である。
75年版では、設定自体が大きな社会不安をもたらす事を危惧した国鉄が上映の中止を求めるという致命的とも言える危機に直面し、”国鉄の非協力”という難局を乗り越えた結果、世界の映画史に残る名作であり、傑作ともなり得た。
この現実に起きた逆転劇をNetflix版はそのままクライマックスにしたとの声もあるが、それでも50年前の感動が蘇る事はない。つまり何度も言うが、リブートは不可能なのだ。
悪気はないが、数学の未解決問題と同じで、出来ないものは時間とお金を幾ら掛けても出来ないのである。
確かに、こうしたリブートの源流には「新幹線大爆破(1975)」の大きな存在がある事を思い出させてくれはするし、Netflix週間TOP10で日本1位、世界2位(非英語作品)という成績を叩き出したのもその証しと言えなくもない。がしかし、75年版の作品が持つ神通力が未だ少しも衰える事のない実証にもなっている。
”新幹線が走行速度80km/hを下回ると爆発する”という状況下で繰り広げられる、犯人と国家との攻防劇を描いた日本映画史上最高のパニックアクション活劇では、1500人が乗った新幹線ひかり109号に爆弾を仕掛けた犯人と、爆発による乗客の命と危機の回避に全力を尽くす国鉄。更に、僅かな糸口を頼りにその正体を追いかけ、失敗を重ねつつも徐々に犯人グループを追い詰めていく警察。そしてパニックを起こす新幹線内の乗客たちの姿で構成される。
一方で、犯人側の人生背景にも大きくスポットが当てられ、町の零細工場の経営に失敗して妻子に逃げられた男。場末のホステスに面倒見てもらってる過激派崩れのインテリ。集団就職で都会に来たが職を転々とし、血を売って困窮を凌ぐ沖縄出身の青年。この3人がなぜこんな未曾有で千載一遇の犯行に至ったのか?
日本の高度成長時代への批判を暗示しつつ、社会と人生に負けた犯人らの切ない思いと世の中に対する復讐が徐々に浮き彫りにされていく。また彼らにもドラマを与え、感情移入を狙った演出も相まって、単なるパニック大作として括れない事が高い評価に繋がったと言える。
国内では、予想外の悲しい結末
本作は何と言おうが、豪華キャスト陣の入れ込み度が凄すぎる。豪華という点では「大脱走」(1963)も凄かったが、本作も負けてはいないし、監督を含めた製作陣の全てを総合すれば勝ってる様にも思えた。
俳優陣をざっと紹介すると、爆破魔の主犯格の高倉健(沖田)、新幹線(ひかり109号)の運転士の千葉真一(青木)、国鉄運転指令長の宇津井健(倉持)、沖田をサポートする山本圭(古賀)、鉄道公安官の竜雷太(菊池)、沖田の元妻の宇津宮雅代(靖子)、国際航空係員の多岐川裕美、電話交換係の志穂美悦子・・・と、ここまで書けば、昭和の良き時代を知る人には圧巻にも映った筈だ。
特に、高倉・宇津井・千葉の3人を中心に展開する緊迫したスリリング感と圧巻のパニック劇には、その映像全てに気迫が充填し、最後まで圧倒され、目が離す所がない。一方で、チョイ役で登場する志穂美と多岐川の透く様な美しさにスッカリ見惚れてしまい、150分のロングランが短くも感じる。
しかし75年の同時期に、国内で公開されたS・マックイーンとP・ニューマン主演で、同じパニック系大作「タワーリング・インフェルノ」(1974)に押され、国鉄の猛反発と非協力もあってか、当時としては破格の制作費5億3千万(今では約20億円に相当)と未曾有の評価程には、その興行は思わしくなかった。
因みに、ライバルの「タワーリング・インフェルノ」は当時史上最高の興行収入62億円を記録したが、元々10億円を目標としてた本作は僅かに3億と、国内では2億の赤字を出し、興行的には失敗に終わる。
東映社長でプロデューサーの岡田茂は”駄菓子屋がいい洋菓子を作って派手に宣伝したが、失敗した様なもんだ”と悔やみ、”私の売り込み方が悪かった”と謝罪。更に、意欲の面や作品的な面でも”100点満点で新しい観客層を獲得したが、プラスαの客しか来なかった。本来の東映ファンを大事にしないと”と、自ら敷いた大作路線からの撤退を表明した。
