https://www.nikkei.com/article/DGXMZO26264330Z20C18A1000000/?n_cid=DSTPCS001
[FT]最低所得保障を試すフィンランド、経過はいかに
ヨーロッパ FT
(1/2ページ)2018/1/30 6:50
Financial Times
シーニ・マルチネンさん(35)はフィンランド政府からタダのお金を受け取る前、失業手当を失わずにどれだけ働けるか、細心の注意を払って計算しなければならなかった。
ベーシック・インカムの実験対象となった人は失業手当の代わりに月間560ユーロの基本所得を得る
コンサルタントのマルチネンさんは、超過分について1ユーロ当たり50セント課税される前に、月に約300ユーロ稼ぐことができた。「お金を一番多く手に入れる最善の戦略を立てるのに、ずいぶん時間をかけていました」と言う。
■失業手当の代わりに月560ユーロ
だが、首都ヘルシンキに住む彼女は昨年初めに、本人いわく「宝くじを当てた」。世界一有名な「ユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI、全国民向けの最低所得保障)」の実験に参加するためにフィンランド全土から無作為に選ばれた2000人の失業者の一人になったのだ。
税引き後で約500ユーロになる失業手当を受け取る代わりに、今では月間560ユーロの基本所得を得ている。このお金は無条件で、どれだけ仕事を見つけようと関係なく、返さなくていいものだ。
「もう本当に完璧ですよ。基本所得を得られたから、自分で起業できました」とマルチネンさんは話している。
フィンランドの2年間の実験は中間地点に達した段階で、すでに各種給付の官僚主義の要件を緩和することで参加者のストレス軽減に貢献している断片的な証拠がある。だが、実験そのものについて、そしてUBIが機能する現実的な事例となるかどうかについては疑念も強まっている。
「我々はフィンランドで導入できる特定のモデルを試しているわけではない。それには遠く及ばない。だが、目標に一歩は近づいた」。実験に深く関与している首相官邸の専門家、マルクス・カネルバ氏はこう話す。
お金をタダで市民に与えるという考えには長い伝統があり、米公民権運動の黒人指導者、マーティン・ルーサー・キング牧師から米経済学者ミルトン・フリードマン氏などに支持されてきた。もっと最近では、米フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)や米テスラのイーロン・マスクCEOといったハイテク業界の新たな巨人によって、この考えが吹聴されてきた。
フィンランドの中道右派政権は、無作為に選ばれた実験でさまざまな社会政策を試せるようにする新たな枠組みの下でUBIの実験を開始した。カネルバ氏によれば、その目標はフィンランドを「2020年までに最も革新的で実験に適した国」にすることだ。
だが、UBIの実験は慌ただしく立ち上げられた。一つには、19年に予定されている議会選挙の前に結果が出るようにするためだ。
フィンランド労働組合中央組織(SAK)のチーフエコノミスト、イルッカ・カウコランタ氏は実験に懐疑的だ。労組は、失業手当の給付条件――給付を受ける人は仕事を探さねばならないという要件――を取り除くと、福祉制度を損ねてしまい、給付削減につながると考えている。「条件付きのセーフティーネットは、高水準の給付と高水準の雇用を組み合わせる唯一の方法だ」と同氏は言う。
■新規事業を試したい人に適している?
さらに、試されているUBIのモデルを実行に移すと、財政赤字が5%増加すると付け加える。というのも、実験には課税の変更が含まれておらず、参加者は仕事でいくら稼ごうと関係なく560ユーロもらえるからだ。
その一例が、ミカ・ルーズネンさん(47)だ。フィンランド南部タンペレの元パン職人のルーズネンさんは1年以上にわたって失業し、その間、IT(情報技術)の再訓練を受けていた。実験に参加することが知らされる数日前に働き口が見つかり、13カ月たった今もその仕事に就いている。
「これはただ、自分の稼ぎに加えて余計にもらえるお金ですよ」。こう話すルーズネンさんは、基本所得の仕組みは、広い意味での失業者全般ではなく、新規事業のアイデアを持った人に一番適していると考えている。
ユハ・ヤルビネンさん(39)は、それが事実かもしれない理由を体現している。フィンランド西部の田舎に住む6児の父のヤルビネンさんは、自分で事業を立ち上げたかったが、副業所得を制限する規則に縛られているように感じていた。それが基本所得のおかげで、動画ビジネスを始めるリスクを取れたのだという。
「最大の変化は気持ちの持ちようです。ついに、自分にできることは自分次第であることを意味したんですから。以前、手当があった頃は、雇用当局の管理が厳しすぎた。これとこれとこれをやらなければならないと言われるんです」とヤルビネンさん。
実験参加者からよく聞かれるのは、官僚主義のせいで仕事を見つける気にならないという話だった。「大きなインパクトはお金ではなく、心理的なものだった。お金の面では実験は状況を大きく変えないけれど、官僚主義が変わるし、仕事を請け負うのが容易になります」とマルチネンさんは言う。
実験への参加、不参加を問わず、多くの人が今、UBIに対する政府の熱意が冷めたとみている。実験に選ばれた失業者のタイプから参加者が受け取る金額まで、すべてのことについて不平不満が出ている。参加者は、実験には欠点があり、試されている通りに実行できないことを認めている。だが、ルーズネンさんは、実験を行っているという事実だけでも有益だったと話している。
By Richard Milne in Helsinki
(2018年1月29日付 英フィナンシャル・タイムズ紙 https://www.ft.com/)
(c) The Financial Times Limited 2018. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.
