甘い生活 since2013

俳句や短歌などを書きます! 詩が書けたらいいんですけど……。

写真や絵などを貼り付けて、二次元の旅をしています。

♬いちかけにかけてさんかけて

2021年06月20日 13時09分08秒 | 一詩一日 できれば毎日?

 うちのオカンのハナウタを思い出しました。

 最近こういうのばかり書いてるけど、私って大丈夫でしょうか?

 少し、大阪の母が気になってるのは確かかな。それとは関係なく、思い出したはずなんだけど、記憶の切れっばしがあれこれとうずいているんですね。どうしたことか。

 タイトルの通り、西郷さんの歌でしたよ。

いちかけ、にかけて、さんかけて、
しかけて、ごはけて、はしをかけ、
橋のらんかん腰かけて
はるか向こうをながむれば
西郷隆盛娘です。
明治十年戦争で切腹なされた父上のお墓参りに参ります
お墓の前で手を合わせ
ナンマンダブツと祈ります

 何かのついでに教えてもらった歌でした。

 さすがオカンはカゴシマの人だから、西郷さんの娘さんがお父さんのお墓参りするのを歌にして、ずっと歌ってきたんだと思いました。

 それでその時は、記憶のほんの一部で、すぐに忘れてたと思います。

 何十年か経過して、1990年のNHKの大河ドラマで「翔ぶが如く」が始まりました。西郷さんは西田敏行さん、大久保さんは鹿賀丈志さんでした。田中裕子さんも出てたみたいですけど、奥さんだったか、娘さんだったのか。ドラマの最終回あたりで、田中裕子さんが口ずさんでたのが印象的だったという話ですが、もちろん私は見ていません。

 私は番組をチラッとも見てなくて、司馬遼太郎さんの原作も読んでいませんでした。だから、世の中がドラマをどう見ているのか、全く知らないし、「せごどん」の時も同じように関係なかったけれど、「せごどん」の時はうちの奥さんは見てましたね。あれは数年前でしたっけ。

 とにかく、1990年の時、ドラマの中で「いちかけにかけ」の歌が使われてたそうで、先輩からあの歌の正式な歌詞を知らないかと問われて、困ったことがありました。それで、鹿児島に行った時に調べたんだけど、今だったら、いろんなバージョンがネットで簡単に出てくるから、便利になりましたね。

 さあ、それから、何度かこの歌にふれるチャンスがありました。そして、何度か出会い直しをしました。

 2013年の5月に京都の古本市に行き、1988年の岩波文庫を買いました。
そこにやっと「いちかけにかけ」を見つけました。たぶん、それがあるから買ったのかも……。

★ 岩波文庫「わらべうた」より
一かけ 二かけて 三かけて
四かけ 五かけて 六かけて
橋の欄干(らんかん)腰かけて
遥か向うを 眺むれば

十七八の 小娘(こむすめ)が
片手に花持ち 線香(せんこ)持ち
お前はどこかと 問うたれば
わたしゃ九州 鹿児島の
西郷の娘に ございます
明治十年 戦争に
討死なされた 西郷さん
お墓参りも せにゃならぬ

 うちのオカンのより、ちゃんと物語仕立てで、西郷さんの最期が少し違う形で歌われていました。そうか、討ち死にかあ。でも、ちゃんとお墓参りもして欲しいなあと余計なことを思ってしまう。


★ 江藤淳さんの「南洲残影」文藝春秋(1998)の最後のところにも

一掛け 二掛けで 三掛けて
四掛けて 五掛けて 橋を架け
橋の欄干 手を腰に
はるか彼方を 眺むれば
十七八の 姉さんが
花と線香を 手に持って
もしもし姉さん どこ行くの
私は九州 鹿児島の
西郷隆盛 娘です
明治十年の 戦役に
切腹なさった 父上の
お墓詣りに 参ります
お墓の前で 手を合わせ
南無阿弥陀仏と 拝みます
お墓の前には 魂が
ふうわりふわりと ジャンケンポン

 
私は、もうずっと江藤淳さんがどんなこと書いてても、絶対に読まないと決めてた時があったんですけど、いつしかその自分の戒めも解きほぐして、2014年にこれは四天王寺の古書市で買いました。

 こちらがオカンの歌の元歌に近かった。ちゃんと江藤さんは取材して、書いてくれてたようだし、この歌で本の締めくくりにしたかったみたいでした。


 西郷さんははるか昔に亡くなられました。江藤さんももういません。これから、どれだけ本が読めるか分からないけれど、とにかく、自分に関係するものも、関係のないものも、手当たり次第に読んでいきましょう。

 そして、思いついたらメモをして、あれやこれやと記録してみましょう。



 今晩こそ、オカンに電話してみよう!

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