一方で、国鉄側の猛反発は脅しにも近く、自慢の新幹線を爆破するとあってか、公開直前に国鉄の広報部長から東映に抗議文書が送り付けられた。内容は”映画同様のテクニックで誘拐殺人事件を引き起こした経緯がある・・・映画の上映を中止する事を強く要望する”というものだった。更に国鉄は、東映のポスターを全国の駅から締め出し、ミニチュアの新幹線や駅は肖像権侵害で告訴も辞さぬと脅した。
その一方で、邦画では当時珍しかったパニック系アクション大作という事もあり、業界からは注目を集め、前評判は高かったが、タイトルを理由に大多数の新聞への広告が拒否された。更に、空前の製作費を注ぎ込んで第一級のサスペンス映画に仕上げながら、任侠路線が色濃く残る東映のイメージもあり、興行は最初から芳しくなかった。
事実、同年に企画で頓挫した時の穴埋めとして急遽製作された「トラック野郎・御意見無用」にも及ばず、当時は新幹線がなかった北海道や東北地方の客入りも悪く、大阪などでは途中打ち切りに遭い、”山陽新幹線の博多開業にに便乗した企画”などと揶揄され、西日本地域にてもサッパリだった。
確かに、キネマ旬報の読者選出ではベスト1に選ばれるなど、実際に観た人は面白さを揃って評価し、作品の評価そのものは非常に高かった為に、様々な敗因の考察がなされた。
まず東映営業部では”映画の内容がハイブローすぎてヤクザ映画とポルノが好みの東映ファンにソッポを向かれた”とし、”題材がリアル過ぎた”などと分析。事実、客層はホワイトカラーと女性客が圧倒的で、東映本来の客層は来ず、頼みのオールナイト興行は閑古鳥だった。
監督の佐藤純弥は、”題名がどぎつ過ぎたし、ミニチュアに信頼が低かった。また「タワーリング・インフェルノ」にぶつかり、3週目に打ち切らざるを得なかったし、封切り4日前に完成し試写ができなかった”事をを挙げ、後年”あの頃の新幹線には華やかなもので日本人は誇りを持ってたから、それを爆破しようとする事はタブーに思えたのかもしれない”と振り返る。
脚本の小野は”ミニチュアを使った特撮を東映が大々的に宣伝し、トリックをネタばらししたのが拙かったし、アイドル映画との同時上映ではなく、一本立てであれば結果は違った”などと話し、「映画時報」は”正月に出してれば大成功した。しかし見方によれば、東映でもこんな特撮を含めて大作が出来る事を天下に証明した訳で、東映のイメージアップに大変効果のあった映画だ”と評した。
だが当時、アメリカで全盛を誇ってたパニック映画の国内進出に、真っ向勝負を挑んだ東映側の製作意図も強引すぎた。
事実、当時海外のパニック映画を東宝と競作させる事は己むを得なかったが、歓迎に値するものではなかった。だが、後にTV放映が始まり、80年代以降、本作のビデオレンタルやTV放送がされるにつれ、若い世代が本作品に熱狂し、国内でも徐々に再評価される様になっていく。
世界では空前絶後の大ヒット
(前出の)岡田が本作の海外での売約を成立させたのは、日本公開前の1975年6月に、ジャカルタで開かれた第21回アジア映画祭に同行させた志穂美悦子の当地での異様な人気のお陰で本作も売れた。また滞在中には、本作以外に「けんか空手極真拳」なども売り込む。
その後、国内公開終了後の秋にアメリカのジャーナリストを集めて試写を行うと高い評判を呼び、”娯楽映画として水準を抜いた出来栄え”や”久しぶりの日本映画”などの評価を受ける。特に、米国業界誌「バラエティ」で高く評価され、日本の新幹線が世界的に有名な事から世界各国から注文が入り、1975年9月初めの時点で15万㌦以上の輸出契約が結ばれた。