[FT]最低所得保障を試すフィンランド、経過はいかに
ヨーロッパ FT
(1/2ページ)2018/1/30 6:50
Financial Times
シーニ・マルチネンさん(35)はフィンランド政府からタダのお金を受け取る前、失業手当を失わずにどれだけ働けるか、細心の注意を払って計算しなければならなかった。
ベーシック・インカムの実験対象となった人は失業手当の代わりに月間560ユーロの基本所得を得る
コンサルタントのマルチネンさんは、超過分について1ユーロ当たり50セント課税される前に、月に約300ユーロ稼ぐことができた。「お金を一番多く手に入れる最善の戦略を立てるのに、ずいぶん時間をかけていました」と言う。
■失業手当の代わりに月560ユーロ
だが、首都ヘルシンキに住む彼女は昨年初めに、本人いわく「宝くじを当てた」。世界一有名な「ユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI、全国民向けの最低所得保障)」の実験に参加するためにフィンランド全土から無作為に選ばれた2000人の失業者の一人になったのだ。
税引き後で約500ユーロになる失業手当を受け取る代わりに、今では月間560ユーロの基本所得を得ている。このお金は無条件で、どれだけ仕事を見つけようと関係なく、返さなくていいものだ。
「もう本当に完璧ですよ。基本所得を得られたから、自分で起業できました」とマルチネンさんは話している。
フィンランドの2年間の実験は中間地点に達した段階で、すでに各種給付の官僚主義の要件を緩和することで参加者のストレス軽減に貢献している断片的な証拠がある。だが、実験そのものについて、そしてUBIが機能する現実的な事例となるかどうかについては疑念も強まっている。
「我々はフィンランドで導入できる特定のモデルを試しているわけではない。それには遠く及ばない。だが、目標に一歩は近づいた」。実験に深く関与している首相官邸の専門家、マルクス・カネルバ氏はこう話す。
お金をタダで市民に与えるという考えには長い伝統があり、米公民権運動の黒人指導者、マーティン・ルーサー・キング牧師から米経済学者ミルトン・フリードマン氏などに支持されてきた。もっと最近では、米フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)や米テスラのイーロン・マスクCEOといったハイテク業界の新たな巨人によって、この考えが吹聴されてきた。
フィンランドの中道右派政権は、無作為に選ばれた実験でさまざまな社会政策を試せるようにする新たな枠組みの下でUBIの実験を開始した。カネルバ氏によれば、その目標はフィンランドを「2020年までに最も革新的で実験に適した国」にすることだ。
だが、UBIの実験は慌ただしく立ち上げられた。一つには、19年に予定されている議会選挙の前に結果が出るようにするためだ。
フィンランド労働組合中央組織(SAK)のチーフエコノミスト、イルッカ・カウコランタ氏は実験に懐疑的だ。労組は、失業手当の給付条件――給付を受ける人は仕事を探さねばならないという要件――を取り除くと、福祉制度を損ねてしまい、給付削減につながると考えている。「条件付きのセーフティーネットは、高水準の給付と高水準の雇用を組み合わせる唯一の方法だ」と同氏は言う。
■新規事業を試したい人に適している?
さらに、試されているUBIのモデルを実行に移すと、財政赤字が5%増加すると付け加える。というのも、実験には課税の変更が含まれておらず、参加者は仕事でいくら稼ごうと関係なく560ユーロもらえるからだ。
その一例が、ミカ・ルーズネンさん(47)だ。フィンランド南部タンペレの元パン職人のルーズネンさんは1年以上にわたって失業し、その間、IT(情報技術)の再訓練を受けていた。実験に参加することが知らされる数日前に働き口が見つかり、13カ月たった今もその仕事に就いている。
「これはただ、自分の稼ぎに加えて余計にもらえるお金ですよ」。こう話すルーズネンさんは、基本所得の仕組みは、広い意味での失業者全般ではなく、新規事業のアイデアを持った人に一番適していると考えている。
ユハ・ヤルビネンさん(39)は、それが事実かもしれない理由を体現している。フィンランド西部の田舎に住む6児の父のヤルビネンさんは、自分で事業を立ち上げたかったが、副業所得を制限する規則に縛られているように感じていた。それが基本所得のおかげで、動画ビジネスを始めるリスクを取れたのだという。
「最大の変化は気持ちの持ちようです。ついに、自分にできることは自分次第であることを意味したんですから。以前、手当があった頃は、雇用当局の管理が厳しすぎた。これとこれとこれをやらなければならないと言われるんです」とヤルビネンさん。
実験参加者からよく聞かれるのは、官僚主義のせいで仕事を見つける気にならないという話だった。「大きなインパクトはお金ではなく、心理的なものだった。お金の面では実験は状況を大きく変えないけれど、官僚主義が変わるし、仕事を請け負うのが容易になります」とマルチネンさんは言う。
実験への参加、不参加を問わず、多くの人が今、UBIに対する政府の熱意が冷めたとみている。実験に選ばれた失業者のタイプから参加者が受け取る金額まで、すべてのことについて不平不満が出ている。参加者は、実験には欠点があり、試されている通りに実行できないことを認めている。だが、ルーズネンさんは、実験を行っているという事実だけでも有益だったと話している。
By Richard Milne in Helsinki
(2018年1月29日付 英フィナンシャル・タイムズ紙 https://www.ft.com/)
(c) The Financial Times Limited 2018. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.