川越雑記帳2(川越見て歩き)

寛永の大火に残る山門にむくりの屋根の番所あり(喜多院・山門と番所)

日枝神社前の道路を右折せず、そのまま進むと少し入った所に喜多院の山門がある。


今は「護摩修行」とコロナウイルス対策のための「ご参拝の皆様へのお願い」の看板がたてられている。


これらの看板がないときは、こんなに落ち着いた感じになる。


山門の左手上方にはこの立札がある。
「重要文化財 喜多院 全域(特定場所以外)火気厳禁」
どこかで見たような気がしていたが、ここにあった。


山門の反対側ある小さな建物は番所で、やや丸みを帯びた屋根が特徴的である。


山門と番所の間には塀と潜り戸がある。
その前に、今は看板に裏で見にくいが、木に手書きした立札がある。
「文化財建造物につき千社札の貼り付けお断りします。」


山門の扉は大きく見上げるほどだが、いつも開いている。


山門を潜った右側に説明板が立てられている。


そこには、次のように書かれている。


   重要文化財・建造物
   山 門
   県指定・建造物
   番 所
 山門は四脚門(しきゃくもん)、切妻造で本瓦葺もとは後
奈良天皇の「星野山」の勅額が掲げられて
いた。冠木(かぶき)の上の斗供(ときょう)に表には竜と虎、裏
に唐獅子の彫ものがあるほか装飾らしい装
飾もないが、全体の手法が手堅い重厚さを
もっている。棟札も残っており、天海僧正
が寛永九年(一六三二)に建立したもので
同十五年の大火を免れた喜多院では最古
の建造物である。
 山門の右側に接続して建っているのが番
所で間口十尺(三・〇三m)、奥行二間半(四・
五五m)、起(むくり)屋根、瓦葺の小建築で徳川中期
以降の手法によるもので、県内に残るただ
一棟の遺構である。
  平成二年二月
           埼玉県教育委員会
           川越市教育委員会

390年前に建てられた門と番所だが、まだしっかりとしている。
門脇の潜り戸はいつも閉まっていて、太い閂が掛けられている。


番所の脇には木の柵があり、脇の壁には小さな格子窓も見える。
むかしはここ番人がいて、出入する人を見ていたのだろうか。


境内から山門を見ると、日枝神社の入口が見え、その先に門前通りが東へ延びている。
屋根には枯れ葉が薄く積もっていた。


参道の敷石には、葉を落した桜の枝が影を写している。

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