同年10月のミラノ国際見本市に出品すると、各国からの買い付けが殺到し、気を良くした岡田は世界の映画祭に直接乗り込み、本作をアピール。同年末から77年の3月にかけ、香港、テヘラン、タシケント(旧ソ連)、アジア映画(釜山)、マニラ、フィリピンの著名な映画祭など、海外市場に積極的な売り込みを図った。
一方、日本映画はそれまで海外で幾つもの賞を獲ったが、商売上は0で、東映作品も60年代までアニメを含む動画は売れてたが、劇映画はほぼゼロだった。特に、75年11月のテヘラン映画祭ではコンベンションとは別に、各国バイヤーを集めたフィルムマーケットがあり、世界150本以上の長編の中で「新幹線大爆破」に各国バイヤー人気が集中し、イランや南アフリカなどへの輸出が決まる。
更に、モスクワとタシケント映画祭は東ヨーロッパの国が全て参加する為に、カンヌやミラノに匹敵する大きな映画市で、岡田は毎年参加し東映作品を売った。また、76年2月にローマで開かれた日本映画見本市ではオープニング上映を独断で本作に変更する。
また、アラブ諸国では空手映画がヒットした実績があり、オイルダラーを期待。東映は既に千葉真一の格闘映画やアニメをアメリカやアジア市場に売り込み、成功を収めてたが、本作の出品は取引の少なかったヨーロッパ・中東・ソ連・メキシコから多くの注文が入った。
特にソ連はカラテ映画を欲しがり、一方で本作品は派手好きな欧米人に受け入れられ、日本では芳しくなかったミニチュアを用いた特撮が高い評価を得る。
一方、海外版編集では主演の表記を”サニー千葉”(千葉真一)に変更し、これは千葉が高倉健より海外では知名度が高い為でもある。故に、日本のスターが集結した超大作というより、アクションスター千葉主演のパニック映画として封切られ、英語圏では「TheBulletTrain」にて115分、フランスでは「SuperExpress109」にて100分でそれぞれ公開された。
また、海外版では犯人側のドラマがカットされ、次々襲いかかる危機と息をつかせぬ展開となったし、フランス語版でも犯人側のドラマがカットされ、高倉や山本圭は単なるテロリストとして扱われた。
鈴木東映取締役は、”洋画の最近の大ヒット作でも2時間が限度。「ジョーズ」だって2時間に濃縮。それで金の掛け方は日本映画の何十倍だから、本作だって予算も大した事ないのに2時間30分にもなってる。もっと縮めて中身を濃くしないと”と話していた。
勢いは、新幹線同様に止まらない
特にフランスでは、それまで日本映画をマイナー扱いし、小劇場での上映だけだったが、76年6月からパリや近郊の劇場17館で一斉公開され、8週間のロングランヒットを記録。この夏にパリで公開された84本の映画のうち、第4位の興行成績で、外国映画ではこの年のカンヌ映画祭でパルムドールを受賞した「タクシードライバー」に次ぐ2位に輝いた。
大ヒットの理由は”フランスにも日本の新幹線に触発されて開発中の高速鉄道TGVがあったから”との声もあり、約44万人の動員を記録。100万㌦の外貨を稼ぎ、3億円の収入をもたらす。この大ヒットを皮切りに世界各国で公開され、続々と大ヒットを記録し、多くの国で日本映画の興行記録を更新した。
また、南アフリカでは日本映画初の大ヒットとなり、アメリカ映画のヒット作の2~3週興行に対し、3週以上続映された。オーストラリアとニュージーランドでは、FOXの配給でヒットし、東南アジアは76年後半から逐次公開し、千葉と志穂美が国民的人気を誇るインドネシアでも大ヒットを記録。
特にブルガリアでは、当時160km/hで走る超特急を某区間でのみ運行していたが、それを遥かに凌ぐ新幹線に感心し、とりわけコンピューター制御に驚嘆。観客はどよめき拍手し、ため息の連続で、映画が終わるとぐったりしていたという。
一方、当時のヨーロッパの一般人たちの日本に対する知識はごく僅かだったが、ドイツでは「Panik im Tokio-Express」、スペインで「Panico en el Tokio-Express 」、イランで「BOMBA U SUPEREKSPRESU 」など、76年12月の時点で120か国で公開。更に、ソ連及び東欧圏の全ての国で公開され、ソ連では2500万人以上が観たとされ、100ヵ国のポスターが存在するといわれる。
こうして、75年から76年にかけて輸出された東映作品の中では抜群の売れ行きを見せ、76年12月18日からは都内数館でフランス語吹き替え版が凱旋公開された。だが、日本にて不入り映画が再上映されるのは珍しい事で、再び東映会館に足を運んだ人によれば、”この時もガラガラだった”と証言する。
監督の佐藤は海外版の大ヒットに複雑な思いがあり、仏語版のTV放送を見た知人から”面白かったよ”という電話に対し、”本当はもっと面白かったんだ”と言い返した。
因みに、75年のロンドン映画祭でのみ通常版が英語字幕で上映され、ベスト・アウトスタンディング・フィルムオブザイヤー(特別賞)」を受賞。
事実、佐藤監督は”この作品には当時の邦画水準を考えると、よく作り込まれた娯楽作品だった。ただ、突けばナンボでも弱点を指摘できるが、国鉄不協力の中で周密に1つのメカニズムの機構と機能にアプローチし、劇の濃度を高めるには、作り手の気力と根性の密度以外のものではない。そこには、東映の伝統とも言える一編に賭ける誠意がある。
特に犯人像の設定には、昔ながらの暗い日本映画の心性が巧みに描かれ、最後に政府や国鉄の冷血なエゴイズムに対峙し、作品を重く沈ませたのが一家言である。後味がいいとは言いかねる力作だが、その悪さの質は違う次元にある”などと、後に評している。
後日談と評価と影響
公開当時でも本作の評価そのものは、次々とアクシデントが起こり続ける展開や冗長感に悪い意味での東映らしさもあって粗も目立つが、総じて各方面より高い評価を受けていた。
事実、佐藤は本作を僅か5週間で撮り終えた実績から”彼に預ければ、予算と時間内に収めてくれる”と高く評価され、徳間康快や角川春樹から大作を任される様になり、アクション大作の監督としての道を歩む事になる。
「キネマ新報」では2002年7月のDVD発売に当たり、本作を”和製パニック映画の最高峰”と紹介し、「新幹線大爆破」以降に何本も和製パニック映画が製作されたが、出演陣の豪華さや内容の面白さで、”この作品以上のものは出ていない”と絶賛。石上三登志も「ミステリマガジン」08年11月号で、同様に本作を和製パニック映画の最高峰と評した。
「映画秘宝」は”日本におけるパニック映画の代名詞的作品”と評し、樋口尚文は”日本の娯楽映画の1つの頂点とも言える傑作”と評している。
一方、リブート版で主役を演じる草彅は本作に対し、”当時の出演者たちの熱量が凄い。みんな今の僕より全然年下ですが、何ですかあの貫禄は・・”など、本作の厚みと凄みを感じたと語るが、私から言わせれば、昨今の俳優陣が浅薄すぎるだけである。少なくともリブート版には、あの頃の次元には到底追いつかない。それでも、そこそこ話題になってるのは、本作が世界中に日本映画の伝説として知り渡ってるからに他ならない。
それに、本作の最大の見所は、鉄道の安全が“まず停止する事”であり、その盲点を突いたアイデアにある。だが、当時の国鉄は”新幹線を爆破するなど縁起でもない”とタイトルを“新幹線危機一髪”に変更するよう求めたが、これでは結果が見え見えでリブート版みたいな幼稚な玩具映画に成り下がる。結果論だが、本作は国鉄非協力で製作された事が、国内よりむしろ海外で高い評価を得る大きな起因となったと言える。
また、女性映画監督の西川美和は”コンプライアンスなどどこ吹く風の大傑作”と評し、”めちゃめちゃな事して作った、めちゃめちゃ迫力のある映画を観て打ちのめされ、2度とこの様な興奮には出会えない事を覚悟した”と振り返る。更に、高校時代に年間100本映画を見ていた俳優の中村倫也は、最も感銘を受けた映画として本作を挙げ、”今の時代では実現がほぼ難しいスケール感が圧巻だった”と興奮気味だ。
映画監督で演出家の押井守は”日本映画が日本の戦後にケンカを売った最後の映画”と評した。
最後に
以上、ウィキを始め、様々な評論サイトを参考に75年版「新幹線大爆破」の撮影の舞台裏を中心に纏めたが、敢えてストーリーには触れなかった。
というのも、この作品の本質が、”新幹線の安全が止まる事により保証されてる”事にあり、その”止まる事で爆弾が爆発する”という相反するシンプルなジレンマをテーマにしてるからだ。
勿論、どんな傑作や名作も細かな欠点を突けば幾らでも出てくるが、それは映画がフィクションである限り、仕方のない事であり、本作も然りである。だが、当時の東映にしかできない(良い意味でも悪い意味でも)日本と世界の映画史上に残る、未だに燦々と輝く前代未聞の偉業をやってのけた。
それは佐藤監督が語る様に、超高速で突っ走る新幹線の高度で複雑に入り組んだ最先端のメカニズムに大胆にもアプローチし、映画の濃度と次元を高めたのは、作り手の気力と根性の密度以外のものではない。
正直、見終わって、その怖さを等身大に感じ続け、その後のグダッとなる憔悴と脱力は何物にも代え難く、永遠と続くかの様なある種の幻想に近い何かを感じたが、佐藤監督が追い求めたのも、そういう類の何かではなかったか。
監督の言葉には、濃度とか次元とか密度という表現が目立つが、本作もそれらの基盤の上に支えられてる様な気がする。
文明であれ文化であれ、人は多くのものを創り上げてきた。そして、その殆どは時代と共に退化し風化して、最後には跡形も無くなっていく。それは映画の世界でも同じ事であり、名作であろうが傑作であろうが、それらもまた同じ運命にある。だが、本作は名作や傑作を超える何かを備え、映画の本質を訴え続けている。
しかし、樋口監督がメガホンを撮ったリブート版がそこそこ話題になる事で、75年版が再び世界中で”リブート”てくれれば、これ程の喜びもない。
但し、その時にはストリーミングに慣れ親しんだ若い世代の映画ファンは、50年も前に作られた本作の濃厚な壮大さに何を感じるであろうか。その為の生贄には、子供騙しの薄っぺらな動画も必要であろうし、その生贄がリブート版である事は言うまでもない。
映画とは、単に監督のエゴや好奇心でリブート版を作るのではなく、そうやって昨今の幼弱な生贄を食いつぶす事で語り継がれるべきであろう。
まとめたと思う
読んでてスリル満点だったわ
舞台裏を読むほどにハマってしまい
かなり長くなりましたが
完読頂いて感謝です。
千葉さんは東南アジアやアメリカ西海岸でも人気があり、かのブルースリーも大ファンだったとか
世の中って結構狭いもんですね。
そこそこ評判になってるのも
75年の映画が再評価されてるだけ
それにスタッフやキャストの肝の入れ方が全然違う。
Sスピルバーグの「ジョーズ」(75)も公開当初は”縫いぐるみの巨大サメ”と評価は散々でしたが、公開が続くに連れ、パニックアクションの名作と評価され、今ではサメ映画の源流であり、金字塔とされます。
日本も「新幹線大爆破」以降、色んなパニック系アクション映画が登場しましたが、未だ超えるものは出てきてません。
樋口監督の「シンゴジラ」も所詮は怪獣動画に過ぎなかったから、今では評価は地に堕ちたものとなってますが、Netflix版もそうなる運命でしょうか。
薄っぺらな大して製作費の掛かってない動画を世界に公開し、一儲けしようとの魂胆がミエミエのような気がする。
樋口監督はこういうのが好きなんでしょうが、所詮はドラマの領域を超えず、実際に見ての評価はどれくらい落ち込むんでしょうか?
テロ全盛の今、話題としては悪くはないんですが、あまり好きにはなれないです。